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2026年08月08日

[フリスコ♀]ラッキー・チャームは誰のため

  • 2026/08/08 21:30
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



それを見付けた時、珍しいものを身に付けているな、と思った。

いつものように、アルバイトの時間になる前に、帰路に着く彼女───スコールを迎えに行った。
夏の日差しに眩しそうに目を細めながら、校門にやってくる彼女を待つ一時は、きっとなんでもないことなのに、フリオニールに細やかな幸福感を齎す。
高い気温に白い頬を薄らと赤らめて、「……待たせた」と言うスコールに、「今来たところだから平気だよ」と言うのは、いつもの挨拶になっている。

歴史あると評判の女子高に籍を置いている彼女は、今日も服装の乱れもない。
フリオニールにとってもいつも通りの見慣れた姿であったが、ふと、見慣れないものが目についた。

スコールが肩にかけたボストンタイプのスクールバッグ。
服装に関しては厳しい校則が課されているそうだが、鞄は個々人の使い勝手を尊重してか、ある程度は自由に選んで良いと言う。
スコールが持っているのは丈夫な合皮で、一見すると男物にも見える、黒のシンプルなものだった。
人によってはそれを自分用にとデコルテしたり、チャームを吊るしたりしているが、スコールのそれは全く飾り気がない。
実用性一本に絞られたのが分かるものだ。

そのスクールバッグのファスナーの端に、小さな子猫が一匹。
大きさは三センチ程度の、立体ビーズで作られたキーホルダーだった。


「珍しいもの付けてるな」


キーホルダーを見ながら言えば、スコールもフリオニールの視線に気付いた。


「……リノアに押し付けられたんだ」
「相変わらず、仲が良いな」


スコールの口から出てきたのは、彼女の親友の名。

何かと他者に厳しい態度を取り勝ちなスコールが、唯一、何をするにも甘い相手。
その人物に渡されたものなら、自分らしくないアイテムだと思っていても、無碍にすることはないだろう。

スコールは少し呆れた口調で、事の経緯を説明した。


「リノアが最近、占いにハマってるんだ。それで、今日の俺の運勢が最下位だったんだと。で、その為のラッキーアイテムが、これ」
「成程、スコールに良いことがありますようにって?」
「まあ……そう言うことになるか」


リノアは親友であるスコールのことをとても好いている。
スコールとフリオニールが付き合うことになった時、それをスコールが報告したその日のうちに、彼女は見染めた相手の選定にやって来た。
曰く、「変な人がスコールの恋人になったら嫌だもん」ということらしい。
彼女は至極真剣に、親友が不幸になることを心配していた。
スコールはそんな彼女に「なんであんたがそこまで気にする?」と呆れていたが、結局はフリオニールがリノアの眼鏡に叶ったことも含め、「……気遣いだけは受け取って置く」と言う遣り取りが交わされた。

キーホルダーを見遣るスコールは、特段の感情は何も浮かんでいない。
猫のキーホルダーは見た目は可愛いが、彼女の好みとは違う。
親友が渡してきたものでもなければ、こうして目につく所に身に付けることもないだろう。

フリオニールもそれを見ながら、ふむ、と少し考えて、


「占いか。俺はあんまり興味ないけど、女子ってやっぱり、そう言うのが好きなのか?」
「さあ。俺はどうでも良い。リノアも、今たまたまハマってるだけだろう」


スコールの反応はどこまでもドライだ。
今は占いに夢中になっている親友のことも、一過性のものだと割り切っている。
確かにリノアは、色々なものに興味を移り変わりさせるから、その内別のものに流れるだろうと言うスコールの見解は、強ち外れてもいるまい。

まあそんなものか、とフリオニールも苦笑した。


「それで、今日のスコールは運が悪かったりしたのか?それとも、良い事の方があった?」
「別に。いつもと大して変わらない」
「ふぅん……?」
「……でも、昼は購買のパンを買い損ねた」
「残念だったな。じゃあ、昼は食べてない?」


ただでさえ食が細い性質のスコールであるが、さすがに昼を食べていないと言うのは良くない。
フリオニールが心配に訊くと、スコールは首を横に振った。


「リノアが弁当を分けてくれたし、セルフィが外のコンビニで買って来てたのを少し貰った」
「ああ、良かった。昼って食べ損ねると辛いもんな」


ほっと胸を撫で下ろしたフリオニールに、スコールは「大袈裟だな」と言う。


「運が悪かったのは、それくらい?」
「……まあ……いや……」


フリオニールがもう一度聞いてみると、スコールは頷きかけてやめた。
蒼の瞳が上の方を向いて、今日一日を振り返っている。
すぐに浮かぶようなことがないなら大丈夫だったのかな、と思ったフリオニールだが、


「………」


見ている内に、スコールの眉間にはじわじわと皺が浮かんでいく。
口は真一文字に噤まれて、目尻に険が滲んでいく。
ともすれば不機嫌に見える表情だが、その理由を彼女は言うつもりはないようだった。

ええと、とフリオニールは頬を掻きながら、


「ラッキーアイテム、あって良かった、な。ひょっとしたら、もっと悪いことが起きてたかも知れないし」
「……そう、だな……」


彼女に今日一日で何があったのか、フリオニールは問えなかったが、気持ちを切り替えを計って言ってみる。
とってつけたような話になったな、と思うフリオニールだが、スコールの表情はほんの僅かに軟化した。
多少でも、彼女の気持ちを和らげることには、成功したらしい。

───と、フリオニールのポケットから、携帯電話の音が鳴り響く。


「バイト先からだ。悪い、ちょっと」
「……ん」


仕事先からとなると、さすがに居留守は出来ない。
フリオニールは一言詫びてから、携帯電話の通話ボタンを押した。

通話口から聞こえてきた声は、アルバイト先の居酒屋で一緒に働いている、チーフマネージャーだ。


『フリオニール、今少し話せるか』
「はい、大丈夫です」
『そうか。取り急ぎで悪いんだが、』


大方、シフトの変更か。
今日は遅出だったから、スコールをゆっくり送れると思ったのだが、こればかりは仕方がない。
傍らで俯き気味に立っているスコールも、これまでの経験から、予測が出来ているようだ。

───が。


『すまんが、しばらく仕事は休みだ。店が開けられなくなった』
「え?」
『どうも厨房周りの電気系統が駄目になってるみたいでな。このままだと飯系が何も出せない。冷蔵庫が別電源で生きてるのは幸いだが……』
「はあ……」
『業者に今見て貰ってるが、どうも肝心なところが経年劣化でやられているらしい。交換しないと話にならんが、取り寄せるのに一週間はかかる』


口早の説明を、フリオニールはただただ聞いているしかない。
言われたことを頭の中で反芻して、それはつまり、と考えつつ、


「それは、えーと、それだと次の出勤は……」
『まだはっきり言えないが、そうだな、取り敢えず今週いっぱいはない。来週のことは、週末にまた連絡するよ』
「ああ、はい。判りました、じゃあまた……お疲れ様です」


電話の向こうから、お疲れ、と端的な返事の後、通話は切れた。
ホーム画面に戻った携帯電話を見つめて、ぽりぽりと頭を掻く。


「……フリオニール?」


呼ぶ声に顔を上げれば、蒼灰色が不思議そうにこちらを見つめている。
どうかしたのか、と視線で問う少女に、フリオニールは、ええと、と頭の中を整理する。


「……バイト、しばらく休みになった」
「え?」
「設備の不具合で、交換するまで店が開けられないらしい」
「それは……気の毒だな」


スコールの言葉に、そうだな、とフリオニールは苦笑する。
少なくとも、店にとっては痛い出費で気の毒なことである。


「えっと……その。なんだか、暇が出来たみたいだな」
「……そうなるな」
「今日のバイトもない訳だし」
「呑気だな」


大丈夫なのか、と蒼の瞳がまた問う。

苦学生の身であるフリオニールにとって、アルバイトは日々の生活の糧である。
居酒屋のアルバイトは、中々に忙殺されて大変な仕事だが、その分、給金も良い。
それが出られないと言うのは、生活に支障が出るではないか、とスコールは心配しているのだろう。

