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User: k_ryuto

[レオスコ]目覚めに映る愛に囁く

  • 2024/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



若手きっての実力派俳優と呼ばれるレオンが、家に不在勝ちなのは無理もなかった。
一年のうち、殆どを映画やドラマの撮影の為にスケジュールを取られ、遠いロケ地の方で一週間以上も泊まり込みになる事も少なくない。
成人する以前でも、都内の撮影スタジオは勿論、特撮ものに使われるような郊外にも頻繁に通っていて、普通の学生よりも遅い時間にやっと帰宅、と言う事もあった。
八歳年下のスコールは、そんな兄が一分一秒でも早く帰ってくるのを、毎日祈るように待っていたものだ。

現在、スコールは十七歳になり、レオンは二十五歳になっている。
幼い頃は寂しがり屋で、兄が帰ってくるのを待ち遠しく思っていたスコールだが、流石に分別の着く年頃だし、一人での留守番も慣れた。
引っ込み思案でクラスの誰とも話すことすら出来なかった昔と違い、高校生になって賑やかな友人も出来たし、一人で退屈を埋める手段も持っている。
父も仕事で遅くまで帰れないことも増えてきて、昔とは逆に、一人の時間を気儘に過ごす余裕もあった。

スコールが一日の就学を終えて、三日分の買い物をして自宅に帰ると、其処には自分よりサイズが一つ大きい靴がある。
カジュアルなスニーカーであるので、兄が帰って来たのだと言う事を理解した。
聞いていた予定よりも少し早い、と思いながら、スコールも靴を脱いで框を上がる。

リビングダイニングに入ると、テレビの前のソファから、長い脚が出ている。
あの状態になっていると言う事は、とスコールはダイニングテーブルに荷物をそっと置き、足音を立てないようにそろりとソファへ近付いた。
背凭れの向こう側を覗き込んでみると、思った通り、レオンがクッションを枕にして寝息を立てている。


(……おかえり)


スコールは声に出さずに、兄の帰宅を迎えた。

ソファの足元に、レオンがいつも仕事の時に使っている鞄が置かれているのを見付ける。
自分の荷物は自分の部屋に置きに行くのに、それをしていないと言う事は、帰ってきてそのまま直ぐに寝落ちたのだろうか。
と言う事は、随分と疲れている筈だと、休ませる為にスコールは敢えて兄に触れないことにした。

買ってきたものをキッチンへと運び、冷蔵庫の中に収めて、今日の分の食材だけを取り出す。
レオンが今日帰ってくることは予定にはなかったが、二人分でも三人分でも、この家で必要になる食事の量はそれ程大きくは変わらない。
どうせ数日分をまとめに買い置きしているのだから、人参を半分ではなく丸一本使う、と言うくらいで十分対応できることだった。

静かな家の中で、包丁の音がト、ト、ト、と鳴る。
普段からスコールは余計な物音を立てない方だが、今日は眠っているレオンの事もあって、一層丁寧な仕事をしていた。
キッチンはリビングダイニングと対面式で繋がっているが、リビング空間は、ダイニング空間を挟んだ向こう側にある。
ソファの背凭れに隠れている兄の姿は、キッチンからは全く見えない。
多少の音が煩く響くことはないだろうが、それでも、なんとなく、今日のスコールは音を嫌った。

野菜を全て刻み終え、火にかけていた鍋の中に入れて、火が通るのを待つ。
その間に、夕飯のメインメニューになる、鳥団子の肉だねを作っておくことにした。
肉だねに使う野菜をまな板の傍に並べ、順番に切り刻んでいく。
作業を楽にする為に電動スライサーはあるが、モーターの音がそこそこ大きいので、今回は此方も包丁で切る事にする。
基本的にスコールは効率を優先する質であったが、兄の安眠を守ることは、更に上位の優先権を持っていた。


(食感を優先するなら粗くて良いな)


タマネギ、ニンジン、ゴボウ。
メインとなる肉団子の大きさを考えながら、仕込む野菜は余り細かくし過ぎないように。
刻み終えたら、電子レンジで一度火を通してから、繋ぎと一緒に鶏肉のミンチとボウルに入れて、捏ねる工程に入った。

肉だねが出来たら、野菜スープの中に小分けに丸めたそれを入れて、火が通るまでじっくりと煮込む。
今日はこれがメインとなるが、兄は疲れているだろうし、父ラグナも腹を空かせて帰ってくるだろう。
もう一品くらいあった方が良いな、と冷蔵庫を覗いて、


(……卵焼きで良いか)


簡単に決めておいて、それなら夕飯前に作ろう、と蓋を閉じる。
火にかけた鍋をこまめに気にしながら、スコールは洗い物に手を付けた。

済ませることを済ませて、ようやく手が空いた。
まだ静かだな、とリビングダイニングに行ってソファを覗き込んでみると、レオンはまだ眠っていた。
それなりに人の気配には敏い筈なのだが、全く微動だにしていないと言う事は、そこそこ深い眠りの中にいるらしい。


(珍しい)


背凭れに後ろから寄りかかって、眠る兄の横顔を見つめる。
いつ帰って来たのか知らないが、こんな所で寝落ちていることと言い、相当疲れが溜まっていたのだろう。

スコールはそうっと手を伸ばして、レオンの頬にかかる横髪を退けた。
指先が微かに頬を掠めて、ぴく、と長い睫毛が震える。
起こしたか、と手を引っ込めることも出来ずに固まっていると、


「……ん……」


ぎゅ、と眩しさを嫌ってか瞼を強く閉じた後、蒼灰色がゆっくりと零れ覗いた。
ぱち、ぱち、とゆっくりと瞬きをした後、視界にかかる陰りに気付いたのか、瞳はゆっくりとスコールの方へと向かう。
天井の照明を丁度遮る位置にいたスコールを、レオンは逆光の視界でしかと捉えた。


「……スコール」
「……あ、」
「……ただいま」


帰ってきた挨拶と共に、するりとレオンの手が伸びてきて、覗き込んでいる格好になっているスコールの頬を撫でる。
頬に添えた手が求めるものに誘導されるように、スコールの頭が少し下がる。
それに今度はレオンの方から近付いてきて、五日ぶりの感触が唇に触れた。

今時の若い女性が夢中になって已まない顔が、スコールの視界を一杯に埋め尽くしている。
映画やドラマの中で、沢山の女優と共演しては、様々な愛を伝える言葉を囁いているレオンだが、彼自身は決して言葉数は多い方ではない。
コミュニケーションが苦手な訳ではないが、自ら積極的にそれを求める程でもない彼は、言葉よりも態度や表情で相手への情を示す方だ。
蒼灰色は柔く優しく緩んで、頬に触れる手は暖かく、触れる唇はついばむように少しずつ───それが段々と深くなるのが、レオンの愛情の示し方だと知っているのは、スコールだけだ。

