[ラグレオ]夢の続きに見る夢を
オフ本[エモーショナル・シンドローム]その後
仕事から帰って来たラグナの手には、ボトルワインがあった。
取引先でラグナのことを気に入っている御仁から、どこだかの海外旅行の土産だとか。
随分と気前の良い人がいるものだ、とレオンは思った。
貰ったのだから飲まなきゃ悪い、とラグナはその日のうちにボトルを開けることにした。
明日の仕事は休みだったし、少々酔っぱらって寝落ちても、自宅ならば問題ない。
スコールは「ソファで寝落ちるのは駄目だからな」と釘を差してくれたが、「大丈夫だって、レオンも一緒に飲むからさ」と言うと、渋い顔で閉口した。
少年の眼が、付き合うことを確約されているレオンに同情と詫びの視線を向ける。
レオンはそれに苦笑しつつ、「飲むのは俺も嫌いじゃないから」とスコールを宥めている。
同居人であり、父の恋人であり、数ヵ月前には父の部下であったレオンに、付き合わせる詫びだと言って、スコールはつまみを用意してくれた。
それから、スコールは明日の予定がある───サッカー部の友人の試合の応援に行くとかで、朝が早いそうだ───ので、早々に自室に戻った。
リビングダイニングで、ラグナとレオンが二人、酒盛りを始める。
「美味いなあ、このワイン。どこのだろう」
「外国のものなんですよね」
「そう言ってた。あー、どこ行ったって言ってたっけなあ?」
ラグナは頭を掻きながら、ワインボトルを寄せて、ラベルを眺めている。
凝ったカリグラフィの書体に、馴染みのない記号的な文字が並んでいて、ラグナは読み取ることが出来なかった。
また今度会ったら聞いてみよう、と言いながら、ラグナはグラスにワインを注いだ。
スコールが作ってくれた摘まみは、ワインによく合っていた。
これも二人の酒が進む理由のひとつである。
ラグナの顔は既に赤くなっていて、いつもよりもずっと機嫌がよく見える。
酒が回っているのが判るラグナに対し、レオンの方はあまり普段と変わり映えがなかった。
それに気付いたラグナが、つまみを食んでいたレオンの頬をつんつんとつつく。
「何か?」
「いやー、何ってことでもないんだけどさ。お前、あんまり飲んでも変わらないなと思って」
しげしげと見つめてくれるラグナに、レオンは苦笑する。
「結構、意識してセーブしていますから」
「あんまり飲んでないってことか?」
「まあ、量としては……俺も酒にはあまり強くないので、潰れないようにしようと思っていて。でも、ちゃんと楽しいですよ」
決してつまらないたとか、飲みたくない訳ではないのだと、レオンは念を押して言った。
「特に、その、ラグナさんには……何度か迷惑を掛けましたから」
「そうだっけ?」
きょとんと首を傾げるラグナに、レオンは眉尻を下げて、
「初めてこの家に来た時、寝潰れてしまって」
「ああ、あれか。あの時は俺の方がお前に迷惑かけただろ」
「確か、海外出張で飲んだ時も……」
「何回か飲んだと思うけど、その時に何かあったっけか?俺が覚えてないだけかなぁ」
「多分、そうだと思いますよ」
曖昧に首を傾げるラグナに、レオンはそう言ったが、しかし。
その表情がどことなく寂しさと懐かしさを孕んでいるように見えて、ラグナはうーんと考え込む。
「酔うと色々飛んじまうからなあ、俺。お前は酔った時のこと、覚えてるタイプか?」
「全部はっきりと、って言う訳ではないですけど、なんとなく覚えています。自分が何をしたとか、何を言ったとか」
「ふぅん。それで、もうそう言う事にならないようにって、抑えるようになった訳だ」
ラグナの言葉に、レオンは頷いた。
賢い選択だ。
理性的なレオンらしい判断だと、ラグナも思う。
「でもさ、たまにはパーッと飲むのも良いもんだぜ。今日は宅飲みだから、人に迷惑かけることもないしさ」
「いえ、そう言う訳には……」
「寝落ちるくらい、なんてことないさ。レオンが寝ちまったら、俺がちゃーんとベッドに連れて行ってやるから、今日は遠慮なく飲めよ」
そう言ってラグナは、レオンのグラスにワインを注いだ。
なみなみと入った赤い液体に、レオンは相変わらず困った顔をしながらも、「頂きます」と言って杯を傾ける。
