[ラグスコ]トレイン・トレイン
「電車って乗ったことないんだよな、俺」
その言葉に、意外なことだ、と思った。
それから、無理もないか、と思った。
ラグナは嘗てガルバディアで軍にいたが、鉄道は当時から存在していたものの、移動は専ら軍用車であった。
当時はテインバーとの内戦の真っ最中であったし、ゲリラ活動も多かったことを思うと、電車移動自体がややリスクもあったのかも知れない。
軍を離れた後は特に制限はなかったが、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと行きたがるラグナにとっては、車の方が勝手が良かったのだろう。
エスタに来ると、こちらは鉄道などどこにもない。
磁力と重力操作によって動くプレートリフターを使った移動手段は都市のあちこちに通っているが、あれは電車とは異なる。
用向きは似たようなものだが、構造は勿論、その技術は全く別物だ。
ラグナは、電車技術をエスタの今後に活かせないかと考えている。
エスタから見れば最早旧式も同然の技術に、今更なんの価値があるのかとスコールは思った。
しかし、ラグナ曰く、リアクターを利用したプレートリフターは、それが走る為の道路をきちんと整えなくてはならないらしい。
確かにエスタの街並みを縦横無尽に走る道路は、どこもかしこもつるりと平らで、用途目的を持って設けられた仕切り以外に凹凸がない。
つまり、まったく人の手が入っていないエスタの荒野を走らせることは出来ないのだ。
この為、エスタ市街の施設に向かう者は、タイヤのついた車を利用している。
しかしこの車も、原理としてプレートリフターと同じで、タイヤは地面走行の補助輪に過ぎない。
浮力が揚力となっていることもあり、荷物を積み込める量と言うのも限界があって、大量輸送に難があるのだとか。
積載量の限界幅が小さいことと、リアクター走行可能な道を整える手間と───鑑みると、線路を使った鉄道による運送が効率化を見込めるのでは、と言うことらしい。
そこでラグナは、ガルバディア大陸の全域に網を持つ、鉄道に着目したのだ。
上手く導入することが出来れば、エスタ都市外への長距離物資輸送の問題解決に目処が立つ。
───と、ここまでが公人“エスタ大統領ラグナ・レウァール”の提案である。
そして、私人“ラグナ”の目当てとして、「電車に乗ったことがないから乗ってみたい」と言う話が挙がったと言う訳だ。
ラグナが電車に乗るにはどうしたら良いのか、エスタ執政官の間で会議が行われた。
その詳細はスコールに知る由はないが、ともあれ、手段は確保される。
それが、デリングシティでの元首会談の後、大陸横断鉄道を利用してティンバーを経由、バラムへと向かう、と言う算段である。
バラムに到着した後は、バラムガーデンが譲りうけて所有しているラグナロクに搭乗し、一路エスタへ帰ると言う計画だ。
その道中に、スコールは要人警護の任として同行している。
元首会談を無事に終えた翌日、大統領一行は予定通りにデリングシティの駅へと来ていた。
「此方がティンバー行きの切符になります。本来、一国の大統領をお通しするのであれば、専用のルートや車両もあるのですが……」
「ああ、ありがとな。でも、今回は出来るだけ普通のとこが見たくてさ」
VIP中のVIPの対応をする羽目になった駅長は、緊張した面持ちを浮かべている。
駅長が恐縮しながら差し出した切符を、ラグナはいつもの笑顔で受け取った。
他国の大統領の視察訪問とあって、駅周辺には規制線が張られている。
それでもそこここに野次馬の気配は絶えなかった。
スコールはそれらが決して近付いて来ないよう、同行しているSeeD達に指示を出して警戒しながら、大統領の後を追ってゲートを潜る。
ティンバー行きのホームには、既に列車が待機している。
無骨な顔をした列車を、ラグナはしげしげと眺めた後、「懐かしいなあ」と呟いた。
駅長がデリングシティ駅の由来歴史をラグナに語っている。
その間にスコールは一足先に電車に乗り、各所の安全確認と、警備の配置を調整した。
緊急時の行動についても手短に打ち合わせをし、一旦列車を下りる。
「安全確認が終了しました。どうぞご乗車下さい」