深くなった口付けと共に、細められた蒼灰色に凛とした光が宿って行く。
寝起きの挨拶のようなキスから始まったそれは、いつの間にか常の深さになり、起き上がっていたレオンの両手がスコールの頬を包んでいた。
離さない、と言わんばかりのレオンに、スコールもただただ、追い駆けるように応じてレオンの存在を確かめる。

久しぶりの感触を、満足する程の熱を交わして、ようやく唇は離れた。


「っは……あんた、いきなり……」
「起きたらお前の顔が見えたからな。つい」


酸素不足に赤らんだ顔で睨むスコールを、レオンは何処までも柔い瞳で見つめ返す。
愛しい気持ちを隠すつもりのないその目に、スコールは益々顔が熱くなるのを自覚した。

スコールの頬を捕まえていた手が離れて、レオンが体の向きを直す。
ソファにきちんと座る格好になったレオンの後ろで、スコールは赤い顔を背凭れの上に押し付けていた。

あふ、と欠伸を漏らすレオンは、雑誌やテレビ番組で見る時と違い、随分と無防備だ。
それが気を許した相手、とりわけ家族にのみ見せる、素の状態のレオンである。
カメラ越しにはまず見ることのないその顔を、当たり前に見れる事に、スコールは密かな優越感を抱いていた。

顔の赤みが消えていない自覚を感じながら、スコールはレオンを見ながら言った。


「あんた、いつ帰ったんだ。撮影スケジュールはまだ二日くらいあっただろ」
「家に着いたのは昼過ぎだったかな。スケジュールはそう取ってはいたけど、順調に進んだから早く終わったんだ。次のシーンはスタジオでの撮影だから、どの道戻らないといけなかったし、それなら、もう帰っていいと思ってな。お前の顔も見たかったから」
「………」


さらりと告げられる言葉に、スコールの顔がまた熱を持つ。

人気俳優と言う立場の為、忙しいのは間違いないが、それでもレオンはスコールのことを優先しようとする。
昔から愛してやまない弟と、一分一秒でも長く、傍にいたいと思っているからだ。
そんな風にレオンに特別に思われることが、どんなに稀有なことであるか、スコールはよく知っている。

レオンの体が背凭れに寄り掛かり、その向こうに立っているスコールを見た。
蒼の瞳に映り込んだスコールの顔は、分かり易く赤くなっている。
それを自分で見ていられなくて、視線を逸らしたスコールに、レオンは眉尻を下げながらくすくすと笑った。

レオンの指がスコールの頬に触れる。
滑る指先が、兄弟で揃いのピアスをした耳朶に触れて、


「スコール」


足りない分を取り戻したいと、名前を呼ぶ声に、スコールが拒否を示す訳もなかった。





レオンからの寝起きのキスをさせたかった。
スコールの方も、レオンがするならしたい(して欲しい)ので逃げない。
あとなんとなく俳優をしているレオンが見たいなと思ったんです。仕事中と家とで完全にスイッチが切り替わるタイプ。

[スコリノ]守り抜く為に

  • 2024/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



不運と言うのか、事故と言うのか、とにかく不可抗力だと言う事だけは事実だ。
一人きりで隔離された空間で、リノアはそう考える。

自分の意思と関わらず、家屋の中に閉じ込められると言うのは、リノアに限っては少なくない経験があった。
実家では、ティンバーのレジスタンスの下に向かおうとするのを阻む為か、あの邸宅にはオートですべての開閉扉(窓含む)の鍵をかけられるようになっている。
元々は軍の要人の自宅である事と、父の相応の立場であることから、セキュリティの目的として誂えられたものだったと思うが、リノアの知る限り、あまりその用途で役に立った事はなく、専ら父子喧嘩の末、娘を軟禁する為のものとして作用していた。
とは言え、襲撃された際に脱出する為の経路も作られており、父の書斎には勿論、娘であるリノアの部屋にもそれはあったし、其処が使えなくてもリノアは自力で抜け出そうと奮闘したものである。
その他、ガルバディア軍の兵器の中だったり、結果として一時的なもので終わったが、魔女の封印装置の中にも入り、閉じ込められた経験を持つ。

と、意図せず稀有な経験をそこそこの頻度で経験しているリノアであったが、このパターンで閉じ込められるのは初めてだった。

今、リノアはガルバディアのとあるホテルの中にいる。
宿泊している訳ではなく、部屋の鍵がないと言う訳でもなく(内側から開けられる為だ)、そもそもリノアは宿泊を目的にこのホテルに来た訳ではない。
今夜は地下のピアノバーで、生前の母がピアニストの同業者として懇意にしていた人物が、活動の記念周年のリサイタルを開こうとしていた。
母の縁でカーウェイ邸にもその招待状が届き、父は相変わらず仕事に忙殺されて叶わなかったが、リノア一人ならば問題なかった。
それなりの地位を持つ父の下、こう言ったパーティの類の招待は珍しくはなく、昨今の情勢不安から、念の為、父が指定したセキュリティを連れることにはなったものの、リノアにとってはよくある行事ごとのひとつである。

リサイタルは時間通りに始まり、リノアもゆったりとした気持ちでピアノを聞いていたのだが、突然響き渡った銃声がそれを遮った。
テロリストの襲撃が起こったのだ。

魔女アルティミシアとの魔女戦争が終わった後、ガルバディアの内政は非常に不安定で、軍の動きが制限されている事に加えて、過去にビンザー・デリングやガルバディア軍に弾圧された団体が息を吹き返しつつある。
その上、デリングシティの街にも、魔女イデア───実際はアルティミシアであるが、一般人にそれ程の情報は公開されていない為、ガルバディアの一般人にとっては、魔女と言えばイデアなのだ───に心棒し、魔女崇拝に傾倒している者が少なくなかった。
もう一度魔女の庇護を、支配を求める人が団結し、集会などを開く他、中には過激な行動派も現れている。
正にその過激派が、リノアが招待されたピアノリサイタルに襲撃し、招待客とホテルの宿泊客諸共、人質にしてしまったのである。

ホテルの宿泊客はそれぞれの部屋に籠らざるを得なくなった。
そしてリサイタルに来ていた者のうち、女性は自分の荷物を全て奪われた上で、ホテルの空き部屋に一人ずつ入れられる事になる。
テロリストたちは、男と違い、か弱い女性ならば、各個に隔離すれば抵抗され難く、パートナーとして来演した者も多い男達の人質としても使える、と判断したのだ。
リノアも同行させていたセキュリティとは引き離され、適当に空いていた部屋に入れられた。
不幸なことに、このホテルは高層となっていて部屋数も多く、明日は平日であるものだから、客室は半分近くが空いており、女性客だけをそれぞれに収容することが出来てしまった。
男性は地下のピアノホールに集められていている所までは見たが、その後のことはリノアには判らない。
誰も怪我をしていないと良いな、と祈るのが精一杯であった。


