[フリスコ♀]ラッキー・チャームは誰のため
それを見付けた時、珍しいものを身に付けているな、と思った。
いつものように、アルバイトの時間になる前に、帰路に着く彼女───スコールを迎えに行った。
夏の日差しに眩しそうに目を細めながら、校門にやってくる彼女を待つ一時は、きっとなんでもないことなのに、フリオニールに細やかな幸福感を齎す。
高い気温に白い頬を薄らと赤らめて、「……待たせた」と言うスコールに、「今来たところだから平気だよ」と言うのは、いつもの挨拶になっている。
歴史あると評判の女子高に籍を置いている彼女は、今日も服装の乱れもない。
フリオニールにとってもいつも通りの見慣れた姿であったが、ふと、見慣れないものが目についた。
スコールが肩にかけたボストンタイプのスクールバッグ。
服装に関しては厳しい校則が課されているそうだが、鞄は個々人の使い勝手を尊重してか、ある程度は自由に選んで良いと言う。
スコールが持っているのは丈夫な合皮で、一見すると男物にも見える、黒のシンプルなものだった。
人によってはそれを自分用にとデコルテしたり、チャームを吊るしたりしているが、スコールのそれは全く飾り気がない。
実用性一本に絞られたのが分かるものだ。
そのスクールバッグのファスナーの端に、小さな子猫が一匹。
大きさは三センチ程度の、立体ビーズで作られたキーホルダーだった。
「珍しいもの付けてるな」
キーホルダーを見ながら言えば、スコールもフリオニールの視線に気付いた。
「……リノアに押し付けられたんだ」
「相変わらず、仲が良いな」
スコールの口から出てきたのは、彼女の親友の名。
何かと他者に厳しい態度を取り勝ちなスコールが、唯一、何をするにも甘い相手。
その人物に渡されたものなら、自分らしくないアイテムだと思っていても、無碍にすることはないだろう。
スコールは少し呆れた口調で、事の経緯を説明した。
「リノアが最近、占いにハマってるんだ。それで、今日の俺の運勢が最下位だったんだと。で、その為のラッキーアイテムが、これ」
「成程、スコールに良いことがありますようにって?」
「まあ……そう言うことになるか」
リノアは親友であるスコールのことをとても好いている。
スコールとフリオニールが付き合うことになった時、それをスコールが報告したその日のうちに、彼女は見染めた相手の選定にやって来た。
曰く、「変な人がスコールの恋人になったら嫌だもん」ということらしい。
彼女は至極真剣に、親友が不幸になることを心配していた。
スコールはそんな彼女に「なんであんたがそこまで気にする?」と呆れていたが、結局はフリオニールがリノアの眼鏡に叶ったことも含め、「……気遣いだけは受け取って置く」と言う遣り取りが交わされた。
キーホルダーを見遣るスコールは、特段の感情は何も浮かんでいない。
猫のキーホルダーは見た目は可愛いが、彼女の好みとは違う。
親友が渡してきたものでもなければ、こうして目につく所に身に付けることもないだろう。
フリオニールもそれを見ながら、ふむ、と少し考えて、
「占いか。俺はあんまり興味ないけど、女子ってやっぱり、そう言うのが好きなのか?」
「さあ。俺はどうでも良い。リノアも、今たまたまハマってるだけだろう」
スコールの反応はどこまでもドライだ。
今は占いに夢中になっている親友のことも、一過性のものだと割り切っている。
確かにリノアは、色々なものに興味を移り変わりさせるから、その内別のものに流れるだろうと言うスコールの見解は、強ち外れてもいるまい。
まあそんなものか、とフリオニールも苦笑した。
「それで、今日のスコールは運が悪かったりしたのか?それとも、良い事の方があった?」
「別に。いつもと大して変わらない」
「ふぅん……?」
「……でも、昼は購買のパンを買い損ねた」
「残念だったな。じゃあ、昼は食べてない?」
ただでさえ食が細い性質のスコールであるが、さすがに昼を食べていないと言うのは良くない。
