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2019年08月08日
スコールの部屋に招かれると言うのは、サイファーでも中々ない出来事だ。
物心ついた時には当たり前のように顔を知っていて、幼稚園も小学校も中学校も同じだった。
一つ年齢が違うので同じクラスになるような事はないが、家がごく近い事もあって、毎日のように顔を合わせている。
余りに当たり前に傍にいるので、どうしてスコールは俺の家の子じゃないんだろう、と思った事もある程、二人は同じ時間を過ごしていた。
そして高校生になってから、互いに目指す道を選んだ事で、二人は別々の学校に通う事になる。
とは言え、家を出て独り立ちした訳でもないので、物理的な距離は相変わらず、毎日容易に顔を合わせる事が出来る程度だ。
そして紆余曲折を経た上で、二人の仲は“幼馴染”から“恋人同士”へ昇格しつつある。
変化が現在進行形なのは、まだスコールがサイファーの告白に対してはっきりとした返事をしていないからだ。
あんたの事は嫌いじゃない、と赤い顔で言ったから、それが答えと言えば答えなのだが、では好きなのかと言われると、よく判らない、と彼は言う。
スコールの中にあるサイファーへの感情は、何やら複雑であるらしく、スコールはそれを何と呼べば良いのか判らずに、サイファーの言葉を受け止めても良いものなのか答えが出ないらしい。
サイファーはじれったかったが、自分の気持ちと向かい合う事を苦手とするスコールが、ちゃんと考えたいと言ったのだ。
それはサイファーを憎からず想っているからでもあり、二人が同じ気持ちを持って次のステップに進む為の、大切な通過点であるとも言えた。
だからサイファーは、スコールが言った通り、ちゃんと答えが出るまで“恋人”になるのは待つ事にしたのだ。
そんな間柄である二人だが、スコールがサイファーの家に来る事はあっても、サイファーがスコールの家に招かれる事は珍しい。
勝手に押しかけても問題ないような家族ぐるみの付き合いだが、大事なのは“スコールが自分でサイファーを呼んだ”と言う事だ。
「俺の部屋に来て欲しい」と言うメールが携帯電話に届いて、サイファーは俄かに浮足立つのを停められなかった。
ついに、ついに来たか、と思いつつ、いやまだ早い、あいつの中身は面倒臭いから、と想像し得るダメージから自分を守る本能も働く。
だが、早速スコールの家を訪ねてみれば、赤い顔をした幼馴染が、もじもじとした様子で出迎えてくれたから、サイファーはもう確信を持ってしまった。
そして、夏休みの勉強会でもなければ訪れる機会のない彼の部屋へと招かれて、
「サイファー。俺、多分…あんたの事が───好き、なんだと、思う」
喉に引っ掛かりそうになるのを、なんとか絞り出すように、スコールは言った。
顔も耳も首まで赤くなって、此方を見る事が出来ないと、目を伏せて告げたスコールを、サイファーはいてもたってもいられずに抱き締めた。
突然の抱擁に目を丸くしたスコールは、反射的に触れる体温から逃げようともがいたが、背に回された腕が微かに震えている事に気付いて目を丸くする。
「サイ────」
幼馴染の名前を呼ぼうとする声を、サイファーの唇が塞いだ。
続け様の突然の触れ合いに、蒼灰色の瞳が大きく見開かれる。
混乱しているのだろう、腕の檻の中でスコールが硬直しているのが判ったが、サイファーは離さなかった。
待ちに待って、ようやく受け入れてくれた喜びは、どうしたって隠せない。
その喜びを伝えるように、サイファーは深く長く、スコールとの初めての口付けを交わした。
長いような短いような、そんな時間だった。
いつの間にかスコールの体の緊張は解けて、恐る恐るその腕がサイファーの背中に回される。
蒼の瞳はそっと瞼の裏に隠れて、スコールはサイファーに身を委ねていた。
このままいつまでも重ね合わせていたい、とサイファーは思ったが、スコールが息苦しそうに眉根を寄せるのを見て、名残惜しく感じながら彼を開放する。
「っは……」
「おっと」
ふらふらと足元が覚束ないスコールを、サイファーは片腕で抱いて支えた。
ベッドへと座らせてやれば、スコールはすうはあと足りない酸素を補った後で、此方を見る。
蒼と翠がぶつかって、スコールの視線がすいと逃げた。
顔を赤くし、数秒前までサイファーと重なっていた唇を手で隠して、眼を泳がせるスコールに、可愛い奴、とサイファーは思った。
「……あんた…いきなり過ぎる……」
「悪かったな。ずっと待ってたもんだからよ」
サイファーの気持ちは、告白した時にはっきりと示された。
それから何年も待たされた、と言う訳ではないが、それでも毎日顔を合わせながら、急かさず囃さず、サイファーが辛抱強く待ったのは確かである。
ちゃんとスコールが考え、納得し、自分で受け入れて向き合うまで、ずっと。
ようやく報われたとサイファーが笑えば、スコールは困ったように眉尻を下げて俯いた。
悪かった、と言いたげな尖った唇がもう一度開かれる前に、サイファーの指がスコールの顎を捉える。
くん、と上向くように促されて、見上げた目の前にサイファーの顔があるのを見て、スコールは息を飲んだ。
反射的に逸らせようとした瞳は、翡翠石に囚われて、動けなくなる。
スコール、と名を呼んで、サイファーはゆっくりと顔を近付けた。
もう一度触れたいと、声にならない声で求めるサイファーに、スコールが覚悟を決めるように唇を引き結んで、重なろうとして、─────コンコン、と扉をノックする音が響く。
「………!!!!」
途端に夢から覚めたように、スコールはサイファーを押し退けた。
力加減を忘れた押しの一手に、無防備だったサイファーは背中から床に転がる羽目になる。
どたん、と言う音が響く中で、部屋のドアは開かれた。
「ただいま、スコール」
「レ、オン…お、お帰り……早かった、な」
「ああ。予定より一本早めの電車に乗れたんでな」
其処に立っていたのは、スコールとよく似た面持ちをした、一人の青年。
スコールの実兄であり、幼馴染であるサイファーの事もよく知る、保護者の一人であった。
レオンは床に背中を強かに打ち付けて悶えているサイファーを見付けると、
「ああ、誰か来ているなと思ったらサイファーか」
「……こンの……っ」
「丁度良い。土産があるんだ、お前も来い」
そう言って踵を返したレオンを、スコールは直ぐに追った。
転がるサイファーをちらりと見はしたものの、構えば兄に色々悟られると思ったのだろう、素知らぬ風を必死に装って部屋を出て行く。
くそ、と舌打ちしながら、サイファーは起き上がり、兄弟の後を追った。
ダイニングへ入ると、レオンが土産と思しき箱の包み紙を開いている所で、スコールがキッチンでコーヒーを淹れている。
サイファーは四人掛けのテーブルの定位置に座って、斜め向かいで箱を開けている青年を睨んだ。
「……判ってて入って来ただろ」
「なんの話だ?」
藪から棒のサイファーの言葉に、レオンは商品解説の紙を眺めながら、飄々とした態度で返す。
だが、何事にも聡く、特に弟スコールの事に限っては、モンスターペアレント並に過保護な兄が、最近の彼の様子やその原因に気付かない訳がないのだ。
「良い所だったのによ」
「そうか。良かったな」
「そう思うんなら、空気読めよ。なんでいつも邪魔しやがるんだ」
サイファーがスコールに告白してから、彼の部屋へと招かれたのは今日が初めての事だが、家に来るのは日常的な事だった。
それは勉強の為であったり、夕飯を作り過ぎたからとスコールに呼ばれたからであったり、レオンや彼らの父であるラグナが仕事土産を渡すからおいでと呼ばれた時であったり。
逆にスコールとレオンがサイファーの家に招かれ、母イデアが作った食事を囲んだり、と言うのも珍しくなかった。
