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[クラスコ]いっそ溶け合う程に

  • 2019/08/08 21:30
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クラウドが独り暮らしをしているアパートは、築三十年で、中のリフォームも殆ど行われていない物件である。
近所にスーパー、コンビニ、内科を中心とした病院もあり、立地条件はそこそこ良い。
駅への道は少し遠く感じる所もあるが、バイクや車と行った移動手段を持っていれば、それ程気にはならない程度だ。
周囲には似たような物件はそこそこ多く、そのお陰か、苦学生や利便性優先で居住の快適さは二番手に考えている人が選ぶような所だ。
夜は女性が出歩くには少々心許無いのだが、道に沿って備えられた街灯の数は多い方で、クラウドが此処で暮らすようになってから、今の所は事件めいた出来事は聞かない。
とは言え夜間の出歩きは不用心である事には変わりなく、築年数が経っている家のセキュリティと言うのはやはり昨今の住宅事情からはかけ離れたものであるのがよくある事で、そう言う理由もあってか、住んでいるのは多くが男性、と言う印象があった。

築年数が経っている家に住むと、色々と建物トラブルは起こり易い。
管理人がきちんと定期点検をしていない家と言うのも少なくはなく、人の出入りの際に確認点検だけはするけれど、リフォームまではしていない、と言う所もある。
だから家賃も安いのだが、ハズレの物件に当たると、家賃云々よりも家屋修理費の方が高くついた、なんて事もあったりする。
クラウドの住んでいるアパートも、大雨の日に風向きが悪いと屋根の隙間から雨が入り込んで、天井から染み出す雨漏りに見舞われたりするのだが、クラウドはあまり気にしていなかった。
この家賃なのだから仕方ない、と寧ろこの程度で済むなら幸いと、幾つかの対処策だけ講じて、引っ越し等を考えた事はない。

そんなクラウドのアパートに、最近は定期的に訪ねる客がある。
スコールと言う、都内の高校に通っている少年で、クラウドの恋人だった。

生まれも育ちも都会っ子のスコールは、それなりに恵まれた家で過ごしている。
何度かクラウドがお邪魔させて貰った彼の家は、都心の真ん中にあるマンションなのだが、其処はリビングダイニングだけでクラウドの居住空間が丸々収まって余ると言う広さであった。
セキュリティも勿論固く、エントランスホール、エレベーター、玄関扉と全て違うキーで管理されている。
今は携帯電話のアプリで、住人だけが一括管理で鍵を潜れるシステムが導入されたそうだが、このアプリを使うにもマンションの住人である事の登録が必要なのだそうだ。
因みに来客は、奥まで入るには住人側から各所のインターフォンから連絡してロックを一つ一つ解除して貰わなければならない為、住人が下まで降りて出迎えた方が早いと言われている。
運送業者はと言うと、当人受け取りの荷物でもない限りは、エントランスにある宅配受けか、コンシェルジュに預ける事になっていた。
コンシェルジュがいるマンションなんて、クラウドは初めて見た。
こんな所で父子二人暮らしとは、中々贅沢だな────と羨望と嫉妬混じりの皮肉を言った時には、スコールはその手の揶揄には慣れているのか、どうでも良いのか、肩を竦めるだけだった。

スコールの父親は、世間で有名な玩具会社の社長だった。
元々はただの平社員だったのだが、業績と人の心を掴むカリスマ性を買われたらしい。
まるでシンデレラストーリーのような出世の仕方に、嫉妬を買う事も多かったようで、父親の周辺にはきな臭い匂いが漂う時期があった。
そう言う輩がスコールの存在を知り、ラグナへの余りに度が過ぎた嫌がらせや、時にはスコールが命の危機を感じるような出来事もあったと言う。
こうした事件があって、息子を危険な目に遭わせる訳にはいかない、と、父は都心の真ん中にある高級マンションを買ったのだ。
其処なら、どうしても息子を一人にしなければならない時でも大丈夫だと、願って。