フリオニールはそんな彼女を宥めるように、笑って言った。


「仕事がないって言っても、一週間程度になると思うし。変に浪費したりしなければ、それくらいなら問題ないさ。一応、貯金もあるしな」


フリオニールの生活は清貧なものである。
そうあるように意識している訳ではないが、あれやこれやと注ぎ込む先もない。
設備も直れば店は開くだろうし、他の日当を急いで工面しなければならない程、困窮してはいなかった。

フリオニールの言葉に、スコールは「……そう、か」と小さく呟いた。
ほんの僅かに安堵の色が滲む瞳に、心配かけたみたいだな、とフリオニールは苦笑する。
他者には何かと厳しいように見えて、その実、彼女はとても身内に対して情が深い。
そんな彼女に、愛されているのだと思うと、胸の奥が無性に暖かくなった。

フリオニールは携帯電話をポケットにしまいながら、少し低い位置にあるスコールの顔を見る。


「なあ、スコール。時間も空いたから、その、ちょっとどこかでゆっくりしないか?」
「……え?」


フリオニールの言葉に、スコールは目を丸くして、ぱちりと瞬きをひとつ。


「スコールが用事があったら、気にしないで良いんだけど。この前、ティーダから、静かに過ごせそうな店を教えて貰ったんだ」


何の雑談の折だったか、年下の友人が見せてくれた雑誌に、それは載っていた。
ここから電車で二駅の所に、シックな内装で落ち着いた雰囲気のブックカフェがあると言う。
プチガトーの種類が豊富で、常連客は一服しながら読書をする。
大通りから外れて、居住区の中にあるからか、都市特有の騒がしさからも隔離してくれる。
落ち着いた環境を好むスコールの眼鏡にもかなうんじゃないか、とティーダは言っていた。


「スコールと一緒に行けたらと思ってたんだけど、俺のバイトで中々時間が取れなくて。だから、今だったら、行けるかなと、思って」


そこまで言って、段々とフリオニールの声が萎む。

逢えない時間の理由の大半はフリオニールの都合がつかないからだが、スコールも家事を引き受け、進学校の課題に追われと、忙しい。
勢いまじりに誘ってから、フリオニールもそのことを思い出した。

さすがに話が急すぎたか。
頬を掻きながらフリオニールがそう思っていると、スコールは真っ直ぐフリオニールを見て、


「行ける、と思う」
「本当か?」


返って来た言葉に、フリオニールは思いも寄らずについ聞いた。
スコールはこっくりと頷いて見せる。


「別に、今日は急いでやることもないし。課題も学校で終わらせてる」
「じゃあ」
「……ちょっと一服するくらいなら、平気だ」


そう言ったスコールの頬は、ほんのりと紅い。
思いもがけない時間が得られたことに、フリオニールの頬も俄かに紅潮した。


「そう、か。うん。よし。じゃあ、早速行こう」
「!」


フリオニールはスコールの手を取った。
高揚の気持ちのままに手を引けば、スコールはスカートの裾を翻して、蹈鞴を踏みながらフリオニールの後を追う。
いつもの分かれ道を、普段は行かない方へ───駅へと続く方向へと一緒に曲がった。

繋いだ手を握り締められるのが判って、フリオニールも同じ力で握り返す。
後ろをついて来る少女が、夏の暑さではない理由で顔が赤らんでいるのを、フリオニールは見なかった。



スコールの肩にかけられたスクールバッグの上で、ビーズの黒猫がきらりと光る。
それは彼女のラッキーアイテムだ。
しかしフリオニールは、自分の方にこそ、子猫が幸運を呼んだように思えていた。






『今年のラッキーカップリングはフリスコ(フリスコ♀だともっと良い)』のリクエストを頂きました。
幸運を呼んでくれるそうなので、二人に幸運になって貰いました。

バイト先にとっては不運なことですが、フリオニールにとっては、スコールと一緒にいられる時間が増えたということで幸運。
スコールにとっても同じです。お互いに降って沸いた幸運なので、ちょっとドキドキしながらゆっくり放課後デートする模様。

[16/シドクラ]星の唄



オットーに請われ、マーサの宿の近辺に出現した魔物を退治した。
湿地と言う環境に適合したか、分類としてはソーン種になる筈だが、その個体は平均の三倍程の体高を持っていた。
その大きさに手こずるところはあったものの、結果としては無事に掃討できたのだから良しとしよう。
ついでに、植栽研究に余念のないボフミルが、試料として欲しがっていた蔓も手に入った。

と、良いことは確かに多かったが、倒した瞬間、その体液が盛大にぶちまけられたことについては、顔を顰める他ない。
クライヴと一緒にいたトルガルも、全身でそれを浴びている。
急ぎ近場の川で洗い落としはしたものの、隠れ家に帰って尚、その匂いはこびり付いていたのである。

隠れ家に帰って来た時、厩でいつも出迎えてくれるチョコボたちが、逃げるようにいそいそと離れた。
その様子を見れば、やはりこのままでいる訳にはいかないと、水場へ向かう。

既に夜の時間になっていた為、隠れ家は静かなものだった。
クライヴは水桶をひとつ借りて、水と装備を全て入れた。
水の中に入ると、夜の冷気でキンと冷えている。
一日の疲労を抱えた体に凍みるのを感じながら、目の粗い布で体を擦り続けた。

トルガルはと言えば、既に一度川で水浴びもしたからか、これ以上の水濡れを嫌ってさっさと寝に行ってしまった。
しかし、明日にはタルヤかカローンに捕まって、念入りに洗われるに違いない。

十分に匂いが落ちるまで念入りに洗う。
匂いに慣れてしまった鼻でどれだけ落ちたかは判らないが、取り敢えず、やるだけのことはやった。
後は時間に任せて薄れていくのを願って水から上がる。

服は明日まで使えないので、洗い場に干してあったものを拝借した。
誰のものとも判らないが、裸でうろつく訳にもいかない。
着替えがあるだけ恵まれている、と思うのは、これまでの十三年間の感覚が抜けないからだろう。
ともあれ、清潔な服で、安全な寝床で休めると言うのは、この上なく有難いことだ。

疲労も一入であるが、これで今夜はゆっくりと眠れる。
これ以上やることもないのだし、寝床に行って休もう───と、広間を通りがかった時だった。


「……シド?」


竈の火も落ちたラウンジに人影があった。
目を凝らすと、それがこの隠れ家の長であることが判る。

名前を呼ぶと、それが振り返って、ヘーゼル色の目がクライヴを見付けた。


「ああ、クライヴ。お前か」


よう、とひらりと片手を上げて気安い挨拶があった。


「なんだ、随分すっきりしたナリじゃないか」
「ソーンの体液を被ったんだ。馬鹿にでかい奴で。匂いが酷くてチョコボも寄らなかったから、水に入っていた」
「ああ、オットーが言ってた奴か。そりゃご苦労さん」


クライヴの端的な説明で、シドはおおよそのことを把握した。
苦笑して労うシドに、クライヴは溜息ひとつ吐きつつ、「俺の仕事だからな」と返した。


「それで、あんたはこんな時間に、こんな所で何をしているんだ。つまみ食いをしたら、後で料理長が怒るぞ」
「おっかないことを言うなよ。食器をいくつか借りるだけだ」


そう言ったシドの手には、木製の皿とグラスがある。
それから反対の手には、シドのお気に入りの銘柄のワインが握られていた。

シドは手元のそれを見て、ふむ、と数瞬考える様子の後、


「クライヴ。もう寝るか?」
「そのつもりだが」
「ちょいと付き合ってくれるなら、いい酒を飲ませてやる。どうだ?」


口元に小さく笑みを梳いたシドの言葉に、クライヴはぱちりと瞬きをひとつ。
急な誘いに答えに詰まったクライヴに、シドはワインを見せつけるように翳した。
ちゃぽん、と液体が揺れる音が鳴る。


