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2023年08月08日

[ラグスコ]熱の静寂と

  • 2023/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



寄りによって、こんな時でなくても良いだろう、と自分の体調管理の甘さに辟易する。
それを口に出した時、聞く者がいれば、無理もないことだと宥めてくれる者もいただろう。

昨晩、スコールは夜のエスタに到着し、ラグナが待っているであろう彼の私宅へと向かった。
デリングシティとはまた別の様相で、眠らぬ街のごとくあちこちに灯りの燈った街は、いつの間にかすっかり歩き慣れた道である。
その途中、突然の俄雨に見舞われて、事前の天気予報でも全く聞いていなかったそれに、スコールは運悪くずぶ濡れになってしまったのだ。
場所はショッピングモールも過ぎた閑静な住宅街で、エスタ特有の創りをした建物ばかりだったから、雨宿りに借りれそうな軒先もない。
スコールと似たような条件で雨に降られた人々が、それぞれの家へと逃げるように走る中、スコールもまだまだ距離があったラグナの家へと急いだのだった。

一番激しい雨の中を過ごす羽目になったので、家に着いてからはラグナが直ぐに風呂を用意してくれた。
どうせ遅い時間でもあったし、夕食を食べれば程無く借りる事になったであろうバスルームを、一足早く貰って休む。
客用ではいつまでも遠慮するだろうと思ってか、いつの間にかラグナが用意し、スコール自身も使い慣れた寝間着を着て、遅い夕食にありつく。
それからは久しぶりの熱の夜だ。
スコールはたっぷりと貪られ、自身もラグナを何度も求め、心地良い疲労感の中で眠りに就いた。

そして、翌日、スコールは熱を出していたのだ。
高熱と言う程ではないのだが、微熱と言うには聊か高く、それを見たラグナは「今日はお休みだな」と苦笑した。
昨晩の熱の交換の後、ちゃんと風呂入れてやれば良かったなあ、とラグナは言ったが、どっちにしろ───とスコールは思う。
大方の原因は昨日の雨の所為だと思ったし、そう考えると、夜を大人しく寝ていても、スコールは風邪を引いていただろう。
スコールにとって悔しいのは、雨に降られたからと、簡単に体調を崩してしまった自分の体のことだ。
土砂降りの中で作戦を実行する事だって珍しくないのに、こんな事で、と思ってしまう。
それをぽろりと口に出すと、


「きっと疲れてたんだよ、お前。いつも仕事頑張ってるもんな。今日はちゃんと休めって、神様のお告げみたいなもんだよ」


そう言ってラグナは、スコールの汗ばんだ額に張り付く前髪を撫で上げた。

休めというなら、熱なんて起こさないで、この休日の間に某か事件が起きないでくれれば良い。
それで十分に休めるものなんだから、発熱なんて本当に余計なことなのだ。
ラグナにも気を遣わせてしまっているし、エスタでしか手に入らないものを買いに行く予定だってあったのに、何もかもが台無しだった。

しかし、歯噛みをした所で熱が下がってくれる訳もなく、仕方なくスコールはベッドの住人と化している。
その傍らでは、公休を合わせてくれていたラグナが、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「朝飯は食えたし、薬も飲んだ。夜の間に熱が出て来てたんだろな、汗掻いてたし、着替えとくか?」
「……まだ良い。それより、水が欲しい」
「分かった、ちょっと取って来る」


ラグナはぽんとスコールの頭を撫でて、部屋を出て行った。

一人になった寝室で、スコールはぼんやりと天井を見上げる。
こうやって、静かな場所でただただ横になっていると言うのは、随分久しぶりのような気がした。

眠る時以外で、こんな風に過ごしていたのは、一体いつ振りだろうか────と考えて、三ヵ月ほど前に任務で怪我をした後、ガーデンへと帰投する前に病院に行った時だと思い出す。
思いの他傷が深かった事と、同行していたアーヴァインが「この際だから君はしっかり休んでから帰りなよ」と入院措置を取らせた。
スコールが診断を待っている間に、有能な友人はしっかりキスティスに連絡を回しており、他の幼馴染の面々からも、「帰ってきたらまた仕事漬けになるだろうから、そっちで休め」と言われてしまった。
誰か止めろよ、指揮官だぞ、と等と自分でも大して有り難くも思っていない、一応は重要な役職である筈なのだが、多数決に身分は関係ない。
スコールは三日間を病院のベッドを過ごしてから、バラムガーデンへと帰ることになった。

その出来事から今日までは、相も変わらず忙しい日々である。
ガーデンでは書類の確認に追われる傍ら、任務も回ってくるし、スケジュールは黒塗りだ。
今日明日の休暇もようやっと取れたと言うもので、ラグナと通信越しでない会話が出来るのも、随分と久しぶりだった。
らしくもないが、楽しみにしていた、とも言える位には待ち遠しい休暇だったのに、そんな時に熱を出してしまうなんて、馬鹿な奴だと自嘲も浮かぶ。