フリオニールが心配に訊くと、スコールは首を横に振った。
「リノアが弁当を分けてくれたし、セルフィが外のコンビニで買って来てたのを少し貰った」
「ああ、良かった。昼って食べ損ねると辛いもんな」
ほっと胸を撫で下ろしたフリオニールに、スコールは「大袈裟だな」と言う。
「運が悪かったのは、それくらい?」
「……まあ……いや……」
フリオニールがもう一度聞いてみると、スコールは頷きかけてやめた。
蒼の瞳が上の方を向いて、今日一日を振り返っている。
すぐに浮かぶようなことがないなら大丈夫だったのかな、と思ったフリオニールだが、
「………」
見ている内に、スコールの眉間にはじわじわと皺が浮かんでいく。
口は真一文字に噤まれて、目尻に険が滲んでいく。
ともすれば不機嫌に見える表情だが、その理由を彼女は言うつもりはないようだった。
ええと、とフリオニールは頬を掻きながら、
「ラッキーアイテム、あって良かった、な。ひょっとしたら、もっと悪いことが起きてたかも知れないし」
「……そう、だな……」
彼女に今日一日で何があったのか、フリオニールは問えなかったが、気持ちを切り替えを計って言ってみる。
とってつけたような話になったな、と思うフリオニールだが、スコールの表情はほんの僅かに軟化した。
多少でも、彼女の気持ちを和らげることには、成功したらしい。
───と、フリオニールのポケットから、携帯電話の音が鳴り響く。
「バイト先からだ。悪い、ちょっと」
「……ん」
仕事先からとなると、さすがに居留守は出来ない。
フリオニールは一言詫びてから、携帯電話の通話ボタンを押した。
通話口から聞こえてきた声は、アルバイト先の居酒屋で一緒に働いている、チーフマネージャーだ。
『フリオニール、今少し話せるか』
「はい、大丈夫です」
『そうか。取り急ぎで悪いんだが、』
大方、シフトの変更か。
今日は遅出だったから、スコールをゆっくり送れると思ったのだが、こればかりは仕方がない。
傍らで俯き気味に立っているスコールも、これまでの経験から、予測が出来ているようだ。
───が。
『すまんが、しばらく仕事は休みだ。店が開けられなくなった』
「え?」
『どうも厨房周りの電気系統が駄目になってるみたいでな。このままだと飯系が何も出せない。冷蔵庫が別電源で生きてるのは幸いだが……』
「はあ……」
『業者に今見て貰ってるが、どうも肝心なところが経年劣化でやられているらしい。交換しないと話にならんが、取り寄せるのに一週間はかかる』
口早の説明を、フリオニールはただただ聞いているしかない。
言われたことを頭の中で反芻して、それはつまり、と考えつつ、
「それは、えーと、それだと次の出勤は……」
『まだはっきり言えないが、そうだな、取り敢えず今週いっぱいはない。来週のことは、週末にまた連絡するよ』
「ああ、はい。判りました、じゃあまた……お疲れ様です」
電話の向こうから、お疲れ、と端的な返事の後、通話は切れた。
ホーム画面に戻った携帯電話を見つめて、ぽりぽりと頭を掻く。
「……フリオニール?」
呼ぶ声に顔を上げれば、蒼灰色が不思議そうにこちらを見つめている。
どうかしたのか、と視線で問う少女に、フリオニールは、ええと、と頭の中を整理する。
「……バイト、しばらく休みになった」
「え?」
「設備の不具合で、交換するまで店が開けられないらしい」
「それは……気の毒だな」
スコールの言葉に、そうだな、とフリオニールは苦笑する。
少なくとも、店にとっては痛い出費で気の毒なことである。
「えっと……その。なんだか、暇が出来たみたいだな」
「……そうなるな」
「今日のバイトもない訳だし」
「呑気だな」
大丈夫なのか、と蒼の瞳がまた問う。
苦学生の身であるフリオニールにとって、アルバイトは日々の生活の糧である。
居酒屋のアルバイトは、中々に忙殺されて大変な仕事だが、その分、給金も良い。
それが出られないと言うのは、生活に支障が出るではないか、とスコールは心配しているのだろう。
