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2026年08月

[8親子]キッチン・マーチ

  • 2026/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



始めるよ、と姉に呼ばれて、スコールはとたとた走って台所に向かった。
そこには既に兄がいて、姉もそこに加わっている。

後ろ手でエプロンの紐を結んでいる兄の傍に駆け寄ると、


「来たな、スコール」
「うん!」
「じゃあまずはこれを着けような」


紐を結び終えたレオンが、奥のパントリーの棚から藍色のエプロンを取り出した。
今日の為にと買ったそれに、スコールはきらきらと目を輝かせる。

前衣を合わせて肩紐に腕を通す。
少しでも長く使えるようにサイズは大きめのものにしたから、裾が少し長かった。
レオンが肩紐の長さを調整して、裾が膝より少し低いところまで持ち上がる。
後ろの紐は自分では結べないから、エルオーネがやってくれた。

エルオーネも学校の授業で作ったエプロンを身に付けて、三人それぞれの支度は整った。


「よし。それじゃあ始めよう」
「頑張るぞー!」
「おー!」


兄の落ち着いた始まりの合図の後、元気な姉の号令があって、スコールも右手を上げて返事をした。
賑々しい声が響く台所を、父と母が眩しそうに見つめている。


「楽しみだな、レイン」
「そうね。一体どんなのが出てくるかしら」


ダイニングテーブルの定位置に座って、両親は頬を綻ばせた。

普段、キッチンは母の聖域だが、今日は子供たちに占領されている。

まずは、レオンが夏休みの課題のひとつとして、調理実習があった。
なんでも良いので、料理を作って写真に撮り、それをインターネットを使って学校専用のポータルサイトにアップする。
自分でちゃんと作った、として、簡易なレシピも載せるようにと指定されているとか。
日々母の手伝いをすることが多いレオンにとっては、日常の延長で済ませられる課題だ。

それから、エルオーネも夏休みの宿題もある。
こちらは「夕飯づくりを手伝う」と言うもので、何を行ったのかを日記に記録する。
目標としては一週間に一回とされているそうだが、彼女も手伝いは頻繁に加わっている。
日常の延長として、課題のクリアは難しくないだろう。
寧ろ日々の日記の方が、彼女にとっては大変かも知れない。

そして末っ子のスコールは、「家族のお手伝いをする」と言う宿題。
内容は特に決まりはなく、日々の生活の中で、主には両親がやっていることを一緒に行う、と言ったところだろうか。
きちんと出来たら、宿題用に配られたプリントに、親からシールやサインを貰ってクリアとなる。

今日は、これらを一気に済ませてみよう、と言うことになった訳だ。


「皆きちんと手は洗ったな?」
「はい!」
「うん!」
「じゃあ始めよう。今日の夕飯はオムライスだ」
「やったー!」


妹弟二人の声が元気に重なる。

レオンが冷蔵庫を開けて、鶏肉を取り出す。
次に野菜室から玉葱、レタス、ミニトマト、カット済みのミックス野菜を出して天板に置いた。

兄が食材を準備している間に、エルオーネはキッチン台の引き出しを開けた。
大小のボウルを取り出した後、コンロの下の扉を開けて、フライパンと油を用意する。
末っ子はキッチンの隅に置いていた踏み台を持って来て、キッチンの前に置いた。

レオンは先ずボウルに水を入れて、そわそわとしているスコールの前に置いた。


「スコールはレタスを頼むぞ。千切った葉っぱをこのボウルで洗うんだ」
「うん!」
「エルはトマトを切ってくれ。小さいからな、気を付けて」
「大丈夫。任せて!」


スコールは早速任された仕事に取り掛かる。
レタスを一枚一枚丁寧に千切って、ボウルの中に浸して、じゃぶじゃぶと洗う。
それから水を一度入れ替え、葉を食べ易いサイズに千切って行った。

エルオーネはパックから取り出したトマトをまな板に置く。
小さなトマトはころころと転がるから、エルオーネは細い指先でそれが逃げないように押さえた。
包丁はフルーツカット用の小さなものにして、押さえる指先を切らないように注意する。

レオンはもうひとつまな板を用意して、玉葱をみじん切りに、鶏肉を一口サイズにカットする。
エルオーネが用意してくれていたフライパンにバターを置き、熱を入れてから、鶏肉をそこに入れた。


「お兄ちゃん、レタス終わったよ!」
「ああ。エルはどうだ?」
「出来たよー」
「じゃあその二つを、こっちのカット野菜と一緒にサラダ用の皿に盛りつけてくれ」


兄の指示を聞いて、「はーい」と声が揃う。

エルオーネが食器棚の引き出しを開けて、サラダ用の皿を5枚取り出す。
後ろをついて来ていたスコールにそれが渡された。
スコールはうっかり皿を落としてしまわないように、注意しながらキッチンへと運ぶ。

スコールとエルオーネがサラダを盛りつけている間に、フライパンの中では具が熱くなっている。
冷凍庫から取り出したミックスベジタブルも入れて、軽く炒めた。
鶏肉が十分火が通ったことを確認して、レオンは炊飯器へと向かう。


「良い匂いする~」
「お腹空いて来たね」


バターの絡んだ具材の香ばしい匂いに、スコールとエルオーネが言う。
遊び盛りの二人の胃袋は、とっくの昔に空っぽだ。
早く美味しい夕飯が出来ないかな、と待ち遠しく思っている。

レオンは炊飯器の内釜ごと米を運んだ。
コンロの横にそれを置いて、真っ白な米をフライパンに移していく。


「塩コショウをして、それから……」
「ケチャップ!」
「僕が出すー!」


スコールが踏み台から下りて、急ぎに手を拭き、冷蔵庫へ走る。

ぱかりと冷蔵庫を開けると、蓋の裏側にケチャップがある。
そこならスコールも届くから、末っ子はうんしょと背伸びをしてそれを取り出し、


「はい、お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」


差し出されたケチャップを兄が受け取ると、弟は嬉しそうに笑った。


「ついでにドレッシングも取れるか、スコール」
「うん!」
「サラダにかけておいてくれ」
「はぁい」
「レオン、卵は何個割るの?」


スコールがドレッシングを取り出している間に、エルオーネも冷蔵庫の前に立っていた。
冷蔵庫の棚の下から二番目にある卵ストッカーを取り出して、キッチンへと運ぶ。


「卵は一人二個分だな」
「えっと、僕と、お兄ちゃんと、お姉ちゃんと、お母さんと、お父さん……」
「皆で五人だから~……十個!あれ、足りる?」


ストッカーに並んだ卵を見て、エルオーネが首を傾げる。
そこには七個しか入っていない。

その会話を聞いたレインが言った。


「卵のストックなら、奥の棚にあるわ。一番左、下から二番目」
「はーい!」


母から助け舟を貰って、エルオーネはすぐにキッチン奥のパントリーに向かう。
ごそごそとしばらく探した後、無事に卵のパックは見付かった。

エルオーネがキッチンに戻って来た時には、スコールが小さなボウルを用意して待っていた。
同時に、レオンの方も、チキンライスが完成する。


「じゃあ卵を二個ずつ割って」
「スコール、できる?」
「うん!」


エルオーネがスコールに卵を差し出すと、母譲りの蒼がきらきらと輝く。

スコールは卵をボウルの端にコツコツとぶつけた。
ぱきっと小さなヒビが入り、小さな親指でそこをぐっと押す。
指がヒビの中に入って、注意しながら手に力を入れ、ぱかりと卵が二つに割れた。
綺麗な形の卵黄がボウルの中に入ると、スコールが嬉しそうに笑う。


「できた!もう一個やる!」
「うん」


姉が二個目の卵を渡せば、弟はそれも綺麗に割ることが出来た。

ヒビの隙間から零れた白身で濡れた手をスコールが布巾で拭く。
その間にエルオーネは卵を菜箸で混ぜ、兄へと渡した。


「はい、レオン。砂糖と牛乳も入れたよ」
「ありがとう。エル、チキンライスを皿に盛っておいてくれ。フライパンがまだ熱いから、気を付けるんだぞ」
「判った。スコールは卵をお願いね」
「はーい」


エルオーネは食器棚へ急ぎ、大きな白い平皿を取り出した。
人数分のそれを天板に置いて、コンロに置いていたチキンライスの入ったフライパンを移動させる。
卵を割ることに一所懸命な弟に当たらないよう、注意しながら。