部屋のドアが開く音がして、ラグナが戻って来た。
手にはミネラルウォーターの入ったペットボトルと、氷入りのグラスが一つ。
ラグナは、ベッド横のサイドチェストにそれらを置くと、早速グラスに水を入れて、スコールに差し出した。
スコールは重みのある体をゆっくり起こして、ラグナの手からグラスを受け取る。


「ん………」


元々ペットボトルも冷蔵庫に入っていたのだろう、ツンと冷たくて、喉の通りが心地良い。
すっかりグラスを空にして、スコールはそれをラグナへと返した。


「まだいるか?」
「いや、十分だ」
「そっか。他に何か欲しいものとかは?」
「……今は……別に。特には、ない」


布団を手繰りながら、またベッドに横になるスコール。
ラグナは、そっか、と言って、布団の上からスコールの腹をぽんぽんと軽く叩いていた。


「昼飯は、食べれそうか?」
「……今の所は。吐き気もないし」
「じゃあ準備しよう。消化の良いものが良いよなぁ」
「…負担はない方が楽だ」
「うーん、俺、病人食はよく分からないからな。ちょっとキロスにでも聞いてみるよ」


またラグナはくしゃりとスコールの頭を撫でて、席を立った。
部屋を出て行くラグナは、私室に繋いである通信機を使いに行くのだろう。
ラグナが休みであっても、執政官であるキロスやウォードを始めとした誰かは、必ず大統領官邸に一人二人はいる筈だから、相談できる相手はいる筈だ。

また部屋に一人きりになって、スコールは幾何学模様を施された天井を見上げた。
ふう、と漏れた吐息は、溜息にも似ている。
なんとなく、ついさっき、ラグナに撫でられた腹にくすぐったさが残っている気がして、無意識に右手が其処に重なった。


(……静かだな……)


ラグナの私邸と言う訳だから、此処は大統領が住まう為に、目立たないながら最新のセキュリティが施されている。
外から中の様子が見えないように、視覚効果を歪ませる機構が使われていたり、窓も一つ一つに防犯センサーが配置されている。
家の中は、スコールが軽く眺める限りでは、普通の一般家屋と変わりないようだったが、これもきっと、目立たない場所に何か仕込んであるに違いない。
個人のプライバシーとして、寝室に監視カメラがない事は信じたい────でなければ昨夜のように睦言などしていられない筈だ。
頼むから其処だけは、自分と同じ常識の範疇でいて欲しいと思う。

そして家の外と言うのも、庭をぐるりと囲む塀を境にして、侵入防止の策が巡らされている。
ラグナはエスタの人々にとって英雄だが、それを疎み、排斥を狙う者がいない訳ではないのだ。
そんな環境で一人暮らしをしている訳だから、ラグナ自身がどんなに楽観的なことを言って見せても、彼の存在失くして今のエスタはないと思う人々は、固い守りを準備するものであった。

だからこの家の敷地に入って良い人間と言うのは、極力、限られていることになる。
家主本人と、古くから信頼を置いている旧知の友人が二人と、スコール。
後は、スコールが知っている範囲では、デリバリーサービスや宅配くらいのものだった。
必然的に人の気配が少ないので、よく喋るラグナが傍にいないと、この家の中は随分と静かになってしまう。
元々が静かな住宅街であるから、外から感じる人の往来と言うのも少なかった。


(……よく眠れる、気はする……けど……)


静寂はスコールの好む所だ。

物心がついた時からバラムガーデンの寮暮らしである筈だから、人の気配と言うのは当たり前に近くにあった。
SeeD資格を取得するまでは、共有部屋で過ごしていたので、隣の物音が煩かった時期もある。
ハメを外して遊ぶ生徒達が、共有空間で夜までお喋りしていて、鬱陶しさに眠れなかった事も。
そう言う時は、耳栓をしたり、頭まで布団を被ったりして、出来るだけ自分の世界に閉じこ籠ったものだ。
今は一人部屋なのでそれ程でもないのだが、部屋の向こうは廊下だから、時間を問わず人の気配を感じることは多い。
歩きながらの私語を禁じるガルバディアガーデンと違い、比較的開けた校風でもあるから、人のお喋りの声と言うのは、何処にいても聞こえるものだった。

だから、こう言う時の静けさと言うのは、意外と貴重なのだ。
こんな時こそ、のんびりと本を読み耽ったり、お気に入りのアクセサリーを磨いたりするのに丁度良い。
────実際の所は、仕事に追われて一時を味わうも何もないのだが、それは一旦置いておこう。
更には、生憎、今日は発熱の所為でそうする訳にもいかないもので、ただただ天井を見上げているしか出来ない。
それでも、体を休めるのなら、この静寂が一番心地が良いものだ。

