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2026年08月08日

[16/シドクラ]リキッド・フレーバー



交渉事となると、大抵はシドかカローンの出番である。
このうち、隠れ家に必要な生活物資の類については、多くをカローンに預けている。
それが彼女の隠れ家においての役割であったし、彼女もそれを含めて自身の飯の種としていた。
金のかかる交渉事については元より彼女が強いので、これは非常に助かっている。

シドの方はと言うと、金で話がつかないものが主になる。
特殊な経緯でしか入手できない道具や素材、人脈を辿らなければ得られないもの。
外大陸からの舶来品も、カローンが入手困難な場合は、シドが出張ることになる。

交渉の中身は多岐に渡る。
信用の為に何某を持ってこいだの、どこそこの商会の顔役に面を通せだの、と言った具合だ。
それらに上手く口を合わせ、相手の警戒を削いで気分を良くしながら、隙を誘う。
口で言えば容易い話に聞こえるが、貴族にしろ商人にしろ、日々そうした腹の探り合いをしている者だから、損や危険への鼻が良い。
転がされる振りをしながら相手を転がすのは、そう簡単にはいかない。

交渉内容が賭け事になる場合も多い。

今日のシドの交渉相手は、賭博好きの貴族だった。
ふたつの杯にそれぞれワインと薬水を入れている。
薬水は危険なものではないと貴族は言ったが、何かを仕込んでいることは明らかだ。
それらふたつの杯のうち、ひとつを選び、ただのワインを飲んだらシドの勝ち。
薬水ならば、飲めば喉が妬けるように熱くなるから、結果はすぐに判る、と貴族は言った。

クライヴはその交渉の様子を、ベアラー傭兵として、シドの後ろから見ていた。
杯の中身はクライヴからも見えるが、どちらも濃い赤色をしていて、見た目では区別がつかない。
しかしどちらかひとつは確実に薬液で、その効果については有耶無耶に躱されている。

どうするつもりなのだろう───クライヴが訝しんでいる内に、シドの手は杯を選んでいた。


「こいつを貰おう」


シドは悩む様子もなかった。
まるで最初からこれが正解だとばかりに、躊躇いもなく杯を口に運ぶ。

ごくり、とシドの喉が動いた。
じっとその様子を、クライヴは勿論、貴族も見つめている。

三秒程度、静寂があった。
シドが杯を飲み干して、ふむ、と自身の喉に手を当てている。
その表情を、貴族の緑色の瞳がじろじろと観察していたが、シドはそれに口角を上げて返した。


「賭けはこちらの勝ちだ」
「……仕方あるまい。そちらの要求を呑むとしよう」


貴族の男は、至極残念と言う表情をしながら、そう言った。
上々の結果に、シドはクライヴをちらと見遣って口角を上げる。
仕事をして来い、と無言の指示に、クライヴも傭兵ベアラーらしく、黙してそれに従った。




交渉で得た物資は、夕方のうちに運搬隊に預けることが出来た。
賭けで勝ったお陰で代価は安く済み、滅多に手に入らない舶来の鍛冶道具も手に入った。
ブラックソーンに良い土産ができた、とシドは言った。

荷積みが終わると、運搬隊は隠れ家へと出発したが、シドとクライヴは町に残った。
今日はもう仕事はないが、明日は帰る道中で少し寄り道をしなくてはならない。
次の作戦に予定しているルート中に、大型のリザード種が徘徊しているという情報があり、それを退治するのだ。
今から出ても目的地に着くのは夜───夜目の利くリザードを相手にするのは分が悪い。
一晩休んで体勢を整えてから赴く必要があった。

シドと行動するようになってから、宿に泊まる際には、部屋がひとつあれば十分だった。
ベアラーの為にもう一部屋を取ると言うのも対外的には不自然であるし、シドもクライヴも、手狭な場所で過ごすことに問題は感じない。
一泊とは言え宿部屋代も決して安くはないから、そんなものだ。

───ところが、今日はクライヴの為に部屋が誂えられた。
「何故?」とクライヴ問えば、「空いてたからな」と言う返事だったが、クライヴはそれで納得していない。
シドも納得させるつもりはないようだったが、かと言って、それ以外の説明もしない。
「まあ取り敢えず休め。疲れてるだろ」と、往路の長道を労うように言ったのが、尚更不審を誘っていた。

どうにも譲られる様子がないし、部屋も確かに用意されている。
無駄にするのもどうかとは思うので、一旦は部屋へと入ったクライヴだったが、


(……何か隠してないか?)


どうにも気になって、クライヴはそのまま休む気にはなれなかった。

自分が心配しなければならない相手ではないとは思うが、明日の予定もある。
何もないならそれで良い、と思いつつ、クライヴは一度シドの様子を見に行くことにした。

クライヴたちが来る前に、宿の部屋は疎らに埋まっていた。
廊下に並ぶドアをふたつ通り過ぎて、屋根裏へ続く階段の手前にある扉が、シドの部屋だ。
クライヴはそこを軽くノックした。


「シド。起きてるか」


声をかけてみるが、返事はなかった。
もう眠っているのか、と思ったが、二人がそれぞれ部屋に入ってから、まだ半刻と経っていない。


「シド」


もう一度読んだが、やはり返事はない。
クライヴは少し考えたが、


(……何かあると反って隠しそうだな)


普段は飄々として気さくに喋るのに、急に口が重くなる時がある。
シドはそう言う男だった。

安宿のドアに、施錠などと言う上等なものはない。
クライヴは勝手を承知で、ドアを開けた。


「シド。少し確認したいことがあるんだが────」


敷居を潜りながら言って、そこでクライヴは止まった。

シドは部屋にいた。
ベッドの縁に座って、彼は眉根を寄せてこちらを見ている。
その眼付が少々睨んでいるように尖っているのは、クライヴの気の所為ではないだろう。
なんだってドアを開けたんだ、と言わんばかりの顔がある。

格好を崩すこともなく、シドはベッドに座っている。
その足の間で、シドは膨らんでいるものを握っていた。
何をしていたのかは一目瞭然である。


「……どうして開けるかねえ。返事しなかっただろ」
「……居留守なんて、あんたらしくないと思ったんだ。ただでさえ変だから、やはり何か隠してるんじゃないかと思って……」
「まあ、強ち間違っちゃいないが……」


シドは深々と溜息を吐いて、握っていたものをごそごそと仕舞う。


「取り敢えず、入って良いから、そこは閉めておいてくれ。さすがにプライベートが過ぎる」
「……すまない」


シドの言うことは最もで、クライヴは今更ながらに短い詫びをしつつ、ドアを閉めた。

シドは部屋の隅にある丸椅子を指差した。
ベッドから少し離れた位置にあるそれに、座れ、と言う事だ。
クライヴが素直にそこに腰を下ろすと、シドはベッドに上って、壁に背中を寄り掛からせる。


「今日はそこから近付くなよ。説明はしてやるから、終わったら部屋に戻れ」
「……なんだよ。妙に追い出そうとするんだな、今日は」


いつになく突き放すようなシドの口調に、クライヴは眉根を寄せた。
人が変わっている、とまでは言わないが、何か苛立ちか憔悴のようなものを感じる。
もっと言えば、それを隠す余裕がない程、シドが追い込まれている、と言う風に感じられた。

シドは懐から煙草を取り出して、一本、口に咥えた。
しかし火を点けることはなく、何かを誤魔化すように、歯でそれを噛んでいる。


「賭けで飲んだワインがあるだろう」
「ああ」
「あれなんだがな。実を言うと、ハズレなんだ」
「……はずれ?」
「ワインじゃない方を飲んだんだよ」


シドの言葉に、クライヴは目を丸くした。


「でもあんた、なんともなかったじゃないか」
「はったりさ。全く、質の悪いものを飲ませてくれる。物資の為とは言え、お貴族様の趣味に付き合うもんじゃない」
「一体何を飲んだんだ?」


