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[16/シドクラ]朝靄に見る



痛みがある方が、眠ることが出来る。
そう覚えたのがいつのことだったのか、もう覚えていない。

散々な夜を過ごした後の方が、夢すら見ないほどに深く眠れる。
目覚めた時には体のあちこちが酷い状態だったが、眠れないよりはマシだと思った。
体が多少痛んでも、眩暈や頭痛でまともに頭が回らないよりは良い。

だから、痛みがあるのは安心できた。
耐えている間に事は終わるし、それ以外のものを考えなくて済む。
下手に感じ入るような場所を触れる方が、(けだもの)たちの興を誘って、面倒が増えた。
一時静かな眠りを得る為に、クライヴにとって、痛みと言うのは等価交換のものだったのだ。

それなのに、もう随分と、痛みから縁遠い。
緩やかな接触で与えられるものは、むず痒さに似たものを連れて来て、体が勝手に反応する。
望まぬ興を誘うからそれは嫌なのに、触れる男はいつもそんなやり方しかしない。

中を往復して擦って行くものがあって、クライヴは喉を反らせた。
ぞくぞくとしたものが背中を駆け上って、脳髄から興奮する物質から分泌されると、意識が微か宙に浮く。
どくん、と胎内で熱の塊が破裂するのが判った。
締め付ける内側でも、同じものが弾けて、奥に注がれるのが判る。
それで、今日の行為は終わった。


「っは……はあ……う……」
「は……は……、」


背中越しに聞こえてくるのは、シドの呼吸だ。
毎度のことながら、嫌なことに付き合わせていると思う。
けれど、今ばかりはその罪悪感よりも、体中に染み渡る怠い重みで頭が一杯になっていた。

胎内に納められていたものがゆっくりと出て行って、余韻の体にじんとした快感が浮かぶ。
思わず腰が浮くのを、固い手が咎めるように柔い力で抑えられた。
シーツを噛みながら出て行くものを阻まないよう努めていると、ぽかりと穴の開く感触。
塞いでいたものがなくなって、内に注がれたものが溢れ出す感触がして、中心部がじっとりと染みを生んだ。

起きて後処理をしないと。
ふわふわとした意識の中でそう思っていると、足を大きく広げられる。
節のある指が中に入って、探るように丁寧に撫でられるから、堪らず体が仰け反った。


「う、あ……んん……!」
「すぐ終わる。ちゃんと息をして待っていろよ」
「ふ……ふぅ……っ、はぁ……っ!」


宥める声に、クライヴはもう一度シーツを噛んだ。
鋭敏になった神経が拾う快感に、体を反応させまいと力を入れる。
けれど、上手い具合にむず痒いところを掠められるから、どんなに我慢しても、足先がびくびくと跳ねた。

どろりとしたものを吐き出すと、最後に丁寧に恥部を拭われる。
そこまでしてくれるのは、確かに後が楽なので有難いことではあるが、しかし。


「……もっと雑で良いのに」


呟くと、ヘイゼル色がこちらを見る。
訝しむ顔のそれを見返しながら、クライヴはもう一度、


「雑で良いんだ。そこまで丁寧にしなくて良い」
「そう言う訳にいかないだろう。腹を壊したいか?」
「……」


そういう訳でもないけれど、とクライヴは唇を尖らせる。


「別に、後で自分でやるから、放っておいても構わない」
「そう言って寝落ちるだろう、お前」
「……起きたらやる」
「駄目だな。面倒くさがってそのままにしそうだ」


言いながらシドは、跳ね避けていた毛布をクライヴに寄越した。
汗ばんだ裸身のままでいれば、洞窟の冷えた空気が体温を奪っていく。
羽織っておけと言葉なく促して、シドはボトムだけ身に付けると、ベッド横の棚に置いていた煙草に手を伸ばした。