「もう起きていられない程疲れてるなら、無理にとは言わない」
「……いや、そこまででもない」
「なら良さそうだな。グラスをもうひとつ借りて行こう」


行くとは言っていないのだが。
食器棚からふたつめのグラスを取っているシドを見ながら思うクライヴだが、拒否するような意味もない。
ただで寝酒の一杯が貰えるのなら、悪い気はしなかった。

このまま腰を落ち着けるのかと思ったが、シドは「行くぞ」と言ってラウンジを出て行った。
男の足は隠れ家の出入り口の方へと向かっている。
外に出たところで、黒の一帯であるこの周辺に何がある訳でもないだろうに。
クライヴはそう思ったが、誘った男がすたすたと行ってしまうので、首を傾げつつそれについて行った。

小一時間前に隠れ家に戻って来た時点で、空は暗くなっていた。
シドは穴口から外に出ると、空を見上げて呟く。


「ああ。良い天気だな」


シドはぐるりと辺りを見回すと、砂土をざくざくと踏んで何処かへ向かう。
クライヴが後を追うと、隠れ家からそう遠くはない場所で、シドは足を止めた。


「この辺りで良いか」


言って、シドはその場に腰を下ろす。
灰にもならない黒い土砂の上で胡坐を掻いて、ワインボトルを地面に置く。

何がしたいんだ、とクライヴが近くまで寄れば、シドがこちらを見上げる。
ぽんぽん、とシドの手が地面を叩くので、座れ、と言う意味だとクライヴは汲んだ。
ワインボトルを間に挟む位置で腰を下ろすと、シドは満足げに口端を上げて、グラスを差し出す。
黙ってそれを受け取ると、シドはワインのコルクを開けて、クライヴの持つグラスに液体を注いだ。


「……あんた、酒盛りがしたかったのか?」
「まあな。肴もあるぞ」


シドは腰に結び付けていた麻袋から、干し肉を取り出した。
薄切りにした肉を塩漬けにしたそれは、確かに酒の肴に丁度良い。
シドはグラスと一緒に持ち出してきた皿にそれを並べると、適当な石を集めて、砂土から少し離した高さにそれを置いた。

生き物の気配がない黒の一帯は、昼でも夜でも、静かなものだ。
夜になると、周囲の砂山の影が一層深く大きくなっているようで、不気味さも誘う。


「酒を飲むなら、何もこんなところじゃなくても良いだろうに」
「こんな所とは了見が狭いな」


くつ、と笑って言ったシドに、クライヴの眉間に皺が寄る。
拗ねた面持ちで睨むクライヴに、シドはグラスを傾けながら、


「上だよ、クライヴ」
「上?」
「良いから見てみな」


妙に回りくどいシドに、クライヴは顔を顰めながら、言われた通りに首を傾けた。
そうして、蒼の瞳が微かに瞠る。

今はすっかり闇色になった空に、星が数えきれないほどに浮かんでいる。
それは地面を照らすには足りない灯りだが、しかし、世界が真っ黒ではないことを知るには十分だ。
今日は新月で、その所為か、月に寄り添うメティアの光も僅かに柔い。
メティアはその赤い耀きを、星々の邪魔にならないようにと、控えに徹しているように見えた。


「……これは……」
「良い景色だろう。街じゃここまで星は見えない」


それは、暗闇を好む獣や狼藉ものを退ける為、篝火が必要だからだ。
小さな集落ならともかくも、それでも、マーサの宿ほどに人が集まっていれば、灯りは欠かせない。

だが、黒の一帯ならば、そもそも獲物にできるものがないから、獣も野盗も近付かない。
光を求めるものもなければ、燈すものもなく───あるのは静寂と暗闇だけだ。
そうして太陽の恩恵を失って暗く沈んだ大地よりも、夜空の方がずっと明るい色になる。
そこに星の光が散りばめなられたなら、それが世界の主役になる。

空を見つめ、ぽかんと口を開いて動かなくなった青年に、シドがまたくつりと喉を揺らす。


「あんまり呆けてると、口の中に砂が入るぞ」
「!」


は、とクライヴは我に返って、空の手で自分の口を抑えた。
この辺りの黒い土は酷く乾燥しているから、少し強い風が吹くと舞い上がるのだ。

クライヴは、まだ砂の味のない口元を擦って、乾いた喉にワインを通す。
シドも早々に一杯を開けたグラスに次を注ぎ、傾けた。


「今日は空気が澄んでるな。遠くまでよく見える」
「……そうだな」
「月がないのは少し寂しいが。星はその方がはっきり判るな」


シドの言う通り、今日は小さな星明りだけでなく、星雲までもが読み取れる。
空気が冴えて澄んだ空でなければ、こうもはっきりと臨むことは出来ないだろう。

空を見つめていたクライヴの視界の端から、ひょい、と何かが突き出てきた。
何かと見てみれば、シドが干し肉を乗せた皿を寄越している。
分けてくれるのなら貰おう、とクライヴは端の小さな一切れを貰った。
強い塩気の肉きれを噛んで、味の残る舌にワインを流し込めば、それまでと一段違った味わいが喉を通って行く。

それからしばらくは、弾む会話もなく、ただ二人で杯を傾けていた。
何杯目かになった所で、クライヴはふと、


「なあ」
「ん」
「……邪魔だったんじゃないか、俺」


思ったことをそのまま尋ねると、肉を噛んでいたシドがぱちりと目を丸くする。


「なんだ、急に」
「いや……一人で静かに飲みたかったんじゃないかと思って」
「まあ、そう言うつもりがなかった訳じゃないが。それでも、邪魔ならそもそも誘ってない」


苦笑しながら言ったシドに、クライヴは、それはそうだろうけれど、と唇を尖らせる。
得心に行かないクライヴの様子に、シドは続けて言った。


「一人酒も嫌いじゃないがな、折角今日は天気が良さそうだったんだ。良いものが見れるなら、それは独り占めしなくても良いだろう」
「……」
「何せ穴倉暮らしだからな。別に不満がある訳じゃないが、やっぱり頭の上は広い方が気分が良い」
「まあ……そう、かもな」
黒の一帯(このあたり)はエーテルもない、栄養もない。ないない尽くしで碌でもない場所に思えるだろうが、偶には良いところもあるんだ。こんなに堂々と野点しても、ここは邪魔になるものも来ないしな」


確かに、シドの言う通り、辺りには人も獣も気配はない。
夜とあってか、空には鳥も飛んでいなかった。
だからワインにしろ、干し肉にしろ、後ろからにじり寄って奪っていく輩の心配をしなくて良い。


「どんなにどうしようもない場所に見えても、探せばどこかに良い所がある。覚えておくと良い」
「……」


シドの言葉に、クライヴは何も返すものがない。
黒の一帯は不毛の地だ、と言えばそれは事実だし、しかしこの地で知恵と工夫を重ねて生きる人々がいるのも事実。
ただ、この地で暮らす人々を見ていると、シドの言う事も満更嘘ではない───とも思える。

空になった手許のグラスをじっと見つめるクライヴに、シドはくつりと苦笑する。
おもむろに癖のある黒髪をぐしゃぐしゃと撫でると、急なことにクライヴは目を丸くした。
慌ててその手を払い除けるが、シドは懲りずにまた髪を撫ぜる。


「おい、何してる」
「お前は頭が固いからな。柔らかくしてやろうと思ったんだよ」
「これはふざけているだけだろう。おい!」
「ま、ともかくだ。下を見るのが無駄とは言わないが、偶には上も見てみろ。意外と見通しは良いもんだ」