賭けに使われたものについて、その詳細は説明されなかった。
一体なんだったのかとクライヴが問えば、シドは深々と溜息を吐いて、


「サボテンダーの身の搾り蜜だ。飲んですぐに判った。それもかなり蒸留した、濃いものだろうな」
「……それは、確か───」
「霊験あらたかな、元気にしてくれるマホウの薬だよ。切り身でも大分強いんだが、絞った果汁はもっと強力な上に、即効性・持続性ともに最高級品だ。値段も馬鹿に高い」
「そんなものを飲んで、あんた、大丈夫なのか?」


まるで今にも爆発しそうな言い方をするシドに、クライヴが思わず聞けば、


「大丈夫かと言われれば、まあ……大丈夫ではないな」
「でもあんた、飲んだ時からずっと、何もなさそうにしていたぞ」
「年の功かな。上手く誤魔化されてくれて良かったよ」


疲労感を滲ませて、シドはやれやれと首を振る。
そんな彼の額には、薄らと脂汗のようなものが浮いていた。


「……物の目的がこれだからな。出すものを出せば治まる筈だ。しかし、ちょっと効果が思った以上に強くてな。お前がいちゃ十分できそうにないから、部屋を分けたんだ」
「……そう、なのか」
「お前に相手をして貰うのも、この状態でって言うのは、どうかと思ったからな」


そう言ってクライヴを見るシドは、寄せた眉の端が少し下がっている。
付き合わせるのは悪いと思った、と言葉の変わりに表情が滲んでいる。

その表情に、じわりと苦いものがクライヴの内側に浮かぶ。

クライヴがちらと視線を下げれば、夕日を避けるように奥の壁に寄り掛かるシドの中心部が僅かに覗ける。
立てた片膝で隠されてはいるが、そこがどうなっているのかは、部屋に入った時に見てしまった。
いつになく昂っていたそのシルエットを思い出して、ぞく、としたものがクライヴの背に走る。


(……部屋から出た方が良い。多分、それが正解だ)


しかし、椅子から腰を上げたクライヴの足は、ベッドへと向かう。
足音を聞いたシドが、目尻を釣り上げてクライヴを睨んだ。


「おい、クライヴ」
「別に俺は構わない。普段は俺があんたを付き合わせているんだし。そんなに強い薬なら、一人で抜くんじゃ時間がかかるだけじゃないか」
「……調子が狂ってるんだよ。ハズレを引いた責任くらい、自分で取るさ」
「だからって効率が悪い方を取っても、明日に響くだけだろう」


言いながらクライヴは、外套の留め金を外した。
籠手も外していくクライヴに、シドの目尻に剣呑なものが滲む。


「クライヴ。俺は良いから、お前は部屋に戻れ」
「断る」
「……ああ、まったく……!」


上衣を脱いで、ボトムのベルトも外し始めたクライヴに、シドは吐き捨てるように言って天井を仰いだ。

裸になったクライヴの体重がベッドに乗り、ぎしりと音を立てた。
壁に寄り掛かっている男の下腹部に手を伸ばすと、その手が掴まれる。
直後に、クライヴの躰はぐるんと回って、背中がベッドへと落ちた。

見上げた先に、夕日を受け止める天井があったかと思うと、男の顔が濃い影を映して現れる。
普段はどこか子供を見守るように柔い榛色の瞳が、ぎらつく光を抱いて見下ろしていた。


「忠告しただろう。近付くなって」
「……俺がそれを聞くと言った覚えはない」
「何をするか分からないんだぞ。お前が嫌がるようなことでも───」
「そこまであんたは意地悪くは出来ないさ」


クライヴの返す言葉に、シドは眉間の皺を深くした。
喉の奥で唸る声があって、溜息を吐くと共に、噛みっぱなしにしていた煙草がシーツに落ちる。
火がついていなくて良かったな、とクライヴは呑気なことを思った。

シドは渋い顔でクライヴを見下ろしている。
その首筋に浮いた汗の粒が、喉仏の縁を伝い落ちた。


「お前がどうなっても知らないぞ」
「問題ない」
「明日の仕事は変わらないからな」
「判っている」


全く落ち着いた声で応えてやれば、シドはもう一度、深々と溜息を吐いた。
そうしてようやく、取り繕うものをやめた目が、組み敷いた男を映す。

首筋に落ちてきた唇が、キスではなくて歯を食いこませた瞬間、得も言われぬ興奮がクライヴの背筋を奔る。



熱の匂いは同じなのに、それがいつにない激しさを伴うと、妙に癖になる。
そんな事は、その時はまだ想像もしていないのだった。






『シドがサボテンダーの切り身(または似た効能の何か)を摂取してしまって……なシドクラ』のリクエストを頂きました。
理性と自制の強い人が、のっぴきならずにその辺を飛ばした時の様子と言うのは、大変美味しいものですね。

シドはクライヴに嫌な思い(ベアラー時代のあれこれ)を思い出させるのは本意ではないので、何しでかすか分からない自分とは離して置こうと思った訳ですね。
折角部屋を分けたのに、さっさとそれを無駄にしてくれるクライヴでした。相手がシドだからと言う信用ありき。
そもクライヴが部屋に入ることを許してしまった時点で、シドの負けな気もする。この時には判断力は大分鈍った状態だったんだと思います。

[バツスコ&ロクスコ]その代償は誰の手に

  • 2026/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

中世ファンタジーパロ(FF5世界ベース)




バッツがスコールを拾ったのは、三ヶ月ほど前のことだ。
墓参りに故郷へ行き、それも済んで山を下りている途中、道端に倒れているのを見付けた。
さすがにこれを放っておくのは寝覚めが悪いと、彼を担いで一旦故郷へ引き返した。
一晩後に彼は目覚め、どうしてあんな場所で倒れていたのか聞いてみたが、彼は一切合切を覚えていなかったのである。
少ない荷物からどうにか名前と思しきものを発見し、取り敢えずそれを彼の名前と据えた。
以後、行く宛も寄る辺もないスコールは、自分自身の欠片を探す為、バッツと同行することとなる。

バッツは元々、根っからの風来坊だ。
齢4つを数える頃に、母が亡くなり、父に連れられて旅の空で生きることになった。
故郷には折々に帰ることはあったが、結局父もバッツもそこで根を張るには至らず、実家は年単位で空き家である。
結局、15の時に父も旅先で逝ったことを切っ掛けに、故郷にあった家は売り、母の墓に父の骨を埋めた。
知り合いの多い場所だし、墓もあるしということで時折足を向けるようにはしているが、それもやはり、年単位で一度と言う程度のことだ。

一人旅だったバッツがスコールを伴うようになってから、二ヶ月が経った頃、新たな同行者が加わった。
トレジャーハンターを生業としているロックである。
旅の路銀を稼ぐ為、バッツが引き受けた魔物退治の依頼に、当該対象と一度遭遇していた事から、案内役として依頼人に紹介された。
魔物退治は無事に終わり、バッツは勿論、案内に同行したロックも、十分な報酬を貰っている。
しかし、ロックはそこで、自身の同行を提案したのだ。
急な話にスコールは判り易く顔を顰めたが、その彼の保護者的立場を担うバッツが、笑って良しと頷いたので閉口した。

三人旅となってから、道程はそれなりに順調だ。
旅慣れている人間が二人もいるし、スコールは記憶は定かではないが、どうやら旅自体は苦ではない。
向かう先は特段決めず、その時々の路銀の都合や、噂話を聞いて決めていることが多かった。

野営の準備を済ませ、バッツが作ったポタージュを夕飯にしながら、一行は広げた地図を覗き込んでいる。


「今がこの辺で、こっちがトゥールの村。それを過ぎて南下すると、タイクーン城がある」
「城に用があるのか?」
「まあ、なくもないけど。おれのはついでで、メインはスコールかな」
「……俺?」


スコールが顔を上げて眉根を寄せる。

スコールはいつもバッツに旅の行く先を預けている。
だから彼がそこへ行くと言うのなら、ついて行く他ないのだが、その方針の理由に自分が挙げられたのは、今回が初めてのことだった。