レオンが手早く卵を焼き、エルオーネが盛ったチキンライスの上に乗せる。
空になったフライパンをレオンが整え直している内に、スコールが割った卵をしっかり混ぜた。
二つ目、三つ目のオムライスが出来る頃には、役割分担の流れ作業が着々と進む。

五人分のオムライスが完成すると、レオンはもう一度ケチャップを手に取った。


「あとはこれをかけて」
「僕!僕やりたい!」
「私もやる!」


はいはいと手を上げて主張する妹弟に、レオンは「判った判った」と笑った。

まずはスコールがケッチャプを受け取って、自分のオムライスにかける。
まだまだ拙い文字が、赤いトマトのインクで綴られた。
エルオーネは欲張りにたっぷりとケチャップをかけ、端の方に“E”の文字。
それからケチャップはまたスコールに渡り、父と母の名前が、それぞれのオムライスへと書かれた。


「はい、お兄ちゃんも」


差し出す弟に、レオンはくすりと笑ってケチャップを受け取る。
オムライスにお絵描きなんて柄でもないが、自分だけやらないと言うのも野暮なことだ。
するすると綴られる筆跡に、「お兄ちゃん上手だねえ」と弟が感心するのがまたくすぐったい。

それぞれの名前を書いたオムライスが並び、人数分のサラダもある。
レオンはそれらを携帯電話で写真に撮った。


「───これでよし。さ、向こうに持って行こう」
「うん!」
「お父さん、お母さん、ご飯できたよ!」


スコールが母の、エルオーネが父のオムライスを持って、食卓へと急ぐ。

賑々しいキッチンを見守っていた両親の下へ届けられたオムライス。
子供たちそれぞれの性格が出ているケチャップ文字を見て、ラグナは目を輝かせた。


「おお、上手に出来てるなあ。名前も書いてくれてありがとう」
「ふふふ」
「えへへ」


父の言葉に、エルオーネとスコールが頬を膨らませて笑う。
レインもスコールの髪を優しく撫でて、「頑張ったわね」と労った。

レオンが調理道具を洗っている間に、スコールとエルオーネは自分たちのオムライスも運んだ。
兄のオムライスも定位置に置いて、サラダも配る。
レオンが道具の片付けを終えて、子供たちはようやく食卓の席へと座った。

いつもよりも少し遅い時間になった夕飯に、スコールとエルオーネはそわそわとしている。
ラグナがそれを察して両手を合わせれば、直ぐに子供たちも倣った。


「それじゃ、皆が頑張って作った晩ご飯。頂きます!」
「いただきまーす!」
「頂きます」


父の号令に合わせて、元気な声がふたつ、落ち着いた声がふたつ続く。

ラグナ、エルオーネ、スコールがスプーンに掬ったオムライスを頬張る。
それぞれリスのように頬袋を膨らませながら、もぐもぐとよく噛んだ。
甘めの卵と、ケチャップが沁みたチキンライスとがよく合う。

スコールは頬に小さな米粒をつけて、嬉しそうに机の下でぱたぱたと足を動かした。
そんな末っ子に、ラグナが頬の粒を拾いながら、


「どうだ、スコール。皆で作ったオムライス」
「おいしい!」
「そっかそっか。良かったなあ!」


ラグナの大きな手が、スコールの頭をくしゃくしゃと撫でる。
スコールは嬉しそうにまたオムライスを口に運んだ。


「トマトも綺麗に切れてるわね。ね、エルオーネ」
「でしょ?もう包丁も上手に使えるんだから」


自信満々にエルオーネが言った。
ほんの数年前までイタズラが絶えない子だったのに、今はすっかりお姉さんらしくしっかりしている。
レインはくすくすと笑って、エルオーネの天使の輪が浮かんだ黒髪を撫でた。


「レオンもお疲れ様。後の片付けは私がやるわね」
「うん。チキンライスが残ってるから、それは───」
「どれくらいあるの?」
「一人分くらいかな」
「じゃあおにぎりにでもしておくわ」


レインの言葉に、そうだね、とレオンは頷いた。
チキンライスのおにぎりなら、妹弟の明日の朝食にも丁度良い。

順調に減って行く夕飯を眺めて、レオンはなんともくすぐったいものを感じていた。
母の手伝いは毎日のようにしていたけれど、兄妹弟だけでキッチンに立ったのは、多分これが初めてだ。
事故などないように気を張っていたレオンだが、案外、余計な心配だったかも知れない。
エルオーネは勿論、スコールも、日々の手伝いからしっかり学び、成長している。



また、こんな日があっても良いかも知れない。
その時はどんな夕飯を作ろうか、とレオンは思いを馳せていた。






兄妹弟で晩ご飯を作って貰いました。
慣れているレオンの指示のもと、自然と役割分担ができているエルオーネとスコール。
毎日のお手伝いの賜物です。

[ラグレオ]夢の続きに見る夢を

  • 2026/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オフ本[エモーショナル・シンドローム]その後




仕事から帰って来たラグナの手には、ボトルワインがあった。
取引先でラグナのことを気に入っている御仁から、どこだかの海外旅行の土産だとか。
随分と気前の良い人がいるものだ、とレオンは思った。

貰ったのだから飲まなきゃ悪い、とラグナはその日のうちにボトルを開けることにした。
明日の仕事は休みだったし、少々酔っぱらって寝落ちても、自宅ならば問題ない。
スコールは「ソファで寝落ちるのは駄目だからな」と釘を差してくれたが、「大丈夫だって、レオンも一緒に飲むからさ」と言うと、渋い顔で閉口した。
少年の眼が、付き合うことを確約されているレオンに同情と詫びの視線を向ける。
レオンはそれに苦笑しつつ、「飲むのは俺も嫌いじゃないから」とスコールを宥めている。

同居人であり、父の恋人であり、数ヵ月前には父の部下であったレオンに、付き合わせる詫びだと言って、スコールはつまみを用意してくれた。
それから、スコールは明日の予定がある───サッカー部の友人の試合の応援に行くとかで、朝が早いそうだ───ので、早々に自室に戻った。

リビングダイニングで、ラグナとレオンが二人、酒盛りを始める。


「美味いなあ、このワイン。どこのだろう」
「外国のものなんですよね」
「そう言ってた。あー、どこ行ったって言ってたっけなあ?」


ラグナは頭を掻きながら、ワインボトルを寄せて、ラベルを眺めている。
凝ったカリグラフィの書体に、馴染みのない記号的な文字が並んでいて、ラグナは読み取ることが出来なかった。
また今度会ったら聞いてみよう、と言いながら、ラグナはグラスにワインを注いだ。

スコールが作ってくれた摘まみは、ワインによく合っていた。
これも二人の酒が進む理由のひとつである。

ラグナの顔は既に赤くなっていて、いつもよりもずっと機嫌がよく見える。
酒が回っているのが判るラグナに対し、レオンの方はあまり普段と変わり映えがなかった。
それに気付いたラグナが、つまみを食んでいたレオンの頬をつんつんとつつく。


「何か?」
「いやー、何ってことでもないんだけどさ。お前、あんまり飲んでも変わらないなと思って」


しげしげと見つめてくれるラグナに、レオンは苦笑する。


「結構、意識してセーブしていますから」
「あんまり飲んでないってことか?」
「まあ、量としては……俺も酒にはあまり強くないので、潰れないようにしようと思っていて。でも、ちゃんと楽しいですよ」


決してつまらないたとか、飲みたくない訳ではないのだと、レオンは念を押して言った。


「特に、その、ラグナさんには……何度か迷惑を掛けましたから」
「そうだっけ?」


きょとんと首を傾げるラグナに、レオンは眉尻を下げて、


「初めてこの家に来た時、寝潰れてしまって」
「ああ、あれか。あの時は俺の方がお前に迷惑かけただろ」
「確か、海外出張で飲んだ時も……」
「何回か飲んだと思うけど、その時に何かあったっけか?俺が覚えてないだけかなぁ」
「多分、そうだと思いますよ」


曖昧に首を傾げるラグナに、レオンはそう言ったが、しかし。
その表情がどことなく寂しさと懐かしさを孕んでいるように見えて、ラグナはうーんと考え込む。


「酔うと色々飛んじまうからなあ、俺。お前は酔った時のこと、覚えてるタイプか?」
「全部はっきりと、って言う訳ではないですけど、なんとなく覚えています。自分が何をしたとか、何を言ったとか」
「ふぅん。それで、もうそう言う事にならないようにって、抑えるようになった訳だ」