そう言って、ようやくシドはクライヴを撫でる手を止めた。
離れた手の感触が、妙に頭に残っている気がして、クライヴは何とも言えない顔になる。

まあ飲め、と差し出されたワインに、あしらわれている気はしたが、ワインの味に罪はない。
大人しくグラスを差し出して頂戴すると、シドは満足そうに笑った。





なんか二人で星見酒をさせたいなと思ったので。

このクライヴはフェニックスゲート後ですが、まだ情緒は育成中と言ったところ。
ちょっと贔屓目気味で色々世話を焼いたり、教育係したりしてる感じのシドでした。
この頃のクライヴはまだまだシドの後ろをついて行く感があってちょっと微笑ましい。

[8親子]キッチン・マーチ

  • 2026/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



始めるよ、と姉に呼ばれて、スコールはとたとた走って台所に向かった。
そこには既に兄がいて、姉もそこに加わっている。

後ろ手でエプロンの紐を結んでいる兄の傍に駆け寄ると、


「来たな、スコール」
「うん!」
「じゃあまずはこれを着けような」


紐を結び終えたレオンが、奥のパントリーの棚から藍色のエプロンを取り出した。
今日の為にと買ったそれに、スコールはきらきらと目を輝かせる。

前衣を合わせて肩紐に腕を通す。
少しでも長く使えるようにサイズは大きめのものにしたから、裾が少し長かった。
レオンが肩紐の長さを調整して、裾が膝より少し低いところまで持ち上がる。
後ろの紐は自分では結べないから、エルオーネがやってくれた。

エルオーネも学校の授業で作ったエプロンを身に付けて、三人それぞれの支度は整った。


「よし。それじゃあ始めよう」
「頑張るぞー!」
「おー!」


兄の落ち着いた始まりの合図の後、元気な姉の号令があって、スコールも右手を上げて返事をした。
賑々しい声が響く台所を、父と母が眩しそうに見つめている。


「楽しみだな、レイン」
「そうね。一体どんなのが出てくるかしら」


ダイニングテーブルの定位置に座って、両親は頬を綻ばせた。

普段、キッチンは母の聖域だが、今日は子供たちに占領されている。

まずは、レオンが夏休みの課題のひとつとして、調理実習があった。
なんでも良いので、料理を作って写真に撮り、それをインターネットを使って学校専用のポータルサイトにアップする。
自分でちゃんと作った、として、簡易なレシピも載せるようにと指定されているとか。
日々母の手伝いをすることが多いレオンにとっては、日常の延長で済ませられる課題だ。

それから、エルオーネも夏休みの宿題もある。
こちらは「夕飯づくりを手伝う」と言うもので、何を行ったのかを日記に記録する。
目標としては一週間に一回とされているそうだが、彼女も手伝いは頻繁に加わっている。
日常の延長として、課題のクリアは難しくないだろう。
寧ろ日々の日記の方が、彼女にとっては大変かも知れない。

そして末っ子のスコールは、「家族のお手伝いをする」と言う宿題。
内容は特に決まりはなく、日々の生活の中で、主には両親がやっていることを一緒に行う、と言ったところだろうか。
きちんと出来たら、宿題用に配られたプリントに、親からシールやサインを貰ってクリアとなる。

今日は、これらを一気に済ませてみよう、と言うことになった訳だ。


「皆きちんと手は洗ったな?」
「はい!」
「うん!」
「じゃあ始めよう。今日の夕飯はオムライスだ」
「やったー!」


妹弟二人の声が元気に重なる。

レオンが冷蔵庫を開けて、鶏肉を取り出す。
次に野菜室から玉葱、レタス、ミニトマト、カット済みのミックス野菜を出して天板に置いた。

兄が食材を準備している間に、エルオーネはキッチン台の引き出しを開けた。
大小のボウルを取り出した後、コンロの下の扉を開けて、フライパンと油を用意する。
末っ子はキッチンの隅に置いていた踏み台を持って来て、キッチンの前に置いた。

レオンは先ずボウルに水を入れて、そわそわとしているスコールの前に置いた。


「スコールはレタスを頼むぞ。千切った葉っぱをこのボウルで洗うんだ」
「うん!」
「エルはトマトを切ってくれ。小さいからな、気を付けて」
「大丈夫。任せて!」


スコールは早速任された仕事に取り掛かる。
レタスを一枚一枚丁寧に千切って、ボウルの中に浸して、じゃぶじゃぶと洗う。
それから水を一度入れ替え、葉を食べ易いサイズに千切って行った。

エルオーネはパックから取り出したトマトをまな板に置く。
小さなトマトはころころと転がるから、エルオーネは細い指先でそれが逃げないように押さえた。
包丁はフルーツカット用の小さなものにして、押さえる指先を切らないように注意する。

レオンはもうひとつまな板を用意して、玉葱をみじん切りに、鶏肉を一口サイズにカットする。
エルオーネが用意してくれていたフライパンにバターを置き、熱を入れてから、鶏肉をそこに入れた。


「お兄ちゃん、レタス終わったよ!」
「ああ。エルはどうだ?」
「出来たよー」
「じゃあその二つを、こっちのカット野菜と一緒にサラダ用の皿に盛りつけてくれ」


兄の指示を聞いて、「はーい」と声が揃う。

エルオーネが食器棚の引き出しを開けて、サラダ用の皿を5枚取り出す。
後ろをついて来ていたスコールにそれが渡された。
スコールはうっかり皿を落としてしまわないように、注意しながらキッチンへと運ぶ。

スコールとエルオーネがサラダを盛りつけている間に、フライパンの中では具が熱くなっている。
冷凍庫から取り出したミックスベジタブルも入れて、軽く炒めた。
鶏肉が十分火が通ったことを確認して、レオンは炊飯器へと向かう。


「良い匂いする~」
「お腹空いて来たね」


バターの絡んだ具材の香ばしい匂いに、スコールとエルオーネが言う。
遊び盛りの二人の胃袋は、とっくの昔に空っぽだ。
早く美味しい夕飯が出来ないかな、と待ち遠しく思っている。

レオンは炊飯器の内釜ごと米を運んだ。
コンロの横にそれを置いて、真っ白な米をフライパンに移していく。


「塩コショウをして、それから……」
「ケチャップ!」
「僕が出すー!」


スコールが踏み台から下りて、急ぎに手を拭き、冷蔵庫へ走る。

ぱかりと冷蔵庫を開けると、蓋の裏側にケチャップがある。
そこならスコールも届くから、末っ子はうんしょと背伸びをしてそれを取り出し、


「はい、お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」


差し出されたケチャップを兄が受け取ると、弟は嬉しそうに笑った。


「ついでにドレッシングも取れるか、スコール」
「うん!」
「サラダにかけておいてくれ」
「はぁい」
「レオン、卵は何個割るの?」


スコールがドレッシングを取り出している間に、エルオーネも冷蔵庫の前に立っていた。
冷蔵庫の棚の下から二番目にある卵ストッカーを取り出して、キッチンへと運ぶ。


「卵は一人二個分だな」
「えっと、僕と、お兄ちゃんと、お姉ちゃんと、お母さんと、お父さん……」
「皆で五人だから~……十個!あれ、足りる?」


ストッカーに並んだ卵を見て、エルオーネが首を傾げる。
そこには七個しか入っていない。

その会話を聞いたレインが言った。


「卵のストックなら、奥の棚にあるわ。一番左、下から二番目」
「はーい!」


母から助け舟を貰って、エルオーネはすぐにキッチン奥のパントリーに向かう。
ごそごそとしばらく探した後、無事に卵のパックは見付かった。

エルオーネがキッチンに戻って来た時には、スコールが小さなボウルを用意して待っていた。
同時に、レオンの方も、チキンライスが完成する。


「じゃあ卵を二個ずつ割って」
「スコール、できる?」
「うん!」


エルオーネがスコールに卵を差し出すと、母譲りの蒼がきらきらと輝く。

スコールは卵をボウルの端にコツコツとぶつけた。
ぱきっと小さなヒビが入り、小さな親指でそこをぐっと押す。
指がヒビの中に入って、注意しながら手に力を入れ、ぱかりと卵が二つに割れた。
綺麗な形の卵黄がボウルの中に入ると、スコールが嬉しそうに笑う。