どういうことかと視線で問うスコールに、バッツは木器にポタージュをおかわりしながら答える。


「ここまで幾つか村や街に行ってみたけど、スコール、何も思い出さなかっただろ」
「……ああ」
「城とか城下町とか、そっちはまだ行ってなかったし。スコール、結構戦えるし、真面目なところあるから、城仕えでもしてたことがあるんじゃないかと思ってさ」
「……」
「タイクーンならおれの知り合いがいる。ちょっと話聞いて貰って、この辺りで行方不明の捜索願でも出てないか、確かめて貰うことも出来るよ」


バッツの言葉に、スコールは懐疑するように眉根を寄せる。
それで自分のことが果たして判るのだろうか、と。
だが、結局は今まで通り、バッツの方針に従う意を示した。


「あんたがそこに行くって言うなら、それで良い」
「他に何か見たいものがあるなら、そっちに向かっても良いんだぞ?」
「……何度も言ってるだろう。どこに何があるのかさっぱり判らないから、別に良い」


そう言ってスコールは、自分の器のポタージュを飲み干した。
バッツは「そっか」と言ってスコールの手から空の器を引き取る。


「ロックはどうだ?それで良いか?」
「ああ。俺も特に行きたい所が今ある訳じゃないしな。お前らに付き合うよ」
「じゃあ決まり。トゥールの村には、ここから三日くらいだ。そこで準備して、タイクーン城に向かおう。山の上にある城だから、ちょっと日がかかるんだ」


言いながらバッツは地図を片付ける。
それから十分もしない内にバッツも夕飯を終えた。

太陽が沈み切る前に、焚火に使う薪を拾い足す。
この辺りの森はゴブリンが巣を作っている所があるから、その襲撃を躱す為にも、火が欠かせない。
夜通し炎を絶やさない為に、見張り役が必要だった。


「じゃあ、最初は俺が見張りをするから、スコールとバッツは寝ろよ」
「そうしてくれるんなら、お言葉に甘えるか。次はおれを起こしてくれて良いよ」
「それならスコールは最後だな」
「……了解」


バッツとロックの遣り取りに、異論はない、とスコールは言った。

ロックは愛用のダガーを鞘から抜き、砥石と布を使って手入れを始めた。
スコールとバッツはそれぞれの荷袋から毛布を取り出して、焚火の傍で包まる。
今日もそれなりに長い距離を歩いたからか、程なく寝息が聞こえてくる。

ロックがダガーの刃の様子を確かめる傍ら、ちらと寝転んだ仲間たちを見ると、幼い寝顔がある───スコールのものだ。
その隣では、寝転んだバッツがいるが、こちらはまだ目が開いている。
褐色の瞳は空を見上げていたかと思ったら、隣に並ぶ寝顔を見て、おもむろにむくりと起き上がった。


「寝てるな、スコール」
「そうだな」


バッツはスコールの顔を覗き込み、普段の凛とした面立ちとは異なる、丸みのある頬をつつく。
一見すると硬いと思いきや、その頬肉は案外と柔らかい。
ふに、と指を軽く沈めた感触に、バッツはくすくすと笑いながら、スコールの寝顔を眺めている。

ロックも、すっかり熟睡している様子のスコールに、くつりと喉を鳴らした。


「ようやく、少しは懐いてくれたかな」
「ははは。そうかもな。まあそろそろ一月経つからなぁ」


ロックの呟きに、バッツは眉尻を下げて笑う。


「全然寝なかったもんな、最初の頃は」
「判り易く警戒されてたからなぁ……まあ、信用されてなかったのは仕方ない。俺も押し掛けたようなものだし」
「おれは別に気にしてなかったけど。ああ、でも、スコールに何かしたらどうしようかなーとは思ってたか」
「本当に信用がないな」
「だってロック、あの時からスコールのこと見てたからさ」


バッツの言葉に、ロックは返す言葉がない。
隠しているつもりもなかったが、そうも判り易く晒しているつもりもなかった。
ひょっとしてスコールにも勘付かれていたから、ああも警戒されていたのかと思ったが、


「まあスコールは見られてたってことは気付いてないと思うよ。なんか鈍いみたいなんだよな、そう言うの」
「そうなのか?あれだけ警戒心強いのに?」
「色々考えて警戒してるみたいだけど。そこに自分は入ってないんだよな、スコールって。案外無防備だよ」


バッツの語るスコール像に、確かにそう言う所はある、とロックも思う。

危険や負の可能性については必要以上に頭が回るのに、自分への瑕疵は後段にし勝ちだ。
だから酒場で仕事を探す時など、バッツはスコールを自分の傍から離さないようにしている。
初めこそ少々過保護に見えたロックだが、一月を共に過ごすうちに、バッツの気持ちが判った。
冷静な顔をしている癖に、どうにも危なっかしいのだ。

ロックが苦笑している間も、バッツはスコールの寝顔をつついている。
眠りが深いとは言え、さすがに鬱陶しかったか、スコールは「んん……」とむずがって寝返りを打った。
バッツから逃げるように背中を向けて丸くなる。


「邪魔してやるなよ、バッツ。起きたら怒るぞ」
「大丈夫だよ。寝起きのスコールって、結構ぼーっとしてるから」


バッツはとにかく、スコールのことが構いたくて仕方がない。
昼間もあれやこれやとスコールにじゃれつき、しまいにはスコールが「黙って歩けないのか」と睨んだくらいだ。
それに対してバッツは、「色々見たら何か思い出すかも知れないだろ?」と言う。
自身の記憶喪失のことを引き出されると弱いのか、スコールは苦い顔で閉口する。
結局、バッツが持って来た花だとか石だとかを受け取って、ちゃんと相手をする辺り、律儀である。

そんな日中の様子を思い出して、ロックは両目を細くする。


「……記憶喪失、か」


零れた呟きに、バッツが振り返る。

ロックは、揺れる焚火を見つめていた。
その眼に映るのは、そこで煌々と耀く火ではなく、遠い記憶の残滓だ。

ロックは炎を見つめたまま、バッツに問う。


「なあ、バッツ。スコールの記憶は、戻ると思うか?」
「そんなことおれに訊かれてもなあ。戻れば良いとは思うけど」


記憶喪失が回復するかなんて、医者でも判らないことだ。
バッツも問われたところで、そう答える以上は出来ない。

ロックはダガーを鞘に納めると、足元の小さな土石を拾って、指先でそれを遊ぶ。


「そうだな、俺もそう思う。スコールは自分のことも判らない。何も思い出せないって言うのは、きっと辛いことだ」
「あんまりそんな悲壮感もないけどな、スコールは。でも、色々困ることはあるだろうなあ」


バッツの返す言葉に、そうだな、とロックは頷く。


「でもな。聞いたことがあるんだ」
「何を?」
「記憶喪失の人間が、元の記憶を思い出すと、記憶喪失だった時のことを忘れる───って話」


ロックの言葉に、ぴたりとバッツの動きが止まった。

ロックは過去に、記憶喪失を治す方法を探したことがある。
結局それは見付からなかったが、その道中で、記憶喪失から回復したと言う人にも逢った。
その内の全てと言う訳ではないが、思い出したのと引き換えに、忘れていた時のことが思い出せない、と言う者がいる。
まるで別の人生をそれぞれ歩み、記憶の喪失と回復を条件に、それが入れ替わったかのようだ。
中には、記憶喪失中は全く別の性格になって、回復するとそれ以前のものに戻った、と言うことも。


「スコールの記憶喪失が、回復しない方が良いってことじゃない。スコールには帰る場所があるかも知れないし、待ってる奴がいるかも知れない。いるべき場所に帰してやる為にも、スコール自身の為にも、記憶は戻った方が良い」
「うん。そうだな」
「でも思い出したら、こうして旅をしている間のことは、忘れるかも知れない」


