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[フリスコ]花、一輪

  • 2014/02/08 22:24
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2月8日なので、フリスコで現パロ!




働かざる者食うべからず───母のこの精神は、息子であるスコールに対しても変わらず発揮される。
学生と言う身分なのだから、まだ就労の義務はないが、家の手伝い位はやって然るべき、と言う一家の長である母に、養われる身である息子が逆らえる筈もない。

家の手伝いと言っても、スコールが請け負っているのは、家事一般の事ではない。
花屋を経営しているレインの手伝いとして、重い鉢植えを運んだり、レインが少し店を開けている間に店番したり、と言うものだ。
殆ど毎日のように駆り出されるので、正直面倒臭い、と思いつつも、習慣付くには然程時間はかからなかった。
テスト期間中は、一応配慮されており、無理に呼びつけられる事もないので、やはり学生の本分は勉強、と言うラインは越えるつもりはないらしい。

レインの花屋にやって来るのは、大体、決まった客である。
スコールが物心ついて間もない頃から足を運ぶ客も多いので、最近は見知った人間ばかりが店にやって来る。
人見知りが激しく、愛想笑いなど浮かべられないスコールにとって、これは幸いであった。
母のようににこやかな対応が出来ないので、一見の客には総じて悪印象になるであろう自分でも、見知った客ならスコールの性格をよく知っているから、仏頂面で相手をしても問題はない(接客業として如何かとは自分でも思うが)。
だから、店番中にレジの横で勉強していても、やって来る客はいつもの事と気にする事はない。

その日も、スコールは一人で店のレジを預かっていた。
レインは父を借り出して、大きなコンサートホールに飾る為の花を届けに行っている。
そのまま幾つかの配達先を回る予定なので、父母が家に帰って来るまで、短く見積もっても二時間以上はあるだろうと言う事で、その間、スコールが店番に宛がわれたのだ。

テストが開けたばかりなので、勉強をする気にはならなかった為、スコールはレジ横の椅子に座って小説を読んでいた。
彼がレジを預かってから既に30分程度の時間が流れたが、まだ客が来る様子はない。
このまま誰も来なければ、面倒な仕事が増えなくて良い───と思っていると、ぴんぽーん、と店の出入口のドアが開く音がして、スコールは顔を上げた。


「……いらっしゃいませ」


母から「これだけはちゃんと言いなさい」と教わった言葉を、全くの棒読みで口にすると、それを受けた銀髪の青年は、ぎこちなく「ど、どうも」と言った。

やって来たのは、此処数ヵ月で常連になった人物だった。
少し傷み勝ちで、尻尾のように長く伸びた銀色の髪と、燃えるような赤い瞳、野性味のある尖った眦。
体の肉付きも良く、しかし余分な脂肪分はなく、腕は無駄のない筋肉で覆われており、上背もあるので中々に迫力がある。
その割に、彼はいつも何処かオドオドとして挙動不審で、赤い瞳も人好きのする色を宿している為か、風貌の割には随分と大人しそうな印象を受けた。


(……よく来るな、こいつ)


店に来た客に対して、口にしないとは言え、“こいつ”呼ばわりした事が母に知られたら、きっと叱られるのだろうが、此処には今自分と彼しかいない。
何も言わなければボロが出る事もないと、スコールは特に気にしていなかった。

青年の名前を、スコールは知らない。
知っている事は、彼が自身の見た目の大きさに反して、小さな可愛らしい花を好む事と、何故かいつも微かに赤らんだ貌をしていると言う事。
それから、スコールが通っている学校に在籍していて、弓道部の部員であると言う事、そしてスコールの一学年上だと言う事だ。
学校と学年、部活については、部活動後の遅い時間に、道具を背負って制服のままでやって来た事があり、学校では学年事に配布されたバッヂを身に付ける事が校則で義務付けられている為、これで知る事が出来たのだ。

青年は、今日は土曜日とあって私服だった。
その事に気付いて、珍しいな、とスコールは思う。


(私服なんか初めて見た。……そう言えば、土曜日に来たのも初めてだな)


彼はいつも、平日の夕方から夜にかけて、店を訪れる。
制服の時は部活動の後(たまに部活がない時に来る事もある)、私服の時は一端家に帰った後、彼はアルバイト先で飾られる花を買いに来ているようだった。
…この辺りの情報は、彼が常連になった頃、レインとラグナが話しかけた時に交わされた会話を、偶々手伝いをしていたスコールが聞いた所に因る。

制服ではない青年を、スコールは珍しい動物を見付けた気持ちで見詰めていた。
じ、と見詰めているスコールを、青年は気付いていないのか、気にしていないのか、きょろきょろと店内を見回している。


(……今日は随分、時間がかかるな)


迷うように、あっちへこっちへと視線を彷徨わせ、顎に手を当てて考え込みながら店内を歩き回る青年。
いつもは何かのメモ───多分、アルバイト先で必要とされている花の種類に関するものだ───を見ながら、これとこれを、と幾つかの鉢植えや生花を買っていくのだが、今日はどうも違うらしい。
よくよく見れば、彼はメモを手にしていないし、真剣な貌で花を吟味している。


(……誰かに渡す花か?)