……そう思っているのに、何処か落ち着かないものを感じている。


(……眠くならない……)


昨日の夜にエネルギーを消耗しているから、熱の怠さと、薬の効果もあって、眠ってしまっても良い筈だ。
寧ろその方が余計な体力を使わなくて済むし、体も自己回復に集中する事が出来るだろう。
そうでなくとも、任務で必要であれば、最低限でも休息が取れるように、意識の切り替えスイッチはある。
それをカチリとオンにしてしまえば、仮眠程度は取れる───筈なのだが、どうにもスコールは眠れる気がしなかった。


(………)


寝転がっている気にもなれなくて、スコールは起き上がった。
手持無沙汰の気持ちで辺りを見回し、サイドチェストの水を見付ける。
飲んだばかりで、喉が渇いている訳でもなかったが、他に出来ることもないと、ペットボトルに手を伸ばした。

部屋のドアが開いて、ラグナが戻って来たのはその時だ。


「お。また水飲むか?」
「……ああ。少しだけ」


本当は必要性を感じてはいなかったが、そうとは知られないように、スコールは答えた。
ラグナは直ぐに椅子に戻って来て、ペットボトルの水をグラスへと移す。
半分ほど注いだそれを指し出され、スコールは受け取ると、ちびちびと口に含むように飲んだ。

結露の浮いたグラスが手から滑らないように気を付けていると、徐に伸びて来たラグナの手が、スコールの額に当てられる。
ラグナは、ふーむ、と神妙な顔付で、自分とスコールの体温の差を確認し、


「ちょっと上がってるか?」
「……別に、大して変わりないと思うけど」
「そんなら良いけどなぁ。水飲んだら、ちゃんと寝るんだぞ」
「………」


言い聞かせるラグナの言葉に、スコールは何とも言えなかった。
心持ち唇が尖るスコールを、ラグナは「ん?」と首を傾げて見ている。


(寝れない、なんて……言った所で……)


困らせるだけだ、とスコールは思って、水の最後の一口を飲み干した。
大した時間稼ぎにもならない暇潰しも終わって、ラグナが布団を被せ直そうとするので、大人しく横になる。

どうにか意識のスイッチを切り替えよう。
そう思う事にして、スコールは枕に後頭部を預けて、目を閉じる。
薬の副作用も効いてくれれば、時間はかかっても、眠る事は出来る筈だ────と、思った時、


「お休み、スコール」


ふ、と眦に柔らかいものが触れた気がした。
今のは、と確かめる為に目を開けようとしたが、触れた感触が残る所を、慣れた匂いのする指先がそっと撫でる。
まだ明るい外から採光を貰う窓から隠すように、何か優しくて大きなものが目元を覆った。

ぽん、ぽん、と腹を一定のリズムで叩かれているのが判る。
その持ち主の正体は考えるまでもない、此処には自分の他には、ラグナしかいないのだから。
まるで小さな子供をあやし寝かしつけているような行動に、子供じゃないと言いたい気持ちは強かったが、目元を覆う掌がそれを柔く阻んでいる気がした。
ならばその手を振り払えば済む話なのだが、どうにもスコールはそんなつもりになれない。

腹を叩く手は、いつまでこうしているのだろう、とスコールに緩やかな疑問を浮かばせる。
それでも不思議なもので、目元や腹がじんわりと温かくなるにつれ、瞼がとろりと重くなっていく。
腹の奥に感じる温もりが無性にくすぐったくて、眠い頭でゆるゆると右手を持ち上げて其処へ重ねると、一度ラグナの手の動きがぴたと止まった。
それからすぐに、ラグナはスコールの手を握り、体温がゆっくりと溶け合って行く。



いつもお喋りが病まない男は、一言も喋らない。
それでも感じる、たった一つの気配が心地良くて、いつの間にかスコールは眠っていたのだった。


風邪っぴきでちょっと気持ちが弱っていたスコールと、世話焼いて甘やかしてるラグナの図。
スコールは無意識に寂しいやだここにいて欲しいって顔をしていたんだと思います。
勿論ラグナはずっと一緒にいるつもり(ご飯とかは作らないといけないけど)で、今日一日はスコールの傍にいるんでしょうね。

