[8親子]キッチン・マーチ
始めるよ、と姉に呼ばれて、スコールはとたとた走って台所に向かった。
そこには既に兄がいて、姉もそこに加わっている。
後ろ手でエプロンの紐を結んでいる兄の傍に駆け寄ると、
「来たな、スコール」
「うん!」
「じゃあまずはこれを着けような」
紐を結び終えたレオンが、奥のパントリーの棚から藍色のエプロンを取り出した。
今日の為にと買ったそれに、スコールはきらきらと目を輝かせる。
前衣を合わせて肩紐に腕を通す。
少しでも長く使えるようにサイズは大きめのものにしたから、裾が少し長かった。
レオンが肩紐の長さを調整して、裾が膝より少し低いところまで持ち上がる。
後ろの紐は自分では結べないから、エルオーネがやってくれた。
エルオーネも学校の授業で作ったエプロンを身に付けて、三人それぞれの支度は整った。
「よし。それじゃあ始めよう」
「頑張るぞー!」
「おー!」
兄の落ち着いた始まりの合図の後、元気な姉の号令があって、スコールも右手を上げて返事をした。
賑々しい声が響く台所を、父と母が眩しそうに見つめている。
「楽しみだな、レイン」
「そうね。一体どんなのが出てくるかしら」
ダイニングテーブルの定位置に座って、両親は頬を綻ばせた。
普段、キッチンは母の聖域だが、今日は子供たちに占領されている。
まずは、レオンが夏休みの課題のひとつとして、調理実習があった。
なんでも良いので、料理を作って写真に撮り、それをインターネットを使って学校専用のポータルサイトにアップする。
自分でちゃんと作った、として、簡易なレシピも載せるようにと指定されているとか。
日々母の手伝いをすることが多いレオンにとっては、日常の延長で済ませられる課題だ。
それから、エルオーネも夏休みの宿題もある。
こちらは「夕飯づくりを手伝う」と言うもので、何を行ったのかを日記に記録する。
目標としては一週間に一回とされているそうだが、彼女も手伝いは頻繁に加わっている。
日常の延長として、課題のクリアは難しくないだろう。
寧ろ日々の日記の方が、彼女にとっては大変かも知れない。
そして末っ子のスコールは、「家族のお手伝いをする」と言う宿題。
内容は特に決まりはなく、日々の生活の中で、主には両親がやっていることを一緒に行う、と言ったところだろうか。
きちんと出来たら、宿題用に配られたプリントに、親からシールやサインを貰ってクリアとなる。
今日は、これらを一気に済ませてみよう、と言うことになった訳だ。
「皆きちんと手は洗ったな?」
「はい!」
「うん!」
「じゃあ始めよう。今日の夕飯はオムライスだ」
「やったー!」
妹弟二人の声が元気に重なる。
レオンが冷蔵庫を開けて、鶏肉を取り出す。
次に野菜室から玉葱、レタス、ミニトマト、カット済みのミックス野菜を出して天板に置いた。
兄が食材を準備している間に、エルオーネはキッチン台の引き出しを開けた。
大小のボウルを取り出した後、コンロの下の扉を開けて、フライパンと油を用意する。
末っ子はキッチンの隅に置いていた踏み台を持って来て、キッチンの前に置いた。
レオンは先ずボウルに水を入れて、そわそわとしているスコールの前に置いた。
「スコールはレタスを頼むぞ。千切った葉っぱをこのボウルで洗うんだ」
「うん!」
「エルはトマトを切ってくれ。小さいからな、気を付けて」
「大丈夫。任せて!」
スコールは早速任された仕事に取り掛かる。
レタスを一枚一枚丁寧に千切って、ボウルの中に浸して、じゃぶじゃぶと洗う。
それから水を一度入れ替え、葉を食べ易いサイズに千切って行った。
エルオーネはパックから取り出したトマトをまな板に置く。
小さなトマトはころころと転がるから、エルオーネは細い指先でそれが逃げないように押さえた。
包丁はフルーツカット用の小さなものにして、押さえる指先を切らないように注意する。
レオンはもうひとつまな板を用意して、玉葱をみじん切りに、鶏肉を一口サイズにカットする。
エルオーネが用意してくれていたフライパンにバターを置き、熱を入れてから、鶏肉をそこに入れた。
「お兄ちゃん、レタス終わったよ!」
「ああ。エルはどうだ?」