そんな背景を持っているスコールを、自分のアパートに上げる事に、クラウドは多少憂慮は持っている。
大きな事件こそ聞いてはいないものの、クラウドが住んでいる地域は、治安が良いとも言えない所だ。
過去に誘拐未遂事件まであったと聞いていると、彼の父が一見過剰な程に心配するのも頷けると言うものである。

しかしスコールはと言うと、今の居住環境が心地良いとは思えないようで、寧ろクラウドが住んでいるような場所の方が落ち着くと言う。
恐らくは、父の仕事の都合もあり、一人で過ごしている時間が長いのに、やたらと広い空間にいるからだろう。
人間は適度に手狭な方が落ち着くもので、クラウドのアパートはスコールにとって丁度良い大きさになるらしい。
でも住むと色々問題もあるぞ、とクラウドは言っているのだが、スコールは其処まで想像が及ばないようだ。

────だが、今日と言う日でスコールは一つ学んだだろう。
このアパートに住むと言う事は、こうした出来事も少なからず起きるのだと言う事を。
昨今、酷暑と呼ばれるような日に、動かない空調を睨むだけの日が、比較的頻繁に起きるのだと言う事を。


「……暑い……」


今年の春に買った二人掛けのローソファに並んで座り、ぐったりとしている男が二人。
零れた声はスコールのもので、彼は額に大粒の汗を滲ませ、熱の籠った赤らんだ顔をしていた。
いつもならその顔を見れば、なんだかむらむらとした気分になって来るクラウドだが、流石にこの暑さではそんな元気も湧かない。


「…だから言っただろう。今日はうちに来ない方が良いって」
「……」
「空調が壊れたから、地獄だぞって」
「……こんなに酷いなんて、思わなかったんだ…」


言った筈だと咎めるように言うクラウドに、スコールは唇を尖らせた。

今日は二人で過ごす約束をしていて、クラウドの家で過ごそうとも話していた。
しかし、今朝になってクラウドの部屋の空調が言う事を聞かなくなり、ウンともスンとも言わなくなった。
午前中はまだ雲が出ていたので、扇風機を回せば過ごせる室温だったのだが、日中になれば灼熱地獄待ったなしだと、クラウドはスコールに外で会うか、スコールの家で過ごすかを提案した。
しかし、スコールはクラウドの家で過ごしたかったようで、少し位平気だと言って聞かない。
言い出すと中々頑固なスコールに、年下の恋人に甘いクラウドは、仕方がないので一度家に来るようにと言った。
一度でもこの温度を経験すれば、この手の我儘は言わなくなるだろう、と思っての事だ。

アパートに来たスコールは、その時点で大分暑さにやられていた。
極端に暑いのも寒いのも嫌いなスコールにとって、夏の昼間の炎天下に外出するだけでも、相当のダメージを伴ったに違いない。
それを乗り越えてでもクラウドの下に行きたい、と思ってくれるのは嬉しいが、環境を鑑みて判断を改めるのは大事な事だ。


「うー……」


苦し気な唸り声を漏らして、スコールの頭が揺れる。
くらん、と傾いた頭が、隣に座るクラウドの肩に乗った。


「クラウド……」
「なんだ」
「あつい……」
「そうだな」


甘えたいのか慰めて欲しいのか判らないが、残念ながら今のクラウドには其処まで応えてやる気力がない。
懸命に首を振っている扇風機は、最早室内の熱を熱風で掻き回しているだけで、涼を与える役割を為していなかった。


「クーラー、いつ動くんだ……」
「業者が来て直してくれたら動く」
「いつ来るんだ……」
「そればっかりは」
「……直ぐ呼べよ」
「それが出来るならしているさ」


今朝、空調が動かないと判った時点で、クラウドは修理業者に連絡をした。
連絡自体は直ぐに着き、今日中には来ると言ってはいたのだが、何時頃に来れるとは言っていない。
と言うのも、酷暑の中でフル稼働する空調はあちこちにある訳で、それらがあっちもこっちも不調を来し、修理業者は儲け時なのだそうだ。
儲けられると言えば聞こえは良いが、空調が動かないと言う事は、その作業場もまた地獄のような環境であると言う事。
加えて何処も人手が足りないと泣く声がする今日、業者が休みなく駆け回っても追い付かない程、修理依頼が舞い込んでいるそうだ。
特にこの地域は、古い空調機器を使い続け、この暑さと長時間の運転に耐え切れなくなった機器も多いらしく、中々クラウドの所まで順番が回って来ない、と言う有様。