告白してから、サイファーは折々にスコールにアプローチを繰り返している。
返事は待つとは言ったが、好きだと伝える事は何も悪い事ではないだろう。
スコールの心を自分に向けさせる為にも、彼が本当にサイファーに愛されていると知る為にも、それは必要な事だった。
だが、スコールは気難しくて恥ずかしがり屋だから、この事を誰にも知られたくないと考えている。
サイファーもそれは判っているし、ラグナに知られたらと思うとまだ少し恐ろしくもあって、周囲に堂々と話してはいない。
ひっそりと二人だけで愛を育むのも悪くない、とも思っているので、秘密にする事は苦とは思わなかった。
だが、秘密にしていても、漏れる所には漏れるのだ。
サイファーとスコールの二人の間にある空気が、以前よりも変化している事を、兄は当然知っていた。
知っていて、スコールにそれを指摘した事はないが、サイファーがスコールと話をしていると、図ったようなタイミングでその席に入って来る。
スコールは兄を無碍には出来ないから、お陰で二人きりの時間は早々に終了、と言う事が何度もあった。
丁度、ついさっき、レオンがスコールの部屋に入ってきた時と同じように。
憎々し気に睨むサイファーを、レオンは何処吹く風と気にする様子もない。
小分けに包装されたクッキーを一つ開け、味見、と齧る。
「……バニラか。少し甘いかな」
「おい、無視すんな」
「してないさ。ほら、お前も食べろ」
箱ごと土産を差し出すレオンに、要らねえ、とは言えなかった。
何度も二人の時間を邪魔されているとは言え、レオンはスコールにとって大好きな兄である。
幼い頃、スコールが彼から全く離れないのを見て、サイファーが嫉妬した位に、大好きな兄なのだ。
クッキーを一つ取って封を切り、齧り付く。
確かにレオンが言った通り、甘味の強いものだったが、スコールが淹れるコーヒーと併せれば丁度良いだろう
早くスコールがキッチンから出て来る事を願いつつ、サイファーはやや乱暴にクッキーを噛み砕いて、
「あのな。俺は別に、あいつに無理強いはしてねえぞ。今回だってちゃんと待った」
「ああ、そうだな。お前が本気だと言う事は、判ってるつもりだ」
「スコールだって嫌だとは言ってない。そうならそうだって言うだろ」
「ああ。お前が相手なら尚更、そう言う所で遠慮はしないだろうしな」
判っている、と言うレオンは、弟の性格も、サイファーの性格も、確かによく判っているのだろう。
だが、それならば何故、ああも割り込んでくるのか。
その癖、スコールとサイファーの仲を引き裂こうと言う程、強引な介入はしなかった。
ただただ、サイファーが狙ったタイミングを、意図的に外しに来るのである。
ピリ、とレオンの手の中で、クッキーの封が切られる。
袋をゆっくりと割きながら、レオンは淡々と言った。
「別に、スコールの気持ちを疑っている訳じゃないし、あいつが選んだ事を否定する気もない。スコールがちゃんと自分で考えて選んだのなら、尚更な」
「だったらなんで邪魔するんだ」
「スコールの事は信じているが。子供の頃、散々うちの大事な弟を泣かした男を、そう簡単に信用できる筈がないだろう」
レオンの言葉に、サイファーはぐうの音も出なかった。
子供の頃、サイファーはよくスコールを泣かせていた。
引っ込み思案で大人しかったスコールと、活発でガキ大将気質のあったサイファーであるから、色々と歯車が噛み合わなかったのは当然だろう。
それもあったし、とかく兄から離れようとしないスコールにやきもきしたサイファーが、なんとか気を引こうとあれこれ手を尽くした結果、度々泣かせてしまったと言うのもある。
サイファーは決してスコールを苛めているつもりはなかったのだが、泣かされる側の気持ちはそうも行かないだろう。
その都度、スコールは兄の下に泣き帰り、レオンは一応サイファーに強い悪意がない事は判ってはいたが、それはそれとして弟を何度も泣かせる少年に、苦い感情を抱いていたのも事実であった。
成長の過程でスコールは泣き虫を卒業し、サイファーにやられた事をやり返せる位の度胸もついた。
同時に、サイファーがスコールを憎からず思っていたのと同じように、スコールもサイファーの事を嫌っていた訳ではなかった事も判った。
しかし、幼い頃の泣かせた泣かされたの関係は、少なからず二人の仲に尾を引いており、中学生の頃は夜と触ると喧嘩手前になっていた時期もある。
そしてレオンは、二人のそんな関係を、全て見て来たのだ。
「だから、サイファー。認めない訳じゃないが、そう簡単に許すとも思うなよ?」
想い人とよく似た、けれど彼よりも王者の覇気を放つ事に慣れた顔が、笑みを含んでサイファーを見る。
その顔に、くそ、と吐き捨てそうになるのを、サイファーは喉まで出かかって堪えた。
────ああ、くそ。
恋人以上に、そして恐らくは最難関と思った父以上に、厄介な男が此処にいた。
だが、それに気付いたからと言って、今更抱いた温もりを手放す事など出来はしない。
三人分のコーヒーを持ってきたスコールが、二人の間にある微妙な空気を感じ取ってか、首を傾げる。
それを見ながら、絶対に認めさせてやるからな、とサイファーはテーブルの下で拳を握った。
『ブラコンレオン兄さんの妨害に負けずにアタックしまくるサイファーのサイスコ+レオン』のリクを頂きました。
引き裂こうとまでは言わないけど、乗り越えて見せろと堂々と壁になるレオンは、とても手強いと思う。
でもレオンもサイファーが絶対諦めようとはしないだろうとは判ってる。
判っているけど、スコールを泣かせる事があったら絶対許さないので、査定は厳しい。
オメガバースパロ。
αサイファー×Ωスコール。
この世には、大きく分けて、男と女が存在する。
それだけではなく、どちらにも属さない者や、どちらとも言えるもの、また曖昧な感覚の者もいるが、それらは外して考えるとしよう。
生物的に明確な線引きをした枠組みとして、男と女、その二つが存在する、と言う事だ。
そして、さらに其処からまた枝分かれする性がある。
α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)────それが男女の性以上に、この世界に置いて、大きな役割を示していた。
凡庸な性質であると言われるβは、この世界の大多数を占めており、多くの生き物はこれに当て嵌められると言って良い。
希少であり珍重されるのはαと呼ばれる性を持つ者で、あらゆる才能に置いて恵まれていると言われている。
実際に有名な会社のトップや重鎮、引く手数多のスーパースター等は、皆α性だと噂されている程、“α”と言う性の影響力は大きい。
そして更に希少とされているのがΩ性であるが、この性の大きな特徴は、男女の性に関わらず、孕む為の機関を持っていると言う事だった。
時代や宗教的背景のある時代には、子孫を増やして行く為に重用された時代もあったと言うΩ性であったが、逆にの性の特徴を理由に、子を産む為だけの存在として扱われた時代もある。
近代史ではそうした負の側面が強く、十七年前に起こっていた大国同士の戦争の時も、ガルバディアではΩ性に対して酷い差別が行われていたと言う。
現在は国際的にもΩ性の人権が認められている───とは言うが、まだまだそれは形だけのもの、とも批判されていた。
故に、Ω性の者は、多くが自身の性を隠して生きている。
スコールも同じだった。
幼年期、バラムガーデンが設立されたばかりの時は、間違いなくα性として診断された彼は、13歳の時に性の転換が起こり、Ω性になった。
こうした事例は数は少ないが確認されていた事であったが、この事をスコールは一部の人間以外には秘密にしている。