半分ほど飲んでグラスから口を話すと、レオンは、ふぅ、とひとつ息を吐いたのだった。
ラグナに遠慮なく飲めと勧められはしたものの、元々、レオンのペースはそれほど早くない。
それに対してラグナの方は、最初こそゆっくりとしていたものの、楽しくなれば杯が進む。
ワインと摘まみが半分になる頃には、ラグナの顔はすっかり赤くなっていた。
ラグナは元々お喋りな質だが、アルコールが入るとより陽気になる。
右へ左へ話題がころころと転がっていくのを、レオンは専ら聞き役で相槌を打っていた。
何を話してもレオンが良い塩梅に反応をしてくれるから、ラグナも話すのが楽しくて仕方がない。
スコールがいれば「あんたばっかり喋ってる」と苦言をくれた所だろうが、彼はすっかり眠っているのか、部屋から出てくる様子はなかった。
夕飯の後から酒盛りを初めて、そろそろ日付の変わりが見えてくる頃になると、ラグナの呂律も怪しくなっていた。
話はスコールの子供の頃の思い出話になっていたが、レオンはその内容の半分ほどが聞き取れない。
それでも話すラグナの表情が柔らかいから、半端に話を止めてしまうのも忍びなく、適当な形ではあるが相槌しながらその話を聞いていた。
───が、
「んん~……」
「ラグナさん?」
ゆらゆらと頭を揺らしているラグナ。
これはいよいよ限界か、とレオンはテーブルの端に置いていた水のグラスを差し出す。
「ラグナさん、水です。ちょっと休憩しましょう」
「んー……、うん……」
「気分が悪いとかはないですか?」
「んー……」
反応は捗々しくはなかったが、渡したグラスは素直に口を付けた。
その表情はどこか夢見心地になっている。
レオンが水のグラスを受け取ると、ラグナはローテーブルに腕を乗せ、それを枕に頭を下ろす。
ぼんやりとした眼がしばらく彷徨った後、ゆるゆると瞼が下りて行った。
すー、すー、と寝息が聞こえて来て、レオンは小さく笑みを零す。
(楽しく飲めた、な)
それはラグナの気持ちを量ったと言うよりは、レオン自身の気持ちだった。
会社に籍を置いていた頃、飲み会には何度か参加した。
自分がそう言う場を苦手としているのは自覚があったが、社交の場として、礼儀的に赴いた方が良いだろうと思ってのことだ。
だからレオンにとって、会社主導にしろ、同僚の誘いにしろ、酒の席と言うのは仕事の延長上と言う感覚が強かった。
飲む量を意識的にセーブし、世話をされるよりする側に回っていたのは、そう言う意識もあったからだ。
自宅で酒を飲んだことはない。
そう考えると、今日はその初めての日だったと言える。
(……それも、ラグナさんと一緒に飲める、なんてな)
ラグナは二人で出張したこともあるから、出先で飲んだことはあった。
レオンがまだ、ラグナへの恋心も自覚していなかった頃のことだ。
アルコールの緩みと言うのは恐ろしい、と後悔含め猛省したのは、まだ遠い記憶ではない。
あんな出来事があってから、まさか今、こうしてラグナの家で一緒に酒を飲み交わすなんて、思ってもいなかった。
それも、隠していた恋心も全部白状した後になって───なんて、夢にも思わない。
(……夢。夢か……)
隣でテーブルに突っ伏している元上司、現恋人を見つめながら、レオンは思う。
(……夢を見ているみたいだ)
ここは愛している人の家で、そこでこうして酒を飲み交わして。
なんでもない話をして、寝落ちてしまった愛しい人を、ただ眺めていられるなんて。
その上、この人が自分のことを“大事にしたい”と思ってくれている、なんて。
何もかもが夢のようで、レオンは時々、無性に涙が出そうになる。
そんな風に自分のことを求めてくれる人がいるなんて、ずっと想像もしていなかったから。
「……そう言ったら、あなたはきっと、また怒ってくれるんでしょうね」
眠るラグナを見つめながら、レオンは呟いた。
帰ってくるのは寝息だけだが、だからこそ、レオンは声に出して言ったのだ。
残り少なくなっているワインのボトルに手を伸ばす。
空になっていたグラスに中身を注いで、氷を入れた。
ロックアイスの浮かんだ綺麗な赤色に口をつけると、フルーティな甘味が咥内にゆっくりと拡がった。
