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[けものびと]このにおいのそばがいい

  • 2018/02/23 21:03
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キロスが作った粥を昼食に採り、薬を飲んだ後のラグナは、只管寝て過ごした。
レオンとスコールと一緒に暮らすようになってから引っ越して来たこのマンションは、子供二人との三人暮らしと考えても、十分に広い。
寝室もそれだけ広いスペースが取られており、一人で眠っていると、少し寂しさを感じる程だ。
彼等が一緒にベッドで過ごす事を許してくれてからは、余程暑い時でもなければ、一つのベッドで揃って眠る事も増えていたから、尚更寂しさが募る。
けれども、せめて熱が下がるまでは、彼等と離れて過ごさなければならない、とラグナは考えていた。

浅い眠りと現実の隙間でうとうととしていた時、何度かドアの方から音がした。
ちらりと見ると、ドアノブががちゃがちゃと音を立てたり、カリカリとドアが引っ掛かれる音がする。
直ぐにやんわりと咎める声が聞こえ、ぎゃうぎゃうと抗議宜しく吼える声が遠退くのが聞こえて、ラグナはその度に微笑ましくなった。
自分の昼寝床に入りたいのかもな、とラグナは思ったが、今日だけはベッドの住人を譲る事は出来ない。
ソファで寝る事も考えない訳ではなかったが、それで悪化させてしまっては、益々レオンとスコールに不自由を与え、キロスとウォードにも迷惑をかける事になる。
せめて今日だけ、と言う気持ちで、ラグナは早く熱が下がってくれる事を祈っていた。

その甲斐あってか、夕方頃には熱は引き、起き上がっても支障のない程度に回復した。
とは言え、治りかけと言うのは大事な所で、無理を推しては元も子もない。
キロスとウォードは、三人の夕食も作り、食べ終わってラグナが薬を飲むまで、彼等の世話をしていた。

ラグナはベッドから起き上がる事は出来たが、まだ寝室で過ごしている。
暇潰しにと携帯電話に撮り貯めていたレオンとスコールの写真を眺めていると、食器洗いを終えたキロスが寝室にやって来た。


「調子はどうだ、ラグナ」
「おう。お陰様で元気になったよ」
「それは良かった。此方は洗い物が終わった所でね。私達はそろそろお暇させて貰おうかと話していたんだ」
「そっかそっか。今日一日、ありがとな」


ベッドから抜け出すラグナを、キロスは止めなかった。
急なヘルプに応えてくれた友人達に、せめて見送りだけでも、と言うラグナの気持ちを汲んだのだろう。

揃って寝室を出ると、直ぐに足元に何かが飛びついて来た。
どんっと勢いよく突進して来たそれに、おっと、とふらつく体をなんとか支えて見下ろしてみれば、房付きの細い尻尾がゆらゆらと揺れている。


「がぁう」
「レオンか。まだあんまり俺に近付いちゃ駄目だぞ」


半日振りに見た顔に、ラグナの顔がすっかり緩む。
いつものように抱き上げたい気持ちを堪えて、ラグナは濃茶色の鬣を撫でるに留めた。

もう一人は、と見回すと、ソファの上に置いたクッションで丸くなっている。
隣でウォードが「ラグナが来たぞ」と声をかけると、スコールは少しだけ顔を上げ、じっと此方を見詰めた後、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
尻尾がぱしっ、ぱしっ、と何かを払うようにソファの肘掛を叩いている。
ウォードがやれやれ、と言った表情で、スコールの耳の裏を擽った。


「ラグナも大分回復したようだし、ウォード、我々は帰るとしよう」
「そうだな。スコール、レオン、今日は良い子にしてるんだぞ」
「どっちもいつも良い子だよ」
「君の前では、ね」


悪戯好きの子供に念押しするようなウォードの言葉に、ラグナが大丈夫だよと言えば、キロスがくつくつと笑って含みのある言い方をした。
キロスの言葉に、どう言う意味かとラグナが問う前に、友人二人は玄関へと向かう。
その後ろをラグナが追って行くと、足元にうろうろと動き回る気配があった。
うっかり蹴り飛ばしてしまわないように、ラグナは摺り足で、時折足元を見ながら進む。

玄関で靴を履く二人を待っている間、レオンはラグナの足に身を寄せて離れなかった。
すりすりと頭を擦り付けるように寄せて、爪を引っ込めた手がラグナの膝を掴んでいる。
ウォードは膝を曲げて、そんなレオンと目を合わせ、


「レオン。ラグナはまだ風邪を引いているからな。無理をさせてはいけないぞ」
「……がぅ」


ウォードの言葉に返事らしきものを返しつつ、レオンはラグナの膝にしっかりとしがみついた。
尻尾がラグナの足先に絡まって、全身で離れまいと主張しているように見える。
ラグナが体を屈めて手を出し出すと、蒼の瞳が零れんばかりに大きくなって、肉球のある手がそれを捕まえつようにタッチした。


「がぁう」
「あーもー。しょーがねーなー」


ラグナはくしゃくしゃに顔を崩して、レオンを抱き上げた。
するとレオンは、ラグナの胸にぽすっと頭を乗せて、すっぽりと其処に落ち着いた。


「今だけだぞ、レオン。風邪、伝染っちまうかも知れないからな」
「さて……判ってくれるかな。あちらの方も」
「あっち?」


レオンを腕に抱き、首を傾げるラグナに、キロスが後ろを指差す。
ラグナが振り返ってみると、其処にはリビングのドアの隙間から覗き込んでいるスコールがいた。
ぱちっと二人の目が合うと、スコールはぱっと奥に引っ込んでしまう。
しかし、すぐ其処に蹲っている事は、隙間から見える尻尾が証明していた。