(……でも、人の心配してる場合じゃないよね)


同舟も同然の人々のことは気になるものの、リノアとて危険な状況にいるのだ。
テロリストたちは、ホテルの各フロアの前に見張りの兵士が並び、許可なく部屋から出ようとすると、持っている銃を撃つ。
実際にリノアは、ドア一枚向こうで、脱出しようとしたのであろう女性の悲鳴を聞いた。
殺す気なのか、威嚇だけなのかは判らないが、テロリストたちが人質に危害を加えることに抵抗を持っていないのは確かだ。
また、こうして客室に閉じ込められているのは女性ばかり、それも殆どが一人隔離されての事だから、どうしても嫌な想像は膨らむ。

ぞっとする思考を、リノアは何度目か振り払った。
足が竦みそうになるのを堪えて、落ち着きを取り戻そうと、膝の上に置いていた両手をぎゅうっと握って深く深呼吸する。


(軍はもう動いてるのかな。でもティンバーでもそうだったけど、ガルバディア軍って、最近凄く動き難いみたいだし……パパに連絡は行ってるのかな。なんとかしてくれると良いけど……)


なんとか、と言うのが、具体的にどういったものを指すのかは、リノアにもよく判らない。
だが、デリングシティでは軍が他国の警察機構のように治安維持を担っているのも事実で、テロリストによる一般人への襲撃は、理由が何であれ鎮圧が必要なものだろう。
問題は、現状のガルバディアでは、正当な理由があっても、以前のように軍の動きがスムーズには出せないと言うことだ。

ティンバーでレジスタンス活動に身を投じていたから、どんな理由や目的があるにせよ、こうした活動を実際に引き起こす者には、相応の覚悟と意思があるのは理解している。
だが、だからと言って、一般人に危害を加える事を躊躇わない者たちの行いは、許す訳にはいかない。
このまま事態が動かなければ、テロリストたちは自分の要求を押し通す為、どんな手段に出るか計り知れない。

リノアは自分の心臓がゆっくりと動いているのを感じながら、右手を見る。
手のひらを見つめていると、其処に本来自分にはなかったものがじんわりと滲み出てくるような気がした。


(……魔法を使えば、私一人くらい、なんとかなりそうな気もする、けど……)


己の意思とは関係なく、この身に宿し、今も内在している魔女の力。
その力を行使すれば、廊下の向こうにいる見張りくらいは、なんとかなるかも知れない。

だが、リノアは今なお、この魔女の力を十全にコントロールできないし、何より強すぎる力は恐ろしい。
リノア自身が恐れている力を、もしも誰かに見られれば、今でこそなんとか隠している、魔女と言う立場を知られてしまう。
この世界で魔女がどんなに恐ろしいと言われる存在か、嫌と言う程に判っているから、迂闊なことは出来なかった。
自分をそんな世間の恐怖から守る為、奮闘してくれている人の存在があることを知っているから、尚更。

待っていることしか出来ないのだろうか。
その現実に、苦く悔しい気持ちを噛み締めるしかない────そう感じていた時、カンカン、と甲高い音がリノアの耳に届いた。


「……?」


ドアの方からではない、窓から聞こえて来た音に、リノアは訝しんで首を傾げる。
と、もう一度、カンカン、と言う音がして、どうやら何かが窓を叩いているようだった。
此処は地上十階の高さにある客室だと言うのに。

そうっと閉じていたカーテンの端を捲ってみると、窓の向こうには、逆様になって其処に取りついている、金色の鶏冠頭があった。


「ゼ、」


思わずその名前を呼び掛けて、しぃ、と沈黙のジェスチャーを貰う。
慌てて口を塞いだリノアに、ジェスチャーの主───ゼルは窓の鍵を指差した。
意図を察して、音を立てないように注意しながら、そっと鍵を外す。

ゼルは、どうやらホテルの上からロープを垂らし、それを伝って此処まで降りて来たようだった。
窓を開けるとほっとした表情で中へ入り、


「無事みたいだな。良かったよ」


にっかりと笑って見せるゼルに、リノアはじわりと目尻に熱いものが浮かぶ。


「ゼルぅ……」
「ほら、泣くなって。俺たちが来たから、もう大丈夫だよ」


愛らしい顔をくしゃりと歪めるリノアに、ゼルは眉尻を下げながら言った。
愛用のグローブを嵌めた手が、ぽんぽんとリノアの黒髪を撫でる。

すん、とリノアは詰まった鼻を啜りながら、


「“俺たち”って……SeeDの人たち?」
「ああ。カーウェイ大佐から要請って言うか、依頼を請けてな。緊急案件だから、すぐに引き取って、ラグナロクすっ飛ばして」
「いっぱい来てるの?」
「すぐに動ける奴らを出来るだけ動員してるよ。俺みたいに、人質の安全確保の役が他のフロアにも行ってるし、敵さんの気を引く為の陽動部隊もSeeDから出してる。そっちはもう突入してるよ」


だから俺は此処に来たんだ、と言うゼル。

既にSeeDによるテロリスト鎮圧と、人質奪還の作戦は始まっているのだ。
ホテルの上層にいるリノアにその喧噪は聞こえないが、テロリストの籠城の防衛線である、一階フロアは戦闘が行われているらしい。
その戦闘にテロリストたちが気を取られている隙に、ホテル各フロアに別動隊のSeeDが潜入し、各個でフロアの安全確保を取るのだと。

ゼルは足音を立てずに───けれど歩く速度はいつも通りだ───部屋のドアへと近付き、其処に耳を押し当てる。
人の気配が近くにないことを確認すると、慎重にドアノブを回して、廊下の様子を覗き見た。
ゼルは廊下の向こうに見張りが立っていることを確認すると、ドアを閉めてリノアへと向き直る。


「見張りの奴は、すぐに倒すよ。安全を確保したらまた来るから、それまでもうちょっと待っててくれるか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、ゼル」


良く知る仲間がこうして助けに来てくれたなんて、リノアにとって、何よりも勝る安心感だ。
頼りになるゼルの言葉に、リノアはもう焦ってはいなかった。
彼が来るまで何も出来ずにいた事に、拭い切れない悔しさは否めないが、強引なことをして、ゼルや他の人質の危険を煽ることをしてはいけない、と気持ちを切り替える。

と、ゼルは手元のグローブを嵌め直しながら言った。


「悪かったな、リノア。スコールが此処に来れたら、もっと安心させてやれたんだろうけど」
「え、そんな───そんなこと。ゼルが来てくれたのだって嬉しいよ」
「うん、ありがと。でもさ、やっぱスコールの方が頼りになるだろ」
「そんなことないってば。……来てくれたら、それは、その、……うん」