火のついた煙草から昇る煙を、クライヴはなんとなく目で追った。
燻る煙の筋が、うっすらと白く光っている気がして、首を巡らせる。

“空の文明”の遺跡を土台に、掘り広げられた穴倉の隠れ家は、外の気配を知るのが難しい。
しかし、シドの寝床であるこの場所は、ほんのわずかに岩肌の隙間から光が差す場所があった。
外から見ると土くれが覆い被さっている筈だが、時折土が崩れると亀裂が出来て、そこから光が入ってくる。
勿論それは、太陽が昇っている間だけの話だ。

そこから光が差し込んでいるということは、つまり。


「……朝じゃないか」
「そうだな」
「……眠れなかった」
「今から寝れば問題ないだろう。まだ未明過ぎたくらいだろうしな」


けろりと言ってくれるシドに、クライヴは眉を顰める。


「……あんた、どうしていつもねちっこく触るんだ」
「酷い言い草じゃないか。良くしてるんだろう」
「それが一番いらない世話だ」


毛布を手繰り寄せながら、クライヴは重い身体で寝返りを打つ。
腰が痛むのを庇っていると、毛布の上から、ぽんぽんと腰のあたりを叩く手。
悪戯の気配などないそれは、恐らくは気遣いなのだろうが、どうにもクライヴは慣れなかった。


「あんたが変な風に触るから、いつも体が変だ」
「変、って言うのは?」
「……」


どう言う塩梅なのかと、詳細に言ってみろ、とシドは促している。
クライヴは事の中身を細かく思い出すのはどうにも苦手なのだが、言うことは今のうちに言ってしまった方が良いだろう。


「あんたが触った場所が、むずむずして、妙にくすぐったい。それなのに体の奥が熱くなって……意識が中途半端に浮かぶんだ。声も勝手に出るし……」
「声は出した方が楽だぞ。堪えすぎると、体が緊張して余計な力が入る」
「……別に、俺が楽をしてもしょうがないだろう」
「ヤるなら、お互い楽な方が良いさ」


煙を吐いて言ったシドに、確かに楽なことは良いのだが、とクライヴも思う。


(でも────落ち着かない)


シドとセックスをすると、そこにあるのは緩やかな快楽だ。
クライヴにとってはそれ自体が慣れないもので、与えられる度、未だに戸惑いが抜けない。


(大体、どうしてあんなに丁寧に触るんだ。解すにしたって、あそこまでしなくても……)


自分の中でシドの指が動いている時のことを思い出して、クライヴは身動ぎした。
シドはいつもじっくりと時間をかけて中を解すから、その時間だけでクライヴの躰は熱が膨らんで堪らない。

ベアラーだった頃は、中なんて指を突っ込まれて適当に探られたら終わりだった。
それで十分だと馬鹿に滾ったものを入れられるから、クライヴはいつも痛みと息苦しさに喘いでいた。
どうせ同じ性だし、クライヴの躰に受け入れる為の器官はない。
そんなものだと言えばそうで、趣味の悪い輩が悪戯に時間をかけてくれても、大概、碌でもないことになって終わった。
……誰も、クライヴの躰に負担がかからないようになんて、思ってもいない。

だから、シドが初めてなのだ。
ゆっくりと触れる手、熱が膨らむ体、ふわふわと前後不覚に浮かぶ意識。
セックスなんて、早く終われば良いものだとばかり思っていたのに、それさえも認識が歪む。


(……朝まで意識が飛ばなかった)


睡眠時間が削られた。
早く意識が飛んでしまえば、そんなことにはならなかったのに。

それなのに、シドに触れられていると、眠ると言う目的が遠退いて行く。
眠るよりも、意識を飛ばしてしまうよりも、触れる手が齎す熱に酔っている方が心地良い。
だから一度果てた後も、もっと、もう少し、と触れる手を厭うことを忘れてしまう。