知っているのは体の変調を見逃してくれる筈もない保険医のカドワキと、スコール以上にスコールの事に敏感なサイファーの二人だけ……だったのだが、いつの間にか学園長のシドも知っていた。
シドがスコールの転換を知ったのは、カドワキに事情を話して間もなくの事だったと言うが、シドはつい最近まで知らない振りをしていたと言う。
当時のスコール自身が自分の転換を受け入れられていなかった事、思春期の少年少女にとってα性からΩ性への転換は決して軽くはない出来事だという事を、シドは理解していたのだ。
シド自身は二つ目の性に関わらず、少年少女たちに分け隔てなく繋がりを持って欲しいと願っているが、理想を現実にするのは難しい事も判っている。
だからスコールに対しても、周囲に対しても、悪戯な刺激にはならないように、せめてスコール自身が自分のΩ性の事実を受け止められるようになるまでは、素知らぬ振りをしていたらしい。
そして、17歳になった現在のスコールは、相変わらず自分がΩ性だと言う事を隠している。
今だ自分の性を受け入れられない、と言う訳ではなく───完全に受け入れたとも言い難いが───、環境の変化によって、打ち明けられなくなったと言うのが正しい。
魔女戦争での活躍によって、今やスコールは“伝説のSeeD”“魔女戦争の英雄”扱いだ。
世界各国に顔が知られ、名が売れ、まだ未成年ではあるが、公的な場に呼ばれる事も増えた。
其処で“α性である”と周知された事により、いよいよスコールは、自分の性を打ち明ける事が出来なくなったのだ。
今だΩ性について根強い負の意識が強い今、世界的に活躍したと言われる人物が“Ω性”であると知られるのは、公的なバラムガーデンの立場を崩す恐れがあった。
魔女戦争を勝利に導いたと言うスコール、それを擁するバラムガーデンの存在は、スコールやバラムガーデンと言う存在そのものを護る為にも、必要なものだ。
その為には、バラムガーデンが公の場で、自身の立場や権威的な力を保持し続ける必要がある。
今は其処に、一部の隙もあってはならない程に。
秘密は何処から漏れるのか判らない。
知る者が多いほど、その危険性は増す。
だからスコールは、信頼を置いていると仲間達───魔女戦争を共にした幼馴染やリノアも含めて、自身がΩ性であると言う事を隠している。
それでも、魔女戦争を経験する前よりも、スコールの心理的負担は減っていた。
秘密を共にする人物が、絶対にこの事実を他者の前で口にする事はないと信用している。
そしてその人物が、自分にとって唯一無二の“番”であると知っているから。
スコールが不機嫌な顔で過ごしているのはいつもの事だ。
補佐官を務めるキスティスやシュウ、更生期間中でありながら副指揮官と言う立場を任されたサイファーにとっても、見慣れたものであった。
報告書を提出しに来るSeeD達も、滲み出るオーラに気後れはすれども、眉間の皺そのものは特に珍しいものでもない。
大人しく出すものを出し、早々に立ち去れば、特に何事もなく無事に終わるものだ。
元々表情豊かではないスコールだが、不機嫌な顔には幾つかの種類がある事が確認されている。
先ずは眉間に皺一本と、真一文字に口を噤み、少し冷たい印象のあるもの。
これは初見の者こそ機嫌が悪いのかと慄くが、実際にはスコールの標準的な表情であり、眉間の皺は放って置くと勝手に寄せられる癖のようなものだ。
そして次によく見られるのが、眉間に皺を寄せつつ、目を僅かに窄め、眼前にあるものを睨んでいるような表情。
これは標準よりも少し機嫌が悪くなっている時のものだが、大体は書類仕事に飽きているのだったり、面倒ではあるが捌くには然して問題のない案件を見ている時のものである。
それから、眉間に皺が三本寄せられ、明らかに不穏なオーラを振りまいている時の表情。
これは明らかに不機嫌になっている時で、更に眉間の皺が深まって来ると、怒りすら抱いている時になる。
今のスコールは、三番目の顔をしている。
撒き散らされる怒りのオーラに、SeeD達はすっかり萎縮し、出すものを出したら逃げるように部屋を出て行く。
ちょっと可哀想ね、とキスティスは思うのだが、此処まで不機嫌が撒き散らされていると、キスティスも容易には注意できなかった。
下手に苦言を呈すると、スコールは益々機嫌を損ねた顔をする。
キスティス自身はそれに幾ら充てられようと大して気にしないのだが、巻き込まれる後輩達が可哀想だ。
「だから早くなんとかしてね、サイファー」
スコールが昼食の為に指揮官室から離れている隙を狙って、キスティスはサイファーに言った。
サイファーは判り易く顔を顰め、面倒は御免だと手を振る。
「なんで俺がそんな事」
「恋人、でしょう、貴方。スコールの」
「だからってあいつの世話全部が俺の役目かよ」
「どうせ貴方の言う事位しか聞かないもの」
そう言って、じゃあお願いね、と念押しして、キスティスは自分のデスクに戻る。
俺は良いとは言ってねえ、とサイファーの抗議があったが、気にしなかった。
黙々と書類確認を再開させるキスティスに、サイファーは聞えよがしに舌打ちしてやった。
当然これもキスティスに効果のあるものではなく、虚しい音だけが指揮官室に少しだけ反響して消える。
大して残らない余韻も消えた所で、指揮官室のドアが開き、スコールが戻って来た。
「あら、早かったわね。ちゃんと食事は採ったの?」
「……採った」
それにしては早すぎる、とキスティスもサイファーも思った。
何せスコールが食事をして来ると言って此処を出たのは、今から五分前の事なのだ。
どう考えても、食堂に行って戻った程度の時間としか思えない。
どうせ食堂に設置されている自動販売機で、缶コーヒーでも飲んで済ませた、その程度に違いない。
はあ、とキスティスは溜息を吐いたが、指揮官室からもう一度追い出す事はしなかった。
代わりにちらりとサイファーに視線が寄越されて、早く行きなさい、と言わんばかり。
サイファーがそれを無視するのは難しい事ではなかったが、デスクに戻ったスコールが苦々しい顔で唇を噤んでいるのを見て、腰を上げる。
「おい、スコール」
「……なんだよ」
声をかけただけのサイファーに対し、スコールは露骨な喧嘩腰だった。
今にも噛み付かんばかりの表情に、判り易いな、とサイファーの口端がにんまりと笑う。
「訓練所に行くぞ。紙の相手ばっかりじゃ体が鈍る」
「……一人で行ってろ。俺は忙しい」
「良いから来い」
無視して書類を手に取ろうとするスコールに、サイファーはその手を掴んでデスクから引きずり出した。
おい、と強い語気で抗議するスコールだったが、サイファーは構わずに部屋を出て行く。
キスティスも咎める事はせず、「行ってらっしゃい」と手を振る始末だ。
ずんずんと歩くサイファーに、スコールは引き摺られるように歩く。
引っ張る手から逃げようと、スコールが賢明に腕に力を込めていたが、サイファーは決して離さない。
「おい、サイファー!俺は忙しいんだ」
「あーあー、知ってる。よーく知ってるよ」
「あんたと遊んでる暇はない!」
「判ってる判ってる」
スコールの抗議に適当な返事を投げながら、サイファーはエレベーターのボタンを押した。
程なく上って来た小さな箱にスコールを押し入れ、サイファーも乗り込む。
開閉ボタンを押して、扉が閉まった事を確認すると、サイファーはスコールを壁に押し付けた。
「ほら、静かにしろ。あんまり騒ぐと、反って不自然だぜ」
「……っ!」
ずい、と触れそうな程に顔を近付けるサイファーに、スコールは息を飲んだ。
至近距離で、蒼灰色の瞳が、ゆらゆらと揺れている。
不機嫌を振りまいていた表情は何処へやら、頬を赤らめ、必死で口を噤んでいるスコールに、サイファーの喉がくつりと笑った。
その気配を感じ取って、スコールがじろりと睨むものの、サイファーには何の効果もない。