「できた!もう一個やる!」
「うん」


姉が二個目の卵を渡せば、弟はそれも綺麗に割ることが出来た。

ヒビの隙間から零れた白身で濡れた手をスコールが布巾で拭く。
その間にエルオーネは卵を菜箸で混ぜ、兄へと渡した。


「はい、レオン。砂糖と牛乳も入れたよ」
「ありがとう。エル、チキンライスを皿に盛っておいてくれ。フライパンがまだ熱いから、気を付けるんだぞ」
「判った。スコールは卵をお願いね」
「はーい」


エルオーネは食器棚へ急ぎ、大きな白い平皿を取り出した。
人数分のそれを天板に置いて、コンロに置いていたチキンライスの入ったフライパンを移動させる。
卵を割ることに一所懸命な弟に当たらないよう、注意しながら。

レオンが手早く卵を焼き、エルオーネが盛ったチキンライスの上に乗せる。
空になったフライパンをレオンが整え直している内に、スコールが割った卵をしっかり混ぜた。
二つ目、三つ目のオムライスが出来る頃には、役割分担の流れ作業が着々と進む。

五人分のオムライスが完成すると、レオンはもう一度ケチャップを手に取った。


「あとはこれをかけて」
「僕!僕やりたい!」
「私もやる!」


はいはいと手を上げて主張する妹弟に、レオンは「判った判った」と笑った。

まずはスコールがケッチャプを受け取って、自分のオムライスにかける。
まだまだ拙い文字が、赤いトマトのインクで綴られた。
エルオーネは欲張りにたっぷりとケチャップをかけ、端の方に“E”の文字。
それからケチャップはまたスコールに渡り、父と母の名前が、それぞれのオムライスへと書かれた。


「はい、お兄ちゃんも」


差し出す弟に、レオンはくすりと笑ってケチャップを受け取る。
オムライスにお絵描きなんて柄でもないが、自分だけやらないと言うのも野暮なことだ。
するすると綴られる筆跡に、「お兄ちゃん上手だねえ」と弟が感心するのがまたくすぐったい。

それぞれの名前を書いたオムライスが並び、人数分のサラダもある。
レオンはそれらを携帯電話で写真に撮った。


「───これでよし。さ、向こうに持って行こう」
「うん!」
「お父さん、お母さん、ご飯できたよ!」


スコールが母の、エルオーネが父のオムライスを持って、食卓へと急ぐ。

賑々しいキッチンを見守っていた両親の下へ届けられたオムライス。
子供たちそれぞれの性格が出ているケチャップ文字を見て、ラグナは目を輝かせた。


「おお、上手に出来てるなあ。名前も書いてくれてありがとう」
「ふふふ」
「えへへ」


父の言葉に、エルオーネとスコールが頬を膨らませて笑う。
レインもスコールの髪を優しく撫でて、「頑張ったわね」と労った。

レオンが調理道具を洗っている間に、スコールとエルオーネは自分たちのオムライスも運んだ。
兄のオムライスも定位置に置いて、サラダも配る。
レオンが道具の片付けを終えて、子供たちはようやく食卓の席へと座った。

いつもよりも少し遅い時間になった夕飯に、スコールとエルオーネはそわそわとしている。
ラグナがそれを察して両手を合わせれば、直ぐに子供たちも倣った。


「それじゃ、皆が頑張って作った晩ご飯。頂きます!」
「いただきまーす!」
「頂きます」


父の号令に合わせて、元気な声がふたつ、落ち着いた声がふたつ続く。

ラグナ、エルオーネ、スコールがスプーンに掬ったオムライスを頬張る。
それぞれリスのように頬袋を膨らませながら、もぐもぐとよく噛んだ。
甘めの卵と、ケチャップが沁みたチキンライスとがよく合う。

スコールは頬に小さな米粒をつけて、嬉しそうに机の下でぱたぱたと足を動かした。
そんな末っ子に、ラグナが頬の粒を拾いながら、


「どうだ、スコール。皆で作ったオムライス」
「おいしい!」
「そっかそっか。良かったなあ!」


ラグナの大きな手が、スコールの頭をくしゃくしゃと撫でる。
スコールは嬉しそうにまたオムライスを口に運んだ。


「トマトも綺麗に切れてるわね。ね、エルオーネ」
「でしょ?もう包丁も上手に使えるんだから」


自信満々にエルオーネが言った。
ほんの数年前までイタズラが絶えない子だったのに、今はすっかりお姉さんらしくしっかりしている。
レインはくすくすと笑って、エルオーネの天使の輪が浮かんだ黒髪を撫でた。


「レオンもお疲れ様。後の片付けは私がやるわね」
「うん。チキンライスが残ってるから、それは───」
「どれくらいあるの?」
「一人分くらいかな」
「じゃあおにぎりにでもしておくわ」


レインの言葉に、そうだね、とレオンは頷いた。
チキンライスのおにぎりなら、妹弟の明日の朝食にも丁度良い。

順調に減って行く夕飯を眺めて、レオンはなんともくすぐったいものを感じていた。
母の手伝いは毎日のようにしていたけれど、兄妹弟だけでキッチンに立ったのは、多分これが初めてだ。
事故などないように気を張っていたレオンだが、案外、余計な心配だったかも知れない。
エルオーネは勿論、スコールも、日々の手伝いからしっかり学び、成長している。



また、こんな日があっても良いかも知れない。
その時はどんな夕飯を作ろうか、とレオンは思いを馳せていた。






兄妹弟で晩ご飯を作って貰いました。
慣れているレオンの指示のもと、自然と役割分担ができているエルオーネとスコール。
毎日のお手伝いの賜物です。

[ラグレオ]夢の続きに見る夢を

  • 2026/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オフ本[エモーショナル・シンドローム]その後




仕事から帰って来たラグナの手には、ボトルワインがあった。
取引先でラグナのことを気に入っている御仁から、どこだかの海外旅行の土産だとか。
随分と気前の良い人がいるものだ、とレオンは思った。

貰ったのだから飲まなきゃ悪い、とラグナはその日のうちにボトルを開けることにした。
明日の仕事は休みだったし、少々酔っぱらって寝落ちても、自宅ならば問題ない。
スコールは「ソファで寝落ちるのは駄目だからな」と釘を差してくれたが、「大丈夫だって、レオンも一緒に飲むからさ」と言うと、渋い顔で閉口した。
少年の眼が、付き合うことを確約されているレオンに同情と詫びの視線を向ける。
レオンはそれに苦笑しつつ、「飲むのは俺も嫌いじゃないから」とスコールを宥めている。

同居人であり、父の恋人であり、数ヵ月前には父の部下であったレオンに、付き合わせる詫びだと言って、スコールはつまみを用意してくれた。
それから、スコールは明日の予定がある───サッカー部の友人の試合の応援に行くとかで、朝が早いそうだ───ので、早々に自室に戻った。

リビングダイニングで、ラグナとレオンが二人、酒盛りを始める。


「美味いなあ、このワイン。どこのだろう」
「外国のものなんですよね」
「そう言ってた。あー、どこ行ったって言ってたっけなあ?」


ラグナは頭を掻きながら、ワインボトルを寄せて、ラベルを眺めている。
凝ったカリグラフィの書体に、馴染みのない記号的な文字が並んでいて、ラグナは読み取ることが出来なかった。
また今度会ったら聞いてみよう、と言いながら、ラグナはグラスにワインを注いだ。

スコールが作ってくれた摘まみは、ワインによく合っていた。
これも二人の酒が進む理由のひとつである。

ラグナの顔は既に赤くなっていて、いつもよりもずっと機嫌がよく見える。
酒が回っているのが判るラグナに対し、レオンの方はあまり普段と変わり映えがなかった。
それに気付いたラグナが、つまみを食んでいたレオンの頬をつんつんとつつく。