「おう。サンキュな。駅長さんも、案内ありがとう」
にこやかに笑って言ったラグナに、駅長は少し驚いた表情を浮かべながら、敬礼する。
ラグナが列車に乗り込むと、スコールは直ぐにSeeD専用車両へと誘導した。
SeeD専用車両は、部屋がふたつ、コンパートメントで仕切られている。
通路にはSeeDとエスタ兵がそれぞれ一人配置につき、スコールのみがラグナと共に同じ部屋に入った。
ラグナは興味津々な様子で、車内をきょろきょろと見回している。
車内アナウンスが流れた後、ごとり、と列車が動き出した。
「おー、動いた動いた」
「……安全の為、走行中はこの部屋から出ないようにお願いします」
「おう。色々他も見たいけど、ま、しゃーねーな。窓開けるのは良いか?」
「私が開けます」
スコールが先に動いて、窓辺のカーテンを用心して開ける。
大きな窓から陽光が差し込むと、広い車内が明々とした。
窓の向こうはまだデリングシティのビルの街並みが見えている。
「ここからティンバーまで、どれくらいかかるんだ?」
「約三時間弱ほどになります。夕方には到着します」
「そんで、バラム行に乗り換えて……」
「ティンバーからバラムまでは一時間半。バラムに着くのは夜になります」
「んー……車だとどれくらい?」
「デリングシティからティンバーへ連続走行で六時間、ティンバーからバラムは……ドールなら船がありますが、ドール方面に北上するのに一時間程度かかります。そこから定期運航の連絡船で約二時間ですので、旅程の時間としてはほぼ三倍です」
「なるほど。そんだけかかるのなら、時間効率で列車が一番良い訳だ」
ラグナは顎に手を当てて、ふむふむと何かを考えている。
スコールは警備として、ドアの前に立った。
いつも通りの仕事の姿勢になったスコールに、ラグナが声をかける。
「やっぱり良いな、電車の振動って。ちゃんと地面に足つけてるみたいでさ」
「……はあ」
足下は地面ではなく、床なのだが。
スコールはそう思ったが、言うのも面倒だったので流した。
と、ぽんぽん、とラグナがソファを叩く仕草をする。
視線は真っ直ぐスコールを見て、ここに座れ、と言っている。
スコールは眉根を寄せたが、これまでの経験から、無視してもしつこくなるだけだ、と判断した。
ドアの施錠が閉まっているかを確認して、スコールはラグナの隣へと移動した。
ラグナは改めて、ぐるりと部屋の中を見回して、
「これがお前の専用車両なんだな」
「……SeeD専用車両、だ。別に俺だけが使うものじゃない」
明らかに語弊を招く呼称にされて、スコールは訂正した。
「ソファがあって、ベッドもあって。結構豪華なんだな」
「まあ、そうだな」
「個室だし広いし、良いな。しかし、こんな豪華なとこじゃなくても、普通の車両でも良かったぜ?」
「仮にも一国の大統領をそんな迂闊な所に乗せられるか」
なんとも呑気なラグナの一言に、スコールは眉間に深い皺を寄せて言った。
「ここなら基本的にはSeeDしか入れない。一般人が入ってくることはまずないから、警備としても安全性が高い。……だからあんたの“電車に乗ってみたい”なんて我儘が通ったんだろ」
「我儘ってことねえよ。ほら、エスタに作れたら良いんじゃないかって、そう言う構想もあっからさ」
「……」
ラグナが“我儘”と“構想”の両方を持っていることは事実だ。
しかしスコールは、ラグナの比重がどちらに傾いているかと言われると、前者の方だと思っている。
「でも、ま。こうやって個室を用意してくれたのは、有難いな。お前と二人きりだし」
「……急になんだ」
笑みを浮かべるラグナの言葉に、スコールは反射的に眉根を寄せた。
ラグナは顰め面のスコールを、いつもの柔い眼で見ている。
「今回はずっとスケジュールが詰まってるだろ。まあ、半分は俺が電車移動を提案したからだけどさ」
「そうだな」
「ティンバーに着いたら車庫を見学して、それからバラム行。バラムに着いたら、すぐラグナロク。そう言う予定だろ?」
「ああ」
「お前とゆっくり話す暇はないかなって思ってたからさ」
「……別に特別話す必要はないだろ。俺もあんたも、ずっと仕事だ」
スコールの要人警護の任務は勿論、ラグナもこの電車移動は“視察”である。