その可能性を考えると、ロックはじわりと胸の奥が冷たくなるのを感じた。
それはいつかの日、掴み零してしまった温もりの喪失を彷彿とさせる。

ぱきり、と指先にあった土石が割れる。
ぽろぽろと地面に落ちるそれを見つめて、ロックは苦いものを噛んでいた。

バッツはそんなロックを見つめ、不可解な様子で首を傾げる。


「そう言う話は、おれも聞いたことがあるけどさ。必ずしも忘れるって訳じゃないだろ?」
「……まあな」
「もし忘れられるとしても、おれはスコールと一緒にいるよ。まあ、スコールがおれと旅をするのが嫌だとか、行けない事情があったりしたら、話は別だけどさ」


バッツはそう言って、隣で眠る少年を見る。
健やかな寝息を立てているその目元にかかる前髪を、少し荒れた指先が梳いた。

寝顔を見つめる褐色の目に、柔く甘い光が燈っていることに、ロックは気付いている。


「スコールの意思は尊重するけど。それが関係なかったら、おれはスコールと離れるつもりはないんだ」
「……」
「ロックもそう言うつもりはあるんじゃないか?」


問い返されて、ロックは口を噤んだ。
喉の奥にある苦いものが、逆流するように押し出てくるのが判る。


「……また忘れられるのは辛いからな」
「また?」
「……俺は一度、逃げたから」


それ以上は口にする気になれなくて、ロックは立膝に頬杖をついた。
ヘイゼルカラーの瞳の中で、ゆらゆらと炎が揺れている。


「……忘れられたら、それまでにあったことは消えるんだ。どんなにこっちが覚えていても」
「………」
「俺は、スコールに……忘れられたくないな」


ようやく、自分が傍にいても、眠ってくれるようになったのだ。
そうなるまでに、睨む蒼に笑い返したり、どうでも良い話を振ってみたり、小さなことを重ねていった。
別にそれを特別なことにしたい訳ではないけれど、そう言う些細な積み重ねで、今がある。
あんなにも警戒していた蒼色が、今は時折、自分を見て微かに笑ってくれるようになったことは、ロックにとって決して小さくない。

けれど、忘れてしまえば、それも全部なかったことになる。
嘗てロックは、それを経験した。
そして、二度と思い出されることもないまま、全ては病の床に沈んだ。
今際に全てが返って来たと話に聞かされたが、本当の所はどうだったのか、ロックには最早知りようもない。


(あの感覚は、もう────)


じんわりと胸に広がる虚無感は、どれだけ月日が経っても薄れない。
それをロックに釘打った出来事も、決して薄れはしないのだ。
ロック自身が、記憶喪失にでもならない限りは。

貝のように口を噤んだロックを、バッツはじっと見ていた。
彼の零した言葉の意味を汲み取れるほど、二人の付き合いは長くない。
それでも、バッツは確かにひとつ、返すべき言葉が見付かっていた。


「ロック。スコールがおれたちのことを忘れても、こうやって一緒に過ごした時間まで、全部なくなる訳じゃないだろ」
「……」
「おれたちが覚えてるんだ。だから消えることはない。それに、スコールがもしおれたちのことを忘れても、また思い出させてやれば良いさ」
「……」
「思い出せなかったら、それでも良い。新しい思い出をまた作れば良いんだよ」


バッツの言葉に、ロックは何も言わなかった。
黙して見つめ返すのみのロックに、バッツは眼を逸らさない。
芯から「おれならそうする」と言っているのが、言葉なく聞こえた。

毛布に包まった少年が、小さく身動ぎをする音があった。
気配に敏感な節のある彼だから、横でいつまでも交わされる遣り取りが煩かったのかも知れない。
バッツはそんなスコールの毛布を直してやって、自分の毛布を手繰って横になった。


「そろそろ寝るよ。おやすみ」
「……ああ」


会話は呆気なく幕切れた。
程なく健やかな寝息が聞こえて来て、後は静寂と焚火の燃える音だけが残る。

一人揺れる炎を見つめながら、ロックはひそりと唇を噛む。


(お前は、知らないから)


それを言うのは簡単だが、それをしたところで何の意味があるだろう。

何より、真っ直ぐにこちらを見つめるバッツの目が眩しかった。
強い光を湛えたそれは、きっと本当にスコールが自分のことを忘れても、そうやって彼に正面から向かって行くのだろう。

それは嘗て、ロックが選ぶべき道だったのかも知れない。
喪われ、拒絶された悲しみに暮れて、傍を離れてしまったことは、ずっと悔恨の念として残っている。
だからスコールのことを放って置けなかったのだ。
過去の残滓に引き摺られ、記憶喪失の彼の世話を焼くことで、嘗ての贖罪を求めている自分がいることは、否定できなかった。

はあ、とロックは溜息を漏らす。
らしくもない話をしたと、唇を指で抓ってやった。


(今から考えたって、どうしようもない話か……)


眠る仲間たちにもう一度目を遣る。

口を開けて寝ているバッツの横で、スコールは寒さを嫌う猫のように丸くなっている。
一月前には、ロックが見張りをしている間、横になることもせずに起きていたのに、今はすっかり夢の住人だ。
そこまで自分のことを信用してくれたことが、どうにも、嬉しい。



どうか、いつかこの距離が失われませんように。
そう祈る以外に、今は出来ることはない。






『バツスコ&ロクスコ』のリクエストを頂きました。
別々の話にする案もありましたが、折角なので今回は二人一緒にスコールを可愛がってもらう方で。

三人旅してみて欲しいなあと思ったんですね。
バッツとロックは職業柄長旅に慣れてるけど、スコールは果たして。世界の基準が違うので、歩き旅での消耗は二人より早いと思います。意地で二人のペースについて行くけど、こっそり世話を焼かれている。
ファンタジーなパロの雰囲気です。世界感としてはFF5がベースですが、多分どこかにFF6の街もある。FF8の街まであるかは謎です(ふんわり設定)。

記憶喪失絡みとなると、ロックはどうしても重い方に行きがち。なのでバッツは逆に行って貰いました。
バッツもDFFでは記憶喪失してるようなものでしたが、僅かに覚えているガラフの振る舞いを真似してみたりと前向きにできる方向にしているので、ロックほど沈みはしないかなと。
割り切って方向を自ら変えられるバッツと、ずっと割り切れずに引き摺ってるロックの違い。スコールは前向きに動く方に引っ張られるのが丁度良いと思うので、今の所はバッツに懐いている模様(拾われた刷り込みもアリ)。

[16/シドクラ]ただそこにいるだけで



しばらく顔を見ていないな、と思ったのは、不意のことだった。

シド自身が多忙なものだから、隠れ家を数日空けるなんてことは珍しくない。
それで隠れ家の諸々が回らないこともないから、それを気にする必要もなかった。
しかし、ここしばらく、その忙しさが少しばかり減った気がする。

それがいつを切っ掛けにしたかと言えば、クライヴとジルがフェニックスゲートから戻って来てのことだ。
どうやら、今までシドが引き受けていた、厄介な魔物や魔獣の退治を彼らが引き取っているらしい。
クライヴは十三年間をベアラーとして、ジルも奴隷でありながらシヴァのドミナントとして戦線に駆り出されていた身である。
戦えるベアラーは隠れ家に少なくはないが、やはり、前線で生き抜いてきた彼らは群を抜く。
シド一人では手に余り、諸々も絡んで追い切れなかった仕事を、彼らが請け負ってくれるのは有難かった。

だから、数日出掛けたシドが戻って来たのと、彼らが出掛けるタイミングが重なることは少なくない。
隠れ家の入り口で入れ違いになることもあった。
だが、ここしばらくは入れ違いすらなく、シドがいる時は彼が隠れ家にいない、と言う具合だ。


(……別に困るものでもないが)


いつもの椅子に座って、シドは高い天井を見上げる。
噛んだ煙草の煙がゆっくりと立ち上って行くのが見えた。

集中力が切れたのを自覚して、シドは腰を上げる。
少し気分転換に歩いて来た方が、作業に戻り易いだろう。

広間に出ると、“空の文明”の遺跡の隙間から、外界の光が零れ落ちている。
水の流れ出る音と、暮らす皆々の声があちこちで聞こえていた。
勉強に飽きた子供が遊ぶところを探して駆け回っているのを、教師役の老婆が咎めていた。
鍛冶場の方からはブラックソーンが槌を振る音がする。
いつもの隠れ家の光景だ。