ゼルの言葉に、奥底の本音として否定できない自分を自覚して、リノアは気まずさに口籠る。
そんなリノアに、ゼルは眉尻を下げて笑いかけつつ、


「仕方ねえよ、そう言うもんさ。俺たちもそう思ったから、スコールにもそう言ったし。でもあいつ、梃子でも作戦変えなかったもんだから。その代わりに、俺がリノアの安全確保を任されたんだけどな」


────ゼル曰く。
今回のテロリスト鎮圧と人質の安全確保は、同時に行うものとして、スコールが作戦を立てたと言う。
その際、スコールは真っ先に自分を鎮圧班へと回した。
魔女戦争の英雄として名の知られた自分が、正面突破の班に回った方が、テロリストの注意を引き付けられると踏んだからだ。
その傍ら、リノアを含めた人質の安全確保班のリーダーを任されたのが、ゼルであった。

リノアが今回の事件の渦中に巻き込まれた事は、カーウェイからの依頼が個人的な形で寄せられたお陰で、事前に判っていた。
だからゼルは、スコールがリノアの無事を一番に願っていることを悟り、スコールこそが人質確保の班に回るべきでは、と言った。
しかしスコールは、「確実に助けるからこそ」この役割なのだと言い切った。
魔女心棒に傾倒するテロリストたちにとって、魔女を討ち取ったスコールの存在は無視できない。
同時に、ゼルのように慎重で周りをよく見ている者なら、人質の───其処にいる筈のリノアのことを、確実に助けられる筈だと信じて。


「で、リノアのいる部屋を、アーヴァインに探して貰って。だから俺がこのフロア担当になった。此処の窓の向かいのビルあるだろ、今もあそこからアーヴァインがスコープで見てる筈だ。今頃は、俺がこの部屋にいるってこと、スコールに連絡が行ってるんじゃねえかな」
「……そう、なの。そうなんだ」
「ああ。だから今頃、派手にやってるんじゃねえかな、スコールの奴。リノアが人質の中にいるって聞いた時から、すげえ顔してたから」


見せてやりたかった、と笑いながら言うゼルに、リノアはぱちりと瞬きをひとつ。
状況は緊迫していることに変わりはないが、よく知る仲間の笑顔と言うのは、やはり安心を呼ぶらしい。
増してや、自分がいない所での、好きな人の一面を聞くことが出来たものだから、場違いと知っていつつも余計に。

だからさ、とゼルは続けて言った。


「全部終わったら、スコールに顔見せてやってくれよ。あいつを安心させてやってくれ」
「うん。そうする」


ゼルの言葉に、リノアは間を置かずに頷いた。




それから一時間の後、テロリストはSeeDによる鎮圧で全員が捕縛され、ホテルに閉じ込められていた人質は全て解放された。
傷を負ったものは病院へ、受け答えの可能なものは、ガルバディア軍から事情聴取を受けている。
リノアもまた、他の者と同様に聴取をした後、まだこの現場にいるであろう彼の姿を探して、


「────リノア!」


響いた呼ぶ声に、リノアは振り返った。
安堵と、泣き出しそうな蒼灰色を見付けて、リノアは真っ直ぐにその人に向かって走り出した。





何が何でもリノアを助ける為に、一番確実な方法を取るスコールと、やっぱりスコールの存在が一番安心するリノアが書きたくて。
公衆の前だけど、リノアに安心感と助けに来てくれた喜びではぐはぐぎゅーされて、スコールの方も感極まって一回抱き締めたりしてると良い。
後で思い出して渋面になるスコールと、リノアはにこにこしながらそれを見てる。

鎮圧班スコール、ゼルがリノアの安全を確保した瞬間から、枷が外れて大暴れしてるんじゃないかと思います。
冷静な顔して中身は熱血と言うか、感情の歯止めが効かないタイプなので、安全確保まで堪えていた分、容赦がなくなると思う。

[セフィレオ]朝暮の境界にて

  • 2024/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



故郷の地は、今頃太陽に焼かれる毎日であろうが、其処から遠く離れたこの場所は、今日も肌寒い。
場所によっては永久凍土にもなっているこの地域は、夏と呼ばれるような期間もごく短かった。
経緯はそれほど変わらない位置なのに、緯度が違えばこうも環境は変わってしまうものとは、世界は不思議なものである。

仕事の関係でこの地で暮らすようになってから、もう四年が経つ。
言葉の日常使いに慣れる所から始まった生活も、それなりに慣れが来て、生活サイクルも此方の様式に合わせられるようになった。
年に一度、二度、実家に帰ると、あちらの存外と忙しなさに驚くが、此方も此方で、テレビに映し出されていた程、のんびりとしてもいない。
長い冬に閉じ込められることを前提に、僅かに暖かい今の内に、あれもこれもと準備を整えておかなければならないのだから仕方ない。

季節が変わると、この地では、太陽が顔を出している時間も大きく変わる。
故郷でもその傾向はあるものだったが、此処ではその差が更に顕著だ。
白夜と呼ばれるその現象の時期、太陽は見えなくとも空は明るさが残されていて、レオンは未だにそれを“夜”だと受け止めるまでに時間がかかる。
まだ随分明るいな、と思っても、時計を見れば故郷で言う宵の口になっていて、住み始めて間もない頃は、頭が混乱したものだった。
お陰で眠る時間と言うのが上手く調節できず、深い睡眠がとれなかった所為で、いつも寝不足気味だった。
こうした白夜の時期が終わると、今度は極端に陽の恩恵が短い期間が始まり、日中に仕事をしているのに、外は暗いと言う日々が続く。
これもまた、レオンが生きて来た故郷のサイクルにはないものだった為、暮らし始めて一年の間は、驚きと混乱と、体調不良の連続であった。

この地がそう言うものであることを一年かけてその身で学び、土地に合わせた対処法、生活リズムを教えて貰って、なんとか適応するに至った。
その間に、セフィロスと知り合ったのだ。
今では恋人同士となった彼から、この地で生きる為の知恵なり方法なりを教わって、一つ一つ実践してみたお陰で、今のレオンがある訳だ。
どうしてそんなにも彼が世話を焼いてくれたのかと言えば、なんでも、レオンと同郷であったから、らしい。
今では全く全てを卒なく熟す彼も、レオンより一足先に、レオンと同じように悩んでいた時期があって、だから同じ状態に見舞われているレオンを放っておく気にはなれなかったのだとか。