「今日は二人とも、君と一緒にいられなくて、酷く不安だったようでね」
「宥めるのが大変だったぞ。レオンはまあ、大人しい方ではあったが」
「昼と夜と、食事もそれ程食べていない。きっと腹を空かせるだろうから、寝る前に君から何か食べさせてやると良い」
「えっ、そうなのか?お前達、飯食ってないのか?」


ラグナがレオンに尋ねると、レオンはきょとんとした表情で「ぐぅ?」と首を傾げる。
ラグナはもう一度、先とは違うトーンで「しょーがねーなー…」と呟いて、レオンの頭を撫でた。

それじゃあ、と手を振って、キロスとウォードは玄関を出て行った。
ラグナは二人を見送った後、閉じた玄関扉に鍵をかけ、レオンを抱いたままリビングへと戻る。
ドアを開ける前に、其処に蹲っていた気配が慌てて逃げたのが判った。
キィ、と蝶番を鳴らしてリビングに入ると、スコールはソファに戻っていて、此方に背を向けて丸くなっている。
ぴくぴくと丸い耳を此方に向けつつも、決して振り返ろうとはしないスコールに、ラグナは苦笑しながら彼の下へと近付いた。

ラグナがソファに座ると、スコールはもぞもぞと向きを動かして、完全にラグナに背を向ける。
いつもならそんな弟にレオンが近付いて、毛繕いをして宥めるのだが、当のレオンはスコールの様子は気にしているものの、ラグナの膝から降りようとしない。


「レオン、ちょっと降りてくれるか?」
「がぁう」
「…ダメかー」


ラグナの頼みに、レオンは一鳴きしたのみ。
梃子でも動く様子のないレオンに、仕方ないなあと眉尻を下げて笑みつつ、ラグナは隣で丸くなっているスコールの背に手を伸ばした。

まだ小さな背中をそっと撫でると、ピクッ、とスコールの耳と尻尾が立つ。
ゆら、ゆら、と尻尾が左右に揺れた後、ラグナの手にするりと絡み付いた。


「今日はごめんなー、スコール。レオンも」
「……」
「んぐぅ」


ラグナはスコールの背中を撫でながら、レオンの首を擽った。
レオンが眩しそうに目を細め、うるうると喉を鳴らす。

しばらくじっとしていたスコールが、のそ、と体を起こす。
スコールは体の向きを変えると、ラグナの傍らに身を寄せて、また蹲った。
ぽすん、と丸い顎がラグナの太腿に乗せられ、ぴく、ぴく、と丸い耳が動く。
その耳の裏側を、ラグナが軽く擽ってやれば、「んぐぅ……」と兄とよく似た鳴き声が漏れた。


「お前達、あんまり飯食ってないんだって?駄目だぞ、ご飯はちゃんと食べなくちゃ」
「……ぐぁう」
「がう……」
「腹が減って目が覚めちまうぞ。何か温めてやるから、それだけ食べて────」


食べて寝ような、と言おうとして、ラグナの声は止まった。
膝上で目を細めていた二人から、くふぅ、くふぅ、と規則正しい寝息が聞こえる。
ありゃあ、とラグナは困り眉で苦笑した。

起こすべきか、寝かせてやるべきか。
キロスやウォードが言ったように、余り食事をしていないのなら、夜中に空腹で目を覚ましてしまうだろう。
しかし、二人はこの短い時間で随分と深い眠りに落ちてしまったようで、ラグナが少々声をかけた位では、目を開けようとはしなかった。
何処か穏やかな寝顔をしている所を見ると、起こしてしまう事も少々気が引ける。


(……そういや、今日は昼寝したのかな?)


昼寝はレオンとスコールの日課のようなものだった。
食後の運動に少し遊んだ後は、ベッドで揃って丸くなって眠っているのだが、今日はラグナがずっとベッドで寝ていた。
リビングでも窓辺の日向や暖房の傍など、暖の取れる所で眠っているが、キロスとウォードがいる状態で、果たして落ち着いて眠れたのだろうか。
保護された時から何度も顔を合わせているので、二人が彼等に威嚇する事はないが、気を許せているかと言えば、また別の話になる。

やはり今は起こすまい、と決めて、ラグナは二人をそっと抱き上げた。
揺れの所為で二人は微かに唸ったが、目を開ける事はなく、そのまますぅすぅと眠り続けている。

ラグナは寝室に入ると、ベッドの壁際に二人を並べて寝かせた。
毛布で小さな体を一緒に包み、寒くないようにと念入りに寝床を整えてやる。
自身は、ベッドの逆端に身を寄せ、二人から可能な限り距離を取って横になった。
ベッドから落ちないと良いなあ、と平時の自分の寝相の悪さに不安を覚えつつ、ラグナは寝る態勢になる。


(明日には治さなくちゃな。大分寂しい思いをさせたみたいだし)


隙間を開けた向こう側で眠っている、レオンとスコール。
本当は彼等を抱き締めて眠りたいけれど、今日だけは我慢する。

薬のお陰か、睡魔は程無くやって来た。
今朝は感じた寒気もないので、きっと朝には治っている筈だと、ラグナは素直に目を閉じた。
治りさえすれば、明日にはまた彼等に沢山触れる事が出来るのだから、と。



翌日、目を覚ましたラグナが見たのは、ラグナに暖を与えるように密着して眠る、レオンとスコールの姿だった。





遅刻しましたが、2月22日は猫の日と言う事で、けものびとの三人で!

レオンもスコールも、ラグナの事が心配だし、一緒にいられないと不安。
そんな二人に寂しい思いをさせた罪悪感半分、嬉しくもあるラグナでした。

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