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[ロク&ティナ×スコ]緩やかな一時に

  • 2020/06/08 22:00
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人の気配の少ない秩序の塔で、ロックは暇を持て余していた。

ロックが神々の闘争の世界に喚ばれてから、それなりに時間が経っている。
相変わらず神々は気まぐれに人選を行って、秩序と混沌に分かれた闘争は繰り返されている。
その間に、新たな戦士の姿はぽつりぽつりと見られるようになり、今ではロックもそこそこ古株と言って良い位には後続が増えた。
詰まりは所帯が大きくなっている訳で、こうなると闘争の現場に赴く必要がない日も多くなって来る。
ロックが召喚されたばかりの時は、勝負がなくとも、世界の様子を確認する為にと、陣地拠点を離れて周辺の探索に向かう事も多かったが、最近はその回数も減って来た。
何もかもが判らなかった頃に比べると余裕が出て来たと言う事もあり、取り急ぎの用でもなければ、いつ呼ばれるか判らない勝負の為に体力を温存しておこう、と言う考えも湧いて来るようになる。
今日のロックも、その意図で塔の中で過ごしていたのだが、


(暇だな。と言うか、静かだ)


秩序の戦士達は、皆それなりに仲が良い。
特に、今回の初めてではないと言う十余名の戦士達は、以前からの縁と言うのもあるのだろう、一際距離の近い付き合いをしている者もいた。
だからなのか、わいわいと賑やかな声が響いている事が多いのだが、今日は一転してとても静かだ。

理由は判り易いもので、『賑やか組』と称するティーダを初めとし、彼と一緒にはしゃぎ出す事が多いジタンとバッツもいないのだ。
ブリッツボールだ即興劇だと、余興に暇なく仲間達を楽しませる彼等は、数時間前に勝負の地へと赴いたらしい。
勝負の相手が誰なのかは判らないが、今回はフリオニールやクラウド、セシルが混沌陣営に引き入れられた。
彼等は喪われた世界での闘争を秩序の陣営として過ごした者達。
詰まりは、ティーダ達にとって、陣営は違えど彼等も仲間と言う意識が根付いているのである。
若しも彼等とマッチングしたのなら、勝負の後に揃ってモーグリショップに向かい、お茶の一つでも飲んで帰る位はするだろう。

他の戦士達もそれぞれの理由で出払っているようで、塔の中には人の気配がない。
ひょっとして自分以外誰もいないんじゃないか、と思う位は静かだった。
こういう事は、滅多にないが稀にはある事なので、じゃあ今日の俺はどうしようかなと、行く宛てのない気分でロックは廊下を歩く。


(俺も何処かに出掛けようかな。って言っても、別に必要なものとか、気になるものもないしなぁ)


用がなくては外に出てはいけない訳ではないが、用もないのに外に出るのも意味がない。
外に出てから、さて此処からどうしよう、と話が振り出しに戻るのは目に見えていた。

そんな事を考えている間に、ぐう、とロックの腹が鳴る。
昼飯はティファが作り置きをしてくれたものを鱈腹頂いたので、足りない事は先ずない。
が、時刻はそろそろ八つ時を迎えようとしており、小腹が空いたような気にはなる。
冷蔵庫にあるリンゴ一つ位は貰っても良いだろうか、今日の晩飯は誰が作るんだっけ、と思いつつ、ロックはキッチンへと向かうべく、リビングダイニングへの扉を開けた。
其処も廊下と同じく、静かな空間が広がっており────


(誰もいない……って事はなかったか。ティナかな?)