何もかもを知り、何もかもを理解しているサイファーには。
「お前、本当に判り易いよな」
「な……ん……っ!」
囁きながら、サイファーはスコールの首筋に顔を近付けた。
慌てて逃げようとするスコールの腰を捕まえ、逃げ場を塞いで、首にキスをする。
ひくん、と震えたスコールの体から、甘く香しい匂いがして、サイファーは俄かに体が熱を帯びるのを感じ取った。
「“ヒート”の度に機嫌が悪いフリしやがる。Ωなのを隠してるんだから、もうちょっと自然に出来ねえのか?センセーに気付かれるぞ」
「あ…う……っ、」
スコールはΩ性である事を、周囲に対して隠している。
しかし、どんなに隠そうとしていても、数ヵ月に一度訪れる“ヒート”の症状からは逃げられなかった。
薬を飲めばある程度の抑制が効く、とされてはいるが、αからΩへと転換した影響なのか、スコールは一般的なフェロモン抑制剤が効き難い。
だが“ヒート”を他者に気付かれれば、自分がαではない事が知られてしまう。
だから“ヒート”が始まった時のスコールは、常以上の不機嫌を振りまいて、人を寄せ付けまいとするのだ。
今の所、それは意図通りの効果を見せているのだが、それもいつまで続くか。
「薬、ちゃんと飲んでんのか?朝晩飲めって言われてるだろ」
「…の、…んだ……っ」
「あんまり効かねえ体質ってのは、厄介なもんだな」
スコールの息が徐々に上がり、体が火照って、白い肌が色を帯びて行く。
狭いエレベーターの中で、スコールが醸し出す匂いは一杯に広がり、サイファーの雄としての本能を刺激する。
此処で脱がして貫いて、揺さぶってやりたい衝動に駆られながら、サイファーの理性はまだ早いと言う。
震えるスコールの手が、サイファーの白いコートを握った。
見上げる蒼の瞳に熱が籠り、サイファー、と呼ぶ声が明らかに求めているのが判る。
「サイ、ファー……」
「我慢しろ、バレるだろ。ちょっと暴れりゃ少しは気が紛れる」
今日はまだ部屋に引き籠る訳にはいかない。
だから訓練所に行って、魔物を相手にガンブレードを振るえば、少しはすっきりするだろう。
こういう時、運動をする、と言うのは気を紛らわすには有効なのだ。
「夜まで待ってろ。良い子で我慢できたら、好きなだけ抱いてやる」
耳元で囁いたサイファーの言葉に、、スコールの鼓動が早くなる。
じわじわとした熱が燻っていたのが、一層燃え上がるのを感じて、スコールの膝が震えた。
だが崩れ落ちる訳には行かないと、コートを握る手に力が籠り、辛うじて自分の足を立たせている。
一層匂い立つ甘い香りに、宥め方を間違えたな、とサイファーも気付いた。
それでも言われた通りに自然を装おうと努めるスコールに、健気なものだと、悪い気はしなかった。
本能に抗う振りをして、求めているのは解放の瞬間。
耐えた分だけそれが激しく熱くなる事を、サイファーはよく知っていた。
『サイスコでオメガバースもの』のリクを頂きました。
去年はくっつく前の二人で書いたので、今回は番になってる二人で。
ヒートの度に、自分がΩだと気付かれないように、不機嫌になるスコール。
でもサイファーからすると、スコールがヒートを迎えた合図のようなもの。
夜には大変お楽しみだと思います。ええ。
日頃の疲労が祟ったのもあるが、やはり一番は数日前の雨に打たれた所為だろう。
熱を出したスコールが高熱を出して寝込んでから、今日で三日目になる。
誰が見ても危うい、意識朦朧とした状態からは抜け出したものの、まだまだ回復の兆しが遠い事には変わりない。
そんな状態であるから、スコールと共に屋敷に残るのは、家事を任せられる者と決められていた。
クラウドは家事全般を不得意としている。
料理はキャベツとレタスの違いが判らないので、食事を作る事も出来ず、スコールを看病するメンバーから外されたのは仕方がないと思っている。
出来ないものがあれこれと判らない気を回す位なら、気の付く者が適切な看病をしてくれた方が良い。
そのお陰で、スコールも時折目を覚ませる程度には、その症状が落ち着いたのだから。
ただ、顔を見る事位はしたかった。
だから探索から戻った後、夕飯の時間になると、スコールの部屋に配膳する役目を買って出る。
仲間達もクラウドの気持ちを察してくれているようで、スコールの飯も準備してあるから、とクラウドに伝えるようになった。
最初にスコールの症状が表面化した日は、意識がまともに戻らなかった為、少しずつ流動食を飲ませ食べさせるしかなかった。
昨日は辛うじて目を覚まし、やはり流動食であるが、起きた状態で数口を食べる事が出来た。
そして今日は、まだ熱も高い状態ではあるものの、自力で起き上がって、クラウドの介助を受けながら食べる事が出来ている。
匙で掬って差し出した粥を、開いた口元に持って行き、少しずつ傾けてやる。
ちびちびと食べていたスコールであったが、意識が戻った事と、二日間まともに食事が出来ていなかった所為か、食欲はあった。
食べる元気があるのは良い事だ、と思うクラウドの手で、スコールは粥を半分まで食べ進め、
「…ん……もう、良い……」
「そうか。よく食べれた方だな」
最後の一口を飲み込んで、スコールは次を断った。
此処まで食べれたのなら、用意したフリオニールも少しは安心するだろう、とクラウドも粥の入った土鍋をトレイへ戻す。
ピッチャーの水をグラスへ注ぎ、バッツが調合した薬と一緒に差し出すと、スコールは判り易く顔を顰めた。
しかし飲まねば回復しない事も判っているので、大人しく薬を受け取り、水と一緒に口に含む。
スコールの事を心配し、早く回復できるようにと、バッツは効能を優先した薬を調合したと言う。
と言う事は飲み易さは二の次になってしまう訳で、スコールは目尻に涙を浮かべながら、なんとか薬を飲み切った。
グラスをクラウドに返し、ぐったりとベッドに沈み込むスコールを苛むのは、熱なのか薬なのか、微妙な所である。
しかし薬は飲んだ訳だから、後は体が回復するのを待てば良いのだ。
「食器を戻してくる。ちゃんと寝ていろよ」
「……ん……」
無理をしないようにと促すと、スコールは小さく頷いて、もぞもぞと布団の中に潜り込んだ。
トレイを持ってキッチンに行くと、フリオニールが夕飯に使った食器の片付けをしていた。
彼は土鍋の中身が半分まで減っているのを見ると、良かった、と嬉しそうに笑った。
スコールの意識が戻ったのは今朝の事だったが、朝食と昼食と、食べる気概もなく過ごしていたので、心配していたのだ。
薬は勿論大事だが、やはり食べ力と言うものも重要なので、少しでもそれが戻って来たのなら、きっと良くなるだろう、とフリオニールは言う。
とは言え、治りかけやその兆候が見られた時が一番油断し勝ちなのも事実。
今晩はしっかり休ませないと、と言うフリオニールに、クラウドも頷いた。
キッチンを後にしたクラウドは、もう一度スコールの部屋へと向かった。
この後のクラウドは特にこれと言ってやる事もなく、強いて言うなら明日に備えて眠る位なのだが、その前に改めてスコールの顔を見ておきたかったのだ。
明日は混沌の大陸の傍まで足を延ばす予定なので、帰って来れない算段になっている。
屋敷に残るのはバッツだと聞いているから、看病については全く心配していないのだが、恋人として彼の傍にいられない事への寂しさは誤魔化せない。
スコールが熱を出してから、共に過ごす事の出来ない時間を埋め合わせるように、クラウドは就寝前に彼の部屋を訪れることを習慣にしていた。
まだ起きているかも知れないな、と思いつつ、寝ているのなら邪魔をしないようにと、ノックをせずに部屋のドアを開けた。
そっと部屋を覗き込むと、ベッドの上でもぞもぞと身動ぎしているスコールがいる。
「んぅ……」とむずがるような声が聞こえて、まだ眠ってはいなかったようだと、足音を殺さずに中へ入った。