ラグナの言葉に、レオンは頷いた。

賢い選択だ。
理性的なレオンらしい判断だと、ラグナも思う。


「でもさ、たまにはパーッと飲むのも良いもんだぜ。今日は宅飲みだから、人に迷惑かけることもないしさ」
「いえ、そう言う訳には……」
「寝落ちるくらい、なんてことないさ。レオンが寝ちまったら、俺がちゃーんとベッドに連れて行ってやるから、今日は遠慮なく飲めよ」


そう言ってラグナは、レオンのグラスにワインを注いだ。
なみなみと入った赤い液体に、レオンは相変わらず困った顔をしながらも、「頂きます」と言って杯を傾ける。
半分ほど飲んでグラスから口を話すと、レオンは、ふぅ、とひとつ息を吐いたのだった。




ラグナに遠慮なく飲めと勧められはしたものの、元々、レオンのペースはそれほど早くない。
それに対してラグナの方は、最初こそゆっくりとしていたものの、楽しくなれば杯が進む。
ワインと摘まみが半分になる頃には、ラグナの顔はすっかり赤くなっていた。

ラグナは元々お喋りな質だが、アルコールが入るとより陽気になる。
右へ左へ話題がころころと転がっていくのを、レオンは専ら聞き役で相槌を打っていた。
何を話してもレオンが良い塩梅に反応をしてくれるから、ラグナも話すのが楽しくて仕方がない。
スコールがいれば「あんたばっかり喋ってる」と苦言をくれた所だろうが、彼はすっかり眠っているのか、部屋から出てくる様子はなかった。

夕飯の後から酒盛りを初めて、そろそろ日付の変わりが見えてくる頃になると、ラグナの呂律も怪しくなっていた。
話はスコールの子供の頃の思い出話になっていたが、レオンはその内容の半分ほどが聞き取れない。
それでも話すラグナの表情が柔らかいから、半端に話を止めてしまうのも忍びなく、適当な形ではあるが相槌しながらその話を聞いていた。

───が、


「んん~……」
「ラグナさん?」


ゆらゆらと頭を揺らしているラグナ。
これはいよいよ限界か、とレオンはテーブルの端に置いていた水のグラスを差し出す。


「ラグナさん、水です。ちょっと休憩しましょう」
「んー……、うん……」
「気分が悪いとかはないですか?」
「んー……」


反応は捗々しくはなかったが、渡したグラスは素直に口を付けた。
その表情はどこか夢見心地になっている。

レオンが水のグラスを受け取ると、ラグナはローテーブルに腕を乗せ、それを枕に頭を下ろす。
ぼんやりとした眼がしばらく彷徨った後、ゆるゆると瞼が下りて行った。
すー、すー、と寝息が聞こえて来て、レオンは小さく笑みを零す。


(楽しく飲めた、な)


それはラグナの気持ちを量ったと言うよりは、レオン自身の気持ちだった。

会社に籍を置いていた頃、飲み会には何度か参加した。
自分がそう言う場を苦手としているのは自覚があったが、社交の場として、礼儀的に赴いた方が良いだろうと思ってのことだ。
だからレオンにとって、会社主導にしろ、同僚の誘いにしろ、酒の席と言うのは仕事の延長上と言う感覚が強かった。
飲む量を意識的にセーブし、世話をされるよりする側に回っていたのは、そう言う意識もあったからだ。

自宅で酒を飲んだことはない。
そう考えると、今日はその初めての日だったと言える。


(……それも、ラグナさんと一緒に飲める、なんてな)


ラグナは二人で出張したこともあるから、出先で飲んだことはあった。
レオンがまだ、ラグナへの恋心も自覚していなかった頃のことだ。
アルコールの緩みと言うのは恐ろしい、と後悔含め猛省したのは、まだ遠い記憶ではない。

あんな出来事があってから、まさか今、こうしてラグナの家で一緒に酒を飲み交わすなんて、思ってもいなかった。
それも、隠していた恋心も全部白状した後になって───なんて、夢にも思わない。


(……夢。夢か……)


隣でテーブルに突っ伏している元上司、現恋人を見つめながら、レオンは思う。


(……夢を見ているみたいだ)


ここは愛している人の家で、そこでこうして酒を飲み交わして。
なんでもない話をして、寝落ちてしまった愛しい人を、ただ眺めていられるなんて。
その上、この人が自分のことを“大事にしたい”と思ってくれている、なんて。

何もかもが夢のようで、レオンは時々、無性に涙が出そうになる。
そんな風に自分のことを求めてくれる人がいるなんて、ずっと想像もしていなかったから。


「……そう言ったら、あなたはきっと、また怒ってくれるんでしょうね」


眠るラグナを見つめながら、レオンは呟いた。
帰ってくるのは寝息だけだが、だからこそ、レオンは声に出して言ったのだ。

残り少なくなっているワインのボトルに手を伸ばす。
空になっていたグラスに中身を注いで、氷を入れた。
ロックアイスの浮かんだ綺麗な赤色に口をつけると、フルーティな甘味が咥内にゆっくりと拡がった。

グラスをテーブルに置いて、レオンはそろりとラグナに近付く。


(……顔が赤い。でも、気持ち良さそうだ)


眠るラグナの表情は、すっかり緩んでいる。
魘されている様子もないから、健やかなものであった。

その寝顔を見ているだけで、レオンは朝まで過ごしていられる気がする。
好きな人の顔をずっと見ていられるなんて、それ自体が酷く幸福なことだ。

レオンはそろりと移動した。
グラスと摘まみの皿も少し動かして、居心地の良い場所へと落ち着いた。
即ち、ラグナの寝顔が自然と視界に入る位置へと。


(このままだと寝冷えしてしまうかも知れないから、後で運んだ方が良いな)


リビングで寝落ちをするな、とスコールからも釘を差されている。
もしもレオンも一緒に寝てしまったら、きっとスコールは自宅での酒盛りを今後禁止するに違いない。
同居している大人二人よりも、余程しっかりしている少年は、決して甘くはないのだ。

どうせ一人で飲むのなら、ラグナを寝室に運んでからでも良いのだろう。
けれども、本当に一人で酒を飲むと言うのは、なんとも味気ない。
肴になるものがある方が、同じ酒でも味は違う。


(……だからって、人の寝顔を肴にするのは───ちょっと趣味が悪いかな)


目を開ければ、自然と見える、隣で眠る人の顔。
立場が逆ならきっと自分は真っ赤になるのが判るだけに、妙に邪なことをしている気がする。

時間を忘れてゆっくりと飲むうちに、ワインはすっかり空になった。
摘まみもなくなってしまうと、やることがなくなった所為か、意識がうつらうつらと傾いて来る。
しかし、このまま自分まで寝落ちてしまう訳にはいかない。

まだ意識が現実に残っている内に、レオンは重みのある体を動かすことにした。
起きる様子のないラグナの体を、酷く揺らさないようにゆっくりと抱えて立ち上がる。
意識のない人の体はずしりと重みを感じさせたが、これといって動く気配もないので、取り落とす心配もなさそうだ。

ラグナの足を引きずりながらなんとか運び、彼の寝室へと入る。
朝の抜け殻の後を残したベッドに横たえると、ラグナはごろりと寝返りを打った後、また寝息を立て始めた。


(俺が先に寝たら、運んでくれるって言ってたけど。結局、俺が運ぶことになったな)


飲み始めた頃に交わした会話を思い出す。
おおよそ予想通りと言えばそうだが、レオンはあんな風に言われたことがくすぐったかった。

ベッドにそっと片膝を乗せて上り、眠るラグナの顔を覗き込む。
すっかり力の抜けた愛しい人の寝顔に、レオンの口元も自然と緩む。


(……そう言えば。ラグナさんって、俺を運べるんだろうか)


ふと、そんな疑問が浮かんだ。

大の男を抱えるのは中々大変だ。
時々、肩や腰が痛いと嘆いている年齢のラグナには、結構な負担になってしまうだろう。
そう思うと、彼の労になってしまうことは避けたいのだが、それでも最近、少しだけ、彼の面倒になりたいと思う自分が出てくるようになった。


