[ラグスコ]今日が終わる前に
新たな年を迎えて間もなく訪れる大統領の誕生日を、エスタの国民は毎年欠かさず祝ってくれる。
異国からやって来て救世主となり、そのまま国の柱となる事になった男を、皆は英雄と呼び、盛大なセレモニーを行うことが恒例行事となっていた。
それが定着するようになった頃、流石に何年も続けば皆も飽きるだろうし、そもそも自分は担がれた人間なのだから、直にこの座には相応しい人間が座る事になるだろうと思い、だからそれまでは祝ってくれる人々の厚意は受け取ろうと拒否をする事なく過ごしていたのだが───まさか17年も経った今になっても、変わらず祝ってくれるとは、なんとも面映ゆいものである。
これまでは鎖国していたと言う環境もあって、セレモニーは国民だけで行われるものであった。
質素ではないがそれ程派手な訳でもなく、街のあちこちに大統領の生誕日を祝う文字が流れ、この一年間の大統領の活動足跡を集めたVTRがテレビに流れ、各区域を取りまとめる市長から挨拶が贈られ……と言った具合。
また、各区域でそれぞれに推され作られている最新の機械も、特別なロットナンバ─とサインを刻印して、誕生日プレゼントとして寄贈された。
その他、国民の間では、ショップがセールを始め、本日限りの特別メニューがレストランに並び、大統領から感謝の式辞が伝えられる。
────始まりの頃は、そんなにも大々的ではなかったと思うのだが、やはり重ねていく内に規模は大きくなって行くものである。
さて、今年であるが、今回の大統領生誕セレモニーは、これまでとは赴きが変わった。
17年ぶりに開国したエスタが迎える、初めてのラグナ大統領のバースディである。
更には宇宙に打ち上げていたアデルと言う存在そのものが遂に消滅し、本当の意味での“魔女戦争”が終わったのだと言う。
その経緯を世界に向けても発信する目的もあって、エスタは国を開いた訳だが、と言うことは、外側からもエスタを見る目が17年ぶりに集まって来ると言うことでもある。
これまで内々で過ごしていたエスタが、外との交流に向き合う流れが始まったのだ。
この為、今年のセレモニーには、初めて国外からの来賓と言うものが招かれた。
先の“魔女戦争”で先駆を切ったと言うバラムガーデンからは学園長が、嘗ての敵国として相対していたガルバディアとは今後の友好を願ってカーウェイ大佐が。
最も注目が集まったのはその二人だが、ドールやその他の国からもゲストを招いている。
来賓は大統領官邸へ訪れると、パーティ会場として整えられた大会議場に集められた。
其処でそれぞれがラグナに向けて、生誕と開国の祝いの言葉を述べ、ラグナもそれに応える形で謝辞を述べた。
その様子はエスタのテレビには勿論、改修された衛星電波を利用して全世界に向けて、生中継が行われた。
また、エスタの街には、時の国となったエスタに新年から観光にやって来た異邦人の姿もあり、エアステーション周りでエスタのテレビ局が取材を行っていたりと、これまでとは随分と変わる年になる事が、街のあちこちから醸し出されていた。
────初めての来賓を招いてのパーティは、祝辞と感謝を述べる間こそ、例年以上の厳戒態勢で厳粛な空気があったものの、それが終わると少しばかり緩んだ。
生中継が終わる前、感謝の言葉を終えたラグナが壇上から降りようとした所で、盛大に足を攣ったのが皆の笑いを誘ったのだ。
ラグナはウォードに支えられながら、「情けねぇな~」と言って顔を赤らめたが、それが飾らない人柄らしく素直に受け止められるのがラグナの最たる長所だろう。
生中継は和やかな空気に包まれて終わり、その名残がパーティにも良い形で影響を与えた。