「……クラウド…?」
「ああ。ちょっと、顔を見に来た」
寝返りを打って恋人の顔を見付けて、名を呼ぶスコールに、クラウドも返事をする。
ベッド横に座って、ぼんやりとしたスコールの赤い頬に触れる。
いつもはクラウドの手の方が体温が高いけれど、今日ばかりは「つめたい」と言う声が聞こえた。
それだけまだスコールの躰に熱があると言う事だ。
まだ体も重いだろうから、直に眠るだろうかと思ったスコールであったが、彼は中々目を閉じない。
起きていても辛いので眠ろうとはしているようだが、どうにも落ち着かなくてもぞもぞと身動ぎと寝返りを繰り返した。
「……寝られないか、スコール」
「……暑いんだ」
「熱があるから、そうだろうな」
「……ベタベタする……」
「…ああ、服か。それもそうか……」
意識が戻らない程の高熱に魘された三日間。
その間にかいた大量の汗は、寝間着にしている服に染み込んでいるに違いない。
熱を出した二日目にはセシルが着換えさせたと聞いているが、それからまた眠り続け、汗をかき続けていたのだから、もう一度着替えた方が良いだろう。
ついでに今も出ているであろう汗を拭き、清潔な服に着替えれば、すっきりとした気分で眠りにつけるに違いない。
クラウドはスコールに服を脱ぐように言って、風呂場にあるタオルを取りに行った。
シャワーの湯でタオルを濡らしてよく絞り、下着と一緒にスコールの部屋へと持って上がる。
部屋に戻ってみると、スコールは裸身でベッドに横たわっていた。
暑さから服が鬱陶しくなり、脱いだお陰で少し涼しく感じているのだろうが、そのまま寝入ろうとしているのは良くない。
クラウドはスコールの体を抱き起して、枕を背にベッドヘッドに凭れさせた。
「スコール、体を拭くぞ」
「……ん……」
濡れタオルで先ずはスコールの顔を軽く拭いてやる。
火照った頬にはタオルが冷たく感じられるようで、少しほっとしたようにスコールの口元が緩んだ。
半開きになった無防備な唇に、数瞬目を奪われたクラウドであったが、直ぐに自分の役目を思い出して仕事を再開させる。
スコールは普段、あまり肌を晒さずに過ごしている所為か、日焼けも殆どしていない。
病的とまでは言わないが、白い肌をしている所為で、火照っていると直ぐに肌が薄く染まるので判り易かった。
熱を持っている今は尚更で、頬は勿論、首元や胸元もほんのりと赤くなっている。
普段、それを見る事が出来るのは、風呂に入っている時を覗けば、ベッドの上で肌を重ねている時くらいのものだった。
クラウドがゆっくりと体を拭く度に、くすぐったいのか、スコールは身動ぎする。
体が重いのだろう、大して動く訳でもなかったが、しゅるしゅると肌とシーツが擦れる音が何度も繰り返された。
それがクラウドには夜の情事を思い出させる音になっていて、じわじわと下半身が熱くなって来るのを自覚してしまう。
(いや、病人だぞ。自重しろ)
理性がクラウドを叱咤した。
ようやく回復の兆しを見せてきたスコールに、無体を働いてはいけない。
────だが、前に体を重ねたのはいつであったか。
既に一週間の時間が開いている事に気付くと、耐えた日々の反動のように、欲望が頭を擡げて来る。
それをスコールに悟られないよう、クラウドは努めて無表情で、彼の体を拭いて行く。
「ん……っ」
「……」
「クラウ、ド……くすぐ、ったい……」
「ああ、悪い」
スコールの訴えに、クラウドは表情を変えないように意識しながら返した。
薄い胸板、腹筋、脇腹、腰。
出来るだけ力を入れないように、柔らかくそっと。
それはスコールを労わっての事なのだが、何度もスコールが身を捩っては腰をくねらせるから、クラウドは自分の手が意識とは違う意図を持って動いているような気がしてならない。
はあ……っ、とスコールの薄く開いた唇から零れる溜息は、熱を孕んでいる。
それは彼が病気なのだから仕方のない事────それなのに、クラウドはどうしても、褥の彼の姿を思い出してしまう。
「……スコール。下も拭くぞ」
「……ん……」
スコールを包んでいるシーツを捲ると、思った通り、白い脚が露わになった。
腰回りに集まるように溜まったシーツが、スコールの中心部だけを隠している。
が、その布端からちらちらと覗く太腿が、クラウドの劣情を露骨に煽っていた。
クラウドは足の爪先から、丹念に、丁寧に、スコールの体を拭いて行く。
足の裏を拭く時、スコールの爪先が丸まって、ピクッ、ピクッ、と震えて、「や……」とむずがる声があった。
タオルの表裏を畳み直して、もう随分とタオルが冷たくなっている事に気付いたが、熱があるならこれ位でも良いだろう、と思う事にする。
そのひんやりとした感触のタオルを、そっとスコールの内腿に宛がえば、ヒクン、とスコールが膝を震わせるのが判った。
「う……ん……っ」
内腿をゆっくりと伝い、シーツで隠れた場所に近付く。
ひく、ひく、とスコールが肩を震わせ、脚がするするとシーツの波を泳ぐ。
スコールの瞼は薄く開かれ、ぼんやりとした表情で、世話を焼くクラウドを見詰めている。
その瞳が追っているのは、自分の下肢をゆっくりと辿るクラウドの手だ。
彼が自分に触れているのはタオル越しなのだが、その手付きがスコールにいつかの夜を思い起こさせる事に、クラウドは気付いているだろうか。
そっと、スコールは膝を開いて、クラウドに秘部を差し出した。
シーツのお陰でスコールの其処は、まだ晒されてはいなかったが、クラウドが思わず手を停めた事で、スコールの意図が彼に伝わった事は明白となる。
「……スコール」
「ん……」
クラウドの声は、病人だろう、と恋人を咎めるものだったが、そんな彼の手は相変わらずスコールの内腿に添えられている。
スコールはその手に自分の手を重ね、これはもう要らない、とタオルを厭う。
クラウドの手をタオルからずらし、脚の付け根に誘うように促しながら、スコールは自ら内腿を押し付ける。
「クラウド……」
呼ぶ声にクラウドが顔を上げると、じっと見つめる蒼灰色とぶつかる。
緩やかな光を帯びて、ほんのりと赤らんだ顔は、熱で浮かされている時に見るものだ。
褥の中で熱に溺れるスコールの瞳は、涙と憂いで濡れながらも、悲しみよりも喜びに満ちている。
それを見るのが好きで、見る度に愛おしいと思って、クラウドは益々彼を熱の海に引きずり込む。
だが、今日は駄目だ。
スコールが浮かされている熱は、クラウドが与えたものではなくて、彼のバイオリズムの崩れが表面化したもの。
今日と、明日もまだ駄目だろう、せめて熱が下がるまでは大人しくさせなければならない。
そう判ってはいる筈なのに、クラウドの手は止まらない。
「う…んん……、」
「…スコール」
「あ……ん……っ…」
クラウドの少しかさついた指先が、震える中心部に触れた。
シーツの中で悪戯な動きをする掌に、スコールは天井を見上げてほうっと艶を孕んだ吐息を漏らす。
「…明日、悪化したらどうするつもりだ?」
「……あんたの、所為に、する……」
「酷いな」
誘った癖に、と囁けば、スコールは何も言わなかった。
代わりにクラウドの首に腕が絡み付いて、潤んだ唇が「……もっと」と囁く。
彼の体を支配する熱を、自分が与えるものに摩り替えてしまおう。
縋る指が求めるままに、クラウドは薄く開いたスコールの唇を塞いで、ゆっくりと覆い被さった。
『怪我とか病で動けないスコールに、心配しつつもムラムラしてしまうクラウド』のリクを頂きました。
出来る限りの看病をして、無理をさせてはいけないと思いつつ、余り本能に逆らう気がないクラウド。
スコールに無理をさせないようにゆっくり進めるんだと思います。が、途中でスコールの方が物足りなくてねだりそうな。
どうしてこうなった────と叫んでも、きっと誰もスコールが欲しい答えはくれない。