十人が座れる大きなダイニングテーブルの向こう、その陰からひょこりと覗くリボンを結んだポニーテール。
位置が低いので、床に座っているのだろうか。
其処にはソファも置いてあった筈だが、何故そんな位置に───と疑問に思いつつ、ロックは足音を忍ばせて、テーブルの向こうのキッチンへ向かう。

電気で管理されている保冷庫の引き出しを開け、納められていたリンゴを取り出す。
キッチンのシンクの水で軽く表面を洗って、ロックはそのまま齧り付いた。
皮ごと口の中で噛めば、しゃりしゃりと瑞々しい果肉が音を立て、甘酸っぱい果汁が咥内一杯に溢れて来る。
それを齧りながらキッチンシンクに寄り掛かり、腹拵えが終わったら次は、と考えながら、何の気なしにヘーゼルの瞳がダイニングの向こうへと向けられた。


(……寝てるのか?)


テーブルの陰から覗くリボンは、じっと動かない。
頭の向きから見て、ソファに横になっている訳ではなさそうだが、疲れていると人は妙なポーズでも眠れてしまうものなのだ。
もし寝ているなら声をかけて、部屋に戻って休むようにと促した方が良いか。
そう思って、ロックはリンゴを齧りながら、ティナの下へと向かった。


「ティナ────あ、」



元の世界でも呼び慣れていた、仲間の少女の名を呼ぶと、彼女はくるりと振り向いた。
唇に指一本を立てて、「しぃーっ…」と静寂を促しながら。

其処にいたのは、ティナだけではなかった。
ティナはソファの前にぺたりと座っており、其処に横たわっている少年───スコールの顔を覗き込んでいる。
スコールはソファの肘掛に頭を乗せて、長い手足を縮こまらせる格好で蹲っていた。
寝ているのだ、とロックが数秒の時間をかけて、スコールが根息を立てている事に気付く。

気配を感じさせない程に静かに寝ているスコール。
ロックは、酷く珍しいものを見た気分で目を丸くしつつ、そっと二人へと近付いてみる。


「…寝てるのか」
「うん」


声を潜めて確かめ訊いたロックに、ティナはスコールの顔を眺めながら、小さな声で頷いた。

しゃり、とロックのリンゴを齧る音が、小さく鳴る。
なんとなく咀嚼音を控える意識で果肉を噛みつつ、ロックは眠るスコールの顔を見降ろした。
長い睫毛は下ろされて、彼の特徴的な蒼灰色の瞳は見えず、いつも真一文字に引き結ばれている唇が、薄らと開いて無防備な印象を与える。
意外と子供のような寝顔をしているのだな、とロックが思っていると、


「……ふふ」


隣で零れる笑みは、ティナのものだ。
此方も此方で、結構機嫌が良いな、とロックも伝染したように口角が緩む。

ティナがそっと手を伸ばして、スコールの目元にかかった前髪をそっと払う。
ぴく、とスコールの瞼が一度震えたが、持ち上げられる事はなく、またすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえる。
人の気配に敏感なスコールにしては珍しく、深い眠りの中にいるようだ。
つくづく珍しい事があるものだと、ロックが二人の様子を観察していると、ティナが潜めた声で言った。


「スコール、やっと安心して眠れるようになったみたい」
「やっと?」


ティナの言葉に、どういう事かとロックが訊ねると、ティナはスコールの白い頬をふにっと指先で突きながら続ける。


「スコールね、人の気配に敏感なの」
「ああ、そうみたいだな。傭兵だって言ってたし、癖なんだろうな」
「うん、それもある。あとね、この世界に来てから、色んな人が召喚されるでしょ。最近は新しい人も呼ばれて来て、前よりも人が沢山になって」


ティナが言う“前”をロックは知らない。
恐らく、一部の戦士達の間で度々話に上がる、“前回までの闘争の世界”の事を指しているのだろう。
あの頃よりも人が増えていると言うのは、他者の気配に敏感なスコールにとって、聊か気疲れするものなのかも知れない。
ロックのその考えは遠くはなく、ティナも同様に考えていた。


「スコール、色んな事を気にしてくれるの。きっと誰より色んな可能性を考えていて、皆の安全の事を心配してくれてる。普段からそうなんだけど、新しい人が来ると、そう言う事をもっと沢山考えてるんだと思う。こう言う所は、前の時と変わってない」