「いつか、俺が先に寝ることがあったら……頑張ってくださいね」


勿論、無理にと望む訳ではないけれど。
彼が自分の為に、ほんの少し頑張ろうとしてくれる所を想像したら、無性に嬉しくなった。

眠る愛しい人の眦にキスをして、レオンはそっと傍を離れる。
寝室を後にしたレオンは、急ぎ足にリビングダイニングに戻って、酒盛りの片付けを始めた。
その傍ら、自分が思ったことを反芻して、遅蒔きに赤くなる頬を自覚するのだった。





オフ本[エモーショナル・シンドローム]のその後のラグレオです。
自己評価が底抜けに低いレオンなので、ちょっとした幸せがまだ全部夢のような感覚。
欲張っちゃいけないと自分を律し続けていたレオンですが、ラグナが甘やかしまくっているお陰で、少しずつその癖が抜けている感じ。でもまだ人前にそれを出せる所までは来ていないようです。

レオンが先に寝落ちた場合、ラグナが自力でレオンを運ぶのは少し難しそう。
起こすの悪いしなあ、でも冷えちゃ良くないな、ということで毛布を持ってくると思います。

[ラグスコ]トレイン・トレイン

  • 2026/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



「電車って乗ったことないんだよな、俺」


その言葉に、意外なことだ、と思った。
それから、無理もないか、と思った。

ラグナは嘗てガルバディアで軍にいたが、鉄道は当時から存在していたものの、移動は専ら軍用車であった。
当時はテインバーとの内戦の真っ最中であったし、ゲリラ活動も多かったことを思うと、電車移動自体がややリスクもあったのかも知れない。
軍を離れた後は特に制限はなかったが、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと行きたがるラグナにとっては、車の方が勝手が良かったのだろう。

エスタに来ると、こちらは鉄道などどこにもない。
磁力と重力操作によって動くプレートリフターを使った移動手段は都市のあちこちに通っているが、あれは電車とは異なる。
用向きは似たようなものだが、構造は勿論、その技術は全く別物だ。

ラグナは、電車技術をエスタの今後に活かせないかと考えている。
エスタから見れば最早旧式も同然の技術に、今更なんの価値があるのかとスコールは思った。
しかし、ラグナ曰く、リアクターを利用したプレートリフターは、それが走る為の道路をきちんと整えなくてはならないらしい。
確かにエスタの街並みを縦横無尽に走る道路は、どこもかしこもつるりと平らで、用途目的を持って設けられた仕切り以外に凹凸がない。
つまり、まったく人の手が入っていないエスタの荒野を走らせることは出来ないのだ。

この為、エスタ市街の施設に向かう者は、タイヤのついた車を利用している。
しかしこの車も、原理としてプレートリフターと同じで、タイヤは地面走行の補助輪に過ぎない。
浮力が揚力となっていることもあり、荷物を積み込める量と言うのも限界があって、大量輸送に難があるのだとか。
積載量の限界幅が小さいことと、リアクター走行可能な道を整える手間と───鑑みると、線路を使った鉄道による運送が効率化を見込めるのでは、と言うことらしい。

そこでラグナは、ガルバディア大陸の全域に網を持つ、鉄道に着目したのだ。
上手く導入することが出来れば、エスタ都市外への長距離物資輸送の問題解決に目処が立つ。

───と、ここまでが公人“エスタ大統領ラグナ・レウァール”の提案である。
そして、私人“ラグナ”の目当てとして、「電車に乗ったことがないから乗ってみたい」と言う話が挙がったと言う訳だ。

ラグナが電車に乗るにはどうしたら良いのか、エスタ執政官の間で会議が行われた。
その詳細はスコールに知る由はないが、ともあれ、手段は確保される。
それが、デリングシティでの元首会談の後、大陸横断鉄道を利用してティンバーを経由、バラムへと向かう、と言う算段である。
バラムに到着した後は、バラムガーデンが譲りうけて所有しているラグナロクに搭乗し、一路エスタへ帰ると言う計画だ。

その道中に、スコールは要人警護の任として同行している。
元首会談を無事に終えた翌日、大統領一行は予定通りにデリングシティの駅へと来ていた。


「此方がティンバー行きの切符になります。本来、一国の大統領をお通しするのであれば、専用のルートや車両もあるのですが……」
「ああ、ありがとな。でも、今回は出来るだけ普通のとこが見たくてさ」


VIP中のVIPの対応をする羽目になった駅長は、緊張した面持ちを浮かべている。
駅長が恐縮しながら差し出した切符を、ラグナはいつもの笑顔で受け取った。

他国の大統領の視察訪問とあって、駅周辺には規制線が張られている。
それでもそこここに野次馬の気配は絶えなかった。
スコールはそれらが決して近付いて来ないよう、同行しているSeeD達に指示を出して警戒しながら、大統領の後を追ってゲートを潜る。

ティンバー行きのホームには、既に列車が待機している。
無骨な顔をした列車を、ラグナはしげしげと眺めた後、「懐かしいなあ」と呟いた。

駅長がデリングシティ駅の由来歴史をラグナに語っている。
その間にスコールは一足先に電車に乗り、各所の安全確認と、警備の配置を調整した。
緊急時の行動についても手短に打ち合わせをし、一旦列車を下りる。


「安全確認が終了しました。どうぞご乗車下さい」
「おう。サンキュな。駅長さんも、案内ありがとう」


にこやかに笑って言ったラグナに、駅長は少し驚いた表情を浮かべながら、敬礼する。

ラグナが列車に乗り込むと、スコールは直ぐにSeeD専用車両へと誘導した。
SeeD専用車両は、部屋がふたつ、コンパートメントで仕切られている。
通路にはSeeDとエスタ兵がそれぞれ一人配置につき、スコールのみがラグナと共に同じ部屋に入った。

ラグナは興味津々な様子で、車内をきょろきょろと見回している。
車内アナウンスが流れた後、ごとり、と列車が動き出した。


「おー、動いた動いた」
「……安全の為、走行中はこの部屋から出ないようにお願いします」
「おう。色々他も見たいけど、ま、しゃーねーな。窓開けるのは良いか?」
「私が開けます」


スコールが先に動いて、窓辺のカーテンを用心して開ける。
大きな窓から陽光が差し込むと、広い車内が明々とした。
窓の向こうはまだデリングシティのビルの街並みが見えている。


「ここからティンバーまで、どれくらいかかるんだ?」
「約三時間弱ほどになります。夕方には到着します」
「そんで、バラム行に乗り換えて……」
「ティンバーからバラムまでは一時間半。バラムに着くのは夜になります」
「んー……車だとどれくらい?」
「デリングシティからティンバーへ連続走行で六時間、ティンバーからバラムは……ドールなら船がありますが、ドール方面に北上するのに一時間程度かかります。そこから定期運航の連絡船で約二時間ですので、旅程の時間としてはほぼ三倍です」
「なるほど。そんだけかかるのなら、時間効率で列車が一番良い訳だ」


ラグナは顎に手を当てて、ふむふむと何かを考えている。

スコールは警備として、ドアの前に立った。
いつも通りの仕事の姿勢になったスコールに、ラグナが声をかける。


「やっぱり良いな、電車の振動って。ちゃんと地面に足つけてるみたいでさ」
「……はあ」


足下は地面ではなく、床なのだが。
スコールはそう思ったが、言うのも面倒だったので流した。

と、ぽんぽん、とラグナがソファを叩く仕草をする。
視線は真っ直ぐスコールを見て、ここに座れ、と言っている。
スコールは眉根を寄せたが、これまでの経験から、無視してもしつこくなるだけだ、と判断した。

ドアの施錠が閉まっているかを確認して、スコールはラグナの隣へと移動した。
ラグナは改めて、ぐるりと部屋の中を見回して、


「これがお前の専用車両なんだな」
「……SeeD専用車両、だ。別に俺だけが使うものじゃない」


明らかに語弊を招く呼称にされて、スコールは訂正した。


「ソファがあって、ベッドもあって。結構豪華なんだな」
「まあ、そうだな」
「個室だし広いし、良いな。しかし、こんな豪華なとこじゃなくても、普通の車両でも良かったぜ?」
「仮にも一国の大統領をそんな迂闊な所に乗せられるか」


なんとも呑気なラグナの一言に、スコールは眉間に深い皺を寄せて言った。


「ここなら基本的にはSeeDしか入れない。一般人が入ってくることはまずないから、警備としても安全性が高い。……だからあんたの“電車に乗ってみたい”なんて我儘が通ったんだろ」
「我儘ってことねえよ。ほら、エスタに作れたら良いんじゃないかって、そう言う構想もあっからさ」
「……」