折角だから良いじゃない、と言うきらきらとした笑顔ばかりが返って来るのが想像できて、スコールは叫びたい気持ちを喉まで来て飲み込んだ。
これが良い、こっちが可愛い、こっちも綺麗、とめいめい楽しそう過ごしているのは、新たな秩序の女神に召喚された女性陣。
彼女たちをぐるりと囲んでいるのは、見た目も華やかな沢山の種類のドレス。
カジュアルなものからクラシックなものまで、選り取り見取りの衣裳部屋で、女性陣は実に楽しそうだ。
皆それぞれに、自分が着たいと思うものを探したり、誰かに似合いそうなものを見繕ったりと、爛々と瞳を輝かせている。
あまりこう言ったものに関心がなさそうなライトニングでさえ、周囲の女子陣の雰囲気に感化されたか、皆が選んでくれるドレスを受け取っては着替えて披露目させている。
其処に、何故かスコールもいるのだ。
こんな雰囲気は苦手なのに、逃げる事も許されず、椅子に座らされ、白のパーティドレスを着たリノアに髪を整えられている。
普段スコールの髪は首元までのすっきりと短いものだったが、今はエクステンションのお陰で、背中にかかる程の長さになっていた。
「えへへ~。スコールの髪、一度で良いから触ってみたかったんだ。こんな所で叶うなんて思わなかった」
「……楽しそうだな……」
「そりゃあもう!」
リノアはこの世の春が来た、と言わんばかりの満面の笑顔だ。
どうもその笑顔に弱いスコールは、観念したように目を閉じて、リノアに頭を預ける。
この世界の存在意義に多大な物議を呼びそうなこの光景は、秩序の戦士達のちょっとした休息を望む声が、あれよあれよと転がって行った末のものだ。
以前の世界に比べ、切々とした理由で、命をかけた闘いをする必要はない────とは言え、やはりこの世界で望まれているのは“闘うこと”である。
だが、年若い者も多くいる事や、以前よりも何処かスポーツめいた雰囲気が混在している所為だろうか。
若者達の切羽詰まった糸はいつまでも保てるものではなく、何処かで娯楽を求めていた。
それは大抵、芸達者な仲間がちょっとした雑技を見せたりする事で解消されていたのだが、その過程でダンスが取り上げられた。
ジタンを筆頭として、芸として踊りを見せる事に慣れた者だけではなく、皆で踊ってみてはどうか、と言う提案が上がったのだ。
スコールとしては、踊りたい者だけが勝手に過ごしてくれれば良かったので、自分には関係ない話と殆ど聞いていなかったのだが、それが良くなかったのだろう。
“皆で踊る”訳だから、其処にはスコールもしっかり数に含まれていたのだ。
そして、皆で踊るのならいっそダンスパーティのようにしてはどうか、と言う話になり、更には女神まで巻き込んで、衣装を用意する事は出来ないかと相談に行ったらしい。
色々と頼りない所があり、人の感情に鈍感な節も見られるマーテリアだが、“女神”であるからなのか、女性陣からの提案に妙に乗り気になったと言う。
その末に用意されたのが、広い衣裳部屋が中身付きで丸ごと、と言うものであった。
この頃から嫌な予感を感じたスコールは、誰かに捕まる前に見回りにでも逃げようとしたのだが、その前にティナとユウナに捕まり、あの真っ直ぐで純粋な目に挟まれて、衣裳部屋へと連れ込まれてしまったのである。
衣裳部屋に入れられたスコールは、まるで着せ替え人形であった。
普段は黒を基調にしたタイトな服装だけを着ている彼女を、女性陣はこれでもかと着飾らせた。
可愛らしいフリルレースをふんだんに使ったものや、背中が大きく開いたもの、スリットの深いスカート、エトセトラ。
余りに自分が着るには酷いとスコールが思うものまであって、流石にそれは勘弁してくれとスコールも主張した。
最後はスコールの好みを理解した上で選んだのであろう、紺色のドレスを用意したリノアのコーディネートを着る事にした。
そして(スコールにとっては)長い時間をかけて、ようやくアクセサリー選びも終わり、
「これで完成ね。うん、似合ってる」
「スコール、綺麗だよ~」
「……勘弁してくれ」
褒めちぎるティファやリノア、楽しそうな周囲の女子の言葉に、スコールはどう言う顔をして良いか判らない。
いつもはしないメイクを施された自分の顔も、なんだか自分の物とは思えないのだ。
それでも、一応、やる事は終わったらしい。
やっと解放された気持ちで、スコールは久しぶりに椅子から腰を上げた。
それを見付けたライトニングとヤ・シュトラが、くすりと笑みを浮かべて言った。
「やっと終わったか」
「スコール、貴方のパートナーが外で待ってるわ」
「…パートナー?」
何の話だと眉根を寄せるスコールだったが、ライトニングとヤ・シュトラはそれ以上は言わなかった。
行ってらっしゃい、と手を振る彼女を訝しみつつ、スコールはリノアに手を引かれて衣裳部屋を後にする。
部屋を出ると、其処は見慣れた景色ではなくなっていた。
基本的には殺風景で、各人の部屋に入る扉以外は何もなかった筈の廊下が、大理石の床になり、カーペットが敷かれ、壁には意匠を凝らしたランプが設置されている。
誰かの世界の由緒正しい貴族の屋敷でも模したのか、と思う雰囲気だった。
何と言う力の無駄遣い、前代の女神が見たら何を思うだろう……と、余り意味のない事にスコールが憂いを感じていると、
「おっ、終わったのか。ほら、スコールが来たぜ」
声のした方を見れば、ジタンとバッツが手を振っている。
こっちこっち、と呼ぶ二人の方へ、聊か面倒な気持ちもありつつ足を向けたスコールは、彼らの傍で此方に背を向けて立っている人物に気付いた。
雪のように澄んだ銀色の髪は、いつも兜に隠されて、滅多に見る事はない。
それが今は余す所なく晒されて、無精気味に跳ねている所を不自然にならない程度に直されている。
きっと衣装に合わせてきちんとした方が良い、と身嗜みに煩い面々から手を出されたのだろう。
ひらひらとランプの光を反射させる銀色が、ゆっくりと閃いて、アイスブルーの瞳がスコールを捉える。
「……ウォル、」
名前を呼ぶと、心なしか瞳が和らいだように見えた。
ウォーリア・オブ・ライトは黒のテールコートに身を包んでいた。
スコールの世界で言えば、ドレスコードが指定される正式な舞踏会や、礼式の場で着用する、最上級の礼服だ。
上から下まで完璧に整えられたウォーリアの姿は、今現在の宮廷めいた背景と相俟って、正真正銘の貴族のようにも見える。
隣でジタンとバッツも同様の服装をしてはいるのだが、ピンと背筋を伸ばした姿勢や、体全体の均等を取れたバランスが、より彼の存在感を光らせている。
騎士然とした鎧姿のウォーリアとは違うが、生まれながらの英才教育を受けた紳士と思われても可笑しくない、そんなウォーリアの姿に、スコールの目は釘付けになっていた。
スコールはリノアに手を引かれたまま、ウォーリア達の下まで歩み寄る。
と、リノアはスコールを前に立たせて、男性三人にお披露目して見せた。
「見て見て、スコール、綺麗でしょ」
「ああ、すっごく綺麗だ!」
「何処のお姫様かと思ったぜ。勿論、リノアちゃんもな」
素直に褒めるバッツと、抜け目なくリノアの事も褒めるジタン。
そんな二人に挟まれて、ウォーリアは頭一つ低い位置にあるスコールの顔をじっと見詰めている。
相変わらず強い目力に、もう随分と慣れてはいたが、自分の慣れない格好もあって、スコールは無性に恥ずかしくなった。
背中にくっついているリノアを肩越しに見る蒼は、縋るような色を含んでいて、リノアはしっかりとそれの理由に気付き、
「ね、ウォルさん、どうかな?」
「おい、リノア……!」
「スコールだって気になってるでしょ?」
「俺、は、別に……」
好きでこんな格好にされた訳でもない、とスコールは眉根を寄せるが、リノアはにこにこと笑顔だ。
素直になれないスコールの胸中を、リノアはしっかり見抜いている。