[レオスコ]ウェイクアップ・キス

  • 2023/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



目覚まし時計の鳴る音で、いつもの通りに目が覚める。

揺蕩う微睡の中で過ごすのは、心地の良い事ではあるけれど、朝からやらなくてはいけない事はごまんとあるのだ。
まずはこの居心地の良いベッドから抜け出して、洗面所に行って顔を洗って、朝食の準備をする。
昨日の夕飯に弟が作った汁物が残っているので、それを温め、炊飯器は予約された時間にもう焚き上がっている筈だから良いとして、あとはおかずだ。
健康の為にも二品くらいは用意しておいた方が良いと思うから、そのメニューを急いで考えなくてはいけない。
とは言っても、朝食のおかずはルーティンなものとも化していて、幾つかのパターンから今日はどれにしようかと言う程度だ。
魚が冷蔵庫にあったから、あれを消費してしまうなら、今のうちのような気がするが、此方は晩で良いかも知れない。

そんな事を考えながらも、レオンの体は中々ベッドから出ようとはしない。
翌日が休みだからと、久しぶりに熱を交わし合えば、若いレオンと、まだ性に幼い面のあるスコールが盛り上がらない筈もなく、夏の短い夜をまるごと使ってしまった。
無心に甘えて来る弟をあやすのはとても楽しくて、柄にもなく夢中になった自覚もあった。
それを伝えれば、思春期真っ盛りで気難しいきらいのあるスコールは、顔を真っ赤にして怒って見せるのだろうが、レオンにしてみればそんな表情も愛おしいものだ。
────等と、睡魔と現実の間でふらふらとしながら、自分の腕を枕にして寝ている弟を見て、緩やかな時間は過ぎて行くのである。

レオンの休日と言うのは貴重なものだ。
真面目な気質が奏してか、若いうちに色々と経験を積ませて貰う事が出来、会社の社長である父にもそれが認めて貰えたお陰で、それなりの地位にいる。
比例して仕事の量も多く、休日に飛び込みの案件が入って来る事もあり、ただでさえ少ない休みが引っ繰り返されると言うのも、珍しくはなかった。
一応、休みを優先したい日と言うのは守っているつもりだが、その為に前倒し、後ろ倒しもよくあるので、仕事量の緩和には余り役立っていないのかも知れない。

そして弟のスコールも、多忙な日々を送っている。
彼は学生であるが、日々を勉強に家事にと過ごしており、部活の類にこそ属してはいないものの、自由な時間と言うのは少なかった。
家事はレオンも出来ればやりたい、と思っているのだが、家にいる時間がスコールの方が取れるので、掃除や洗濯は勿論、買い物も彼が済ませている事が多い。
真面目な彼は、やるならば徹底的に、と言う意識も強いから、何事にも肩の力が入る所がある。
その結果、やる事が全て終わった時には、すっかり疲れ、泥のように深く眠るのであった。

そんな二人の生活にあって、明日はカレンダーも休日、レオンも有給休暇となっている。
だから昨夜は、明日のことを考えなくて良い、とついつい熱くなってしまった訳だ。
熱の名残は気怠い朝を運んできて、レオンはこの温い感覚の微睡と、腕の中で眠る少年が手放し難くて、いつまでもベッドの住人を延長している。


(────とは言え、流石にそろそろ起きないとな……)


形ばかりの目覚めの合図にと、セットしたアラームを止めて、幾十分。
空き腹が限界を訴える感覚を覚えて、レオンはようやく、ベッドから出る決意をした。

眠る弟の頭の下から、起こさないようにそうっと腕を抜く。
スコールは頼りにしていた温もりがなくなって、むぅ、と小さくむずかって丸くなった。
そんな彼の頭を柔く撫でてから、このままだとまた十数分と過ごしてしまうと、自分を律して体を起こした。
ぎしり、とベッドのスプリングの音がして、スコールが「んん……」と眉根を寄せて瞼を震わせた。


「う……」
「すまん、起こしたか」


薄く瞼を持ち上げたスコールに、レオンは眉尻を下げて詫びる。
スコールは子猫のように目を擦りながら、ぼんやりとした目で、上肢を起こした兄を見た。


「……レオン……」
「おはよう、スコール」
「……はよ……」


眠気真っ盛りのお陰で、スコールは素直に挨拶を返してくれる。
レオンはスコールの頭を撫でて、ようやくベッドを降りた。

顔を洗いに行く前に、先に服を着なくてはと、レオンはクローゼットを開ける。
兄弟二人分を綺麗に分割して使っている其処から、ラフに過ごせるものを選んだ。
スコールはベッドの上に座り、眠そうに欠伸を漏らしている。


「ふぁ………」
「眠いのなら、まだもう少し寝ていても良いぞ。休みなんだから」
「……あんたは……起きるのか」
「朝飯を作らないといけないからな。オムレツで良いか?」
「……なんでも……」


食に強いこだわりがないスコールは、逆に嫌いなものも殆どない。
しかしまだまだ成長途中、育ち盛りの弟の為にも、栄養はきちんと摂らせておかなくては。
簡単でもバランスの良い食事を食べれるように、レオンは頭の中で献立を考える。