────それでも、彼も知らなかったらしい。
誰かと一緒に眠ると言う事が、こんなにも心地良く、安心するのだと言う事は。

夜でないようでいて夜の時間、示し合わせてどちらかの家に来て、閨を共にする。
時に緩やかに、時には昂ぶりを只管に発散するように、熱の交わりをして、その疲れに身を任せるように眠るのが癖になった。
とは言え誰でも良いと言う訳ではなく、レオンは目の前の銀色しか知らないし、あちらもレオン以外でこうやって眠れた経験はなかったらしい。
夏とは言っても、故郷の気温で言えば冬の入り口くらいの気温であるから、どうにも温もりが欲しくなる。
甘えているな、とレオンは常々思うのだが、抱く腕は存外と心地良いものだったから、益々この温もりが手放し難くなっていた。

中に注がれた熱の処理を待たずに、いつも意識を飛ばしている。
夜中にふっと目が覚めた時には、裸身の体は綺麗なものになっていて、毎回のことながら、手間をかけさせて申し訳ないと思った。
それを、偶々に起きていた相手に告げれば、


「構わんさ。お前に傷がないことを確かめているようなものだから」


と言って、恐ろしいほどに整った顔が柔く笑うものだから、レオンは眉尻を下げて唇を緩める他ない。
そんな顔にセフィロスはいつもキスをして、悪戯にならない戯れを始めるのがパターンだった。

頬に、耳元に、首筋にと降るキスの為に、レオンはくすぐったさを感じながら、


「あんたが俺を傷付けるなんて、一度もした事ないだろう」
「なら、良いんだがな」
「あんたはいつも良くしてくれる。仕事も、ベッドの中でも。贔屓されてるのがよく判る」
「仕事は適材適所だ。ベッドの中は、まあ、否定はしないな」


する、と形の良い手がレオンの腰を撫でる。
不埒なようでいて、今はそれ以上の所に届かない所から、これもただの戯れであることが判った。

ベッドの傍のカーテンの隙間からは、故郷の夜とは比べるべくも明るい、薄光が差し込んでいる。
それでも時計を見れば十分に真夜中と呼べる時間で、まだベッドを抜け出すには早過ぎた。
しかし、意識は寝起きにしてはクリアで、またうとうとと寝る気にもならず、レオンは肌に触れる男の手を感じながら、そのくすぐったさに目尻を細めながら、


「ちょっと寒いな」
「暖がいるか?」
「いる。けど疲れてる」
「お前が嫌ならしないさ」
「そういう訳でもないんだ」
「加減しろと?」
「あんただって疲れてるだろ?」
「まあな。だが、始めてしまえば、止まるかどうか」
「案外俗物だな、あんたは」


綺麗な顔をしている癖に、と社内外問わずに人を振り替えさせる美人が、他人が思っているよりもずっと欲に正直だと言うことを知っている者は少ない。
昔ながらの付き合いだと言う者を除くと、その中では付き合いの短いレオン位だろう。
その事に、微かな優越感を得ながら、レオンは腰を抱く腕に手を回した。

長身に、細身に見えるタイトなブラックスーツを隙なく着用する所為か、セフィロスはスマートな体系をしているように見える。
手足も長くバランスが取れているから、益々そう感じさせるのだろうが、思いの外その身体は逞しいものだった。
レオンとて華奢な訳ではないと自負しているから、そんな男二人がベッドでじゃれていると、どうにも狭い。
逃げ場のないシングルベッドで他愛のないじゃれ合いをしていれば、必然的に距離はゼロになって行くものだった。

止まないキスの雨に、首を巡らせて逃げようとした所で意味もなく。
耳朶の裏側に、ちゅ、と小さな音が鳴って、其処に厚みのある舌が這うのが判った。
官能の火照りに沈んでいたのは、今から一時間にもならない前の話で、そのスイッチの切り替えポイントを優しくノックされる。
一瞬詰めた吐息を意識して吐き出せば、はあ、と其処に熱の含みが混じった。


「ん……セフィ、ロス……っ」


まだ彼を受け入れていた感覚の残る場所が、じわりと疼き出すのを感じ取って、レオンは背後の男の名を呼んだ。
返事の代わりに男の手がレオンの肌を滑り、無駄なく鍛えられた胸筋を辿って、頂きの膨らみを指先で掠める。


「っ……」


ひくん、と体が震えて、セフィロスの喉が笑う気配があった。
耳の後ろで遊んでいた舌が、レオンの項へと移って、癖のついた髪の隙間から覗く生え際を擽る。


「セフィロス、……明日の、予定……」
「問題ない」
「本当に?あんた、前もそう言って───」
「ちゃんと休みだっただろう」
「あんたが勝手に、……休みに、したんじゃないか」
「問題も起きなかった。お前は真面目に仕事をし過ぎる」


言いながらセフィロスの手は、レオンの体の熱をゆるゆると上げようと企んでいる。


「お前がいなくては何もかもが回らない訳でもない」
「まあ……そう、だけど」
「なら休め。俺も休む」
「勝手だな……」


呆れ半ばに呟くレオンだが、そう言う彼も、背後の男の悪戯を止めようとはしない。
経験上、此処から止まってくれることは滅多にないと言う諦めもあったし、触れる手が嫌と言う訳でもない。
燻ぶるまでになった熱も、じわじわと温度を上げて、受け入れる為の器官が反応しているのが判る。
はしたなくなった自分の体に思う所はあるが、それはそれとして、肌寒さから逃れる理由も欲しかった。


「今何時だ?」
「……午前二時。十分猶予もあるな」
「だと良いんだが」


カーテンの隙間から覗く空は、夜と言うには余りにも明るい。
具体的な陽の光こそないものの、星も望めない程度には明度が保たれているものだから、やはりレオンは、今が夜だと言う気がしなかった。
故郷で言えば朝ぼらけの頃のような空で、此処からものの一時間もすれば、朝日が顔を出すだろう。

どの道、そんな空がある時間帯に、レオンが意識的に眠ることは難しい。
恋人との他愛のないじゃれ合いをしている間に、すっかり意識もクリアになってしまったし、此処から無為な寝る努力を費やすよりも、触れる温もりに身を委ねる方が心地良いことは知っていた。


「朝までは勘弁してくれ」
「お前次第だ。そう言うのなら、煽ってくれるなよ」


セフィロスの言葉に、そんなことをしたつもりはないが、とレオンは眉尻を下げて苦笑する。

レオンは体の向きを変えて、戯れる男と向き合った。
銀糸のかかる頬に手を添えて、そっと顔を近付けると、碧の瞳が満足げに笑みを浮かべる。
空恐ろしい程に綺麗な顔で笑う恋人に、レオンはゆっくりと唇を押し当てた。


「ん……」


静かに重ねられた唇が、段々と深く重ねられる。
衣擦れと、ベッドのきしきしと言う軋む音が、広くはない部屋の中で繰り返されていた。
シーツの隙間から滑りこんでくる冷たい空気を遠ざけるべく、其処にある体温に身を寄せれば、閉じ込められるように、背中に腕が回される。