それからは、施政者が集まった時によくある、腹の探り合いもありつつも、大きな問題は起きないまま祝宴は過ぎた。
色々と初めて尽くしとなったセレモニーで、中で働いている者にとっては大変な事であったに違いないが、平和に終わった事も含め、良かったと手を叩いて良いだろう。
パーティは最後に街の郊外で上げられた花火を見収めた所でお開きとなった。
ラグナは用意されたホテルへと向かう来賓を一人一人見送って、ようやく“大統領”としての今日の責務を終える。
「っは~、終わった終わった。何事もなくて良かったぜ」
「ああ、そうだね。君達もお疲れ様」
一日ぶりに背中を伸ばし、少々固くなった肩を回して腰を叩くラグナの横で、同調しながらキロスが官邸玄関の扉左右に立っていた二人を見る。
ラグナも一拍遅れて二人───SeeD服に身を包んだゼルとキスティスを見回して、改めて感謝を述べた。
「うん、お疲れ様。悪いな、新年早々にこんな仕事頼んじまって」
「いいえ、有難う御座います。いつもご贔屓にして頂いてますし」
「パーティも最後まで何事もなかったし。良かったですよ、ホント」
笑顔で応えるキスティスとゼルに、ラグナも笑みが零れる。
その傍ら、ラグナはどうしても頭の隅に浮かぶ顔を忘れられなかったが、それを口にするのは自分の我儘だと飲み込んだ。
リニアモーターの車が音もなく玄関前に到着し、キロスがドアを開ける。
いつの間にか補佐官としての仕草がすっかり板についた友人に苦笑しつつ、ラグナは促されるままに車に乗り込んだ。
運転席にはウォードが座っており、彼は窓の向こうにいる年若い傭兵たちに笑みを浮かべて手を振る。
キスティスとゼルは直ぐにSeeD式の敬礼をして、お疲れ様でした、と言った。
それから車にキロスが乗り込み、発進した車が門扉を潜って曲がるまで、二人が敬礼の姿勢を崩す事はなかった。
すっかり古い付き合いになった三人だけの空間で、ラグナはもう一度伸びをする。
ぱきぱき、と背中の骨が軋むのを感じて、歳だなぁヤだなぁ、等と思っていると、
「お疲れ様、ラグナ君。今年も無事に祝えて良かった」
「おう、ありがとさん。まー、でもやっぱり、恥ずかしいっつーかなんつーか。別にこんなに派手にしなくても良いのになぁ。良い年だしさ」
「だからこそ、と言う所もあるのだろうがね。皆も楽しみにしている所もあるから、今回はナシで、とはいかないだろう。特に今年は色々と変わらねばならない所もあったから」
「うーん、ま、そーだなぁ。そうなんだよなぁ。……ま、ともかく無事に終わったから、いっか」
今日一日を思い出し、頭の中で例年の光景と比べれば、違う所がよく際立つ。
その意味を考えると───と言うのは、やはり担がれたとは言え、17年間と言う時間が培った責任と言うものが、今もラグナに染み付いているからだろう。
だが、今日ばかりはもうその時間も終わりで良い筈だ。
セレモニーは終わったし、後は私邸に反って寝るだけ。
そう思うと、一日の疲れと言うものが一気に押し寄せて来て、欠伸が漏れる。
あちこちに大統領の誕生日を祝うイルミネーションが流れる中、車は何事もなく走り、ラグナがプライベートを過ごす私邸へと到着した。
セキュリティの堅いゲートを潜り、玄関に横付けされた車のドアが開いて、ラグナが下りようとすると、
「では、ラグナ。残り少ない時間だが、良い誕生日を過ごしてくれ」
旧友の言葉にラグナが振り返ると、笑みを浮かべたキロスとウォードの顔がある。
ラグナはその言葉を受け取って、へにゃっと笑い、
「おう、ありがとさん。つっても、もう寝るだけだけどな~」
時計はまだ天辺には回っていない筈だが、街の半分はそろそろ眠ろうと言う頃だ。
