[レオスコ]鎮めの声
変異種と言うのは総じて厄介だ。
大抵のイミテーションは、その姿の下となった人物の行動を真似る。
攻撃の時、回避の時、それぞれの癖まで再現する。
精密な造りのものほど、その再現度が高く、尚且つ、癖をカバーする為の知恵も回っているように見えた。
そう言う意味で、精巧な造りのイミテーションと言うのは、元となった人物の歪な上位互換と言えるのかも知れない。
悔しいことに、本人よりも強い、とまで言わしめることも決して少なくはなかった。
だが、本人と似ているのなら、少なくともそこに攻略の糸口もあるのだ。
攻め手のパターンが判っていれば、それを強固に真似る個体ほど、裏を掻くことも出来る。
変異種の場合、その理屈データが通用しない個体が多い。
本物にはあり得ない、一定の行動に固執するものであったり、全く理屈の見えない行動を取るものがあったり、我が身の摩耗を顧みず猛攻するものもある。
面倒なのは、その違いを一見して判断するのは難しい、ということ。
見た目に精巧な造りをしている変異種も少なくはなく、こうした手合いに絡まれると、煮え湯を飲まされることもあった。
スコールの宿敵である魔女アルティミシアは、持ち得る膨大な魔力を遺憾なく行使する為に、対峙する際には必ず距離を保つ。
遠方から放射される凶悪な魔法は、近接戦を持ち場とするスコールにとって分が悪い。
しかし、だからと言って、近距離ならばこちらのペースになるかと言えば、そうは優しくはないのだ。
至近距離で放たれる魔法は、人の躰など容易く貫いてくれるのだから。
(……判っていた。だからこちらも、十分警戒して戦った)
森を歩くスコールの歩調は遅い。
痛む腹を抱えて歩くのは、その傷の深さ以上に足を重くさせる。
───禍々しい色に光る歪の中で、魔女のイミテーションに遭遇した。
即座に戦闘態勢を取ったスコールだったが、初手から調子を狂わされる羽目になる。
魔女の領分として、距離を取られるものと思っていたから、逃げられる前に接近しようとしたスコールだったが、先に肉薄したのは魔女の方だった。
正面から不意を突かれた格好になり、初撃こそ咄嗟に躱したが、先手を取られたのが痛かった。
至近距離から息つく暇もなく撃ち続けられる槍に、スコールは防戦を強いられる。
いつ尽きるとも知れない魔力で全身を串刺してやろうとする魔女に、スコールは強引にそれを突破する方法を取った。
放つ魔法がほんの一瞬、途切れた瞬間に、防御を捨てて突進する。
結果は功を奏し、魔女のイミテーションを砕くことが出来たが、状況としては相討ちと言えた。
闘い終えたスコールは、腹と足にそれぞれ槍を食らっていたのである。
歪に巣食っていたイミテーションが、あの魔女一体だけだったのは幸いだった。
それを屠ったことで歪は浄化され、スコールもそれ以上の戦闘を臨むことなく脱出する。
その時点で傷の痛みは明らかで、早い治療をするべきだったが、魔女との戦闘でスコールは体力と魔力を使い切っていた。
ケアルをひとつ唱えた所で、応急処置にもならず、まず体を休める必要がある。
だから、少しでも安全な場所を探して、痛む体を引き摺り歩いているのだ。
そこに加えて、空がごろごろと不穏な音を鳴らしている。
(せめて、降りだす前に)
森の中の危険は、イミテーションや混沌の戦士だけではない。
徘徊する魔物や野生動物からも、身を隠せる場所を見付けなくては。
体力の限界が先か、雨が降るのが先か。
どちらにせよ、スコールにとっては回避したい。
ずきずきと痛む腹を手で抑え、歯を食いしばりながら歩いた末に、
(……洞窟)
突き当たりに辿り着いた崖の下に、それはあった。
生き物が巣にしていたのか、地盤が崩れて穴が開いたのか。
いずれにせよ、空模様が見るからに怪しい今、スコールに悩んでいる暇はなかった。
危険な獣の気配がないことだけを確認して、洞窟の中へ入る。
入り口から奥へは数メートル、雨風の侵入から逃げられるだけの距離はあった。
(……ここで)
入り口からは距離を取り、しかし外の光は確認できる場所で、スコールは壁に身を寄せた。
しばらく座ってゆっくりと呼吸を整えようと試みたが、どうにも傷が痛む所為で上手くいかない。
体を縦に保っているのも辛くなり、スコールは迷ったが、已む無く横になることにした。
傷む傷を庇って、熱が逃げないように手足を縮めて丸くなる。
スコールはゆっくりと深呼吸をしながら、少しだけ、少しだけだと自分に命じ、目を閉じた。
意識の浮上とともに、雨音が聞こえていた。
崖から程近い場所に茂る木々を、雨粒が絶え間なく叩いている。