スコールの警戒心の高さは、傭兵として年少の頃から育成され、身に染み付いたものだと言う。
最大の警戒と準備をし、物事が起これば即時対応し、躱せない被害は最小限に抑える。
その為に自分が批難される立場になってでも、彼は警戒を怠らないのだ。

────でも、とティナは言う。


「でもね。でも。ほら、今日は寝てるでしょ?」
「ああ。ぐっすりだな」
「ふふ、そうでしょ。きっと安心してくれてるの。此処は今、大丈夫なんだって」


此処。
それは秩序の女神の拠点となった、この塔を指すと同時に、今この世界で共に過ごしている仲間達を指す言葉でもある。

その性質上、スコールは初めて逢った人間を容易に信用できない。
初めてこの世界に事故的出来事で迷い込んだロックは、スコールのそんな一面をよく知っていた。
そして、仲間と認めたからと言って、平時までその信頼が適用されるかと言うと、また微妙であると言う事も。
スコールはどうしても、他者の気配と言うものを容認するのは難しい気質を持っているのだ。

そんなスコールが、今は深い眠りの中にいる。
直ぐ傍らにティナとロックがいるのに、彼は穏やかな寝息を立てているのだ。


「私、それが凄く嬉しくて。スコールのこんな寝顔、久しぶりに見れたから」


だからティナは、じっと床に座り込んで、スコールの傍についていたのだ。
彼の寝顔が一番よく見える場所を貰って、誰かが意図せず、彼の安らかな眠りを犯してしまう事のないように。

嬉しそうに頬を赤らめるティナに、ロックはいつか見た彼女の姿を思い出す。
あれは全てを終えた後、彼女が身を寄せていた村に、彼女を送り届けた時の事だ。
大人がいなくなってしまった村で、幼い子供達の母代わりをしていたティナは、久しぶりの子供達の再会をとても喜んでいた。
ママ、ママ、と呼んで甘える子供達に囲まれて、そのくすぐったさに胸を一杯にしていた────その時と同じ顔。

ちらとロックが少年を見遣れば、ロックが見慣れた野宿の際の寝顔とは違い、すっきりとした貌が浮かんでいる。
トレードマークのようにも見えた眉間の皺がすっかり消えて、尖り切らない頬のまろやかさもあり、随分と幼い印象だ。
ティナが見守りたがるのも無理はない、ロックはそう思った。


「だからね、ロック。起こさないであげてね」
「ん~……」


ティナにしてみれば、スコールは現環境に対して、ようやく慣れて来たと言う所なのだ。
人の気配が少ない事も含め、熟睡できるようになったと言うのは大事な事だ。
だから邪魔をしないでね、とティナは釘を刺したのだが、ロックは俄かに悪戯心が沸いていた。

リンゴの果汁がついていた手を服の裾で拭く。
それから、甘い匂いのついたその指で、ロックはスコールの鼻を摘まんだ。


「ほい」
「………んぅ……」
「ロック!」


鼻孔を塞がれて、スコールの眉間にきゅっと皺が浮かぶ。
ティナが潜めた声で咎めるので、ロックは早々に手を離した。


「どうして意地悪するの」
「可愛いからだよ」
「………」
「冗談だって。あんまり無防備だから、つい、な」
「……もう!」


睨むティナに、母親は怒らせると怖いものなのだと、ロックは遅蒔きに思い出す。
リンゴを持った手諸共、降参ポーズで白旗を上げて、ようやくティナの目尻は緩んでくれた。

ひどいね、と小さく声をかけられたスコールは、まだ目を覚まさない。
ロックの指で赤らんだスコールの鼻に、ティナの嫋やかな指が伸びて、慰めるようにくすぐる。
鼻元のむずついた感触がしたのか、くしっ、と猫のようなくしゃみが聞こえた。





6月8日と言う事で。
子供を見守るティナママと、ちょっかい出したくなるロックでした。

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