着換えを済ませ、洗面所で顔を洗い、レオンはキッチンに立った。
米が焚けていることを確認し、冷蔵庫に鍋ごと入れていたスープを取り出してコンロにかけ、もう一つのコンロにフライパンを置く。
脂を引いて熱したら、その間に用意しておいたマヨネーズ入りの溶き卵を入れて、手慣れた仕草で形を作って行く。
綺麗な山形になったオムレツを皿に移して、同じものをもう一つ。
それから、サラダもなければと、冷蔵庫からレタスと胡瓜、トマトを取り出す。
千切ったレタスを水洗いし、瑞々しいそれを皿に乗せ、千切りにした胡瓜と、半月切りにしたトマトを添えた。
程好く冷めたオムレツにケチャップソースをかけ、温まったスープをマグに注いでいると、


「レオン……」


呼ぶ声に振り返れば、キッチンの横にスコールが立っていた。
寝癖のついた髪をそのままに、まだ眠い目を擦っているスコールの格好を見て、レオンは眉尻を下げる。


「ちゃんと着替えて来い。風邪を引くぞ」
「……寒くないから平気だ」


レオンの言葉に、そう返したスコールは、シャツ一枚しか着ていない。
薄身の体躯には合わないサイズのそれは、誰がどう見ても、昨夜脱ぎ捨てたレオンのものだ。
真っ白の裾からはすらりと長い脚が晒され、太腿に薄らと赤い華が咲いている。
それを咲かせたのは他でもないレオンだが、白い肌の内腿にちらちらと覗くのは、中々に目の毒だ。
だからいつも、きちんと服を着るように言い聞かせているのだが、真面目に見えて実は面倒臭がりな弟は、甘えもあって大概兄の言う事を聞いてくれなかったりする。

やれやれ、と眉尻を下げるレオンの元に、スコールがのそのそと近付く。
あとは米を装うだけだと、しゃもじを水に晒したレオンの背中に、とす、とくっつく体温があった。
言わずもがな、正体はスコールだ。


「飯ならすぐだぞ。もう出来てる」
「……ん……」
「動き難いだろう」
「……んん……」


すり、と背中に頬を寄せる猫に、レオンはどうしたものかなと眉尻を下げる。

昨晩、あれだけ睦み合ったのに────いや、だからと言うべきだろうか。
普段はしっかり者になりたがり、兄に対して臆面もなく甘えるなど、と照れ臭さもあって滅多に甘えて来ないスコールだが、本質的には寂しがり屋なのだ。
レオンはしばらく仕事が忙しく、スコールもつい一昨日まで定期試験があったから、どちらも熱の交換は控えた日々が続いていた。
昨夜はそれから久しぶりに解放された上、翌日の事も心配しなくて良かったから、頭が真っ白になるまで溶け合った。
その心地良さは、朝になってもスコールの中にあるらしく、今日は一段と甘えたがりだ。
そう言う事を考えると、背中のくっつき虫を我慢させるのも気が引けるし、レオンとてスコールの事は骨の髄まで甘やかしたいと思っている。

でも、このままでは、折角作ったオムレツと、温め直したスープが冷めてしまう。
レオンは腰に回されたスコールの手を握りつつ、肩に額を押し付けている弟を見る。


「ほら、朝飯だ、スコール。顔を洗って来い」
「……」


スコールの眼がちらと覗いて、レオンをじいっと見詰める。
このままでいたい、と訴えるブルーグレイに、どうにも兄は弱いのだ。
やれやれ、と眉尻を下げて笑みを零しつつ、レオンは後ろへと振り返る。

向き合う格好になって、レオンはスコールの顎に指を引っ掛けた。
くん、と軽く促してやれば、素直な貌がレオンを見上げ、熱の名残を宿した蒼と蒼が交差する。

ゆっくりと顔を近付ける間、スコールはじっとレオンの顔を見ていた。
唇を重ね合い、そっと下唇を食んでやると、スコールが薄く隙間を開く。
招くその合図に誘われるまま、舌を入れ、差し出されるものを絡め取って唾液を交換してやった。


「ん、む……ふ、ぅ……」
「ん……っふ……」
「あむ、ぅ……、んんぅ……」


角度を変えながら深くなる口付けに、スコールはレオンの首へと腕を回した。
スコールの足が気持ち背伸びをして、レオンにより深く貪って貰おうと、貌の距離を近付けようとする。
レオンはそんなスコールの背中を拾うように抱き支え、昨夜も堪能した弟の甘い咥内をたっぷりと味わった。

レオンの顔を近い距離で見詰めるスコールの瞳が、とろりと溶けて行く。
酸素不足も相俟って、ふわふわとした意識に足元が覚束なくなる頃、レオンはスコールの唇を解放した。