ラグナが“我儘”と“構想”の両方を持っていることは事実だ。
しかしスコールは、ラグナの比重がどちらに傾いているかと言われると、前者の方だと思っている。


「でも、ま。こうやって個室を用意してくれたのは、有難いな。お前と二人きりだし」
「……急になんだ」


笑みを浮かべるラグナの言葉に、スコールは反射的に眉根を寄せた。
ラグナは顰め面のスコールを、いつもの柔い眼で見ている。


「今回はずっとスケジュールが詰まってるだろ。まあ、半分は俺が電車移動を提案したからだけどさ」
「そうだな」
「ティンバーに着いたら車庫を見学して、それからバラム行。バラムに着いたら、すぐラグナロク。そう言う予定だろ?」
「ああ」
「お前とゆっくり話す暇はないかなって思ってたからさ」
「……別に特別話す必要はないだろ。俺もあんたも、ずっと仕事だ」


スコールの要人警護の任務は勿論、ラグナもこの電車移動は“視察”である。
前後の予定から、移動のルートから、人員配置も含めて、全て綿密な打ち合わせを通して決められた。
少なくとも、外的に見て、今もラグナは公務の真っ最中だ。

───とは言え、とスコールは自分の言動を振り返って嘆息する。
本来ならドア前で警備姿勢を保つべきなのに、自分は今、ラグナの隣に座っている。
口調もいつもの崩したものに戻してしまって、これでは今が仕事中だなどと、どの口が、と言われても文句は言えない。

けれど、そうしないとラグナも諦めないのだ。
二人きりと言う閉じた空間にある、今ならば、と。


「三時間か。結構あるよな」


ラグナは腕時計を見遣って言った。
どうするかな、と呟くラグナに、スコールは二段ベッドを指差す。


「寝ていれば半分程度は過ぎる」
「うーん、それはなんか勿体ないぞ」
「車内サービスもないことはない。簡単な軽食程度だったと思うが」
「飯はさっき食ったところだからなぁ」


ラグナは先のデリングシティの会談で、昼会食を済ませている。
腹に物を入れるには、まだ聊か早いだろう。


「こういうとこで食べれるのがどんな飯なのかって言うのは、気になるけど。それはもうちょっと後にしようかな」
「それなら、ティンバーからバラムの道中だな。そのつもりなら警備に伝えておくが」
「うん、じゃあそれはよろしく」


ラグナがいるSeeD専用キャビンには、出来れば予定にない人間を入れたくない。
しかし、クライアントであるラグナの要望ならば、SeeDはある程度は柔軟に対応する必要がある。
三時間後のことなら、今からでも調整は可能だ。

スコールは一端席を立って、個室のドアを開けた。
扉の横に立っていたエスタ兵に、近くにいるSeeDを呼ぶように頼む。
すぐにやって来たSeeDに、大統領の意向として予定を伝え、ティンバーの待機班へ調整の連絡の旨を任せた。

ついでに細かなことをいくつか確認し、スコールは個室へと戻る。
すると、ソファに座っていた筈のラグナが、ベッドの方へと移動していた。


「お前って、このベッド使った事あるのか?」
「……いや」


スコールが首を横に振ると、ラグナがベッドマットに腰かける。


「結構良いクッションだぞ」
「そうか」
「お前も来てみろよ」


気軽に誘うラグナに、スコールは溜息をひとつ吐いて、彼の下へと向かった。

触ってみろ、と言うのでベッドマットに触れてみる。
確かに程好い弾力と沈む感覚があって、安普請なものではないことが感じられた。
そう言えば、大陸横断鉄道には、大統領専用車を始めとした特別仕様の客車が造られているのだ。
SeeD専用車両も、そうした特別仕様の内装を作った影響で、上等なものを宛がわれることになったのかも知れない。

傷病人や、電車酔いした者を休ませるには良さそうだ。
スコールがそう思ったところで、近い距離に感じる視線に、顔を上げる。


「……なんだよ」


眉根を寄せるスコールの前には、薄く笑みを浮かべた男の顔がある。
それを見ているだけで、スコールは勝手に顔が熱くなるのが判ってしまった。

かと言って、このまま流される訳にはいかない。


「……仕事中だ」
「うん」
「俺もあんたも」
「でも、結構時間あるだろ?」
「……三時間なんて、すぐ過ぎる」


思う程に時間に余裕がある訳ではないのだと。
何より、この状況で、環境で、身を委ねるには、スコールにはハードルが高かった。


(いや。それじゃ、この状況じゃなかったら良いのかって、言ってるみたいじゃないか)


自分の中に浮かぶものが、妙に言い訳めいている。
それを、見つめる翠が見透かしているような気がしてならない。

ベッドマットに触れている手に、ラグナの手が重ねられた。
振り払えば良いものを、どうしてかそれが出来ない。
重ねられた唇すら、随分と久しぶりのものだったのだから。



急くように触れる手のひらに酔って、少しでも時間がゆっくりと過ぎることを祈る自分がいた。





ラグナを電車に乗せてみようと思って。
SeeD専用キャビンて色々と便利ですよね、と言う。

隙間時間のようなものなので、ラグナも触れるだけにしてるんじゃないだろうか。でもスコールの方が物足りなくなりそう。
うちのスコールはすぐに仕事中だって言うけど、それ以外に拒否する理由が出て来ない辺り、本音が駄々洩れなんだなぁと思ったりする。

[レオスコ]鎮めの声

  • 2026/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



変異種と言うのは総じて厄介だ。

大抵のイミテーションは、その姿の下となった人物の行動を真似る。
攻撃の時、回避の時、それぞれの癖まで再現する。
精密な造りのものほど、その再現度が高く、尚且つ、癖をカバーする為の知恵も回っているように見えた。
そう言う意味で、精巧な造りのイミテーションと言うのは、元となった人物の歪な上位互換と言えるのかも知れない。
悔しいことに、本人よりも強い、とまで言わしめることも決して少なくはなかった。

だが、本人と似ているのなら、少なくともそこに攻略の糸口もあるのだ。
攻め手のパターンが判っていれば、それを強固に真似る個体ほど、裏を掻くことも出来る。

変異種の場合、その理屈データが通用しない個体が多い。
本物にはあり得ない、一定の行動に固執するものであったり、全く理屈の見えない行動を取るものがあったり、我が身の摩耗を顧みず猛攻するものもある。
面倒なのは、その違いを一見して判断するのは難しい、ということ。
見た目に精巧な造りをしている変異種も少なくはなく、こうした手合いに絡まれると、煮え湯を飲まされることもあった。

スコールの宿敵である魔女アルティミシアは、持ち得る膨大な魔力を遺憾なく行使する為に、対峙する際には必ず距離を保つ。
遠方から放射される凶悪な魔法は、近接戦を持ち場とするスコールにとって分が悪い。
しかし、だからと言って、近距離ならばこちらのペースになるかと言えば、そうは優しくはないのだ。
至近距離で放たれる魔法は、人の躰など容易く貫いてくれるのだから。


(……判っていた。だからこちらも、十分警戒して戦った)


森を歩くスコールの歩調は遅い。
痛む腹を抱えて歩くのは、その傷の深さ以上に足を重くさせる。

───禍々しい色に光る歪の中で、魔女のイミテーションに遭遇した。
即座に戦闘態勢を取ったスコールだったが、初手から調子を狂わされる羽目になる。
魔女の領分として、距離を取られるものと思っていたから、逃げられる前に接近しようとしたスコールだったが、先に肉薄したのは魔女の方だった。
正面から不意を突かれた格好になり、初撃こそ咄嗟に躱したが、先手を取られたのが痛かった。
至近距離から息つく暇もなく撃ち続けられる槍に、スコールは防戦を強いられる。
いつ尽きるとも知れない魔力で全身を串刺してやろうとする魔女に、スコールは強引にそれを突破する方法を取った。
放つ魔法がほんの一瞬、途切れた瞬間に、防御を捨てて突進する。
結果は功を奏し、魔女のイミテーションを砕くことが出来たが、状況としては相討ちと言えた。
闘い終えたスコールは、腹と足にそれぞれ槍を食らっていたのである。