こんな状態なのだから、さっさとファミレスなりに避難する方が良いのだとは判っている。
判っているが、クラウドがそれをしないのは、可愛い恋人の我儘の所為だった。


「……スコール」
「…なんだ……」
「もう良いだろう、これだけ暑いんだから。何処か涼しい所に行かないか」
「………」


頑固で我儘な恋人は、クラウドの言葉に判り易く眉根を寄せた。


「……」
「暑いんだろう、スコール」
「…あつい」
「俺も暑い」
「………」


苦しいのは自分だけではない、クラウドも同じなのだと、判り易く伝える。
我儘で頑固だけれど、根は素直な子供なスコールに対し、少し意地悪だとは思ったが、このままでは二人揃って熱中症になり兼ねない。
それは流石に良くない、とクラウドはスコールに外出を促すが、


「……クラウド」
「ん?」


名を呼ぶ声に返事をして、目を合わせてやれば、甘える瞳が其処にある。
薄く開いた唇がねだっているような気がして、クラウドは自分のそれを重ねてやる。
スコールは直ぐに目を閉じて、クラウドが与える甘味を受け入れていた。

どうしても甘やかしてしまう。
キスが欲しいとねだり、触れて欲しいと甘えるスコールは、人目がある場所でをそれを出来ない。
男同士だから、と言うのも理由だが、他人の気配があると、スコールはどうしても羞恥心が先立つ。
けれど本当は触れていて欲しいと求めてもいるから、スコールは人目のない場所に籠っていたいのだ。
それならスコールの家でも良いじゃないか、と言われそうだが、今日は彼の父が家にいるらしい。
流石にそんな状況では、恋人とは言え、堂々とは触れ合えないのはクラウドも弁えているつもりだった。

堪能した唇をゆっくりと離すと、とろんと蕩けた蒼い瞳がクラウドを見詰めていた。
クラウドの首に回された腕が、もっと、と先を求めている、けれど。


「スコール」
「……ん…?」
「暑いんじゃないのか」
「……あつい…」
「このまますると、多分死ぬぞ」
「……やだ……」
「クーラーが直るまで我慢」
「……やだ……」


ぎゅう、と抱き着く腕は、それ程力が入っていないので、振り払おうと思えば出来る。
しかし、そうしてしまえばきっと悲しい顔をするに違いない。
それはクラウドにとっても望む事ではなかった。

そもそも、暑い暑いと言いながら、二人並んで座っている時点で、クラウドがスコールをこれ以上拒否できる筈もない。
嫌ならさっさと離れれば良いし、言い含めて宥めて、スコールを外に連れ出す事も出来ない訳ではないのだ。
とは言え、このまま事に溺れれば、熱中症か脱水症状は確実だろう。


「……水風呂でも入るか」
「……ふろ?」
「湯じゃないぞ。水道管が大分温まってるだろうから、ぬるま湯みたいなものだろうが」
「……あんたも、入る?」
「ああ」


何処にも行かないのなら、せめて別の方法で、この暑さを和らげたい。
提案してみせるクラウドに、スコールは「……はいる」と言った。
よしよしと頭を撫でて、クラウドはスコールに促しながら立ち上がる。



予想通り、水道管がとてもよく温まっているお陰で、思ったほどに冷たい水は出なかった。
それでも部屋で過ごすよりはマシと、胸に頭を預けている少年を抱いて、クラウドは濡れた項に唇を寄せた。





『暑い日に暑い暑いって言いながら結局くっついてるクラスコ』のリクを頂きました。
暑いの嫌いだけどそれより甘えたいスコールと、暑いからせめて場所を変えたいけどスコールが甘えてくれるのは此処だけだとも判っているのでどうしようかなあと考えるクラウドになりました。
水風呂でいちゃいちゃすれば良いと思います。ちゃんと水分は取ろうね。

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