「ほら、此処までだ。顔を洗って来い」
「……う……」


抱いていた背中をそっと離せば、スコールは支える力を失って、ふらふらと蹈鞴を踏んだ。
まだぼんやりとしているスコールの肩を押して、方向転換させる。
ぽんと背中を叩いてやると、素直な子供は言われるままにキッチンを出て行った。

さて、とレオンは改めて朝食をテーブルへと運ぶ。
米も装って、主食、副食と揃い、デザート用のヨーグルトを冷蔵庫から出した。
カトラリーも一緒に並べて、食後のコーヒーの為に電気ケトルのスイッチを入れた所で、ぺたぺたと足音が戻ってくる。
気持ち程度に髪型を整えたスコールが、今更のように恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ダイニングへとやって来た。


「おはよう、スコール」
「……おはよう……」


顔を洗って、頭が少しは目覚めたようで、スコールは自分が何をしていたか遅蒔きに理解したのだろう。
微笑みかけるレオンの顔も見れないと、視線を彷徨わせながら、いそいそと自分の席へ座った。
レオンもその向かい側に座り、手を合わせて「いただきます」と言ってから、朝食に手を付ける。
スコールも兄に倣い、昔からの習慣の通りに手を合わせてから、箸を取ったのだった。



寝惚け気味だと甘えたがりなスコール。
レオンもそんなスコールが可愛いので、しっかり甘やかす。
顔を洗ってようやくちゃんと目が覚めたスコールが、自分の行動への恥ずかしさでレオンの顔が見れなくなりながら一緒に朝ご飯を食べるまでがセットです。

[スコリノ]秘密のメモリアル・デイ

  • 2023/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



記念日などと言うものを、スコールが意識する訳もない事を、リノアはよく判っていた。

彼のスケジュールは基本的に任務に関することで埋まっているし、それのお陰で平日も休日もあったものではない。
朝から晩まで指揮官用に誂えられたデスクに座りっぱなしである事も多く、不在であれば危険度の高い任務か、要人警護の類に赴いている。
お陰でリノアが偶にバラムガーデンにやって来ても、余り会える機会はない。
事前に予約を取った所で、某かの出来事が横入りしてきて、「悪い」と言葉を貰うのが精一杯である事も多かった。

そんな毎日を送っているスコールだから、日付の感覚やその確認と言うのは、自分のスケジュールを思い出す為のものでしかない。
夏に訪れる彼自身の誕生日だって、スコールはすっかり忘れて過ごすのだ。
覚えていたとて、その日が魔物退治だの護衛だのと、いつもと変わらない任務内容で潰されているに違いない。
加えて、元々の人付き合いの消極さの所為か、人とのコミュニケーションツールの類には酷く疎かった。
誰それの何々の日、等と言うものが、彼の頭に擦り込まれるには、まだしばらくの時間がかかるだろう。
最近ようやく、リノアを始めとし、幼馴染の面々の誕生日を、言われて思い出す程度には意識できるようになっただけでも、大した成長と言える。

個々人の記念日なんてものは、市販のカレンダー表には、当然ながら記されていない。
ただの気持ちの問題だと言えばそうだし、それも気にする人、気にしない人と様々あるものだ。
記念日を大事にしたい、と言う人は、、誕生日に嬉しい思いをしたとか、記念日を祝ってくれる人がいただとか、そう言う経験の積み重ねがあったのだろう。
少なくとも、リノアはそうだった。
けれどスコールの場合、彼の幼い頃の記憶と言うのは霞がかっている事が多い上に、今でもはっきりと思い出せるのは、姉がいなくなった淋しさの日々ばかり。
誕生日くらいは、楽しかったのかも知れない、お姉ちゃんエルオーネがいた頃は───と呟いたのが、彼の幼い思い出の全て。
祝って貰った喜びよりも、二度とそれが与えられない辛さの方が強かったから、彼はそう言うものを遠ざけるようになった。
幼い日の突然の離別は、それ程彼にとって大きな出来事だったのだ。

だからリノアは、“記念日”について、あまりスコールの前であれこれと言ったことはない。
恋人の誕生日だと知って、何も準備してなかった、と気まずそうに視線を逸らしたその様子だけで、リノアは満足している。
お祝いしてくれようと思ったんだ、とそれを感じられるだけで、リノアは幸せだったのだ。
あの誰にも興味がないと言う顔をしていたスコールが、そんな風に、自分のことを気にかけてくれるようになったなんて、こんなに嬉しい事はないのだから。



スコールは今日中には帰ってくる筈だから、と言われて、リノアは指揮官室にある来客用のソファで寛いでいた。
来訪した時、出迎えてくれたキスティスは、遅い昼食を採りに食堂へ行った。
お茶はどうかと誘われもしたが、リノアはバラムの街で昼食を食べたばかりだったし、まだ胃の中が膨らんでいる感覚があったので辞退した。