歪に巣食っていたイミテーションが、あの魔女一体だけだったのは幸いだった。
それを屠ったことで歪は浄化され、スコールもそれ以上の戦闘を臨むことなく脱出する。
その時点で傷の痛みは明らかで、早い治療をするべきだったが、魔女との戦闘でスコールは体力と魔力を使い切っていた。
ケアルをひとつ唱えた所で、応急処置にもならず、まず体を休める必要がある。

だから、少しでも安全な場所を探して、痛む体を引き摺り歩いているのだ。
そこに加えて、空がごろごろと不穏な音を鳴らしている。


(せめて、降りだす前に)


森の中の危険は、イミテーションや混沌の戦士だけではない。
徘徊する魔物や野生動物からも、身を隠せる場所を見付けなくては。

体力の限界が先か、雨が降るのが先か。
どちらにせよ、スコールにとっては回避したい。
ずきずきと痛む腹を手で抑え、歯を食いしばりながら歩いた末に、


(……洞窟)


突き当たりに辿り着いた崖の下に、それはあった。
生き物が巣にしていたのか、地盤が崩れて穴が開いたのか。
いずれにせよ、空模様が見るからに怪しい今、スコールに悩んでいる暇はなかった。

危険な獣の気配がないことだけを確認して、洞窟の中へ入る。
入り口から奥へは数メートル、雨風の侵入から逃げられるだけの距離はあった。


(……ここで)


入り口からは距離を取り、しかし外の光は確認できる場所で、スコールは壁に身を寄せた。
しばらく座ってゆっくりと呼吸を整えようと試みたが、どうにも傷が痛む所為で上手くいかない。
体を縦に保っているのも辛くなり、スコールは迷ったが、已む無く横になることにした。

傷む傷を庇って、熱が逃げないように手足を縮めて丸くなる。
スコールはゆっくりと深呼吸をしながら、少しだけ、少しだけだと自分に命じ、目を閉じた。




意識の浮上とともに、雨音が聞こえていた。
崖から程近い場所に茂る木々を、雨粒が絶え間なく叩いている。
ひんやりとした空気が頬を撫でていくのが判った。

それと同時に、温かいものが逆の頬に当たっている。
柔らかさと堅さと、中間にあるような感触に、温い暖かさ。
微睡の中で意識が浮上と沈下を繰り返し、もう少しこのままでいたい、と天秤が傾く。
けれど、ここがいつまでも寝ていられる程に安全が確約されていないことを、スコールは辛うじて覚えていた。

重みの取れない瞼を薄く開けると、薄い光が遠くにある。
岩肌が剥き出しの暗いトンネルを見つめ、ああ、と自分がどうしてここにいるのかを思い出した。
降る前に逃げ込めたのは幸いだった、とぼんやりと思いながら、頬に触れる温もりにまたうつらうつらと意識が浮く。

と、するり、と何かが首筋を触れた。
瞬間、は、と目を瞠って飛び起きる。


「────!」
「おっと」


跳ね上がるようにして体を起こしたスコールを、蒼灰色の瞳が丸くなって見ていた。
驚いた表情だったが、それはすぐに和らいで、そこにいた人物はホールドアップの体勢を取る。

自分とよく似た色の長い髪、蒼の瞳の狭間に走る斜め傷。
ともすれば鏡越しにその顔を見ているような気分になる。
しかし年齢は明らかに自分よりもいくつか上で、スコールって成長したらこんな感じになるのかな、等と仲間たちが雑談していたこともあった。

レオンだ。
その顔、その形が間違いなく彼であることを確認して、スコールは詰まらせていた息が抜ける。


「あんた……なんで」
「いや、何」


この洞窟には一人で辿り着いた筈だ。
そもそも今日は同行者もなく、単独で歪を解放して回っていた。

問うスコールに、レオンは両手を下ろしながら、


「ウォーリアたちと混沌の大陸方面の歪を調べていたんだが、その途中で次元の圧縮に巻き込まれてな。どうにか脱出はしたが、その弾みにこの辺りへ飛ばされた。他の皆とも逸れてしまって、どうしたものかと思っていたんだが、雲行きが怪しかったから、適当に雨宿りできる場所を探して───ここを見付けた訳だ」


そう語るレオンの肩は、薄らと濡れている。
長く雨に晒されたと言う程ではないが、運悪く見舞われたのは間違いないようだ。

中途半端な姿勢でレオンの話を聞いていたスコールは、はたと自分の体のことを思い出した。
脇腹に手を遣ると、じん、とした鈍い痛みが走ったが、顔を顰める程ではない。
足を動かせばこちらも同様で、痛み方が随分と楽になっているのが判った。

自分の体を観察するスコールに、レオンが言った。


「傷なら治して置いた。俺の魔力では、応急処置が精々だが」
「……いや。助かった」
「傷の原因については、聞いても?」
「魔女の変異種。討伐はした」
「そうか。ご苦労だったな」


くしゃ、とレオンの手がスコールの髪を撫ぜる。
子供を褒めるような仕草に、スコールは眉根を寄せて、その手を押し退けた。
眉間に皺を寄せて睨むスコールに、レオンは肩を竦めて手を下ろす。

レオンの視線は、トンネルの向こうの光へと向けられた。


「雨はまだ止みそうにない。もうしばらく、ここで休憩だな」
「……そうか」


レオンの言葉に、スコールは嘆息した。

傷の手当はレオンがしてくれたとは言え、彼も魔力は潤沢ではないから、あくまで表面の治療をしたに過ぎない。
早く聖域に戻って、ティナやセシルに頼んだ方が良いが、負傷した体を雨の中に引きずり出すのも悪手だ。
一時眠ったことで、反って疲労を自覚したか、体も重く感じる。
この洞窟の奥から危険生物でも現れない限りは、ここから動く気にはなれなかった。

傷のあった場所を庇いながら起き上がろうとすると、やはり痛んだ。
横になっている方が楽、と身体が訴えている。
……それを察したかのように、レオンがぽんと自分の膝を叩いて、


「ここ、使って良いぞ」
「は?」
「さっきもそうしていたしな」


ここ───レオンの膝。
そこを“使う”とはつまり、そこを枕にして横になる、と言うことだ。

スコールは判り易く眉間の皺を深くした。


「……いらない」
「そうか?見付けた時、寝辛そうにしていたから、この方が良いと思ったんだが」
「別に、問題ない」
「寝床の環境は大事だぞ」
「こんな状況で、環境も何もないだろ」


冷たい岩肌が剥き出しの、灯りもないトンネルの中。
今のところは獣の気配もなく、雨風から守ってくれると言うだけでも重畳だ。
だからスコールは、ここなら、と意識を飛ばすことも許された。

眠る時には、周囲の冷気への抵抗と、何かあった時に身を守る為に体を縮めていた筈だ。
そうすると、どうしても神経までは休める訳にはいかず、体のどこかは緊張で硬化する。
しかし今現在、体はそこまでの重怠さはなく、───その理由は、今目の前で柔い笑みを浮かべている男がしてくれたことに他ならない。


「負傷しているんだ。雨が止むまでに、体力を回復させた方が良いだろう」
「……」
「膝が嫌なら、せめてこっちに寄る方が良い。冷えると体に障る」


レオンの言うことは尤もだ。
雨の外界もあり、岩肌は冷たい空気を反射放出させて、洞窟の中の気温を更に下げている。
暖があるなら、それを使わない手はなかった。

判っている、判っているが。
先に自分がされていたこともそうだが、どうにもそれに甘えるのは、スコールのプライドに障る。
それは単なるスコールの意地、見栄っ張りの話だが、そこを容易く折れないのがスコールたる所以である。

ただ、体については、確かにもうしばらく休めたい。
疲労感を訴える体が、良いからさっさと楽な体勢になれ、と言っていた。


(……それに、相手はレオンだ)


この男は、どうしてかスコールに甘い。

仲間の中では彼が年上組で、スコールは年下組に割り振られるのもあるだろうが、それにしても、レオンはスコールをとかく贔屓し勝ちである。
その様子を見たティーダなどは、「お兄ちゃんが弟の世話焼いてるみたいっスね」と言う。
それをレオンが満更でもない顔をして受け止めるから、最近、賑やかしの面々からは、レオンのことを「スコールの兄ちゃん」などと言う認識になっているらしい。
────それはともかく。

年の甲なのか、危険感知に関しても、レオンは優秀だ。
何かあれば間違いなく動くことが出来る、その信頼性も高い。
今現在のこの状況と、スコール自身の容態と併せて、体を休めるのに見張り役を預けるには十分な相手だった。