「何か?」
「いやー、何ってことでもないんだけどさ。お前、あんまり飲んでも変わらないなと思って」


しげしげと見つめてくれるラグナに、レオンは苦笑する。


「結構、意識してセーブしていますから」
「あんまり飲んでないってことか?」
「まあ、量としては……俺も酒にはあまり強くないので、潰れないようにしようと思っていて。でも、ちゃんと楽しいですよ」


決してつまらないたとか、飲みたくない訳ではないのだと、レオンは念を押して言った。


「特に、その、ラグナさんには……何度か迷惑を掛けましたから」
「そうだっけ?」


きょとんと首を傾げるラグナに、レオンは眉尻を下げて、


「初めてこの家に来た時、寝潰れてしまって」
「ああ、あれか。あの時は俺の方がお前に迷惑かけただろ」
「確か、海外出張で飲んだ時も……」
「何回か飲んだと思うけど、その時に何かあったっけか?俺が覚えてないだけかなぁ」
「多分、そうだと思いますよ」


曖昧に首を傾げるラグナに、レオンはそう言ったが、しかし。
その表情がどことなく寂しさと懐かしさを孕んでいるように見えて、ラグナはうーんと考え込む。


「酔うと色々飛んじまうからなあ、俺。お前は酔った時のこと、覚えてるタイプか?」
「全部はっきりと、って言う訳ではないですけど、なんとなく覚えています。自分が何をしたとか、何を言ったとか」
「ふぅん。それで、もうそう言う事にならないようにって、抑えるようになった訳だ」


ラグナの言葉に、レオンは頷いた。

賢い選択だ。
理性的なレオンらしい判断だと、ラグナも思う。


「でもさ、たまにはパーッと飲むのも良いもんだぜ。今日は宅飲みだから、人に迷惑かけることもないしさ」
「いえ、そう言う訳には……」
「寝落ちるくらい、なんてことないさ。レオンが寝ちまったら、俺がちゃーんとベッドに連れて行ってやるから、今日は遠慮なく飲めよ」


そう言ってラグナは、レオンのグラスにワインを注いだ。
なみなみと入った赤い液体に、レオンは相変わらず困った顔をしながらも、「頂きます」と言って杯を傾ける。
半分ほど飲んでグラスから口を話すと、レオンは、ふぅ、とひとつ息を吐いたのだった。




ラグナに遠慮なく飲めと勧められはしたものの、元々、レオンのペースはそれほど早くない。
それに対してラグナの方は、最初こそゆっくりとしていたものの、楽しくなれば杯が進む。
ワインと摘まみが半分になる頃には、ラグナの顔はすっかり赤くなっていた。

ラグナは元々お喋りな質だが、アルコールが入るとより陽気になる。
右へ左へ話題がころころと転がっていくのを、レオンは専ら聞き役で相槌を打っていた。
何を話してもレオンが良い塩梅に反応をしてくれるから、ラグナも話すのが楽しくて仕方がない。
スコールがいれば「あんたばっかり喋ってる」と苦言をくれた所だろうが、彼はすっかり眠っているのか、部屋から出てくる様子はなかった。

夕飯の後から酒盛りを初めて、そろそろ日付の変わりが見えてくる頃になると、ラグナの呂律も怪しくなっていた。
話はスコールの子供の頃の思い出話になっていたが、レオンはその内容の半分ほどが聞き取れない。
それでも話すラグナの表情が柔らかいから、半端に話を止めてしまうのも忍びなく、適当な形ではあるが相槌しながらその話を聞いていた。

───が、


「んん~……」
「ラグナさん?」


ゆらゆらと頭を揺らしているラグナ。
これはいよいよ限界か、とレオンはテーブルの端に置いていた水のグラスを差し出す。


「ラグナさん、水です。ちょっと休憩しましょう」
「んー……、うん……」
「気分が悪いとかはないですか?」
「んー……」


反応は捗々しくはなかったが、渡したグラスは素直に口を付けた。
その表情はどこか夢見心地になっている。

レオンが水のグラスを受け取ると、ラグナはローテーブルに腕を乗せ、それを枕に頭を下ろす。
ぼんやりとした眼がしばらく彷徨った後、ゆるゆると瞼が下りて行った。
すー、すー、と寝息が聞こえて来て、レオンは小さく笑みを零す。


(楽しく飲めた、な)


それはラグナの気持ちを量ったと言うよりは、レオン自身の気持ちだった。

会社に籍を置いていた頃、飲み会には何度か参加した。
自分がそう言う場を苦手としているのは自覚があったが、社交の場として、礼儀的に赴いた方が良いだろうと思ってのことだ。
だからレオンにとって、会社主導にしろ、同僚の誘いにしろ、酒の席と言うのは仕事の延長上と言う感覚が強かった。
飲む量を意識的にセーブし、世話をされるよりする側に回っていたのは、そう言う意識もあったからだ。

自宅で酒を飲んだことはない。
そう考えると、今日はその初めての日だったと言える。


(……それも、ラグナさんと一緒に飲める、なんてな)


ラグナは二人で出張したこともあるから、出先で飲んだことはあった。
レオンがまだ、ラグナへの恋心も自覚していなかった頃のことだ。
アルコールの緩みと言うのは恐ろしい、と後悔含め猛省したのは、まだ遠い記憶ではない。

あんな出来事があってから、まさか今、こうしてラグナの家で一緒に酒を飲み交わすなんて、思ってもいなかった。
それも、隠していた恋心も全部白状した後になって───なんて、夢にも思わない。


(……夢。夢か……)


隣でテーブルに突っ伏している元上司、現恋人を見つめながら、レオンは思う。


(……夢を見ているみたいだ)


ここは愛している人の家で、そこでこうして酒を飲み交わして。
なんでもない話をして、寝落ちてしまった愛しい人を、ただ眺めていられるなんて。
その上、この人が自分のことを“大事にしたい”と思ってくれている、なんて。

何もかもが夢のようで、レオンは時々、無性に涙が出そうになる。
そんな風に自分のことを求めてくれる人がいるなんて、ずっと想像もしていなかったから。


「……そう言ったら、あなたはきっと、また怒ってくれるんでしょうね」


眠るラグナを見つめながら、レオンは呟いた。
帰ってくるのは寝息だけだが、だからこそ、レオンは声に出して言ったのだ。

残り少なくなっているワインのボトルに手を伸ばす。
空になっていたグラスに中身を注いで、氷を入れた。
ロックアイスの浮かんだ綺麗な赤色に口をつけると、フルーティな甘味が咥内にゆっくりと拡がった。

グラスをテーブルに置いて、レオンはそろりとラグナに近付く。


(……顔が赤い。でも、気持ち良さそうだ)


眠るラグナの表情は、すっかり緩んでいる。
魘されている様子もないから、健やかなものであった。

その寝顔を見ているだけで、レオンは朝まで過ごしていられる気がする。
好きな人の顔をずっと見ていられるなんて、それ自体が酷く幸福なことだ。

レオンはそろりと移動した。
グラスと摘まみの皿も少し動かして、居心地の良い場所へと落ち着いた。
即ち、ラグナの寝顔が自然と視界に入る位置へと。


(このままだと寝冷えしてしまうかも知れないから、後で運んだ方が良いな)


リビングで寝落ちをするな、とスコールからも釘を差されている。
もしもレオンも一緒に寝てしまったら、きっとスコールは自宅での酒盛りを今後禁止するに違いない。
同居している大人二人よりも、余程しっかりしている少年は、決して甘くはないのだ。

どうせ一人で飲むのなら、ラグナを寝室に運んでからでも良いのだろう。
けれども、本当に一人で酒を飲むと言うのは、なんとも味気ない。
肴になるものがある方が、同じ酒でも味は違う。


(……だからって、人の寝顔を肴にするのは───ちょっと趣味が悪いかな)