スコールは三日前から、ドールで要人警護の任務に出ていると言う。
任務の為の契約期間は、今日の正午に切れるとのことで、時間的にはもう彼は自由の身だ。
あとは海路でバラム島まで帰ってくるだけだから、任務完了のすぐ後に船に乗れていれば、直に到着する筈。
出先で何かのんびりしようと言う気が滅多にないスコールの事だから、例え遅くなるとしても、空に夕焼け色が見える頃には顔を見れる筈だと、リノアは読んでいた。

待っているだけでは手持無沙汰で、途中で一度、リノアは図書室に赴いた。
前に読んでいる途中で棚に戻した本を見付ける事が出来たので、持ち出し許可を貰って借りて行く。
六章から成るその小説は、既に四章まで終わっているから、今日明日があれば読み切れるだろう。
直ぐに指揮官室へと戻ると、まだ其処は無人だったので、リノアはソファへと戻って本を開いた。

驚天動地な物語を読み進めている内に、ゆっくりと時間は過ぎてゆく。
のめり込む勢いのままに第五章を読み終わり、このまま最後まで読み切ろうか、明日の楽しみにしようかと思っていた所で、指揮官室のドアが開く。


「はあ……」
「スコール!」


疲れを滲ませた溜息が聞こえて、リノアはそれを吹き飛ばさんばかりの明るい声で、この部屋の主の名を呼んだ。
呼ばれた方は、きょとんと蒼灰色の瞳を丸くして、ソファから立ち上がるリノアを見、


「……リノア?」


なんでいるんだ、と言う表情が向けられているが、リノアは構わず駆け寄る。
両腕を大きく広げ、突進宜しく抱き着けば、嗅ぎ慣れた火薬と鉄の匂いがする。
到底甘やかな匂いとは程遠いが、ああスコールの匂いだ、とリノアは胸一杯にそれを吸い込んだ。


「おかえりなさい、スコール!」
「……ああ、ただいま」


抱き着いて来た恋人を受け止めた格好のまま、スコールが小さな声で返事をした。
そんな些細なことがリノアはどうしようもなく嬉しい。

シルエットの割に、案外としっかりとしている胸板にぐりぐりと頬ずりをする。
何してるんだよ、と呆れた声がしたが、スコールはリノアの好きにさせてくれていた。
それに甘えて、リノアはスコールの存在を一頻り堪能してから、ハグから彼を開放する。


「お疲れ様。大変だった?」
「別に。いつも通りだ」
「そっかそっか」


答えるスコールは疲れた様子こそあるものの、血の匂いや、それを覆い隠すような薬の匂いも纏わせていない。
それを、危ないことにはならなかったんだ、とリノアは思う事にしている。
傭兵、況してその集団を束ねる者であるスコールの任務には、相応の危険が付きまとうもの。
そう言う生き方をしている人だと理解はしているつもりだが、好いた人には怪我なく戻って来て欲しいと思うのが、待つ身の願いと言うものだ。

スコールは持っていたガンブレードケースをデスクの横に置くと、どさ、と椅子に身を沈める。
いつになく体が重そうに見えるのは、任務終了から直ぐに帰還する為、船に揺られた所為か。
何か疲れに効くようなものが用意できないかな、とリノアは手持ちの荷物を思い出してみるが、特に変わったものを持って来ている訳でもない。
うーん、と考えた後、


「スコール」
「……ん」
「肩揉んであげよっか?」
「……なんだよ、急に」
「疲れてるみたいだったから。私、結構上手いと思うよ」


スコールに向かって両掌を見せ、握り開きと揉む仕草をして見せるリノア。
そんな彼女に、精一杯の労いの気持ちを、スコールも掬い取ったのか、くつりと小さく笑って、


「いや、良い。其処まで疲れてる訳でもないし」
「そうは見えないんだけどなぁ」
「先方が少し図々しくて面倒だっただけだ。体の方は大して動いていないし」


スコールはそう答えたが、それこそ彼が気疲れする相手だったのだろう、とリノアには直ぐに判った。
クライアントの言う事には、他に優先事項があるとか、余程の事でなければ、従順であるのがスコールだ。
ただし頭の中は案外そうでもない事の方が多く、業腹を鉄面皮で隠している事も珍しくない。
表に出してはならない事を考えつつ、クライアントの意に沿うように動かねばならないと言うのは、中々疲れるものだ。