「………」
「ん?」


じっと見つめるスコールの視線を受け止め、レオンはことんと首を傾げる。
お前の好きにすると良い、とその眼は言っていた。

じり、とスコールの体が身じろぐ。
地面を膝で擦りながら、じわじわと近付いて行くと、レオンはじっとその様子を見つめていた。
その内に二人の距離はゼロにも等しいものになり、レオンの横にスコールが座る。
数拍、スコールが静かに細い呼吸を繰り返した後、ようやくその身体から力が抜け始めた。


「……は……」
「何かあったら起こすぞ」
「……ん」


この雨の中で何が起ころうものか。
そんな風にも思ったが、イミテーション然り、この世界の魔物然り、確証はない。
下手に「何があっても起こさないようにするから」なんて言われるより、余程信用できる。

二人揃って舌の回る質ではないから、洞窟の中は静かなものだ。
出入口の方から聞こえる雨音は相変わらずで、まだまだ途切れる様子がない。
少し風が強くなっているようだから、これが雨雲を連れて行ってくれると良いのだが。
夕暮れの時刻までに雨が止んでくれれば、夜になる前には聖域に戻れる算段だったが、天気の気紛ればかりは祈るしかなかった。

レオンと過ごす静寂は、気まずいものがないのが良い。
隣に感じる温もりの気配から離れないよう、二の腕をわざと当てると、レオンは好きにさせてくれた。


(……こんなのだから、嫌なんだ……)


この男に甘えるのは。
際限なく甘やかされて、勝手に体の力が抜けるから。

まだ休息を欲する体が、とろとろとした睡魔を連れてくる。
眠るなんて無防備なこと、と思いはすれども、今スコールは一人ではないのだ。
隣を見れば、じっとトンネルの向こう───雨の外界の様子を見つめる男の横顔があって、彼に任せていれば良い、と言う甘えたな声が内側から聞こえる。

じっと横顔を見ていると、至近距離の視線の煩さが伝わったか。
しかし、こちらを振り返ったレオンの口元は、どこまでも柔い。


「大丈夫だ、スコール」
「……」


何がどう、と彼は言わなかった。
ただその言葉だけがあれば、スコールには十分でと言うことを、きっと彼は知っている。

結局スコールも、それに甘えてしまうのだ。


「……少し、寝る」
「ああ」
「少しだけだ」
「ああ」


雨が止んだら、歩かなくてはいけない。
その為にも、戦闘で使い切った体力も、魔力も、少しでも多く回復しなくては。
見張りを引き受けてくれる男がいるのだから、回復に集中できるのは良い事だ。

これからの自分の行動に対し、まるで言い訳の様につらつらと思考を巡らせながら、スコールはレオンに寄り掛かる。
断りなく体重を預けた少年を、レオンは咎めることなく受け入れた。



────静かな寝息が零れ始めるまで、それから幾許もなく。
男は満足そうに笑みを浮かべて、寄り掛かる少年の柔い髪をそっと撫でた。





雨宿りのレオスコ。
相手がレオンなら大丈夫、と無意識に刷り込まれているスコールと、判ってて甘やかすレオンでした。

[スコリノ]歩いた軌跡を辿ったら

  • 2026/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



自分のことだけを話すのは、どうにも恥ずかしい。
けれど、聞いてほしくないと思う程、嫌な話題だと言う訳でもない。
だから、どうせなら皆で同じ話が出来れば、楽しく話せるかも知れない。

理由は色々と挙げられるが、仲間たちのことをもっと知るにも、良い機会になると思ったのだ。
何せ、ここで出会った人々は、皆それぞれ違う世界から迷い込んだ───招かれた、のかも知れない───ものだから、それぞれの常識や感覚も違う。
そう言ったところを打ち明けたり、知ったりすることで、信頼関係も作ることが出来る。
リノアはそう思っているから、皆で話す機会を持つことは悪くないと思っている。

とは言っても、結局のところは、リノアも年頃の乙女だと言うところが大きいか。
コイバナと言うのは、リノアのように青春真っ盛りの少女にとって、放っておけない話題なのである。


「───って思ってたのに。集まってもくれないなんてぇ」


とある駅前にあるカフェテリアのテラスで、リノアは唇を尖らせた。
丸テーブルを囲んで一緒に席についているのは、クルルとリュックだ。


「まあまあ。皆も忙しいからね。仕方ないよ」


眉尻を下げてそう言ったのは、クルルである。
自分よりも年下の仲間に宥められては、リノアも口を噤むしかない。
それでも残念な気持ちは誤魔化せず、渋面は隠せなかった。

二人の間で、リュックは生クリーム入りのカスタムシェイクをストローで混ぜながら、


「まあカタブツも多いもんね~。あたしはこういう話題は好きだけど」


リュックはリノアが最初に誘って、一番に「行く行く!」と食いついてくれた。
お陰でリノアは他の仲間へと声をかけ易かったのだが、生憎とその輪は然程広がらなかったのである。


「コイバナだけじゃなくて、他にも話せるチャンスになると思ったのになあ。ガイアには断られちゃったし」
「そもそも喋るのが得意じゃなさそうなヒト多いよね」
「カインは来てくれるかと思ったのに。お喋りしなくても、聞いててくれるし。お店に行くのも嫌いじゃないから」
「カインは今日は銀座だっけ?」
「うん。クリスタルの様子を見てくるって言ってた。あそこは不安定なことが多いからって」
「なんか体よく逃げられた気もするけどな~」


リュックの言葉に、クルルが苦笑している。


「でも、カインのお陰で、私たちはこうしてゆっくり出来るから」
「クルルは良い子だねぇ。ま、あたしもお休み貰えるのは嬉しいし。そこは感謝してるよ」


そう言って、リュックはシェイクを一口啜る。
クリームと冷たいミルク、そして限定フレーバーのストロベリーソースの甘い味わいに、「んー、おいし!」と上機嫌だ。

クルルもココアを、リノアもラテを一口飲んで、さて、と顔を見合わせる。


「こうして集まったんだし。今日はこの三人で、色んな話しよ!」
「そうだね。じゃあ、先ずは───」
「やっぱりリノアからでしょ。言い出しっぺなんだし」


リュックの指名とともに、仲間二人の視線がリノアへ集まる。
リノアは途端に気恥ずかしさに見舞われるが、しかし、確かにことを提案したのは自分だ。
自分が色々話せば、仲間たちからも色々なことが聞けるかも知れない。


「じゃあ、えーと……」
「やっぱりカレシのことかな~?」
「え!やっぱりそれ?」
「だって元々コイバナしたかったんでしょ?」
「そうだけど。別にそれに限らなくても……」
「え~、あたしは聞きたいよ。クルルは知ってるんだよね」
「アンジェロが教えてくれるからね」


にこりと笑って言ったクルルに、リノアは足元で寝ている愛犬を見る。

クルルは生まれつき、動物と話をすることが出来るのだと言う。
それを聞いた時は俄かに信じられなかったリノアだが、日々を過ごすうちに、アンジェロが特別クルルに懐いているのが判った。
自分の言葉をクルルが通じてくれるのが、彼女にとっても嬉しいようで、よく甘えるのだ。
そうして散歩や遊び相手をしているうちに、アンジェロが色々と話してくれるのだと言う。
それはもう、色々と。

飼い主の視線を感じたアンジェロが顔を上げ、つぶらな瞳でことんと首を傾げる。
当然ながらそこに悪気も悪意もなく、リノアは肩を竦めて苦笑するしかない。


「うーん……じゃあ、うん。しょーがない。私からね」
「えへへー、楽しみだな。ね、ね、どんな男の子なの?どこで逢ったの?」


リュックは早速、テーブルに前のめりになって訊ねる。
リノアは、改めて自分から話すと言うのは恥ずかしいなぁ、と思いつつ、


「格好良いんだよ。強くて、私のこと、守ってくれるの」
「逢ったのはどこで?」
「就任式典……うーんと、パーティで。私、そこにいる人に用事があったんだけど、中々見付からないし、ダンスタイムになったから、誰か誘って見ようかなと思って。一番格好良かったから、声かけてみたの」
「リノアからだったんだ」
「最初は“踊れないんだ”って言ってたんだけどね。あれ、踊りたくなかったんだろうな~」


いつかの出逢いを思い出して、リノアは苦笑する。
彼の性格を考えると、そもそも、ああした華やかな雰囲気自体が好きではないだろう。
誰とも関わるまいと、意図的に壁の花になっていたのは想像に難くない。