うんうんと唸りながら花を吟味しているその横顔に、スコールは今までに何度か見た事のある客の様子を思い出す。
例えば彼女への贈り物、家族への感謝の気持ち等、プライベートで贈られる花について、迷う人間は多い。
自分が伝えたい気持ちもありつつ、相手がどんな花を喜んでくれるかと言う悩みの迷路に嵌り込む人間は、よくいるものだった。

スコールは青年から目を逸らした。
うっかり目を合わせて、「店員さんが選んで下さい」等と言われたら、面倒臭い事この上ない。
此処にいるのがレインであれば、青年から贈る相手の特徴を聞いて、この花が良いんじゃないですか、と選ぶことも出来るのだが、生憎スコールにそんな器量の良さはない。
スコールが出来る事と言ったら、客が選んだ花をラッピングして(この技術は母から丁寧に教わった。父は手先が不器用なので、これに関しては戦力にならない為だ)、レジを通す事だけ。
それ以上は出来ないと自覚があるので、スコールは早く青年が目当ての花を決める事を祈った。

レジ台の影で文庫本を開いていたスコールの下に、人の気配が近付いて来る。


「あ…あの……これ、ラッピングして貰って良いですか?」


恐る恐ると言う様子がありありと判る声をかけられて、スコールは仕方なく顔を上げた。
すると予想通り、青年の赤らんだ貌があり、手には一本の小さな赤バラの蕾。
取り敢えず、「選んで下さい」と言われる事だけは回避できた事に、スコールは胸中でホッとした。


「…ラッピングですね」
「は、はい」
「メッセージカードを添える事が出来ますが、如何ですか」
「え、あ、えーと……お、お願いします」
「では、此方に」


レジ横に束ねていたメッセージカードから、一枚取り出し、6色セットのカラーペンと一緒に差し出す。
青年が真剣な顔でメッセージを綴り始めるのを横目に、スコールは白いバラのラッピング作業を始めた。

それにしても────珍しいな、とスコールはもう一度思う。
頼まれて買っていく花は別として、小さく素朴な花が好きだと言う青年が、やはり小振りで蕾とは言え、バラの花。


(バラの蕾……確か、花言葉は────)


花言葉の類は、ラッピングを教わると同時に、母から教えて貰った。
スコールは特に興味があった訳ではないのだが、客に「選んで」と言われた時、参考にしなさいと言われて教わったのだ。

赤いバラの花言葉は、『愛情』や『情熱』。
そして、バラの蕾の花言葉は、『愛の告白』。
青年が知っていてこれを選んだのかは判らないが、一世一代の大勝負のような貌をして、真面目にメッセージを考えて唸っている彼を見ていると、強ち外れてはいないのかも知れない。

青年がメッセージを考えるのに時間がかかりそうだったので、スコールはゆっくりとラッピング作業に従事した。
が、沢山の花を使う束や、凝った装丁をする程でもない、一輪バラである。
程無く作業は終わってしまい、青年のメッセージ待ちになって、スコールは少々の時間を持て余した。

結局、五分から十分はかかった所で、ようやく青年が顔を上げる。


「こ、これ、で、お願いしますっ…!」


一体何を其処まで緊張しているのか、と思う程、青年は挙動不審であった。
余程望みのない告白なのか、と野暮な事を頭の隅で思いつつ、スコールは青年が震える手で差しだしたメッセージカードを受け取り、ラッピングテープで蕾に添えようとして、手を止める。

メッセージカードには、宛名と差出人の名前を書く所があるのだが、其処に書かれているのは差出人の名前だけ。
スコールは一瞬疑問に思ったが、そんな事の詳細を聞ける程に、スコールは相手のテリトリーに踏み込める性格ではない。
これが告白に使われるのなら、直接手渡しするだろうし、必要ないと思ったのかも知れない。
どの道、自分には関係のない事だと切り捨てて、メッセージカードを貼って固定した。


「350円になります」


ラッピング代と併せて請求すると、青年は焦るように財布を取り出した。
ぴったりの値段を支払い、スコールはそれを受け取って、レシートを渡す。
青年がレシートを財布に押し込んでから、スコールはレジ台に置いていた花を手に取って、青年に差し出した。

青年がおずおずとした所作で、バラの花を受け取る。


「ありがとうございました」


入店の挨拶と同じく、これはちゃんと言いなさいと言われているので、これもやはり棒読みで言った。
「ど、どうも…」と青年が言って、背中を向ける────かに思われたのだが、何故か青年は、その場に立ち尽くしたまま動かない。

用事は終わっただろうに、その場から動かない青年に、スコールは眉根を寄せた。
何か不都合でもあったか、思い出したか、何れにしろ何か用事があるのなら、早く済ませて欲しいと思う。
今は彼の他に客がいないので、特に忙しい訳でもないのだが、出来るだけ客の相手をしたくないスコールとしては、長居されるのは正直歓迎できる事ではなかった。


「……何か?」
「その……」
「……はい」
「………」
「………」


青年はふらふらと視線を彷徨わせ、赤らんだ頬を掻き、黙り込んでしまった。
なんだよ、と思いつつ、憮然とした表情のままで青年の反応を待つ。


「……これ、」
「……?」


青年は消え入りそうな声で呟くと、手に持っていたバラの花を差し出した。
何か気に入らない所があったか、とスコールが身構えていると、


「……受け、取って…くだ、さい」


そう言った青年の顔は、まるで差し出した赤バラの蕾のように真っ赤で。




「あなたの事が、好きです」

「嘘とか、からかってるとかじゃなくて」

「ずっと前から────好きでした」




赤い瞳が、真っ直ぐに、嘘のない目で見詰めながら言ったからだろうか。
其処に映り込んだ自分の貌が、馬鹿みたいに赤くなっているのを、スコールは見た。






フリスコの日!なのでフリオが頑張りました。
スコールはびっくりですが、フリオニールがどんな人間なのか、なんだかんだ観察してる時点で若干の脈アリ…かも知れない。

いっぱいの花束じゃなくて、一輪の花で告白とか好きです。
しかし、なんでこうフリスコって初々しいんだろうね。見てる方が恥ずかしいわ!

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