やっぱり揉んであげようかなぁ、と断られたが勝手にしてみようかと思っていた時。


「リノア」
「はい」


名前を呼ばれたので、なんでしょう、と返事をした。
するとスコールは、トレードマークの黒のジャケットのポケットに手を入れて、小さな箱を取り出す。


「これ、あんたに」
「え?」


突然のことに、リノアはぱちりと目を丸くした。

スコールは、その手の中に納まるくらいの、小さなサイズの箱を持っていた。
黒の手袋を嵌めているので、それと真逆の白い箱は、なんだかきらきらと上品に輝いているように見える。
よくよく見ると、それは綺麗な化粧箱で、白地にプラチナ風のラメが散りばめられていた。
蓋の隅にデザイン的な書体で印字されたロゴが見えて、ドールで名うてのアクセサリーブランドのものであると悟る。
其処は安価なものから高級品まで幅広く取り扱っているものだが、こんなに丁寧な化粧箱で封がされていると言う事は、それなりの値段がするに違いない。
そんなものをどうして急に、とぽかんとするリノアに、スコールは明後日の方向を向きながら、


「ドールで見つけた。あんたに、似合いそうだと思って。……それだけだ」


それだけだ、とスコールはもう一度、小さな声で繰り返した。
まるで自分に言い聞かせるように紡ぐ声は、一度目はともかく、二度目は相手に聞かせる音量ではない。
同じタイミングで、髪の隙間に覗く、水色のピアスをした耳朶が赤くなっているのが見えて、リノアまで伝染したように頬が熱くなる。


「えっ。あっ、えっと。えーとえっと」
「………」
「あっ、うん。あり、ありがと!」
「……ん」


沸騰したように顔に熱が籠るのを感じながら、リノアはどもりながら気持ちを伝える。
スコールはやはり別な方向を向いたまま、小さく頷いてくれた。

スコールの手から化粧箱を受け取り、リノアはそうっと蓋を開けた。
差し込む天井からの光を受けて、きら、と柔く輝く白透明の石が姿を見せる。
小さな涙雫の形をしたピアスは、身につければさり気無く、持ち主の耳元で閃いて見せるのだろう。

ピアスをじっと見つめる傍ら、こそりと贈り主を覗いてみると、スコールはいつの間にか体ごとリノアに対して横を向けていた。
ただ微かに見える赤らんだ頬だとか、噤まれた唇が面映ゆそうにしているのを見て、リノアは胸の奥がくすぐったくて仕方がない。
スコールは恐らく、自分らしくもない事をしたと、変に冷静になった頭で、今更の羞恥を抱えているに違いない。
そんな照れていると判る恋人の様子が可愛らしくもあったし、リノアは彼がこの石を見付けた時に、自分のことを思い出してくれたと言うのが嬉しかった。


(私のこと、離れててもちゃんと覚えててくれてるんだ。ちゃんと、思い出してくれるんだ)


G.F.の恩恵を借りて生きるスコールたちSeeDにとって、記憶の侵食は免れない事だと、リノアは知っている。
それ故に彼が幼い頃のことを上手く思い出せない事も、あの戦いの直後、帰るべき場所を忘れてしまったスコールが、一人時の狭間を彷徨い歩く事になったのも、紛れもない事実だ。
力を激しく行使すれば、直近の出来事さえも思い出せなくなるかも知れないリスクを抱いて、スコールは常に戦っている。

恋人の誕生日の事も、当日に仲間達から聞くまで思い出さなかった彼が、滅多に面と向かって逢えないリノアのことを、思い出してくれた。
街の中でふらりと見付けたアクセサリーに、「似合いそうだ」と言う理由で買って来てくれるなんて。
余りに嬉しくて頬が酷く緩んでしまいそうで、リノアはその前にいそいそとスコールの背後へ周り、


「スコール、やっぱり肩揉んであげる」
「良いよ、別に……」
「良いから良いから。ほら、前向いて」


面倒というより、恥ずかしさがまだ勝っているらしいスコールを、リノアは肩を押して正面を向かせる。
自分はしっかりその後ろに立って、疲れで強張り気味のスコールの肩に両手を置いた。
にぎにぎと両手で肩を揉み始めると、スコールは諦めたように体の力を抜く。

リノアは肩揉みマッサージをしながら、ちらとデスクの端のカレンダーを見た。
今日の日付は、特に何がある訳でもない、いつも通りの平日だ。
それでもリノアは、今日と言う日を覚えておこうと思った。
誰も知らない、スコールも知らない、これは自分だけの特別記念日として。



リノアは記念日を都度作っていそうだな、と。
スコールと共有できれば嬉しいけれど、中々それは難しいので、自分の中で「今日は〇〇記念日(サラダ記念日感覚)」と作っていても良いなと。
それが段々「スコールが〇〇してくれた記念日」「一緒に出掛けた記念日」って言う感じになったら可愛いなあと思いました。
スコールはてんでそう言うのは鈍いけど、ロマンティストな奴も近くにいるので、段々と意識が育って行くんじゃないかと思う。

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