ひんやりとした空気が頬を撫でていくのが判った。
それと同時に、温かいものが逆の頬に当たっている。
柔らかさと堅さと、中間にあるような感触に、温い暖かさ。
微睡の中で意識が浮上と沈下を繰り返し、もう少しこのままでいたい、と天秤が傾く。
けれど、ここがいつまでも寝ていられる程に安全が確約されていないことを、スコールは辛うじて覚えていた。
重みの取れない瞼を薄く開けると、薄い光が遠くにある。
岩肌が剥き出しの暗いトンネルを見つめ、ああ、と自分がどうしてここにいるのかを思い出した。
降る前に逃げ込めたのは幸いだった、とぼんやりと思いながら、頬に触れる温もりにまたうつらうつらと意識が浮く。
と、するり、と何かが首筋を触れた。
瞬間、は、と目を瞠って飛び起きる。
「────!」
「おっと」
跳ね上がるようにして体を起こしたスコールを、蒼灰色の瞳が丸くなって見ていた。
驚いた表情だったが、それはすぐに和らいで、そこにいた人物はホールドアップの体勢を取る。
自分とよく似た色の長い髪、蒼の瞳の狭間に走る斜め傷。
ともすれば鏡越しにその顔を見ているような気分になる。
しかし年齢は明らかに自分よりもいくつか上で、スコールって成長したらこんな感じになるのかな、等と仲間たちが雑談していたこともあった。
レオンだ。
その顔、その形が間違いなく彼であることを確認して、スコールは詰まらせていた息が抜ける。
「あんた……なんで」
「いや、何」
この洞窟には一人で辿り着いた筈だ。
そもそも今日は同行者もなく、単独で歪を解放して回っていた。
問うスコールに、レオンは両手を下ろしながら、
「ウォーリアたちと混沌の大陸方面の歪を調べていたんだが、その途中で次元の圧縮に巻き込まれてな。どうにか脱出はしたが、その弾みにこの辺りへ飛ばされた。他の皆とも逸れてしまって、どうしたものかと思っていたんだが、雲行きが怪しかったから、適当に雨宿りできる場所を探して───ここを見付けた訳だ」
そう語るレオンの肩は、薄らと濡れている。
長く雨に晒されたと言う程ではないが、運悪く見舞われたのは間違いないようだ。
中途半端な姿勢でレオンの話を聞いていたスコールは、はたと自分の体のことを思い出した。
脇腹に手を遣ると、じん、とした鈍い痛みが走ったが、顔を顰める程ではない。
足を動かせばこちらも同様で、痛み方が随分と楽になっているのが判った。
自分の体を観察するスコールに、レオンが言った。
「傷なら治して置いた。俺の魔力では、応急処置が精々だが」
「……いや。助かった」
「傷の原因については、聞いても?」
「魔女の変異種。討伐はした」
「そうか。ご苦労だったな」
くしゃ、とレオンの手がスコールの髪を撫ぜる。
子供を褒めるような仕草に、スコールは眉根を寄せて、その手を押し退けた。
眉間に皺を寄せて睨むスコールに、レオンは肩を竦めて手を下ろす。
レオンの視線は、トンネルの向こうの光へと向けられた。
「雨はまだ止みそうにない。もうしばらく、ここで休憩だな」
「……そうか」
レオンの言葉に、スコールは嘆息した。
傷の手当はレオンがしてくれたとは言え、彼も魔力は潤沢ではないから、あくまで表面の治療をしたに過ぎない。
早く聖域に戻って、ティナやセシルに頼んだ方が良いが、負傷した体を雨の中に引きずり出すのも悪手だ。
一時眠ったことで、反って疲労を自覚したか、体も重く感じる。
この洞窟の奥から危険生物でも現れない限りは、ここから動く気にはなれなかった。
傷のあった場所を庇いながら起き上がろうとすると、やはり痛んだ。
横になっている方が楽、と身体が訴えている。
……それを察したかのように、レオンがぽんと自分の膝を叩いて、
「ここ、使って良いぞ」
「は?」
「さっきもそうしていたしな」
ここ───レオンの膝。
そこを“使う”とはつまり、そこを枕にして横になる、と言うことだ。
スコールは判り易く眉間の皺を深くした。
「……いらない」
「そうか?見付けた時、寝辛そうにしていたから、この方が良いと思ったんだが」
「別に、問題ない」
「寝床の環境は大事だぞ」
「こんな状況で、環境も何もないだろ」
冷たい岩肌が剥き出しの、灯りもないトンネルの中。
今のところは獣の気配もなく、雨風から守ってくれると言うだけでも重畳だ。
だからスコールは、ここなら、と意識を飛ばすことも許された。
眠る時には、周囲の冷気への抵抗と、何かあった時に身を守る為に体を縮めていた筈だ。
そうすると、どうしても神経までは休める訳にはいかず、体のどこかは緊張で硬化する。