セフィロスの手はレオンの背中を辿り、腰骨を撫でて、シーツの中で疼きを訴えている下肢へ。
指先が宛がわれるのを感じて、レオンは努めて体の力を抜いてその先を待つ。

静かだった部屋の中に、甘く蕩けた声が反響するようになるまで、それ程時間はかからない。
一度緩やかに蕩けた身体は、すぐに同じ温度まで上がって、その頃にはレオンも覆いかぶさる男に恥を忘れて縋りついていた。




7月8日と言う事でセフィレオ。
いちゃいちゃしている二人が書きたくなった。

慣れない環境に、朝なんだか夜なんだかよく判らなくて眠れない、ってなっていたレオンに、人肌と疲労感で寝ることを覚えさせたセフィロスでした。
悪いようにはしなかったので、そのまま親密な仲になり、今に至ると言う感じ。

[クラスコ]この一時を、もう少し、あと少し

  • 2024/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



明日の食料調達の為にコンビニに来たら、偶然にも恋人が其処に来ていた。
家が近い訳でもないのに、と思ってどうしてと尋ねてみると、友人たちに連れられて、この近くにある複合型施設で遊んだ帰りだとのこと。

季節として日が長い時期であるが、既に空はとっぷりと夜に暮れていた。
こんな時間まで学生が遊んでるもんじゃないぞ、とわざと年長者らしく言ってやれば、恋人───スコールの唇が分かり易く尖る。
其処には「判ってる」だとか、「子供扱いするな」だとか、そんな言葉が引っ掛かっているのだろう。
それから彼は、「バスが一時間に一本しかないんじゃ、待つしかないだろ」と言った。

尤もな話で、この辺りに通っているバスは、都会のように五分や十分で次の便が来るようなサイクルにはなっていない。
学生も休日を楽しむ遊戯施設があるのに、車を持っていない学生が行くには聊か公共交通の便が不親切なものだから、スコールのような少年少女は、いつも帰りの時間を気にして過ごすものだった。
夕方頃に帰るなら、その分予定を繰り上げなくてはならなかったり、映画の上映スケジュールによっては、レイトでしか扱っていなかったりして、終わったらタクシーで帰るか、そもそも見るのを諦めるかの二択になる。
門限を気にしながらものんびりと遊ぶなら、この複合施設はあまり薦められないと言うのが当事者たちの弁で、駅前のファストフードでだらだら喋っている方が良い、と言う者も。
しかし、買い物に、映画にゲームセンターに、おやつのフード店に、ついでに生鮮食品売り場も揃っているので、駅前よりも便利なのも事実。
結局、休日の学生や家族連れは、この複合型のアミューズメント施設にやって来るのだった。

そして今日のスコールは、友人たちと映画を見に来て、帰りのバスを一本逃した。
元より映画の放映時間終了の一分後にバスが出ると言うダイヤになっているものだから、スコールは最初から帰りが遅れることについては諦めていた。
方向の違うバスに乗る友人たちを見送った後、営業時間終了間際の施設を後にして、一時間も暇があるのならと、このコンビニまで歩いて来たと言う訳だ。
コンビニ近くのバス停が、スコールの帰宅方面に向かう路線と続いているから、施設のバス停まで戻る必要もない。
適当に何か摘まんで胃袋を慰めて、ちゃんとした夕飯を食べるかどうかは、帰宅してから腹の都合を見て考えれば良い、と言うのがスコールの今の所の予定だった。
其処で、ばったりとクラウドと逢った訳だ。

────と、こんな時間に一人でこんな場所にいた経緯について、スコールが少し面倒くさそうにしながらも丁寧な説明をした後、


「あんたは、なんで。あんただって家はこの辺じゃないだろ」


詰問のお返しとばかりに、スコールは言った。
自分が答えたのだから、其方も言え、と少し拗ねた顔をしているスコールに、クラウドも抵抗なく答える。


「仕事の帰りだ。此処の通りを真っ直ぐ抜けると、家までの近道になる」
「……ふうん」


問うては来たが、然程興味も意味もなかったからだろう、スコールの反応は愛想にもならない。
スコールは手元の籠に、クーラーボックスから取り出したペットボトルを加えて、レジへと向かった。
クラウドもミネラルウォーターのペットボトルを取ると、まだ選り取りみどりに残っていたコンビニ弁当の中から、スタミナになりそうなものを三つ選んでレジへ。

支払いを済ませてコンビニを出ると、一足先に外に出ていたスコールを見付けた。


「スコール」


名前を呼ぶと、少し胡乱気な顔が振り返る。
一見すると不機嫌にも見えるが、これは恐らく、友人たちと一日遊んで疲れているからだろう。
友人たちと一緒に遊ぶことに否やはなくとも、人混みが得意ではないスコールにとって、今日と言う日は存外と姦しかったに違いない。
それも終わってようやく帰路と言う所だから、表情が少々きつめに表れることについて、クラウドは割り切っていた。

それでいて、こんな所で恋人に逢えたと言うのは、こっそりと嬉しいものでもあって。


「乗って行くか、バイク」
「……」
「バスより早いぞ」


コンビニの駐輪スペースに停めたバイクを指差して言えば、スコールは無表情でじっと此方を見つめる。
頭の中で、バスに乗って帰る時間と、クラウドの厚意に甘えた場合の帰宅時間を比較しているのだろう。

バスは座っていれば到着するので楽ではあるが、便の到着まではまだ時間があったし、陽が沈んで日中よりも過ごし易いとは言え、段々と蒸し暑さが増す屋外でバスを待つのも面倒だ。
それに、バスは駅前までしか行かないから、其処から電車に乗り、最寄り駅からはまた歩かなければいけない。
クラウドのバイクなら、落ちないように注意は必要ではあるが、彼が自宅の真下まで連れて行ってくれれば随分と楽だ。
決まったルートしか走れない路線バスより、小回りが利くので、移動距離も半分で済む。


「……乗る」


くるりと踵を返して戻ってくるスコールに、クラウドの口端が緩む。

クラウドがバイクをタンデム仕様にしたのは、スコールと恋人関係になってからだ。
つまり、この後部シートはスコールの為に用意されたもので、折々にこうやって二人でデートをする為にある。
今夜はデートと言う程のものでもないが、最近中々会う機会が作れなかった身としては、ちょっとしたサプライズ的なイベントだった。

つい先日、スコールを連れてツーリングデートに行ってから、彼のヘルメットはリアバッグに入れたままにしていた。
うっかり出し忘れての事だったが、今日に限ってはラッキーだ。
取り出したそれをスコールに渡し、バッグにそれそれの荷物を入れて、バイクへ跨る。
耳元にある通話用のイヤフォンマイクのスイッチを入れると、ジジ、と言うノイズが小さく走った後、スコールのイヤフォンへと繋がった。