目を開ければ、自然と見える、隣で眠る人の顔。
立場が逆ならきっと自分は真っ赤になるのが判るだけに、妙に邪なことをしている気がする。

時間を忘れてゆっくりと飲むうちに、ワインはすっかり空になった。
摘まみもなくなってしまうと、やることがなくなった所為か、意識がうつらうつらと傾いて来る。
しかし、このまま自分まで寝落ちてしまう訳にはいかない。

まだ意識が現実に残っている内に、レオンは重みのある体を動かすことにした。
起きる様子のないラグナの体を、酷く揺らさないようにゆっくりと抱えて立ち上がる。
意識のない人の体はずしりと重みを感じさせたが、これといって動く気配もないので、取り落とす心配もなさそうだ。

ラグナの足を引きずりながらなんとか運び、彼の寝室へと入る。
朝の抜け殻の後を残したベッドに横たえると、ラグナはごろりと寝返りを打った後、また寝息を立て始めた。


(俺が先に寝たら、運んでくれるって言ってたけど。結局、俺が運ぶことになったな)


飲み始めた頃に交わした会話を思い出す。
おおよそ予想通りと言えばそうだが、レオンはあんな風に言われたことがくすぐったかった。

ベッドにそっと片膝を乗せて上り、眠るラグナの顔を覗き込む。
すっかり力の抜けた愛しい人の寝顔に、レオンの口元も自然と緩む。


(……そう言えば。ラグナさんって、俺を運べるんだろうか)


ふと、そんな疑問が浮かんだ。

大の男を抱えるのは中々大変だ。
時々、肩や腰が痛いと嘆いている年齢のラグナには、結構な負担になってしまうだろう。
そう思うと、彼の労になってしまうことは避けたいのだが、それでも最近、少しだけ、彼の面倒になりたいと思う自分が出てくるようになった。


「いつか、俺が先に寝ることがあったら……頑張ってくださいね」


勿論、無理にと望む訳ではないけれど。
彼が自分の為に、ほんの少し頑張ろうとしてくれる所を想像したら、無性に嬉しくなった。

眠る愛しい人の眦にキスをして、レオンはそっと傍を離れる。
寝室を後にしたレオンは、急ぎ足にリビングダイニングに戻って、酒盛りの片付けを始めた。
その傍ら、自分が思ったことを反芻して、遅蒔きに赤くなる頬を自覚するのだった。





オフ本[エモーショナル・シンドローム]のその後のラグレオです。
自己評価が底抜けに低いレオンなので、ちょっとした幸せがまだ全部夢のような感覚。
欲張っちゃいけないと自分を律し続けていたレオンですが、ラグナが甘やかしまくっているお陰で、少しずつその癖が抜けている感じ。でもまだ人前にそれを出せる所までは来ていないようです。

レオンが先に寝落ちた場合、ラグナが自力でレオンを運ぶのは少し難しそう。
起こすの悪いしなあ、でも冷えちゃ良くないな、ということで毛布を持ってくると思います。

[ラグスコ]トレイン・トレイン

  • 2026/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



「電車って乗ったことないんだよな、俺」


その言葉に、意外なことだ、と思った。
それから、無理もないか、と思った。

ラグナは嘗てガルバディアで軍にいたが、鉄道は当時から存在していたものの、移動は専ら軍用車であった。
当時はテインバーとの内戦の真っ最中であったし、ゲリラ活動も多かったことを思うと、電車移動自体がややリスクもあったのかも知れない。
軍を離れた後は特に制限はなかったが、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと行きたがるラグナにとっては、車の方が勝手が良かったのだろう。

エスタに来ると、こちらは鉄道などどこにもない。
磁力と重力操作によって動くプレートリフターを使った移動手段は都市のあちこちに通っているが、あれは電車とは異なる。
用向きは似たようなものだが、構造は勿論、その技術は全く別物だ。

ラグナは、電車技術をエスタの今後に活かせないかと考えている。
エスタから見れば最早旧式も同然の技術に、今更なんの価値があるのかとスコールは思った。
しかし、ラグナ曰く、リアクターを利用したプレートリフターは、それが走る為の道路をきちんと整えなくてはならないらしい。
確かにエスタの街並みを縦横無尽に走る道路は、どこもかしこもつるりと平らで、用途目的を持って設けられた仕切り以外に凹凸がない。
つまり、まったく人の手が入っていないエスタの荒野を走らせることは出来ないのだ。

この為、エスタ市街の施設に向かう者は、タイヤのついた車を利用している。
しかしこの車も、原理としてプレートリフターと同じで、タイヤは地面走行の補助輪に過ぎない。
浮力が揚力となっていることもあり、荷物を積み込める量と言うのも限界があって、大量輸送に難があるのだとか。
積載量の限界幅が小さいことと、リアクター走行可能な道を整える手間と───鑑みると、線路を使った鉄道による運送が効率化を見込めるのでは、と言うことらしい。

そこでラグナは、ガルバディア大陸の全域に網を持つ、鉄道に着目したのだ。
上手く導入することが出来れば、エスタ都市外への長距離物資輸送の問題解決に目処が立つ。

───と、ここまでが公人“エスタ大統領ラグナ・レウァール”の提案である。
そして、私人“ラグナ”の目当てとして、「電車に乗ったことがないから乗ってみたい」と言う話が挙がったと言う訳だ。

ラグナが電車に乗るにはどうしたら良いのか、エスタ執政官の間で会議が行われた。
その詳細はスコールに知る由はないが、ともあれ、手段は確保される。
それが、デリングシティでの元首会談の後、大陸横断鉄道を利用してティンバーを経由、バラムへと向かう、と言う算段である。
バラムに到着した後は、バラムガーデンが譲りうけて所有しているラグナロクに搭乗し、一路エスタへ帰ると言う計画だ。

その道中に、スコールは要人警護の任として同行している。
元首会談を無事に終えた翌日、大統領一行は予定通りにデリングシティの駅へと来ていた。


「此方がティンバー行きの切符になります。本来、一国の大統領をお通しするのであれば、専用のルートや車両もあるのですが……」
「ああ、ありがとな。でも、今回は出来るだけ普通のとこが見たくてさ」


VIP中のVIPの対応をする羽目になった駅長は、緊張した面持ちを浮かべている。
駅長が恐縮しながら差し出した切符を、ラグナはいつもの笑顔で受け取った。

他国の大統領の視察訪問とあって、駅周辺には規制線が張られている。
それでもそこここに野次馬の気配は絶えなかった。
スコールはそれらが決して近付いて来ないよう、同行しているSeeD達に指示を出して警戒しながら、大統領の後を追ってゲートを潜る。

ティンバー行きのホームには、既に列車が待機している。
無骨な顔をした列車を、ラグナはしげしげと眺めた後、「懐かしいなあ」と呟いた。

駅長がデリングシティ駅の由来歴史をラグナに語っている。
その間にスコールは一足先に電車に乗り、各所の安全確認と、警備の配置を調整した。
緊急時の行動についても手短に打ち合わせをし、一旦列車を下りる。


「安全確認が終了しました。どうぞご乗車下さい」
「おう。サンキュな。駅長さんも、案内ありがとう」


にこやかに笑って言ったラグナに、駅長は少し驚いた表情を浮かべながら、敬礼する。

ラグナが列車に乗り込むと、スコールは直ぐにSeeD専用車両へと誘導した。
SeeD専用車両は、部屋がふたつ、コンパートメントで仕切られている。
通路にはSeeDとエスタ兵がそれぞれ一人配置につき、スコールのみがラグナと共に同じ部屋に入った。

ラグナは興味津々な様子で、車内をきょろきょろと見回している。
車内アナウンスが流れた後、ごとり、と列車が動き出した。


「おー、動いた動いた」
「……安全の為、走行中はこの部屋から出ないようにお願いします」
「おう。色々他も見たいけど、ま、しゃーねーな。窓開けるのは良いか?」
「私が開けます」