しかし今現在、体はそこまでの重怠さはなく、───その理由は、今目の前で柔い笑みを浮かべている男がしてくれたことに他ならない。
「負傷しているんだ。雨が止むまでに、体力を回復させた方が良いだろう」
「……」
「膝が嫌なら、せめてこっちに寄る方が良い。冷えると体に障る」
レオンの言うことは尤もだ。
雨の外界もあり、岩肌は冷たい空気を反射放出させて、洞窟の中の気温を更に下げている。
暖があるなら、それを使わない手はなかった。
判っている、判っているが。
先に自分がされていたこともそうだが、どうにもそれに甘えるのは、スコールのプライドに障る。
それは単なるスコールの意地、見栄っ張りの話だが、そこを容易く折れないのがスコールたる所以である。
ただ、体については、確かにもうしばらく休めたい。
疲労感を訴える体が、良いからさっさと楽な体勢になれ、と言っていた。
(……それに、相手はレオンだ)
この男は、どうしてかスコールに甘い。
仲間の中では彼が年上組で、スコールは年下組に割り振られるのもあるだろうが、それにしても、レオンはスコールをとかく贔屓し勝ちである。
その様子を見たティーダなどは、「お兄ちゃんが弟の世話焼いてるみたいっスね」と言う。
それをレオンが満更でもない顔をして受け止めるから、最近、賑やかしの面々からは、レオンのことを「スコールの兄ちゃん」などと言う認識になっているらしい。
────それはともかく。
年の甲なのか、危険感知に関しても、レオンは優秀だ。
何かあれば間違いなく動くことが出来る、その信頼性も高い。
今現在のこの状況と、スコール自身の容態と併せて、体を休めるのに見張り役を預けるには十分な相手だった。
「………」
「ん?」
じっと見つめるスコールの視線を受け止め、レオンはことんと首を傾げる。
お前の好きにすると良い、とその眼は言っていた。
じり、とスコールの体が身じろぐ。
地面を膝で擦りながら、じわじわと近付いて行くと、レオンはじっとその様子を見つめていた。
その内に二人の距離はゼロにも等しいものになり、レオンの横にスコールが座る。
数拍、スコールが静かに細い呼吸を繰り返した後、ようやくその身体から力が抜け始めた。
「……は……」
「何かあったら起こすぞ」
「……ん」
この雨の中で何が起ころうものか。
そんな風にも思ったが、イミテーション然り、この世界の魔物然り、確証はない。
下手に「何があっても起こさないようにするから」なんて言われるより、余程信用できる。
二人揃って舌の回る質ではないから、洞窟の中は静かなものだ。
出入口の方から聞こえる雨音は相変わらずで、まだまだ途切れる様子がない。
少し風が強くなっているようだから、これが雨雲を連れて行ってくれると良いのだが。
夕暮れの時刻までに雨が止んでくれれば、夜になる前には聖域に戻れる算段だったが、天気の気紛ればかりは祈るしかなかった。
レオンと過ごす静寂は、気まずいものがないのが良い。
隣に感じる温もりの気配から離れないよう、二の腕をわざと当てると、レオンは好きにさせてくれた。
(……こんなのだから、嫌なんだ……)
この男に甘えるのは。
際限なく甘やかされて、勝手に体の力が抜けるから。
まだ休息を欲する体が、とろとろとした睡魔を連れてくる。
眠るなんて無防備なこと、と思いはすれども、今スコールは一人ではないのだ。
隣を見れば、じっとトンネルの向こう───雨の外界の様子を見つめる男の横顔があって、彼に任せていれば良い、と言う甘えたな声が内側から聞こえる。
じっと横顔を見ていると、至近距離の視線の煩さが伝わったか。
しかし、こちらを振り返ったレオンの口元は、どこまでも柔い。
「大丈夫だ、スコール」
「……」
何がどう、と彼は言わなかった。
ただその言葉だけがあれば、スコールには十分でと言うことを、きっと彼は知っている。
結局スコールも、それに甘えてしまうのだ。
「……少し、寝る」
「ああ」
「少しだけだ」
「ああ」
雨が止んだら、歩かなくてはいけない。
その為にも、戦闘で使い切った体力も、魔力も、少しでも多く回復しなくては。
見張りを引き受けてくれる男がいるのだから、回復に集中できるのは良い事だ。
これからの自分の行動に対し、まるで言い訳の様につらつらと思考を巡らせながら、スコールはレオンに寄り掛かる。
断りなく体重を預けた少年を、レオンは咎めることなく受け入れた。
────静かな寝息が零れ始めるまで、それから幾許もなく。
男は満足そうに笑みを浮かべて、寄り掛かる少年の柔い髪をそっと撫でた。
雨宿りのレオスコ。
相手がレオンなら大丈夫、と無意識に刷り込まれているスコールと、判ってて甘やかすレオンでした。