「他に何処か寄る所があるなら、ついでに行くぞ」
「……いや、良い。特にない」


遊び疲れたこともあってか、スコールは直帰で良いと言う。
明日は平日、学生であるスコールは学校に行かなくてはいけないし、今日は帰って休みたいのだろう。

後ろからしっかりとした密着感があるのを確認して、クラウドはバイクを発進させた。
最初の頃はぎこちない様子で縋っていたスコールだが、何度もツーリングデートを重ねたお陰で、今は自然体でクラウドに身を任せている。
そうでなくては危険だから、と何度も訓練するように重ねた結果で、尚且つスコールからの信頼を勝ち得たようで、クラウドはこっそりと嬉しい。
だからデートの際は、余程の遠方や道路の問題がない限り、バイクで出掛ける計画にしていることを、スコールは気付いているだろうか。

出来ればこの密着感を長く味わっていたいクラウドだが、寄り道の予定もないとなれば、やはり一時の味わいが精々だ。
なんとか延長できないかと画策して、


「スコール」
「……ん」
「うちに来るか?」
「……なんだ、いきなり」


クラウドの言葉に、インカムの向こうで、訝しむ声。
急な誘いは、完全にクラウドの思い付きであったから、スコールにしてみれば予定外の事を言われても困ると言った所だろう。

唐突な誘いの理由を問うスコールに、クラウドはなんと答えるか考えたが、結局は自分の気持ちに正直になる他は浮かばなかった。


「折角お前と逢えたから」
「意味が判らない」
「そのままだ。もう少し、お前と一緒に過ごしたくてな」


包み隠さず、気持ちそのまま口にすると、腰に捕まる腕がぎゅうっと力を増したのが判った。


「……意味が判らない」


もう一度重ねられた言葉は、一見すると鈍い反応だったが、クラウドは知っている。
これは彼の照れ隠しで、存外と初心で照れ屋なスコールは、クラウドの臆面のない一言に赤くなっているのだ。
後ろを見れないのが勿体ないな、と思いつつ、クラウドは赤信号にバイクを停める。


「スコール。明日の予定は?」
「予定も何も。学校だ」
「今日は急いで家に帰らないといけないか」
「別に。今日はラグナもいないし」


父子二人暮らしのスコールである。
普段なら、家事を引き受けている立場である為、朝夕の食事を作る為、そこそこの時間には帰るようにしている。
しかし、忙しい父親は出張等で不在になる事も少なくなく、そんな時は、今日のように少々羽目を外して過ごすこともあるのだとか。

今日が正にそうだったのだと聞かされれば、クラウドの唇がこっそりと緩む。


「じゃあ、問題ないな」
「……ある。勉強道具も全部家だ。朝に急いで帰るなんて面倒くさい……」
「なんだ、泊まってくれるのか」


其処までは言っていないのに、と笑みを交えて言うと、イヤフォンの向こうで沈黙が降りる。
それから十秒ほど経ってから、スコールも自分の思い込みに気付いたらしい。


「違、」


そんなつもりじゃない、あんたが明日の予定なんて聞くから───と赤くなっているであろう少年が言う前に、信号が青に変わる。
行くぞ、と言って走り出したバイクに、背中にしがみつく力が良い訳のように強くなるのが判った。





7月8日と言う事で。
バイクの二人乗りに慣れたスコールと、家に行くとなると当たり前に泊まることが前提になる関係なクラスコ。
デートは勿論、その時の送り迎えなんかも全部クラウドがバイクでしてるんじゃないかと思います。

[16/シドクラ]巡りに乗せて



どうだ、と言ってシドが見せて来たのは、彼お気に入りの銘柄のワインだった。

気軽に飲むならビールだが、一人嗜むのならワインが良い、と彼は言う。
確かに、飲み屋で皆と一緒に賑やかに過ごす時はビールを注文しているが、部屋で考え事をしている時だったり、寝酒に一杯飲むのならば、持ち込んでいるワインを愛飲していた。
だからシドがワインを人に勧める時と言うのは案外と限られている、らしい。
“らしい”と言うのは、存外とクライヴがシドにワインを勧められる機会があるからで、そんなに珍しいことなのか、と言う感覚があるからだ。
ガブにしてみれば、「シドがワインを勧めるなんて、そいつのことが気に入ったって言ってるようなものなんだぜ」だとか。

とは言え、シドの中でも色々とランク付けはあるのだろう。
ワインセラーに収められている酒の中でも、自分用、来客用、特に重要な賓客用と、その時々で彼が出してくるものは適宜変わる。
クライヴの場合は、同居していると言う関係故か、少しばかり特殊で、シドの自分用のワインを時々貰うことがあった。
後は、何某か景品だとか、貰い物だとか、余り名を聞いたことのないワインを手に入れた時の試飲感覚で、シドと一緒に瓶を開ける作業に加わらせて貰う。

クライヴ自身はと言うと、それ程酒に拘りはない。
そもそもが飲食の類にあまり執着がなかったので、シドと同居するまでは、ワインなんて赤ワインと白ワインがあることくらいしか覚えていなかった。
遠い昔、家族が寝静まったダイニングで、父がワインを飲んでいたこともあったが、クライヴにとってワインに関する思い出と言えばそれだけだ。
その頃、分かり易く優等生らしい生活をしていたクライヴであるから、父のワインを飲みたいなどと強請ったこともない。
成人してからは、折々に飲み会に出席する事も増えて、それなりに酒の味を覚えはしたが、それだけのことだ。
今でこそクライヴは幾つかの酒の銘柄を覚えているが、その切っ掛けを与えたのは、専ら周囲の言があっての話で、彼の中での酒の区分は、大雑把に“美味いか否か”と言った具合だった。

それでも、シドが勧めてくれるなら、それは良い酒だと言う事は知っている。
そして、拘りがないとは言っても、美味い酒と言うのはやはり味わえれば嬉しいものであった。

どうだ、と誘ってきたシドの手には、既にワイングラスがふたつある。
断ることを考えていないと言うか、断らせる気がないと言うか。
そんな同居人兼職場の上司に片眉を寄せて笑いつつ、クライヴは「良いな」と言った。


「初めて見るラベルだ。何処のワインなんだ?」
「まあそこそこの有名処だよ」
「あんたがそう言うと怖いんだよな」


クライヴがワインに詳しくないこともあってか、シドは余りそれの詳細を語らない。
しかし、安価なものならそう言うし、貰い物で一切の詳細が知れないのならそれも言う。
だが、値段が上がって来ると、今度は言わなくなる傾向があった。
宅飲みに付き合わせるクライヴが遠慮するのを嫌ってか、構えて飲むのが好きではないのか、そんな所だろうか。
だから、すっかり飲み明かした後で、クライヴが気まぐれにラベルの記載を頼りに調べてみると、結構な金額のものだと発覚することも儘あった。
本当は上客に出す為のものだったんじゃないか、とクライヴが言うと、シドは「良いんだよ」とからからと笑うばかりだ。