それがまたスコールには恥ずかしい。
おまけに、ウォーリアはまだ此方を見詰めているだけで、何も言わない。
元々表情の変化に乏しい彼だが、今は輪をかけて無表情に見えて、スコールは居た堪れなかった。
変なら変だとはっきり言え、とスコールが言おうとした所で、
「……ああ。とても綺麗だ」
「………!」
感歎したウォーリアの声は、とても優しく、愛しさに満ちていた。
普段はスコールだけが聞く事の出来るその声音に、スコールの顔はゆっくりと赤くなっていく。
それを見た三人の仲間達は、顔を見合わせ、空気を呼んだ。
「よしっ。それじゃ私は先に行ってるね、スコール」
「…は?」
「じゃあおれ達も行くか」
「そうだな。ではリノアちゃん、お手をどうぞ」
「ありがと、ジタン。じゃあ後でね」
ひらひらと手を振って、リノアはジタンにエスコートされて歩き出した。
バッツもそれについて行く形で、ダンス会場に宛がわれているのであろう、廊下の向こうにある大きな扉へと向かう。
その場にスコールとウォーリアの二人だけを残して。
ちょっと待て、待ってくれ、と声にならない声で叫ぶスコールだが、仲間達には聞こえない。
共に取り残された相手の方を、恐る恐ると見て見れば、柔らかく細められた瞳がじっと此方を見詰めていた。
またスコールの顔が熱くなり、それに気付いたウォーリアの表情が、心配そうなものに変わる。
「スコール。顔が酷く赤くなっている。熱があるのではないか」
「……それは、ない。ないが……いや、なんでもない」
「?」
赤らんだ顔をウォーリアから逸らして隠しながら、スコールは火照った顔に自分の手を当てる。
早く熱を逃がそうと、はあ、と溜息を吐くスコールの前に、すい、と白い手袋を嵌めた手が差し出された。
「…なんだ?」
「違っただろうか」
「…何が?」
訝しむスコールに、ウォーリアは少し不安そうな声で訊ねた。
その意図が読めずにスコールが訊ね返すと、
「こうした場では、エスコートと言うものが大事なのだと、ジタンが言っていた。エスコートは男性が女性を大切にする為の礼節に必要なものであると」
「ああ……まあ、そう、か」
「古くは騎士が大切な人を守る為の習いであった事もあったと。ならば、君をエスコートするのは、私でありたい」
「それ、は……うん……」
何か色々と脚色が混じっている気がするのは、スコールの気の所為か。
世界が違う、価値観が違う、異文化の背景も混じっているのだろうか。
先に行ってしまった仲間に、それを問い詰めたい気もするが、彼らはきっと戻って来るまい。
戦う事を目的として生み出された世界に召喚されて、戦う為に生きている傭兵であるスコールにとって、守られるなんて事は、耐え難い事だ。
けれど、真っ直ぐに見詰めるアイスブルーの瞳は、それでもスコールを守ろうとするのだろう。
手を差し出した格好のまま、ウォーリアは動かない。
スコールの反応を待っているのだろう、その表情は、これで正しいのだろうかと言う若干の不安が見て取れた。
スコールの手が、そっとウォーリアの手に重ねられる。
触れた場所から伝わる優しい温度に、今日だけはこの手に守られているのも良い、と思った。
『甘々な感じのウォル♀スコ』のリクを頂きました。
先天性でも後天性でも良いとの事でしたので、先天性な♀スコールを。
ウォルはマナーとかそう言う物を、弁えているけど理屈は特に判っていないと言うか、本能的に所作がそれに準じて整っていると良いなあと言う妄想。
でもエスコート云々のやり方とかは判っていないので、ジタンに教わった通りにやっています。
スコールはダンスの授業もある訳だし、SeeDになれば色んな場面に出そうだから、ルールやマナーは一通り知ってはいそう。
と言う理屈は置いといて、スコールをエスコートするドレスコード着用のウォルが書きたかったのです。
クラウドが独り暮らしをしているアパートは、築三十年で、中のリフォームも殆ど行われていない物件である。
近所にスーパー、コンビニ、内科を中心とした病院もあり、立地条件はそこそこ良い。
駅への道は少し遠く感じる所もあるが、バイクや車と行った移動手段を持っていれば、それ程気にはならない程度だ。
周囲には似たような物件はそこそこ多く、そのお陰か、苦学生や利便性優先で居住の快適さは二番手に考えている人が選ぶような所だ。
夜は女性が出歩くには少々心許無いのだが、道に沿って備えられた街灯の数は多い方で、クラウドが此処で暮らすようになってから、今の所は事件めいた出来事は聞かない。
とは言え夜間の出歩きは不用心である事には変わりなく、築年数が経っている家のセキュリティと言うのはやはり昨今の住宅事情からはかけ離れたものであるのがよくある事で、そう言う理由もあってか、住んでいるのは多くが男性、と言う印象があった。
築年数が経っている家に住むと、色々と建物トラブルは起こり易い。
管理人がきちんと定期点検をしていない家と言うのも少なくはなく、人の出入りの際に確認点検だけはするけれど、リフォームまではしていない、と言う所もある。
だから家賃も安いのだが、ハズレの物件に当たると、家賃云々よりも家屋修理費の方が高くついた、なんて事もあったりする。
クラウドの住んでいるアパートも、大雨の日に風向きが悪いと屋根の隙間から雨が入り込んで、天井から染み出す雨漏りに見舞われたりするのだが、クラウドはあまり気にしていなかった。
この家賃なのだから仕方ない、と寧ろこの程度で済むなら幸いと、幾つかの対処策だけ講じて、引っ越し等を考えた事はない。
そんなクラウドのアパートに、最近は定期的に訪ねる客がある。
スコールと言う、都内の高校に通っている少年で、クラウドの恋人だった。
生まれも育ちも都会っ子のスコールは、それなりに恵まれた家で過ごしている。
何度かクラウドがお邪魔させて貰った彼の家は、都心の真ん中にあるマンションなのだが、其処はリビングダイニングだけでクラウドの居住空間が丸々収まって余ると言う広さであった。
セキュリティも勿論固く、エントランスホール、エレベーター、玄関扉と全て違うキーで管理されている。
今は携帯電話のアプリで、住人だけが一括管理で鍵を潜れるシステムが導入されたそうだが、このアプリを使うにもマンションの住人である事の登録が必要なのだそうだ。
因みに来客は、奥まで入るには住人側から各所のインターフォンから連絡してロックを一つ一つ解除して貰わなければならない為、住人が下まで降りて出迎えた方が早いと言われている。
運送業者はと言うと、当人受け取りの荷物でもない限りは、エントランスにある宅配受けか、コンシェルジュに預ける事になっていた。
コンシェルジュがいるマンションなんて、クラウドは初めて見た。
こんな所で父子二人暮らしとは、中々贅沢だな────と羨望と嫉妬混じりの皮肉を言った時には、スコールはその手の揶揄には慣れているのか、どうでも良いのか、肩を竦めるだけだった。
スコールの父親は、世間で有名な玩具会社の社長だった。
元々はただの平社員だったのだが、業績と人の心を掴むカリスマ性を買われたらしい。
まるでシンデレラストーリーのような出世の仕方に、嫉妬を買う事も多かったようで、父親の周辺にはきな臭い匂いが漂う時期があった。
そう言う輩がスコールの存在を知り、ラグナへの余りに度が過ぎた嫌がらせや、時にはスコールが命の危機を感じるような出来事もあったと言う。
こうした事件があって、息子を危険な目に遭わせる訳にはいかない、と、父は都心の真ん中にある高級マンションを買ったのだ。
其処なら、どうしても息子を一人にしなければならない時でも大丈夫だと、願って。
そんな背景を持っているスコールを、自分のアパートに上げる事に、クラウドは多少憂慮は持っている。