それを少し高い位置からぐるりと見渡して、さて、とシドは傍の階段を下りる。

階段下には、植生研究室がある。
いつものように植木鉢を愛でるように観察しているボフミルと、植物の生長具合を記録しているマーテルがいた。


「よう、お二人さん」
「あら、シド」
「ちょいと尋ねるが、クライヴを見てないか?」


マーテルは首を傾げ、ボフミルがこちらを向かずに言った。


「今日は見ていないな。どこかに出掛けているんじゃないか」
「私も、ここ数日は見ていないわ」
「そうか。ありがとう」


ボフミルはよく資料材を集めるのをクライヴに依頼しているらしいが、今はその様子もなさそうだ。
他を当たるか、とシドは移動した。

はしゃぎまわる子供たちを横目に鍛冶場に行くと、その主は今日も仕事に励んでいる。
今打っているいるのは、厨房を預かるケネスが使う料理用の包丁だ。
数日前、毎日の仕様で消耗が早いものだから、質の良い包丁が欲しい、と頼んでいたのを見た。

仕事に励んでいるところを邪魔すると、ブラックソーンは不機嫌になる。
彼の仕事が一区切り着くのを待ってから、声をかけた。


「ブラックソーン。クライヴがどこに行ったか知らないか」
「……いいや。四日前に出るのは見たが、それだけだな」
「やっぱり出掛けてるか。判った、邪魔したな」


ひらりと手を振ってその場を退散する。
すぐに槌の音は再開された。

鍛冶場を出て次に目に入ったのは、カローンのテリトリーだ。

外から運んできた品々を収めた沢山の箱を、グツが一所懸命に整頓している。
大きな体を縮めながら、これはこっち、これはあっち、と几帳面に品物を検分していた。
その隣で、煙管を燻らせながら丁稚の仕事を監督しているのがカローンだ。

シドがそちらへ向かうと、気配に敏いカローンがすぐにこちらを見た。


「ああ、シドかい。何か要り物でも?」
「生憎、今は間に合ってる。またの機会にな。二人とも、クライヴがどこにいるか知らないか?」


シドが訊ねると、グツが検分の手を止めて顔を上げる。


「クライヴなら、えっと……多分、ザンブレクだと思うよ。街道沿いに、おっかない奴がいて危ないから、なんとかして欲しいって、頼んだんだ」
「ああ。確か四日ほど前だね。話をしたらすぐに出発したんだ」
「街道沿い───と言うと、進軍道の方か」
「大体その辺りだった筈だ。皇国軍も出張っているようだが、どうもヘタっているらしくてね。それじゃ商売あがったりだから、クライヴに」
「成程」


ザンブレク皇国軍が手こずる相手でも、クライヴならば。
そう信用できるほど、クライヴは戦力として大いに当てに出来る力があった。

二人が言ったザンブレク皇国領にある進軍道は、ロストウイングを通って行けば二日ほどで行ける。
クライヴが単身で向かったのなら、何事もなければ直に戻れるだろう。

シドがそう思ったところで、


「カローン。戻ったぞ」
「おや。噂をすればと言うやつかね」


聞こえた声に三人が振り返れば、噂の当事者───クライヴの姿があった。
傍にはいつもの通り、相棒のトルガルも一緒だ。

カローンは店棚にしている台の上に置いていた、小さな麻袋をクライヴに差し出した。


「その分だと、魔物はどうにか出来たようだね」
「ああ。少し手こずったが、退治は出来た。突然変異のようで、群れからも追放されたんだろうな。付近に仲間の類も見当たらなかった。もう大丈夫だろう」
「ご苦労さん。これが礼だよ」
「ありがとう」


ちゃり、と鳴った小袋の中身はギルだろう。
腰鞄にそれを収めるクライヴの横で、カローンは「あんたもご褒美だよ」とトルガルに骨をやっている。
トルガルは尻尾を振って骨を噛み、日当たりの良い場所に行ってそれを齧り始めた。

グツは大きな背中を丸めて、クライヴの顔をまじまじと見て、


「クライヴは、大丈夫だった?ケガとか、してない?」
「問題ない」
「そう。良かった!」


子供のように笑うグツに、クライヴの頬も綻んだ。

毒の印のある横顔が、案外と幼い頤で笑う。
シドはそれをじっと見つめていた。

───と、


「そう言えば、クライヴ。シドがあんたを探していたよ」
「え?」


グツと話をしていた青の目が、こちらへと振り返った。
しっかりと目が当った瞬間、シドの胸の内で心臓が跳ねる。


「何か用か?」
「あ?あー……そう言う訳でもないんだが」


探していたと言われれば、確かに用向きがあるかのような雰囲気だ。
特にシドからクライヴへは、隠れ家内で持て余している頼まれごとの委託やら、誰それからの言伝やらとあったりする。

が、今日のところはそう言うものはひとつもなかった。


「いや、何。しばらく顔を見ていなかったから、何をしてるかと思っただけだ」
「そうなのか」
「ああ。戻って来たなら十分だ。じゃあな」


ひらと手を振って、シドはその場を離れた。
広間を自室の方へと向かう背中を、クライヴが首を傾げて見ていることを、感じ取りつつ。

なんとなく逃げるようにして部屋へと戻ったシドは、デスクではなく、ソファに腰を下ろした。
広間を歩き回っている間に、咥えていた煙草は随分短くなっている。
まだもう少し煙は味わえるので、希少な趣向品は最後まで堪能する。

煙草を咥えた口元に手を遣って、煙と一緒に息を吐いた。


「……何をしていたんだかねえ」


誰にともなく呟く。

先までの自分の行動を振り返ると、我がことながら不可解だ。
数日クライヴの顔を見ないことなど珍しくもないのに、何故ふらりと探しに行ったりしたのか。
隠れ家にいないと判ればそれで十分なものだろうに、いないのならどこに行ったのだろう、などと人に聞きまわってみたりもして。

魔物退治に行ったと聞いて、心配したかと言われれば、それはない。
万一のことが絶対にないとは言わないが、クライヴはシドに心配されなければならない程か弱くない。
寧ろ、あの時は“ヒトの身”でありながら、ドミナントであるベネディクタに一歩も引かず───剰え顕現したガルーダにすら挑んだ。
そうして自身も覚醒し、今はその力も受け入れたことで、半顕現までは可能となっている。
これらを考えれば、戦闘に関して、既に老兵として消耗が激しい身であるシドよりも、遥かに頼りになる存在だ。


(……それでも、戻って来た時には、妙に───)


安堵した、と言うのか。
いや、そこまで重くはない。
ただ、ほっとした、と言うのが近い気がする。

隠れ家で生きるのは、元々ベアラーだった者たちだ。
大半が印持ちである為に、外界に出ることすら儘ならない。
その中でも剣を持つことを選んだものだけが、毒の印を焼く決断に至り、外へと活動域を広げることが出来る。
だが、それは決して良いことばかりではなく、外に行ったきり、戻れなかった者も少なくない。

クライヴも、そうならない保証はない。
例えどんなに強くとも───寧ろ、強いからこそ、危険度の高い魔物を相手取ることを思えば、反ってその可能性は高くなる。


(だからと言って、外に出ることや、魔物退治をやめろなんて話は、ない)


クライヴは元々騎士だ。
守る為に剣を持つことが役割であり、本懐である。
クライヴ自身もその自負があるから、魔物の絡む仕事は積極的に引き受けている。
これはシドにとっても有難いことだ。

彼が外へと向かう理由を、咎める訳も、止める意味もない。
それは彼から役割を、自負を、ようやく取り戻した己の矜持を奪うことと同じだ。

第一、彼は、守り保護しなければ生きられない人間ではない。


(それなのに、妙に感覚がざわついたのは───)