それでも、リノアは彼を見付けて、声をかけたのだ。
見上げていた空から視線を外した後、彼と目が合ったのは、単なる偶然ではないと思っている。


「その後で、私が出した依頼に、彼が派遣されてきて。最初はケンカばっかりだったなぁ」
「そうなの?」


意外そうにクルルが目を丸くする。
アンジェロと色々話している彼女だが、どうやら出会いの頃のことは聞いていないようだ。

リノアはカフェラテを一口飲んで、ほうっと頭上を見上げる。


「私と全然違うんだ。すごく現実的で、理性的って言うか。冷たい人だって、最初はそう思ってた」
「え~、なんか想像と違うかも。リノアみたいに明るいタイプかと思ってた」
「あはは、ないない」


リュックの言葉に、リノアはひらひらと手を振る。
そう言った言葉自体、彼とはまず縁遠いものであると、リノアはよく知っている。


「SeeD……んー、特別な傭兵になる為に、子供の頃からずっと頑張って来た人だったから。あの時、一緒にいた皆、そう言う所はあったんだよね。私はそう言うのじゃなかったから、よくぶつかっちゃったの」


身を寄せていたレジスタンスの下で再会して、短い間に、何度口論をしただろう。
小さなものから、声を大きくして言い合いになったものまで、数えれば片手が埋まる。
それは彼一人とのものではなくて、仲間たちも巻き込んでのこともあった。

あの頃、彼らにとって異質だったのは、きっとリノアの方だった。
リノアが彼らと接して感じていた感覚の違いを、彼らも感じていたに違いない。


「───で。それが今は、だーいすきなカレシになったのはなんで?」
「なんか、そういう言われ方するとすごく恥ずかしい~!」


にやにやと聞いてくるリュックに、リノアは途端に顔が沸騰する。
火照った頬に両手を当てて冷却を試みるが、まるで効果はなかった。

赤い顔のまま、リノアはえーと、えーと、と考えて、


「なんて言うか、えーと……最初は、私のこと、守ってくれる人だって、思ったって言うか……」
「どこでどこで?」
「んんん~……」


矢継ぎ早にリュックに訊かれ、リノアの頭から湯気が出る。

あれは、特別な言葉だ。
思い出すと、あの時に感じた胸の鼓動が、巻き戻ったように再来する。


「……“俺の傍から離れるな”、って。そう、言ってくれたから」
「わ」
「ひゃあ~」


赤い顔で、彼の言葉を反芻する。
その言葉があまりにも直線的だったからか、或いはリノアの表情につられたか。
クルルとリュックの頬にも、判り易く紅が差した。

それはきっと、彼にとって、なんでもないただの忠告だった。
自分は彼のクライアントであったし、彼は傭兵として、クライアントを守るのは義務だと思っていたに違いない。
実際、彼は初めてその言葉を発した時のことを忘れていたし───G.F.の所為だと彼は主張したが───、リノアが感じたほど、特別な意味はなかったのだろう。

けれど、それでも、リノアにとっては特別だったのだ。
ともすれば自分が死んでいたかも知れない状況と、得体の知れないものを前にした時の、言葉にならない恐怖。
一人ではどうすることも出来ないと、そんな自分を知った直後に向けられた、あの一言。
だから、もう一度その言葉を聞いた時が嬉しかったし、必死に誤魔化している様子も含めて、少しおかしくて胸に残った。

リノアは真っ赤になった顔を両手で隠した。
そこにある仲間たちの顔が見れないくらい、顔が緩んでいるのが判る。


「う~……自分で言うとこんなになるなんて思わなかったよぅ」
「ふふ。リノアの心の中、ぽかぽかしてる感じ」
「……クルル、アンジェロだけじゃなくて、私の心の中も見えるの?」
「まさか。見てたら判るよ」


少女の柔らかな笑みに、リノアは益々体温が上がる。
自分が分かり易いタイプの人間であることは自覚しているが、こうも穏やかに見つめられると、なんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。

手扇で熱を冷まそうと試みるリノアに、リュックが興味津々に顔を寄せる。


「その言葉が決定打みたいな?」
「ん?うーん……それも、結構あるけど……」


改めてリノアは、出来事を振り返る。

彼との記憶は、色々な出来事が重なっていて、一言で言い表せないものばかりだ。
気付いたら宇宙に漂っていたとか、それを彼が捕まえに来てくれたとか。
そんな場所まで自分を追い駆けて来てくれたことが、涙が出そうになるほど嬉しかったとか。
その後に、もう二度と逢えなくなるんだと、離れなければいけないのだと悟った時の、悲しさも。

───そんな中で、リノアにとって一番嬉しかったのは、やはり、


「……ぎゅーって、してくれたんだ」
「ぎゅー?」


首を傾げるクルルとリュックに、リノアは、「うん」と頷いた。


「触るのも、誰かに触られるのも、苦手な人なの。でも、私のこと、抱き締めてくれた」


そして、彼は言ってくれた。
“魔女”でも良い、と。

嫌われる前にいなくなりたいと、一度はリノア自ら離した手を、彼は追い駆けて来てくれた。
冷たく霞んでいく意識の中で、呼ぶ声に目を開けた時の感情を、なんと表せば良いだろう。

“魔女”と言う存在の意味を、それが持つ力の恐怖を、異世界の仲間たちに説明するのは難しい。
リノアの持つその力は、この世界でも異質なものだが、それがアグレシオを退ける力になるからか、誰もリノアを怖がらなかった。
そのことがリノアにとって、どんなに安堵を齎したか、知る人はいない。
だから、彼のあの言葉が、抱き締める腕が、“魔女”になったリノアにとってどんなに特別だったのかも、想像は出来ないのだ。

頬に赤みを残したまま、瑪瑙の瞳を柔く瞬かせるリノアに、クルルとリュックは顔を見合わせて小さく笑う。


「その人、リノアのことがとっても大事なのね」
「そんな風にして貰えたら、好きになっちゃうね」


二人に合わせて言われて、リノアの頬が熱くなる。
今日は完全に赤面症だ。


「んん~、もう限界。私ばっかりじゃなくて、皆の話も聞きたい!」
「そう言われてもなあ。あたし、そう言う人いないからよく判んないよ」
「私も……」
「えー!」


仕返しとばかりに話題をそのまま投げたリノアだが、返ってきたのはすげないもの。
これでは何の為に話したのだか、と頬を膨らませるリノアに、クルルが宥める形で言った。


「コイバナは難しいけど、私の仲間の話なら出来るよ。一緒に旅してた時のこととか」
「あたしもそれなら良いよ。ってことで、コイバナの続きはまた今度!」
「今度って、また同じようなことにならないかなぁ……」
「まーまー。リノアのカレシの話もっと聞きたいし、平等に、コイバナも誰か話してくれる人捕まえようよ」


リュックにも援護されて、リノアも拗ねた顔は引っ込めた。
何であれ、皆で話をする機会が作られるのは、リノアにとって嬉しい。
こうして積み重ねていけば、もっと気軽に、色々な話ができるようになるかも知れない。

それに、とリノアは思う。


(こうやってスコールのことを思い出せるなら、寂しいばっかりじゃなくなるかも知れない)


どんなに思いを馳せても、この世界に彼はいない。
だから、思い出す度に寂しさも募る気持ちは誤魔化せない。
けれど、こうして共有してくれる人がいたら、ふとした時に感じる寂しさも薄らぐ気がする。
誰かに話す度に、その思い出が増えていくのは、嬉しかった。

足下に身を寄せる愛犬の毛並みを感じながら、旅の思い出を語り始めたクルルの話に耳を傾ける。
それが終わったら、リュックの番になるだろう。
次に自分の番になった時、今度は何を話そうかと巡らせるのだった。





デュエルムメンバーでプチ女子会。
コイバナしたい!と言うリノアのFINEから、素直に集まってくれそうなメンバーに付き合って貰いました。

リノアのコイバナって言うか、スコールトーク。
もっと話すと、スコールが格好良いだけじゃなくて可愛いところもあるとか、色々語ってくれると思う。
リノアは自分の好きなものを誰かと共有できるのは楽しいタイプだと思うので。
そもそも現状、身内のことならあるけれど、自分を当事者としてコイバナできるメンバーが少ないと言う。ストレートにヒロイン枠から参戦してるのは、今のところリノアだけですしね。

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