「出来たよー」
「じゃあその二つを、こっちのカット野菜と一緒にサラダ用の皿に盛りつけてくれ」
兄の指示を聞いて、「はーい」と声が揃う。
エルオーネが食器棚の引き出しを開けて、サラダ用の皿を5枚取り出す。
後ろをついて来ていたスコールにそれが渡された。
スコールはうっかり皿を落としてしまわないように、注意しながらキッチンへと運ぶ。
スコールとエルオーネがサラダを盛りつけている間に、フライパンの中では具が熱くなっている。
冷凍庫から取り出したミックスベジタブルも入れて、軽く炒めた。
鶏肉が十分火が通ったことを確認して、レオンは炊飯器へと向かう。
「良い匂いする~」
「お腹空いて来たね」
バターの絡んだ具材の香ばしい匂いに、スコールとエルオーネが言う。
遊び盛りの二人の胃袋は、とっくの昔に空っぽだ。
早く美味しい夕飯が出来ないかな、と待ち遠しく思っている。
レオンは炊飯器の内釜ごと米を運んだ。
コンロの横にそれを置いて、真っ白な米をフライパンに移していく。
「塩コショウをして、それから……」
「ケチャップ!」
「僕が出すー!」
スコールが踏み台から下りて、急ぎに手を拭き、冷蔵庫へ走る。
ぱかりと冷蔵庫を開けると、蓋の裏側にケチャップがある。
そこならスコールも届くから、末っ子はうんしょと背伸びをしてそれを取り出し、
「はい、お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」
差し出されたケチャップを兄が受け取ると、弟は嬉しそうに笑った。
「ついでにドレッシングも取れるか、スコール」
「うん!」
「サラダにかけておいてくれ」
「はぁい」
「レオン、卵は何個割るの?」
スコールがドレッシングを取り出している間に、エルオーネも冷蔵庫の前に立っていた。
冷蔵庫の棚の下から二番目にある卵ストッカーを取り出して、キッチンへと運ぶ。
「卵は一人二個分だな」
「えっと、僕と、お兄ちゃんと、お姉ちゃんと、お母さんと、お父さん……」
「皆で五人だから~……十個!あれ、足りる?」
ストッカーに並んだ卵を見て、エルオーネが首を傾げる。
そこには七個しか入っていない。
その会話を聞いたレインが言った。
「卵のストックなら、奥の棚にあるわ。一番左、下から二番目」
「はーい!」
母から助け舟を貰って、エルオーネはすぐにキッチン奥のパントリーに向かう。
ごそごそとしばらく探した後、無事に卵のパックは見付かった。
エルオーネがキッチンに戻って来た時には、スコールが小さなボウルを用意して待っていた。
同時に、レオンの方も、チキンライスが完成する。
「じゃあ卵を二個ずつ割って」
「スコール、できる?」
「うん!」
エルオーネがスコールに卵を差し出すと、母譲りの蒼がきらきらと輝く。
スコールは卵をボウルの端にコツコツとぶつけた。
ぱきっと小さなヒビが入り、小さな親指でそこをぐっと押す。
指がヒビの中に入って、注意しながら手に力を入れ、ぱかりと卵が二つに割れた。
綺麗な形の卵黄がボウルの中に入ると、スコールが嬉しそうに笑う。
「できた!もう一個やる!」
「うん」
姉が二個目の卵を渡せば、弟はそれも綺麗に割ることが出来た。
ヒビの隙間から零れた白身で濡れた手をスコールが布巾で拭く。
その間にエルオーネは卵を菜箸で混ぜ、兄へと渡した。
「はい、レオン。砂糖と牛乳も入れたよ」
「ありがとう。エル、チキンライスを皿に盛っておいてくれ。フライパンがまだ熱いから、気を付けるんだぞ」
「判った。スコールは卵をお願いね」
「はーい」
エルオーネは食器棚へ急ぎ、大きな白い平皿を取り出した。
人数分のそれを天板に置いて、コンロに置いていたチキンライスの入ったフライパンを移動させる。
卵を割ることに一所懸命な弟に当たらないよう、注意しながら。
レオンが手早く卵を焼き、エルオーネが盛ったチキンライスの上に乗せる。
空になったフライパンをレオンが整え直している内に、スコールが割った卵をしっかり混ぜた。
二つ目、三つ目のオムライスが出来る頃には、役割分担の流れ作業が着々と進む。
五人分のオムライスが完成すると、レオンはもう一度ケチャップを手に取った。