しばらく顔を見ていないと気付いた時。
しばらく隠れ家に戻っていないと知った時。
妙に胸の奥が落ち着かなくなって、あの顔を探してしまっていた。

そして彼が帰って来て、いつものようにグツを見上げて微かに表情を和らげた時、ざわつくものはすぅと消えた。


「あれは、無事で良かった……とか言うものじゃないな」


煙を燻らせながら考える。
あの時の感覚に、どの言葉が当て嵌まるのかを探した。

顔を見ると安心する。
そこにいると思うと気分が落ち着く。
笑っていると、伝染するように口角が緩む。

彼と言う存在そのものが、シドの意識を忙しなく揺らして鎮めてを繰り返させる。
そんな風に人の感情を振り回すものは何か。


「……いや。いやいや」


浮かぶ単語に、シドは煙草を噛んで笑う。
今更そんなものが自分に湧くことなどあるのか、と。



まさかと目を閉じれば、見たばかりの男の横顔が浮かぶ。
跳ねる心臓の音を自覚すると、否定の言葉は深い溜息に飲み込まれた。





『シドクラで、クライヴに対して恋愛感情を抱いていると自覚するシド』のリクエストを頂きました。
なんとなくクライヴのことが気になって、顔を見るとああ戻って来たなって安心していたシドです。
そんな風に気になったり、ほっとしたりする理由を分析して見たら、もう沼にはまった後だった。

クライヴの方はフェニックスゲートを終えた頃なので、もうちょっと情緒育成中。ただシドに対して、刷り込み的に親愛度は高いと思います。

[16/シドクラ]朝靄に見る



痛みがある方が、眠ることが出来る。
そう覚えたのがいつのことだったのか、もう覚えていない。

散々な夜を過ごした後の方が、夢すら見ないほどに深く眠れる。
目覚めた時には体のあちこちが酷い状態だったが、眠れないよりはマシだと思った。
体が多少痛んでも、眩暈や頭痛でまともに頭が回らないよりは良い。

だから、痛みがあるのは安心できた。
耐えている間に事は終わるし、それ以外のものを考えなくて済む。
下手に感じ入るような場所を触れる方が、(けだもの)たちの興を誘って、面倒が増えた。
一時静かな眠りを得る為に、クライヴにとって、痛みと言うのは等価交換のものだったのだ。

それなのに、もう随分と、痛みから縁遠い。
緩やかな接触で与えられるものは、むず痒さに似たものを連れて来て、体が勝手に反応する。
望まぬ興を誘うからそれは嫌なのに、触れる男はいつもそんなやり方しかしない。

中を往復して擦って行くものがあって、クライヴは喉を反らせた。
ぞくぞくとしたものが背中を駆け上って、脳髄から興奮する物質から分泌されると、意識が微か宙に浮く。
どくん、と胎内で熱の塊が破裂するのが判った。
締め付ける内側でも、同じものが弾けて、奥に注がれるのが判る。
それで、今日の行為は終わった。


「っは……はあ……う……」
「は……は……、」


背中越しに聞こえてくるのは、シドの呼吸だ。
毎度のことながら、嫌なことに付き合わせていると思う。
けれど、今ばかりはその罪悪感よりも、体中に染み渡る怠い重みで頭が一杯になっていた。

胎内に納められていたものがゆっくりと出て行って、余韻の体にじんとした快感が浮かぶ。
思わず腰が浮くのを、固い手が咎めるように柔い力で抑えられた。
シーツを噛みながら出て行くものを阻まないよう努めていると、ぽかりと穴の開く感触。
塞いでいたものがなくなって、内に注がれたものが溢れ出す感触がして、中心部がじっとりと染みを生んだ。

起きて後処理をしないと。
ふわふわとした意識の中でそう思っていると、足を大きく広げられる。
節のある指が中に入って、探るように丁寧に撫でられるから、堪らず体が仰け反った。


「う、あ……んん……!」
「すぐ終わる。ちゃんと息をして待っていろよ」
「ふ……ふぅ……っ、はぁ……っ!」


宥める声に、クライヴはもう一度シーツを噛んだ。
鋭敏になった神経が拾う快感に、体を反応させまいと力を入れる。
けれど、上手い具合にむず痒いところを掠められるから、どんなに我慢しても、足先がびくびくと跳ねた。

どろりとしたものを吐き出すと、最後に丁寧に恥部を拭われる。
そこまでしてくれるのは、確かに後が楽なので有難いことではあるが、しかし。


「……もっと雑で良いのに」


呟くと、ヘイゼル色がこちらを見る。
訝しむ顔のそれを見返しながら、クライヴはもう一度、


「雑で良いんだ。そこまで丁寧にしなくて良い」
「そう言う訳にいかないだろう。腹を壊したいか?」
「……」


そういう訳でもないけれど、とクライヴは唇を尖らせる。


「別に、後で自分でやるから、放っておいても構わない」
「そう言って寝落ちるだろう、お前」
「……起きたらやる」
「駄目だな。面倒くさがってそのままにしそうだ」


言いながらシドは、跳ね避けていた毛布をクライヴに寄越した。
汗ばんだ裸身のままでいれば、洞窟の冷えた空気が体温を奪っていく。
羽織っておけと言葉なく促して、シドはボトムだけ身に付けると、ベッド横の棚に置いていた煙草に手を伸ばした。

火のついた煙草から昇る煙を、クライヴはなんとなく目で追った。
燻る煙の筋が、うっすらと白く光っている気がして、首を巡らせる。

“空の文明”の遺跡を土台に、掘り広げられた穴倉の隠れ家は、外の気配を知るのが難しい。
しかし、シドの寝床であるこの場所は、ほんのわずかに岩肌の隙間から光が差す場所があった。
外から見ると土くれが覆い被さっている筈だが、時折土が崩れると亀裂が出来て、そこから光が入ってくる。
勿論それは、太陽が昇っている間だけの話だ。

そこから光が差し込んでいるということは、つまり。


「……朝じゃないか」
「そうだな」
「……眠れなかった」
「今から寝れば問題ないだろう。まだ未明過ぎたくらいだろうしな」


けろりと言ってくれるシドに、クライヴは眉を顰める。


「……あんた、どうしていつもねちっこく触るんだ」
「酷い言い草じゃないか。良くしてるんだろう」
「それが一番いらない世話だ」


毛布を手繰り寄せながら、クライヴは重い身体で寝返りを打つ。
腰が痛むのを庇っていると、毛布の上から、ぽんぽんと腰のあたりを叩く手。
悪戯の気配などないそれは、恐らくは気遣いなのだろうが、どうにもクライヴは慣れなかった。


「あんたが変な風に触るから、いつも体が変だ」
「変、って言うのは?」
「……」


どう言う塩梅なのかと、詳細に言ってみろ、とシドは促している。
クライヴは事の中身を細かく思い出すのはどうにも苦手なのだが、言うことは今のうちに言ってしまった方が良いだろう。


「あんたが触った場所が、むずむずして、妙にくすぐったい。それなのに体の奥が熱くなって……意識が中途半端に浮かぶんだ。声も勝手に出るし……」
「声は出した方が楽だぞ。堪えすぎると、体が緊張して余計な力が入る」
「……別に、俺が楽をしてもしょうがないだろう」
「ヤるなら、お互い楽な方が良いさ」


煙を吐いて言ったシドに、確かに楽なことは良いのだが、とクライヴも思う。


(でも────落ち着かない)


シドとセックスをすると、そこにあるのは緩やかな快楽だ。
クライヴにとってはそれ自体が慣れないもので、与えられる度、未だに戸惑いが抜けない。


(大体、どうしてあんなに丁寧に触るんだ。解すにしたって、あそこまでしなくても……)


自分の中でシドの指が動いている時のことを思い出して、クライヴは身動ぎした。
シドはいつもじっくりと時間をかけて中を解すから、その時間だけでクライヴの躰は熱が膨らんで堪らない。