大きな事件こそ聞いてはいないものの、クラウドが住んでいる地域は、治安が良いとも言えない所だ。
過去に誘拐未遂事件まであったと聞いていると、彼の父が一見過剰な程に心配するのも頷けると言うものである。
しかしスコールはと言うと、今の居住環境が心地良いとは思えないようで、寧ろクラウドが住んでいるような場所の方が落ち着くと言う。
恐らくは、父の仕事の都合もあり、一人で過ごしている時間が長いのに、やたらと広い空間にいるからだろう。
人間は適度に手狭な方が落ち着くもので、クラウドのアパートはスコールにとって丁度良い大きさになるらしい。
でも住むと色々問題もあるぞ、とクラウドは言っているのだが、スコールは其処まで想像が及ばないようだ。
────だが、今日と言う日でスコールは一つ学んだだろう。
このアパートに住むと言う事は、こうした出来事も少なからず起きるのだと言う事を。
昨今、酷暑と呼ばれるような日に、動かない空調を睨むだけの日が、比較的頻繁に起きるのだと言う事を。
「……暑い……」
今年の春に買った二人掛けのローソファに並んで座り、ぐったりとしている男が二人。
零れた声はスコールのもので、彼は額に大粒の汗を滲ませ、熱の籠った赤らんだ顔をしていた。
いつもならその顔を見れば、なんだかむらむらとした気分になって来るクラウドだが、流石にこの暑さではそんな元気も湧かない。
「…だから言っただろう。今日はうちに来ない方が良いって」
「……」
「空調が壊れたから、地獄だぞって」
「……こんなに酷いなんて、思わなかったんだ…」
言った筈だと咎めるように言うクラウドに、スコールは唇を尖らせた。
今日は二人で過ごす約束をしていて、クラウドの家で過ごそうとも話していた。
しかし、今朝になってクラウドの部屋の空調が言う事を聞かなくなり、ウンともスンとも言わなくなった。
午前中はまだ雲が出ていたので、扇風機を回せば過ごせる室温だったのだが、日中になれば灼熱地獄待ったなしだと、クラウドはスコールに外で会うか、スコールの家で過ごすかを提案した。
しかし、スコールはクラウドの家で過ごしたかったようで、少し位平気だと言って聞かない。
言い出すと中々頑固なスコールに、年下の恋人に甘いクラウドは、仕方がないので一度家に来るようにと言った。
一度でもこの温度を経験すれば、この手の我儘は言わなくなるだろう、と思っての事だ。
アパートに来たスコールは、その時点で大分暑さにやられていた。
極端に暑いのも寒いのも嫌いなスコールにとって、夏の昼間の炎天下に外出するだけでも、相当のダメージを伴ったに違いない。
それを乗り越えてでもクラウドの下に行きたい、と思ってくれるのは嬉しいが、環境を鑑みて判断を改めるのは大事な事だ。
「うー……」
苦し気な唸り声を漏らして、スコールの頭が揺れる。
くらん、と傾いた頭が、隣に座るクラウドの肩に乗った。
「クラウド……」
「なんだ」
「あつい……」
「そうだな」
甘えたいのか慰めて欲しいのか判らないが、残念ながら今のクラウドには其処まで応えてやる気力がない。
懸命に首を振っている扇風機は、最早室内の熱を熱風で掻き回しているだけで、涼を与える役割を為していなかった。
「クーラー、いつ動くんだ……」
「業者が来て直してくれたら動く」
「いつ来るんだ……」
「そればっかりは」
「……直ぐ呼べよ」
「それが出来るならしているさ」
今朝、空調が動かないと判った時点で、クラウドは修理業者に連絡をした。
連絡自体は直ぐに着き、今日中には来ると言ってはいたのだが、何時頃に来れるとは言っていない。
と言うのも、酷暑の中でフル稼働する空調はあちこちにある訳で、それらがあっちもこっちも不調を来し、修理業者は儲け時なのだそうだ。
儲けられると言えば聞こえは良いが、空調が動かないと言う事は、その作業場もまた地獄のような環境であると言う事。
加えて何処も人手が足りないと泣く声がする今日、業者が休みなく駆け回っても追い付かない程、修理依頼が舞い込んでいるそうだ。
特にこの地域は、古い空調機器を使い続け、この暑さと長時間の運転に耐え切れなくなった機器も多いらしく、中々クラウドの所まで順番が回って来ない、と言う有様。
こんな状態なのだから、さっさとファミレスなりに避難する方が良いのだとは判っている。
判っているが、クラウドがそれをしないのは、可愛い恋人の我儘の所為だった。
「……スコール」
「…なんだ……」
「もう良いだろう、これだけ暑いんだから。何処か涼しい所に行かないか」
「………」
頑固で我儘な恋人は、クラウドの言葉に判り易く眉根を寄せた。
「……」
「暑いんだろう、スコール」
「…あつい」
「俺も暑い」
「………」
苦しいのは自分だけではない、クラウドも同じなのだと、判り易く伝える。
我儘で頑固だけれど、根は素直な子供なスコールに対し、少し意地悪だとは思ったが、このままでは二人揃って熱中症になり兼ねない。
それは流石に良くない、とクラウドはスコールに外出を促すが、
「……クラウド」
「ん?」
名を呼ぶ声に返事をして、目を合わせてやれば、甘える瞳が其処にある。
薄く開いた唇がねだっているような気がして、クラウドは自分のそれを重ねてやる。
スコールは直ぐに目を閉じて、クラウドが与える甘味を受け入れていた。
どうしても甘やかしてしまう。
キスが欲しいとねだり、触れて欲しいと甘えるスコールは、人目がある場所でをそれを出来ない。
男同士だから、と言うのも理由だが、他人の気配があると、スコールはどうしても羞恥心が先立つ。
けれど本当は触れていて欲しいと求めてもいるから、スコールは人目のない場所に籠っていたいのだ。
それならスコールの家でも良いじゃないか、と言われそうだが、今日は彼の父が家にいるらしい。
流石にそんな状況では、恋人とは言え、堂々とは触れ合えないのはクラウドも弁えているつもりだった。
堪能した唇をゆっくりと離すと、とろんと蕩けた蒼い瞳がクラウドを見詰めていた。
クラウドの首に回された腕が、もっと、と先を求めている、けれど。
「スコール」
「……ん…?」
「暑いんじゃないのか」
「……あつい…」
「このまますると、多分死ぬぞ」
「……やだ……」
「クーラーが直るまで我慢」
「……やだ……」
ぎゅう、と抱き着く腕は、それ程力が入っていないので、振り払おうと思えば出来る。
しかし、そうしてしまえばきっと悲しい顔をするに違いない。
それはクラウドにとっても望む事ではなかった。
そもそも、暑い暑いと言いながら、二人並んで座っている時点で、クラウドがスコールをこれ以上拒否できる筈もない。
嫌ならさっさと離れれば良いし、言い含めて宥めて、スコールを外に連れ出す事も出来ない訳ではないのだ。
とは言え、このまま事に溺れれば、熱中症か脱水症状は確実だろう。
「……水風呂でも入るか」
「……ふろ?」
「湯じゃないぞ。水道管が大分温まってるだろうから、ぬるま湯みたいなものだろうが」
「……あんたも、入る?」
「ああ」
何処にも行かないのなら、せめて別の方法で、この暑さを和らげたい。
提案してみせるクラウドに、スコールは「……はいる」と言った。
よしよしと頭を撫でて、クラウドはスコールに促しながら立ち上がる。
予想通り、水道管がとてもよく温まっているお陰で、思ったほどに冷たい水は出なかった。
それでも部屋で過ごすよりはマシと、胸に頭を預けている少年を抱いて、クラウドは濡れた項に唇を寄せた。
『暑い日に暑い暑いって言いながら結局くっついてるクラスコ』のリクを頂きました。
暑いの嫌いだけどそれより甘えたいスコールと、暑いからせめて場所を変えたいけどスコールが甘えてくれるのは此処だけだとも判っているのでどうしようかなあと考えるクラウドになりました。
水風呂でいちゃいちゃすれば良いと思います。ちゃんと水分は取ろうね。