「あとはこれをかけて」
「僕!僕やりたい!」
「私もやる!」
はいはいと手を上げて主張する妹弟に、レオンは「判った判った」と笑った。
まずはスコールがケッチャプを受け取って、自分のオムライスにかける。
まだまだ拙い文字が、赤いトマトのインクで綴られた。
エルオーネは欲張りにたっぷりとケチャップをかけ、端の方に“E”の文字。
それからケチャップはまたスコールに渡り、父と母の名前が、それぞれのオムライスへと書かれた。
「はい、お兄ちゃんも」
差し出す弟に、レオンはくすりと笑ってケチャップを受け取る。
オムライスにお絵描きなんて柄でもないが、自分だけやらないと言うのも野暮なことだ。
するすると綴られる筆跡に、「お兄ちゃん上手だねえ」と弟が感心するのがまたくすぐったい。
それぞれの名前を書いたオムライスが並び、人数分のサラダもある。
レオンはそれらを携帯電話で写真に撮った。
「───これでよし。さ、向こうに持って行こう」
「うん!」
「お父さん、お母さん、ご飯できたよ!」
スコールが母の、エルオーネが父のオムライスを持って、食卓へと急ぐ。
賑々しいキッチンを見守っていた両親の下へ届けられたオムライス。
子供たちそれぞれの性格が出ているケチャップ文字を見て、ラグナは目を輝かせた。
「おお、上手に出来てるなあ。名前も書いてくれてありがとう」
「ふふふ」
「えへへ」
父の言葉に、エルオーネとスコールが頬を膨らませて笑う。
レインもスコールの髪を優しく撫でて、「頑張ったわね」と労った。
レオンが調理道具を洗っている間に、スコールとエルオーネは自分たちのオムライスも運んだ。
兄のオムライスも定位置に置いて、サラダも配る。
レオンが道具の片付けを終えて、子供たちはようやく食卓の席へと座った。
いつもよりも少し遅い時間になった夕飯に、スコールとエルオーネはそわそわとしている。
ラグナがそれを察して両手を合わせれば、直ぐに子供たちも倣った。
「それじゃ、皆が頑張って作った晩ご飯。頂きます!」
「いただきまーす!」
「頂きます」
父の号令に合わせて、元気な声がふたつ、落ち着いた声がふたつ続く。
ラグナ、エルオーネ、スコールがスプーンに掬ったオムライスを頬張る。
それぞれリスのように頬袋を膨らませながら、もぐもぐとよく噛んだ。
甘めの卵と、ケチャップが沁みたチキンライスとがよく合う。
スコールは頬に小さな米粒をつけて、嬉しそうに机の下でぱたぱたと足を動かした。
そんな末っ子に、ラグナが頬の粒を拾いながら、
「どうだ、スコール。皆で作ったオムライス」
「おいしい!」
「そっかそっか。良かったなあ!」
ラグナの大きな手が、スコールの頭をくしゃくしゃと撫でる。
スコールは嬉しそうにまたオムライスを口に運んだ。
「トマトも綺麗に切れてるわね。ね、エルオーネ」
「でしょ?もう包丁も上手に使えるんだから」
自信満々にエルオーネが言った。
ほんの数年前までイタズラが絶えない子だったのに、今はすっかりお姉さんらしくしっかりしている。
レインはくすくすと笑って、エルオーネの天使の輪が浮かんだ黒髪を撫でた。
「レオンもお疲れ様。後の片付けは私がやるわね」
「うん。チキンライスが残ってるから、それは───」
「どれくらいあるの?」
「一人分くらいかな」
「じゃあおにぎりにでもしておくわ」
レインの言葉に、そうだね、とレオンは頷いた。
チキンライスのおにぎりなら、妹弟の明日の朝食にも丁度良い。
順調に減って行く夕飯を眺めて、レオンはなんともくすぐったいものを感じていた。
母の手伝いは毎日のようにしていたけれど、兄妹弟だけでキッチンに立ったのは、多分これが初めてだ。
事故などないように気を張っていたレオンだが、案外、余計な心配だったかも知れない。
エルオーネは勿論、スコールも、日々の手伝いからしっかり学び、成長している。
また、こんな日があっても良いかも知れない。
その時はどんな夕飯を作ろうか、とレオンは思いを馳せていた。
兄妹弟で晩ご飯を作って貰いました。
慣れているレオンの指示のもと、自然と役割分担ができているエルオーネとスコール。
毎日のお手伝いの賜物です。