ベアラーだった頃は、中なんて指を突っ込まれて適当に探られたら終わりだった。
それで十分だと馬鹿に滾ったものを入れられるから、クライヴはいつも痛みと息苦しさに喘いでいた。
どうせ同じ性だし、クライヴの躰に受け入れる為の器官はない。
そんなものだと言えばそうで、趣味の悪い輩が悪戯に時間をかけてくれても、大概、碌でもないことになって終わった。
……誰も、クライヴの躰に負担がかからないようになんて、思ってもいない。

だから、シドが初めてなのだ。
ゆっくりと触れる手、熱が膨らむ体、ふわふわと前後不覚に浮かぶ意識。
セックスなんて、早く終われば良いものだとばかり思っていたのに、それさえも認識が歪む。


(……朝まで意識が飛ばなかった)


睡眠時間が削られた。
早く意識が飛んでしまえば、そんなことにはならなかったのに。

それなのに、シドに触れられていると、眠ると言う目的が遠退いて行く。
眠るよりも、意識を飛ばしてしまうよりも、触れる手が齎す熱に酔っている方が心地良い。
だから一度果てた後も、もっと、もう少し、と触れる手を厭うことを忘れてしまう。


「……何の為のセックスなんだか……」


ぽつりと零れたのは、無意識のことだった。
それは誰に向けたものでもなかったが、傍らで煙を燻らす男にはしっかり聞こえている。


「何って、眠る為だろう。お前がそう言う目的で、俺に頼んできた」
「……判ってるなら、なんであんな触り方をするんだ」
「仮にも寝床を共有する相手を痛めつけるような趣味は持ってないからな」


シドの返答に、それもそうだ、とクライヴは思う。
この男は、昼日中の振る舞いから見ても判るように、悪戯に他者を傷付ける真似を良しとしない。
敵として相対すれば剣は向けるが、弱者を面白がって甚振る癖はない。

頼む相手を間違えたか。
今更にクライヴはそんなことを思ったが、ではこの男以外に縋れる相手がいただろうか。
セックスをしないと眠れない、なんて、余程に口が堅くて義理に縛られてくれる人間でもなければ、クライヴとて絶対に口にしない。

はあ、とクライヴはひとつ溜息を吐いた。
諦念を孕んだそれを吐き出すと、体の疲労感もはっきりと感じられて、怠さで体が重くなる。
手繰り寄せた毛織の毛布の温さに目を細めていると、


「眠いか」
「……そうだな。多分」
「良い事だ。無理に気絶なんかするより、よく眠れるぞ」


シドの言葉に、どうだか、とクライヴは返す。


「こんな時間から寝ても、大して長く眠れない……」
「何か予定でもあったか」
「……ロストウィングに……、オレーベルダウンズに狼が出るから、適当に追い払ってくれと」
「ああ、カンタンが言ってた奴か。葡萄の収穫ももう終わった時期だし、焦らなくて良いだろう。ゆっくり昼からでも向かえば良い。向こうも手隙でやってくれれば良いと言っていたしな」


言いながらシドは、クライヴの頭を撫でている。
子供を寝かしつけるような仕草に、クライヴは眉根を寄せたが、払い除けるには体が重い。
瞼が思うように持ち上がらなかった。

────すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえるようになって、シドは男を撫でる手を離す。


「あんな触り方、か」


先のクライヴの言葉を反芻して、シドはくつりと喉を震わせる。
その表情には笑みが浮かんでいるが、同時に困ったものを見付けたように、片眉が下がっている。

碌でもない経験ばかりを重ねた所為か、クライヴの躰は痛みには強い。
魔物の爪にざっくりと腹を裂かれても、大したことじゃないと言って治療を後回しにするくらいだ。
痛みと言うものに対して、根本的に感覚が麻痺していることは否めず、タルヤが都度に雷を落としてもまだ懲りない。
こればかりは、時間をかけて意識とともに矯正して行く他ないだろう。

その傍ら、頑なに痛みばかりを受け続けたからか、クライヴはそれ以外に免疫がない。
セックスは苦痛を伴うもの、痛みを押し付けられるものだと思っているから、少し優しく触れただけで、反って驚いたような顔をする。
そのまま内の柔い部分まで触れてやれば、戸惑いながら感じ入るものだから、案外と彼は初心なのだ。

そうして、戸惑いながら、生まれて初めての熱に酔っている姿が、シドの熱も煽ってくれる。
夜半から始めたのに、朝まで繰り返し彼を昂らせたのは、その所為もあった。


「……だからと言って、苛めるような趣味はないんだがなぁ」


今夜の自分の手管と、それに反応してくれる男の乱れる様を思い出す。
疲れた体がじわりと興奮を思い出すが、その原因である男は眠っている。
ようやくの深い安眠を得たのに、邪魔はするまいと、シドは煙草を噛んで堪えるのだった。





『出逢って少し経った頃。クライヴを体で慰めて日が昇ってしまって……なシドクラ』のリクエストを頂きました。

まだベアラー兵時代の感覚が抜けていないクライヴを、触れることであやしてる感じのシドです。
あやしてるんだけど、クライヴの反応がアレなので、どうしても興奮も刺激される。
シドのことなので激しくはないけど、じっくり進められて朝までしっぽりしてると良いなと思いました。

[ウォルスコ]ぜんぶ貴方のものだから

  • 2026/08/08 21:35
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



腹の上に乗り跨っている少年に、どうしたものだろう、とウォーリアは悩んでいた。
見下ろす瞳は至極真剣そのもので、心なしか怒っているようにも見える。

何か、彼の気に障ることをしただろうか。

思い出そうと試みるが、生憎と自分は朴念仁と言うやつらしく、悉く知らない間に少年───スコールの地雷を踏んでしまうことがある。
彼も彼で、それをすぐには言い出せない所があって、積もり積もって爆発するのが常であった。
その時、彼は大抵、判り難い形でそれを発露してくれるのである。
それでもスコールからすれば、精一杯に折り合いをつけようとした末のことだ。
やっぱりどうしても我慢できなかった、と追い詰められての行動だから、傍目にそれが突飛なものでも、彼は痛いくらいに真剣なのだ。

じっと見下ろす蒼の睨みを見つめ返しながら、ウォーリアはしばらくの間、考えを巡らせていた。
結局それは解答らしい解答を見付けることは出来ず、それを正直に伝えることしか出来ない。


「すまない、スコール。私は君に、また何かしてしまったのだろうか」
「……」


物事を隠し誤魔化すと言うことを、ウォーリアは知らない。
スコールも恋人のそんな性格をよく判っている。

スコールは悔しそうに歯噛みして、両手を置いたウォーリアの胸に、ぐっと圧をかけてくる。
それは押しつぶされない程度の重みではあるが、スコールが苛立っていることは如実に伝わった。


「……あんたが」
「……」
「……あんたが、何もしないから」


紡がれるスコールの声は、喉が閊えたように苦しそうだ。
精一杯に言葉を探して、伝えようとしてくれている。


「……半年だぞ」
「……」
「あんたと、付き合うようになって。あんたと、恋人になって」
「……ああ」


───半年前に、スコールから「好きだ」と告白された。
始め、ウォーリアはそれを、幼い頃からずっと続いている、身近にいる年上の存在への憧敬だろうと思った。

実際、スコールは子供の頃からウォーリアのことを「ウォル兄ちゃん」と言って懐いていたし、いつでもその後ろを追い駆けていた。
中学生になるとスコールが全寮制の学校に入った為、少し疎遠になったが、高校生になるとまた縁が出来た。
教師を目指すウォーリアが、スコールの通う学校に教育実習生として赴任したのである。

赴任直後は、離れていた時間の所為か、スコールの態度は少し他所他所しかった。
だが後から聞けば、中学生の頃にウォーリアへの恋心を自覚して、まさかの場所で再会したものだったから、まともに顔が見れなかったらしい。
結局、実習期間は碌に会話もないまま終わり、その後にようやく改めて交流することができた。