スコールが先に動いて、窓辺のカーテンを用心して開ける。
大きな窓から陽光が差し込むと、広い車内が明々とした。
窓の向こうはまだデリングシティのビルの街並みが見えている。


「ここからティンバーまで、どれくらいかかるんだ?」
「約三時間弱ほどになります。夕方には到着します」
「そんで、バラム行に乗り換えて……」
「ティンバーからバラムまでは一時間半。バラムに着くのは夜になります」
「んー……車だとどれくらい?」
「デリングシティからティンバーへ連続走行で六時間、ティンバーからバラムは……ドールなら船がありますが、ドール方面に北上するのに一時間程度かかります。そこから定期運航の連絡船で約二時間ですので、旅程の時間としてはほぼ三倍です」
「なるほど。そんだけかかるのなら、時間効率で列車が一番良い訳だ」


ラグナは顎に手を当てて、ふむふむと何かを考えている。

スコールは警備として、ドアの前に立った。
いつも通りの仕事の姿勢になったスコールに、ラグナが声をかける。


「やっぱり良いな、電車の振動って。ちゃんと地面に足つけてるみたいでさ」
「……はあ」


足下は地面ではなく、床なのだが。
スコールはそう思ったが、言うのも面倒だったので流した。

と、ぽんぽん、とラグナがソファを叩く仕草をする。
視線は真っ直ぐスコールを見て、ここに座れ、と言っている。
スコールは眉根を寄せたが、これまでの経験から、無視してもしつこくなるだけだ、と判断した。

ドアの施錠が閉まっているかを確認して、スコールはラグナの隣へと移動した。
ラグナは改めて、ぐるりと部屋の中を見回して、


「これがお前の専用車両なんだな」
「……SeeD専用車両、だ。別に俺だけが使うものじゃない」


明らかに語弊を招く呼称にされて、スコールは訂正した。


「ソファがあって、ベッドもあって。結構豪華なんだな」
「まあ、そうだな」
「個室だし広いし、良いな。しかし、こんな豪華なとこじゃなくても、普通の車両でも良かったぜ?」
「仮にも一国の大統領をそんな迂闊な所に乗せられるか」


なんとも呑気なラグナの一言に、スコールは眉間に深い皺を寄せて言った。


「ここなら基本的にはSeeDしか入れない。一般人が入ってくることはまずないから、警備としても安全性が高い。……だからあんたの“電車に乗ってみたい”なんて我儘が通ったんだろ」
「我儘ってことねえよ。ほら、エスタに作れたら良いんじゃないかって、そう言う構想もあっからさ」
「……」


ラグナが“我儘”と“構想”の両方を持っていることは事実だ。
しかしスコールは、ラグナの比重がどちらに傾いているかと言われると、前者の方だと思っている。


「でも、ま。こうやって個室を用意してくれたのは、有難いな。お前と二人きりだし」
「……急になんだ」


笑みを浮かべるラグナの言葉に、スコールは反射的に眉根を寄せた。
ラグナは顰め面のスコールを、いつもの柔い眼で見ている。


「今回はずっとスケジュールが詰まってるだろ。まあ、半分は俺が電車移動を提案したからだけどさ」
「そうだな」
「ティンバーに着いたら車庫を見学して、それからバラム行。バラムに着いたら、すぐラグナロク。そう言う予定だろ?」
「ああ」
「お前とゆっくり話す暇はないかなって思ってたからさ」
「……別に特別話す必要はないだろ。俺もあんたも、ずっと仕事だ」


スコールの要人警護の任務は勿論、ラグナもこの電車移動は“視察”である。
前後の予定から、移動のルートから、人員配置も含めて、全て綿密な打ち合わせを通して決められた。
少なくとも、外的に見て、今もラグナは公務の真っ最中だ。

───とは言え、とスコールは自分の言動を振り返って嘆息する。
本来ならドア前で警備姿勢を保つべきなのに、自分は今、ラグナの隣に座っている。
口調もいつもの崩したものに戻してしまって、これでは今が仕事中だなどと、どの口が、と言われても文句は言えない。

けれど、そうしないとラグナも諦めないのだ。
二人きりと言う閉じた空間にある、今ならば、と。


「三時間か。結構あるよな」


ラグナは腕時計を見遣って言った。
どうするかな、と呟くラグナに、スコールは二段ベッドを指差す。


「寝ていれば半分程度は過ぎる」
「うーん、それはなんか勿体ないぞ」
「車内サービスもないことはない。簡単な軽食程度だったと思うが」
「飯はさっき食ったところだからなぁ」


ラグナは先のデリングシティの会談で、昼会食を済ませている。
腹に物を入れるには、まだ聊か早いだろう。


「こういうとこで食べれるのがどんな飯なのかって言うのは、気になるけど。それはもうちょっと後にしようかな」
「それなら、ティンバーからバラムの道中だな。そのつもりなら警備に伝えておくが」
「うん、じゃあそれはよろしく」


ラグナがいるSeeD専用キャビンには、出来れば予定にない人間を入れたくない。
しかし、クライアントであるラグナの要望ならば、SeeDはある程度は柔軟に対応する必要がある。
三時間後のことなら、今からでも調整は可能だ。

スコールは一端席を立って、個室のドアを開けた。
扉の横に立っていたエスタ兵に、近くにいるSeeDを呼ぶように頼む。
すぐにやって来たSeeDに、大統領の意向として予定を伝え、ティンバーの待機班へ調整の連絡の旨を任せた。

ついでに細かなことをいくつか確認し、スコールは個室へと戻る。
すると、ソファに座っていた筈のラグナが、ベッドの方へと移動していた。


「お前って、このベッド使った事あるのか?」
「……いや」


スコールが首を横に振ると、ラグナがベッドマットに腰かける。


「結構良いクッションだぞ」
「そうか」
「お前も来てみろよ」


気軽に誘うラグナに、スコールは溜息をひとつ吐いて、彼の下へと向かった。

触ってみろ、と言うのでベッドマットに触れてみる。
確かに程好い弾力と沈む感覚があって、安普請なものではないことが感じられた。
そう言えば、大陸横断鉄道には、大統領専用車を始めとした特別仕様の客車が造られているのだ。
SeeD専用車両も、そうした特別仕様の内装を作った影響で、上等なものを宛がわれることになったのかも知れない。

傷病人や、電車酔いした者を休ませるには良さそうだ。
スコールがそう思ったところで、近い距離に感じる視線に、顔を上げる。


「……なんだよ」


眉根を寄せるスコールの前には、薄く笑みを浮かべた男の顔がある。
それを見ているだけで、スコールは勝手に顔が熱くなるのが判ってしまった。

かと言って、このまま流される訳にはいかない。


「……仕事中だ」
「うん」
「俺もあんたも」
「でも、結構時間あるだろ?」
「……三時間なんて、すぐ過ぎる」


思う程に時間に余裕がある訳ではないのだと。
何より、この状況で、環境で、身を委ねるには、スコールにはハードルが高かった。


(いや。それじゃ、この状況じゃなかったら良いのかって、言ってるみたいじゃないか)


自分の中に浮かぶものが、妙に言い訳めいている。
それを、見つめる翠が見透かしているような気がしてならない。

ベッドマットに触れている手に、ラグナの手が重ねられた。
振り払えば良いものを、どうしてかそれが出来ない。
重ねられた唇すら、随分と久しぶりのものだったのだから。



急くように触れる手のひらに酔って、少しでも時間がゆっくりと過ぎることを祈る自分がいた。





ラグナを電車に乗せてみようと思って。
SeeD専用キャビンて色々と便利ですよね、と言う。

隙間時間のようなものなので、ラグナも触れるだけにしてるんじゃないだろうか。でもスコールの方が物足りなくなりそう。
うちのスコールはすぐに仕事中だって言うけど、それ以外に拒否する理由が出て来ない辺り、本音が駄々洩れなんだなぁと思ったりする。

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