パーティで一日中を拘束され、来賓がいる手前崩す訳には行かないと精一杯整えていた訳だから、体は勿論気持ちの方もそこそこ疲れている。
昔はこの時間から街に繰り出して飲んだりしたけどなぁ、といつか友人たちと過ごした夜更けの街を思い出しながら頭を掻いていたラグナであったが、
「寝るだけ、ね」
「……」
くすりと笑うキロスの呟きと、その後に続くウォードの視線。
黒い瞳が「それも悪くはないだろうがな」と言っているのが聞こえて、ラグナはことんと首を傾げた。
友人たちの言葉に含みのある雰囲気に、「なんだよ?」とストレートに訪ねたラグナであったが、ウォードは肩を竦めるのみ。
キロスはさっさとドアを閉めてしまい、窓の向こうで手を振る。
そのまま車は走り出し、ラグナは置き去りにされたような気分で、しばしぽかんと立ち尽くすのであった。
なんだったんだと頭を掻いたラグナだが、玄関先で呆然としていても仕方がない。
明日には雪が降るかも知れない、と天気予報で言われていた通り、寒さに芯が入って来た夜風に当たり続けるのは辛いし、さっさと風呂に入って寝てしまおうと、玄関の鍵を開ける。
キ、と蝶番が音を立てて、廊下の灯りが外へと零れる。
と同時に、扉一枚向こうにあった影がラグナの前に落ちて来て、え、とラグナは目を丸くした。
「────スコール?」
見慣れた広い廊下を背に佇む、見慣れた黒のシルエット。
白いファーのついたジャケットと、白いシャツ、首元には銀色に光る獅子のネックレス。
遠いあの日に愛した色を受け継いだ、ダークブラウンの髪と、深い深い蒼の輝石。
今日は見る事が叶わなかった筈のものが其処にあって、ラグナはまたぽかんと立ち尽くした。
どうして、の言葉すら出て来ないラグナに、スコールは聊か気まずそうに視線を逸らしながら、
「……お帰り。……あと、……おめでとう」
言ってスコールは、蚊の鳴くような小さな声で、一応言うだけ言っておこうと思って、と付け足した。
お喋りな瞳の代わりに、赤い頬と耳が、彼の胸中を具に表しているが、ラグナはそれを見ている余裕はなかった。
「え、あ。お、おう、ただいま。と、ありがとう?」
「……」
「ええと。あれ、なんでいるんだ?」
「……」
「今日は確か、別の仕事入ってるって聞いたと、思うんだけど」
判り易く戸惑うラグナの問いに、スコールは口を噤んでいる。
───今日の大統領の生誕セレモニーは、経験不足が露呈して間もないエスタの軍だけでは心許無いと、バラムガーデンを筆頭として、傭兵やセキュリティ会社に警備を依頼を出していた。
各国の要人が多く集まるとあって、それは当然の準備だろう。
バラムガーデンからはシド・クレイマーが来賓としてやって来るし、その警護も含め、出来れば其処にスコールがいてくれたら、とラグナは思っていたのだが、折悪く危険度の高い魔物の退治が入ったとかで、スコールは其方に駆り出された。
だからキスティスとゼルがやって来たのだ。
そう言ったことは決して珍しい事ではないのだが、今回に限っては、ちょっと残念だったな、と言う思いがラグナの胸に浮かんでいた。
だからスコールがどうして今日のエスタにいるのか、と訊ねるラグナの疑問はごく普通のことだ。
が、少し気難しい年頃の少年にとっては、ラグナのその困惑振りが少々穿った形に見えたようで、
「……俺が此処にいたら駄目なのか」
「いやいやいや!そう言う事じゃないけど。めっちゃくちゃ嬉しい!けど、今日は来れないって思ってたから。びっくりして」
「……」
拗ねた口調のスコールの言葉を、ラグナはぶんぶんと首を横に振って否定した。
そんなラグナを見て、スコールは小さく息を吐いてから、言った。
「……仕事は終わらせて来た」
「そ、なのか」