それからまた、紆余曲折を経て、スコールが自身の気持ちをウォーリアに打ち明けている。
その際、幼年期の延長のことだと思ったウォーリアと、スコールの間で擦れ違いが多々あった。
話せば長くなるものだから、別の話にするとして───最後はスコールの気持ちが本物であると理解したウォーリアが、彼を受け入れることとなる。

───二人がそう言う間柄になって、半年。
スコールが高校三年生になる頃には、二人の間はより親密になっていた。
週末になると、ウォーリアの一人暮らしのマンションに、スコールが泊まりに来る程だ。

今夜もまた、スコールはいつも通りにウォーリアの家に泊まりに来ていた……と言う訳だが、


「すまない、スコール。まだ私には、君が求めていることが判らない」
「………」


今日(こんにち)までの経緯は、何ひとつ忘れてはいない。
だが、スコールが訴えていることは、思い出を回想することではないだろう。

眉尻を下げて、もう一度訪ねるウォーリアに、スコールはぐぐぐと歯を噛んで、


「……あんた……」
「……」
「……なんで、何も……してくれないんだ」


背一杯に悔しいものを堪える顔で、スコールは言った。


「毎週、一緒に寝てるんだぞ」
「ああ」
「毎週だ」
「そうだな」
「……なのに全然、手を出さない」


言って、スコールの顔に判り易く朱が燈る。

手を出す───とはつまり、性的なことを言っているのだと、流石にウォーリアも理解する。
それが判るくらいには、共寝の度に、スコールがそれを醸し出していることには気付いていた。

甘えること自体を苦手としている少年が、寝入り端、恐々と身を寄せてくる様子。
シャンプーの香りの残る眦に口付けると、もっと、と強請るように頬を寄せる。
そうして隙間がないほど体を寄せ合えば、お互いの鼓動が伝わり合って、少年が緊張しているのが伺えた。

スコールは明らかに、期待して待っている。
だがウォーリアは、それを宥めにあやす日々であった。


「……なんでだ」
「スコール。君はまだ学生だ」
「でもあんたと付き合ってる。あんたが良いって言った。あんたもそれを受け取った」


違うのか、と泣き出しそうな瞳が見つめる。

ウォーリアはなんと答えたものか考えた。
ここで気持ちを、それを伝える言葉を違えてはいけない。


「……君が求めていることは、とても負担がかかることだ。君に無理をさせたくない」


それはウォーリアの本心だ。
愛し愛する行為と言うのは、その言葉だけは聞こえが良いが、実際は心身に強い負担を強いる。
それを乗り越えた先に辿り着けるから、愛し合っていると感じ合うことが出来るのだと言うが、だからと言ってスコールに無体をして良い理由にはならない。
また発展途上の体が、まだ経験をしていないその心が、要らぬ恐怖と傷を負うことを、ウォーリアは良しとしなかった。

見下ろす瞳を、逸らさず真っ直ぐに見詰め返して答えたからか。
それが下手な嘘やごまかしではないことを、スコールはきちんと汲み取ってくれたようで、苦い表情が浮かぶ。

それからスコールは、勢いよく服を脱ぎ始めた。
突然の行動にウォーリアが目を丸くしている間に、スコールは裸身になっていく。


「スコール、待て」
「待たない。もう待てない」
「落ち着きなさい」
「落ち着いてる!」


言葉に反して、スコールの声は大きい。
噴き上がる感情を抑えようとはしているのだろうが、全くそれが出来ない。
それほど、スコールの気持ちは限界値に来ている。


「あんたが思ってるほど、俺は子供じゃない」
「スコール」
「あんたに全部渡したい。何をするかも判ってる」
「……しかし」
「嫌なら嫌って言え。ガキの我儘に付き合ってるつもりでいるんなら、そう言えば良い」


その方が諦められる。
言葉にならない声で、スコールが確かにそう言ったのを、ウォーリアは聞いた。

とうの昔に、スコールは腹を括っているのだ。
それをウォーリアが宥め透かして躱すものだから、悪い方向に煮詰まっているのは確かである。
故にこそ、こんな強硬じみた行動にも出たのだろう。
それでもウォーリアが応えてくれないのなら、いっそ───ともっと悪い方向に想像が傾いているのは、不安症の彼にとって、当然の帰結であった。

一世一代の決意の顔をして、泣き出しそうに瞳を揺らす少年に、ウォーリアは理解した。
ここで彼を、今一度宥める方が、きっと彼を傷付ける。


「……スコール」
「………」


裸になってウォーリアの腹に跨ったまま、スコールは俯いている。
激情が一番上まで上った後だから、反って冷静になったようで、まるで叱られるのを待つ子供だ。
そう言う所があるから、出来るだけ大事にしてやりたかったのだが。

ウォーリアは腹の重みを落とさないよう、ゆっくりと起き上がった。
俯いた少年の頬をそっと撫でると、いやいやと頭を振られる。


「スコール、こちらを見てくれ」
「……」


ウォーリアの懇願に、スコールはしばらくの間を置いてから、ゆっくりと顔を上げる。
近い距離で蒼灰色が雫を浮かべているのが見えて、ウォーリアは苦笑した。


「すまない。随分と君を不安にさせたな」
「……別に……俺が、勝手に……」
「いいや。君をそこまで追い詰めたのは、私だ」


スコールの薄らと赤らんだ頬を撫でて、その手は彼の肩の後ろへ。
そのまま背中を抱き寄せてやれば、スコールは素直に身を寄せてくれた。
裸になった彼の背中は、確かにウォーリアが想像していた程に華奢ではない。
ただ、まだ発展途上の青さがあることは変わらなかった。

ふ、とウォーリアは密かに息を吐き出して、自分の気持ちを整理する。


「スコール。君の気持ちに応えよう」
「……!」


ウォーリアの言葉に、スコールが顔を上げる。
思わずと言う表情で、信じられないものを見る顔だった。


「……なんで」


今の今まで、頑なにそれを拒否していた男である。
それが唐突に応じてくれると言うのは、それを望んでいた身であっても、戸惑うものであった。
増してやスコールは、ウォーリアが自分を受け入れてくれたことを、幼年の頃の我儘の延長だと思っているのでは、と言う不安がある。
子供の我儘を宥める為に叶えてくれると言うのなら、それはスコールにとって意味がない。

不安に涙を浮かべるスコールに、ウォーリアはゆるゆると首を横に振った。


「君が真剣であることは判っている。だから私も、それから逃げるべきではないと思った」
「……ウォ、ル……」


じわ、と蒼の雫が大きく滲む。
ウォーリアはその眦をそっと指で拭いながら、


「ただし、……今夜だけだ」
「……」
「二度目は、君が卒業してから。これは私のけじめだ」


これが精一杯の譲歩なのだと、アイスブルーの瞳が真に告げる。
スコールは、それをきちんと読み取れると、ウォーリアは信じている。

スコールは一回、二回と口を開閉させて、何か言葉を探しているようだった。
結局それはほとんど形にはならず、唇は噤まれ、考え込むように俯く。
ウォーリアはスコール自身が答えを急かさないように、濃茶の髪をそっと撫でて返事を待った。

二人きりの部屋で、静かな時間が流れて、幾許か。
スコールは、そっとウォーリアの体に身を寄せた。


「……やっぱり今日、あんたが欲しい」
「判った。出来るだけ、君が辛くないように努めよう」
「……うん」


背中に回した腕で細身の体を抱き締める。
スコールは、子猫が甘えるように、ウォーリアの肩口に頬を擦り付けた。





『現パロで、両思いなのに手を出してこないWoLに痺れを切らすスコール』のリクエストを頂きました。
スコールがなんとなくそう言うのを意識しているのは判っていたけど、スコールの為にも、まだ境界を超えてはいけないとしていたWoL。
そんな恋人に、煮詰まり煮詰まって思い切った行動に出たスコールでした。

今夜だけ、と言うことになりましたが、二度目の日が来るまでスコールが余計に悶々とするんじゃないかと思う。知ってしまったので。
その所為で別の日にまたもうひと悶着ありそうですね。

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