グラスをテーブルに置いて、レオンはそろりとラグナに近付く。
(……顔が赤い。でも、気持ち良さそうだ)
眠るラグナの表情は、すっかり緩んでいる。
魘されている様子もないから、健やかなものであった。
その寝顔を見ているだけで、レオンは朝まで過ごしていられる気がする。
好きな人の顔をずっと見ていられるなんて、それ自体が酷く幸福なことだ。
レオンはそろりと移動した。
グラスと摘まみの皿も少し動かして、居心地の良い場所へと落ち着いた。
即ち、ラグナの寝顔が自然と視界に入る位置へと。
(このままだと寝冷えしてしまうかも知れないから、後で運んだ方が良いな)
リビングで寝落ちをするな、とスコールからも釘を差されている。
もしもレオンも一緒に寝てしまったら、きっとスコールは自宅での酒盛りを今後禁止するに違いない。
同居している大人二人よりも、余程しっかりしている少年は、決して甘くはないのだ。
どうせ一人で飲むのなら、ラグナを寝室に運んでからでも良いのだろう。
けれども、本当に一人で酒を飲むと言うのは、なんとも味気ない。
肴になるものがある方が、同じ酒でも味は違う。
(……だからって、人の寝顔を肴にするのは───ちょっと趣味が悪いかな)
目を開ければ、自然と見える、隣で眠る人の顔。
立場が逆ならきっと自分は真っ赤になるのが判るだけに、妙に邪なことをしている気がする。
時間を忘れてゆっくりと飲むうちに、ワインはすっかり空になった。
摘まみもなくなってしまうと、やることがなくなった所為か、意識がうつらうつらと傾いて来る。
しかし、このまま自分まで寝落ちてしまう訳にはいかない。
まだ意識が現実に残っている内に、レオンは重みのある体を動かすことにした。
起きる様子のないラグナの体を、酷く揺らさないようにゆっくりと抱えて立ち上がる。
意識のない人の体はずしりと重みを感じさせたが、これといって動く気配もないので、取り落とす心配もなさそうだ。
ラグナの足を引きずりながらなんとか運び、彼の寝室へと入る。
朝の抜け殻の後を残したベッドに横たえると、ラグナはごろりと寝返りを打った後、また寝息を立て始めた。
(俺が先に寝たら、運んでくれるって言ってたけど。結局、俺が運ぶことになったな)
飲み始めた頃に交わした会話を思い出す。
おおよそ予想通りと言えばそうだが、レオンはあんな風に言われたことがくすぐったかった。
ベッドにそっと片膝を乗せて上り、眠るラグナの顔を覗き込む。
すっかり力の抜けた愛しい人の寝顔に、レオンの口元も自然と緩む。
(……そう言えば。ラグナさんって、俺を運べるんだろうか)
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
大の男を抱えるのは中々大変だ。
時々、肩や腰が痛いと嘆いている年齢のラグナには、結構な負担になってしまうだろう。
そう思うと、彼の労になってしまうことは避けたいのだが、それでも最近、少しだけ、彼の面倒になりたいと思う自分が出てくるようになった。
「いつか、俺が先に寝ることがあったら……頑張ってくださいね」
勿論、無理にと望む訳ではないけれど。
彼が自分の為に、ほんの少し頑張ろうとしてくれる所を想像したら、無性に嬉しくなった。
眠る愛しい人の眦にキスをして、レオンはそっと傍を離れる。
寝室を後にしたレオンは、急ぎ足にリビングダイニングに戻って、酒盛りの片付けを始めた。
その傍ら、自分が思ったことを反芻して、遅蒔きに赤くなる頬を自覚するのだった。
オフ本[エモーショナル・シンドローム]のその後のラグレオです。
自己評価が底抜けに低いレオンなので、ちょっとした幸せがまだ全部夢のような感覚。
欲張っちゃいけないと自分を律し続けていたレオンですが、ラグナが甘やかしまくっているお陰で、少しずつその癖が抜けている感じ。でもまだ人前にそれを出せる所までは来ていないようです。
レオンが先に寝落ちた場合、ラグナが自力でレオンを運ぶのは少し難しそう。
起こすの悪いしなあ、でも冷えちゃ良くないな、ということで毛布を持ってくると思います。