フリオニールはそんな彼女を宥めるように、笑って言った。
「仕事がないって言っても、一週間程度になると思うし。変に浪費したりしなければ、それくらいなら問題ないさ。一応、貯金もあるしな」
フリオニールの生活は清貧なものである。
そうあるように意識している訳ではないが、あれやこれやと注ぎ込む先もない。
設備も直れば店は開くだろうし、他の日当を急いで工面しなければならない程、困窮してはいなかった。
フリオニールの言葉に、スコールは「……そう、か」と小さく呟いた。
ほんの僅かに安堵の色が滲む瞳に、心配かけたみたいだな、とフリオニールは苦笑する。
他者には何かと厳しいように見えて、その実、彼女はとても身内に対して情が深い。
そんな彼女に、愛されているのだと思うと、胸の奥が無性に暖かくなった。
フリオニールは携帯電話をポケットにしまいながら、少し低い位置にあるスコールの顔を見る。
「なあ、スコール。時間も空いたから、その、ちょっとどこかでゆっくりしないか?」
「……え?」
フリオニールの言葉に、スコールは目を丸くして、ぱちりと瞬きをひとつ。
「スコールが用事があったら、気にしないで良いんだけど。この前、ティーダから、静かに過ごせそうな店を教えて貰ったんだ」
何の雑談の折だったか、年下の友人が見せてくれた雑誌に、それは載っていた。
ここから電車で二駅の所に、シックな内装で落ち着いた雰囲気のブックカフェがあると言う。
プチガトーの種類が豊富で、常連客は一服しながら読書をする。
大通りから外れて、居住区の中にあるからか、都市特有の騒がしさからも隔離してくれる。
落ち着いた環境を好むスコールの眼鏡にもかなうんじゃないか、とティーダは言っていた。
「スコールと一緒に行けたらと思ってたんだけど、俺のバイトで中々時間が取れなくて。だから、今だったら、行けるかなと、思って」
そこまで言って、段々とフリオニールの声が萎む。
逢えない時間の理由の大半はフリオニールの都合がつかないからだが、スコールも家事を引き受け、進学校の課題に追われと、忙しい。
勢いまじりに誘ってから、フリオニールもそのことを思い出した。
さすがに話が急すぎたか。
頬を掻きながらフリオニールがそう思っていると、スコールは真っ直ぐフリオニールを見て、
「行ける、と思う」
「本当か?」
返って来た言葉に、フリオニールは思いも寄らずについ聞いた。
スコールはこっくりと頷いて見せる。
「別に、今日は急いでやることもないし。課題も学校で終わらせてる」
「じゃあ」
「……ちょっと一服するくらいなら、平気だ」
そう言ったスコールの頬は、ほんのりと紅い。
思いもがけない時間が得られたことに、フリオニールの頬も俄かに紅潮した。
「そう、か。うん。よし。じゃあ、早速行こう」
「!」
フリオニールはスコールの手を取った。
高揚の気持ちのままに手を引けば、スコールはスカートの裾を翻して、蹈鞴を踏みながらフリオニールの後を追う。
いつもの分かれ道を、普段は行かない方へ───駅へと続く方向へと一緒に曲がった。
繋いだ手を握り締められるのが判って、フリオニールも同じ力で握り返す。
後ろをついて来る少女が、夏の暑さではない理由で顔が赤らんでいるのを、フリオニールは見なかった。
スコールの肩にかけられたスクールバッグの上で、ビーズの黒猫がきらりと光る。
それは彼女のラッキーアイテムだ。
しかしフリオニールは、自分の方にこそ、子猫が幸運を呼んだように思えていた。
『今年のラッキーカップリングはフリスコ(フリスコ♀だともっと良い)』のリクエストを頂きました。
幸運を呼んでくれるそうなので、二人に幸運になって貰いました。
バイト先にとっては不運なことですが、フリオニールにとっては、スコールと一緒にいられる時間が増えたということで幸運。
スコールにとっても同じです。お互いに降って沸いた幸運なので、ちょっとドキドキしながらゆっくり放課後デートする模様。