「……それで、セレモニーが終わるまでには間に合わないだろうけど、……今日中にはまだ、間に合うんじゃないかと思って、……来た」
そう言ったスコールは、相変わらず視線を逸らしたままだったが、前髪の隙間から蒼の瞳が覗き見えた。
恥ずかしそうに、けれど少し何処か楽しそうな色は、まるで悪戯が成功したような、普段はあまり見せない雰囲気を滲ませている。
今日と言う時間が終わるまで、あと二時間は切っているだろう。
それでも“今日”に間に合って良かったと、スコールの言葉の代わりにお喋りな瞳が言っていた。
その傍ら、ラグナがよくよく見てみると、スコールの赤らんだ頬に薄く擦れた傷の後があって、ジャケットも所々が汚れている。
魔物討伐の任務を終えて、そのままの足でエスタに来たのか。
スコールの直前の任務地が何処かをラグナが知る由はないが、それでも“間に合うかも”と疲れているだろうに足を延ばしてくれたことが、ラグナは無性に嬉しかった。
胸がぽかぽかと温かくなる感覚に、ラグナが相貌を細めていると、
「……それに、……その、……」
「ん?」
言い淀む様子で中々口が開き切らないスコールに、ラグナがことんと首を傾げる。
口を開いては閉じるを繰り返した後で、スコールはやっぱり俯き加減のまま、視線だけをラグナに寄越して、
「……官邸に行ったら、あんたはセレモニーやってて、俺がやるのは“大統領の警護”だろう。でも、此処なら、あんたは一応、“あんた”だし。俺も今日は任務で来てる訳じゃないし。……此処なら、“俺”が“あんた”を祝えるんじゃないかと、思って………」
だから敢えて、エスタに来て、いつものように大統領官邸には向かわずに、真っ直ぐに私邸に来た。
門扉と玄関のセキュリティは、キロスとウォードに先に連絡をつけたら、都合をつけてくれたから勝手に入った。
それはほんの数十分前の話なので、直にラグナが私邸に帰るからとキロスから聞いていたから、それからずっと此処で待っていたとスコールは言う。
成程確かにその通りで、廊下の隅にはスコールの荷物と思しきものが、愛用のガンブレードケースと共に置かれていた。
疲れているだろうに、わざわざ来て、こんな所で帰りを待っていてくれたのか。
そう思ったら、ラグナはもう辛抱堪らなくなって、細い体に覆い被さるように抱き締める。
「ちょ…、ラグナっ」
「すっげー嬉しい。ありがとな、スコール」
「……べ、つに……俺は……何も」
ただ来ただけ、と言うスコールに、ラグナは小さく首を横に振った。
スキンシップに不慣れな少年を、強く強く抱きしめると、少し抵抗するように身を捩るのが伝わる。
それでも離すまいと、背中に回した腕に力を込めていると、鼻先を押し付けた首筋から汗の匂いがした。
一頻り細い体を抱き締めて、取り敢えずラグナは満足した。
肩口に埋めていた顔をあげると、なんともむず痒くて仕方がないと言う顔をしたスコールと目が合う。
距離の近さもまた、スコールにとっては苦手な所なのだろうが、誕生日だからか振り払われない事に、ラグナは存分に甘える事にした。
「なあ、この誕生日プレゼント、直ぐにいなくなったりしないよな?」
「誰が誕生日プレゼントだ……」
俺は物じゃない、と小さく呟いて、スコールは一つ溜息を吐いてから、
「…帰るのは明後日。明日は何もないから、あんたの好きにしたら良い。……俺はそれに付き合うから」
そう言ったスコールの手が、離れようとしないラグナの腕に重なる。
ほんのりと赤い頬が、見詰める蒼が熱を灯している事に気付いて、ラグナはもう一度スコールを抱き締めた。
ラグナ誕生日おめでとう!
会いたいけど仕方ないかあからの駆けつけて来てくれたスコールでした。
明日はフリーらしいので、今夜からプレゼントを堪能すると良いよ。