結局の所はシドが購入、或いは誰かから貰ったとかの代物であるから、それをいつ開けようと、それはシドの自由だ。
相手も勿論シドが選んでの事だから、クライヴが畏まった所で、大した意味もないのだろう。
ただ、高いものと言うのはやはり、それなりに分かった上できちんと楽しみたい、とクライヴは思う事もあった。

テーブルに置かれたグラスに、とくとくと注がれる白ワイン。
甘い香りがほんのりと漂うのを感じ取りながら、クライヴはパントリーを覗く。


「摘まみでも。何かあったか」
「冷蔵庫の中に用意してある。出してくれ」


シドの指示を受けて、クライヴは冷蔵庫を開けた。
棚の一番下に、スライスされたチーズとパストラミが並べられた皿を見付ける。
夕飯の時にでも作っておいたのか、準備の良いことだ。

摘まみの乗った皿をテーブルに持って行くと、シドはもう席に着いていた。
向かい合う席にクライヴが座り、それぞれグラスを手に取って、軽く当て合う。


「今日もお疲れ様」
「ああ。お前さんもな」


乾杯の代わりの労いは、今日も今日とて忙しかったことへ。
特段、何か事件があった訳ではないが、シドは社長業であちこちに顔出ししていたし、クライヴも営業として足を棒にしていた。
それを無事に終えての一杯と言うのは、やはり、身に染みるものがある。

まずは一口、とシドもクライヴも軽くグラスに口をつける。
淡色の液体はするりと優しい口当たりで、すっきりとした味わいの中に、ほんのりと甘味が感じられた。
美味いな、とクライヴが呟くと、シドの口角が分かり易く上がる。
飲み易さにつられて早々にグラスを空ければ、シドが直ぐに二杯目を注いでくれた。


「随分、機嫌が良いじゃないか」
「そうだな」


クライヴの言葉に、シドはグラスを傾けながら小さく笑う。
普段から気前良く振る舞うことはあるが、こう積極的に酒を勧めてくれるのは珍しい。
大抵は、お互いに自由なペースで飲んでいるから、合判している席であっても、それぞれ手酌で楽しんでいる事が多かった。

二杯目をそれ程間を置かずに飲み開けると、またシドがワインを手に取って、クライヴに差し出して見せる。
どうだ、と言う無言の問いかけに、クライヴはグラスを差し出して答えた。
やはり今日は特別に気前が良い。

クライヴは三杯目のワインに口をつけながら、冗談気分で言った。


「あんた、俺を酔わせたいのか?」


酒を注ぐペースは、クライヴのそれをみだりに乱すつもりはないようだが、シドの目は逐次、クライヴの手元のグラスに向けられている。
飲め飲めと無茶な絡みをする訳ではないが、クライヴのグラスを空かさないように意識しているのが伺えた。
気配りの細やかさはシドの染み付いた癖のようなものだが、それは職場であるとか、仕事付き合いの会食の席ならばともかくとして、自宅で同居人相手にまで発揮する必要のないものだ。
それが今日は随分とまめまめしく自分の世話を焼いてくれる上、美味い酒まで飲ませてくれるものだから、なんだかつられるようにして、クライヴも少しばかり気分が浮ついて来る。

そんな気持ちから言ったクライヴの言葉に、シドは「さてね」とまた口角を上げる。


「お前が本当に酔ってくれるんなら、それもありだろうけどな」


蟒蛇(うわばみ) だからなあ、とシドは付け足して言った。
クライヴはチーズを齧りながら、


「俺だって全く酔わない訳じゃない」
「そうかね。何処でどれだけ飲んでも、ケロッとしてるだろう。ガブみたいにフラフラになった事あるか?」
「どうだったかな。昔はあったかも知れない。覚えていないけど」
「忘れたって訳でもなさそうだがな」


シドの言葉に、クライヴは肩を竦めて返しつつ、


「確かに、余り酔ったことはないけど。この酒は美味いから、若しかしたら酔うかも知れない」
「上等な酒なら酔えるって?贅沢者め」
「やっぱり高いんだな?」
「さあな」


皮肉るように揶揄うシドの言葉に、クライヴがずっと気になっている点を突いてやれば、また躱される。

シドの表情は柔らかく、酒が入っていることもあるだろうが、分かり易く上機嫌であった。
相応の年輪が刻まれた顔が、ほんのりと赤みを浮かせて、グラスを持つ手もゆらゆらと液体を揺らして楽しそうにしている。
彼もそれなりにアルコールには強い筈だが、ひょっとしたら酔い始めているのかも知れない。
シドが酔うと言う事は、そこそこ度数が高いのかも知れないが、相変わらず、クライヴの意識はくっきりさっぱりとしたものであった。
だが、意識の酩酊はなくとも、クライヴも常よりも自分の機嫌が良くなっている自覚はあった。

シドのグラスが空いたので、クライヴは腕を伸ばして、ワインを手に取る。
察したシドがグラスを差し出し、とくとくと二杯目の酒精が注がれた。


「シド。この酒、今日で全部飲むつもりか?」
「なんだ、惜しいか?」
「まあ、少し。気軽に手に入るものでもなさそうだし」
「お前が気に入ったのなら、また手に入れるさ。そうだな、一年後くらいに」
「そんなに手の入り難いのか」
「伝手はあるから、どうにかなる。だが、そうしょっちゅう飲めるんじゃ、有難みも減るだろう」
「随分勿体ぶるじゃないか。でも、確かにそうだな。偶に飲むから沁みるものか」


美味い酒への名残はありつつも、その美味さのスパイスには、確かに希少性も関係するか。
そして、飲める時には、美味い内にそれをたっぷりと堪能するのが良いのだろう。

これを再び楽しめるのは、一年後。
そんなつもりでグラスを傾けると、喉に通って行くとろりとした液体が、酷く恋しいものに感じられる。
ボトルの中身はもう半分まで減っていて、今晩中に空になってしまうのは間違いなく、それは酷く惜しいのだが、また次回があると思えば喉が閊えることもなかった。

機嫌良くグラスを明かしてい恋人を、シドは終始、口元を緩めた顔で眺めている。
これなら、少々手間をかけてでも、用意した甲斐があると言うものだ。
そして今から一年後、今日と言う日がまた迎えられるようにと、今から算段を巡らせるのであった。




大分遅刻ですが、FF16発売から一周年を迎えられたと言う事で、シドクラでお祝いに飲んで貰いました。
この後は二人とも良い感じに気分良くなって、しっぽりしてたら良いと思います。

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