前後の予定から、移動のルートから、人員配置も含めて、全て綿密な打ち合わせを通して決められた。
少なくとも、外的に見て、今もラグナは公務の真っ最中だ。
───とは言え、とスコールは自分の言動を振り返って嘆息する。
本来ならドア前で警備姿勢を保つべきなのに、自分は今、ラグナの隣に座っている。
口調もいつもの崩したものに戻してしまって、これでは今が仕事中だなどと、どの口が、と言われても文句は言えない。
けれど、そうしないとラグナも諦めないのだ。
二人きりと言う閉じた空間にある、今ならば、と。
「三時間か。結構あるよな」
ラグナは腕時計を見遣って言った。
どうするかな、と呟くラグナに、スコールは二段ベッドを指差す。
「寝ていれば半分程度は過ぎる」
「うーん、それはなんか勿体ないぞ」
「車内サービスもないことはない。簡単な軽食程度だったと思うが」
「飯はさっき食ったところだからなぁ」
ラグナは先のデリングシティの会談で、昼会食を済ませている。
腹に物を入れるには、まだ聊か早いだろう。
「こういうとこで食べれるのがどんな飯なのかって言うのは、気になるけど。それはもうちょっと後にしようかな」
「それなら、ティンバーからバラムの道中だな。そのつもりなら警備に伝えておくが」
「うん、じゃあそれはよろしく」
ラグナがいるSeeD専用キャビンには、出来れば予定にない人間を入れたくない。
しかし、クライアントであるラグナの要望ならば、SeeDはある程度は柔軟に対応する必要がある。
三時間後のことなら、今からでも調整は可能だ。
スコールは一端席を立って、個室のドアを開けた。
扉の横に立っていたエスタ兵に、近くにいるSeeDを呼ぶように頼む。
すぐにやって来たSeeDに、大統領の意向として予定を伝え、ティンバーの待機班へ調整の連絡の旨を任せた。
ついでに細かなことをいくつか確認し、スコールは個室へと戻る。
すると、ソファに座っていた筈のラグナが、ベッドの方へと移動していた。
「お前って、このベッド使った事あるのか?」
「……いや」
スコールが首を横に振ると、ラグナがベッドマットに腰かける。
「結構良いクッションだぞ」
「そうか」
「お前も来てみろよ」
気軽に誘うラグナに、スコールは溜息をひとつ吐いて、彼の下へと向かった。
触ってみろ、と言うのでベッドマットに触れてみる。
確かに程好い弾力と沈む感覚があって、安普請なものではないことが感じられた。
そう言えば、大陸横断鉄道には、大統領専用車を始めとした特別仕様の客車が造られているのだ。
SeeD専用車両も、そうした特別仕様の内装を作った影響で、上等なものを宛がわれることになったのかも知れない。
傷病人や、電車酔いした者を休ませるには良さそうだ。
スコールがそう思ったところで、近い距離に感じる視線に、顔を上げる。
「……なんだよ」
眉根を寄せるスコールの前には、薄く笑みを浮かべた男の顔がある。
それを見ているだけで、スコールは勝手に顔が熱くなるのが判ってしまった。
かと言って、このまま流される訳にはいかない。
「……仕事中だ」
「うん」
「俺もあんたも」
「でも、結構時間あるだろ?」
「……三時間なんて、すぐ過ぎる」
思う程に時間に余裕がある訳ではないのだと。
何より、この状況で、環境で、身を委ねるには、スコールにはハードルが高かった。
(いや。それじゃ、この状況じゃなかったら良いのかって、言ってるみたいじゃないか)
自分の中に浮かぶものが、妙に言い訳めいている。
それを、見つめる翠が見透かしているような気がしてならない。
ベッドマットに触れている手に、ラグナの手が重ねられた。
振り払えば良いものを、どうしてかそれが出来ない。
重ねられた唇すら、随分と久しぶりのものだったのだから。
急くように触れる手のひらに酔って、少しでも時間がゆっくりと過ぎることを祈る自分がいた。
ラグナを電車に乗せてみようと思って。
SeeD専用キャビンて色々と便利ですよね、と言う。
隙間時間のようなものなので、ラグナも触れるだけにしてるんじゃないだろうか。でもスコールの方が物足りなくなりそう。
うちのスコールはすぐに仕事中だって言うけど、それ以外に拒否する理由が出て来ない辺り、本音が駄々洩れなんだなぁと思ったりする。