「……何の為のセックスなんだか……」


ぽつりと零れたのは、無意識のことだった。
それは誰に向けたものでもなかったが、傍らで煙を燻らす男にはしっかり聞こえている。


「何って、眠る為だろう。お前がそう言う目的で、俺に頼んできた」
「……判ってるなら、なんであんな触り方をするんだ」
「仮にも寝床を共有する相手を痛めつけるような趣味は持ってないからな」


シドの返答に、それもそうだ、とクライヴは思う。
この男は、昼日中の振る舞いから見ても判るように、悪戯に他者を傷付ける真似を良しとしない。
敵として相対すれば剣は向けるが、弱者を面白がって甚振る癖はない。

頼む相手を間違えたか。
今更にクライヴはそんなことを思ったが、ではこの男以外に縋れる相手がいただろうか。
セックスをしないと眠れない、なんて、余程に口が堅くて義理に縛られてくれる人間でもなければ、クライヴとて絶対に口にしない。

はあ、とクライヴはひとつ溜息を吐いた。
諦念を孕んだそれを吐き出すと、体の疲労感もはっきりと感じられて、怠さで体が重くなる。
手繰り寄せた毛織の毛布の温さに目を細めていると、


「眠いか」
「……そうだな。多分」
「良い事だ。無理に気絶なんかするより、よく眠れるぞ」


シドの言葉に、どうだか、とクライヴは返す。


「こんな時間から寝ても、大して長く眠れない……」
「何か予定でもあったか」
「……ロストウィングに……、オレーベルダウンズに狼が出るから、適当に追い払ってくれと」
「ああ、カンタンが言ってた奴か。葡萄の収穫ももう終わった時期だし、焦らなくて良いだろう。ゆっくり昼からでも向かえば良い。向こうも手隙でやってくれれば良いと言っていたしな」


言いながらシドは、クライヴの頭を撫でている。
子供を寝かしつけるような仕草に、クライヴは眉根を寄せたが、払い除けるには体が重い。
瞼が思うように持ち上がらなかった。

────すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえるようになって、シドは男を撫でる手を離す。


「あんな触り方、か」


先のクライヴの言葉を反芻して、シドはくつりと喉を震わせる。
その表情には笑みが浮かんでいるが、同時に困ったものを見付けたように、片眉が下がっている。

碌でもない経験ばかりを重ねた所為か、クライヴの躰は痛みには強い。
魔物の爪にざっくりと腹を裂かれても、大したことじゃないと言って治療を後回しにするくらいだ。
痛みと言うものに対して、根本的に感覚が麻痺していることは否めず、タルヤが都度に雷を落としてもまだ懲りない。
こればかりは、時間をかけて意識とともに矯正して行く他ないだろう。

その傍ら、頑なに痛みばかりを受け続けたからか、クライヴはそれ以外に免疫がない。
セックスは苦痛を伴うもの、痛みを押し付けられるものだと思っているから、少し優しく触れただけで、反って驚いたような顔をする。
そのまま内の柔い部分まで触れてやれば、戸惑いながら感じ入るものだから、案外と彼は初心なのだ。

そうして、戸惑いながら、生まれて初めての熱に酔っている姿が、シドの熱も煽ってくれる。
夜半から始めたのに、朝まで繰り返し彼を昂らせたのは、その所為もあった。


「……だからと言って、苛めるような趣味はないんだがなぁ」


今夜の自分の手管と、それに反応してくれる男の乱れる様を思い出す。
疲れた体がじわりと興奮を思い出すが、その原因である男は眠っている。
ようやくの深い安眠を得たのに、邪魔はするまいと、シドは煙草を噛んで堪えるのだった。





『出逢って少し経った頃。クライヴを体で慰めて日が昇ってしまって……なシドクラ』のリクエストを頂きました。

まだベアラー兵時代の感覚が抜けていないクライヴを、触れることであやしてる感じのシドです。
あやしてるんだけど、クライヴの反応がアレなので、どうしても興奮も刺激される。
シドのことなので激しくはないけど、じっくり進められて朝までしっぽりしてると良いなと思いました。

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